道端鈴成

エッセイと書評など

ステップ1を越えて政策の効果を考える

2010年10月03日 | 書評・作品評
Sowellの経済学のテキストは、教科書というより一般の社会人向けの本で、本の中心となるメッセージを一文で繰り返し提示しつつ、それを沢山の具体的な事実によって示している。提示される事例は豊富でよく調べられているし、メッセージは問題の核心を捉えている。Audio BookでBasic EconomicsApplied Economics を聴いたが、素人にもわかりやすく面白かった。

Basic Economicsの基本メッセージは、経済とは複数の用途のある稀少なリソース(自然資源、労働力、資金、知識など)の配分だということだ。だから、複数の用途のある稀少なリソースの配分であれば、お金が関係しなくとも、そこには経済学的な問題があるということになる。例えば、戦争におけるパイロットの扱いも、複数の用途のある稀少なリソースの配分としてとらえられる。太平洋戦争において、日本軍ではベテランパイロットは戦死するまでずっと戦場で戦った。一方、米軍は一定の期間をすぎたら、ベテランパイロットは後進の指導に当たらせた。ここで稀少なリソースはベテランパイロットであり、複数の用途は戦場で戦うか、後進の指導にあたるかである。

社会における財の生産や供給において、複数の用途のある稀少なリソース(資源、労働力、資金、知識など)の配分をどう行うのか。社会主義経済は、この配分を党幹部や経済官僚の中央からの指令による集中管理でより効率的に行おうとした試みだった。結果は無惨な失敗だった。複数の用途のある稀少なリソース配分のために必要な情報は、ローカルで多岐にわたっており常に変化しているため、中央からの指令による効率的な管理は不可能だからである。ソビエト共産党の幹部がイギリスを訪れて、毎朝新鮮なパンが店に並ぶのに驚いて、どのようにして政府は全国のパン工場や小売りに材料や製品の供給を管理しているのかと質問したというエピソードがある。政府は何もしてないというのが答えで、小麦の買い付けから、製粉、等々、それぞれの業者はもうけのためにそれぞれの取引をしているだけである。もうけがあがる方向に、複数の用途のある稀少なリソース(資源、労働力、資金、知識など)が配分され、その結果として安く美味しいパンが供給され続ける。

Basic Economicsでは以上の基本的な観点の流れで、独占や優位な企業の入れ替わり、所得分布の変動、貿易なども解説されるが紹介は省略する。

Applied Economicsの主題は、経済への政策的介入の効果である。政策的介入の本当の効果は、介入の意図や最初の段階(ステップ1)の変化ではなく、政策的介入によるインセンティブの変化がもたらす複数の用途のある稀少なリソースの再配分を見なければ分からない、ステップ1を越えて考える必要があるが基本メッセージである。

具体的な政策的介入の例が沢山あげられている。下に法人税の値上げと家賃制限の場合を示す。政治家は、かりにこうした経済のしくみは分かっていても、主に自分の選挙に直接影響するのは、ステップ1の段階までで、そこで好印象を得るのが重要で、その後は、忘れやすい選挙民マスコミをあてにしたり、できる。

法人税の値上げ
目的:税収を増やしたい-->政策:法人税を上げる-->ステップ1:税収が増える-->ステップ2:高い法人税を嫌って企業が撤退する-->結果:税収が減る

家賃の制限
目的:一般向きの住宅の家賃の高騰を抑えたい-->政策:家賃に制限を設ける-->ステップ1:家賃は人為的に低く抑えられる-->ステップ2:一般向きの住宅への投資が減る(投資は他の地域か、高級住宅に向かう)-->結果:一般向きの住宅が不足し、供給不足のために家賃の上昇圧力が生ずる

最近の日本の経済政策でも、派遣労働制限や貸し金行規制に関して、同様なステップ1だけ考え、選挙民にアピールした政策がとられた。

派遣労働制限の場合
目的:派遣社員を減らし正社員を増やしたい-->政策:派遣労働を制限する-->ステップ1:派遣労働者は減る-->ステップ2:正社員だけでは採算がとれない企業は撤退する-->結果:派遣社員も正社員も減る

貸し金行規制
目的:高利で苦しむ人を減らしたい-->政策:高利の貸し金を禁止する-->ステップ1:高利の貸し金はなくなる-->ステップ2:リスクの高い借り手に貸す金融業者が倒産、撤退する->結果:リスクの高い借り手は金を借りられなくなるか、ブラックマーケットに頼らなければならなくなる

Applied Economicsの第6章のテーマは移民問題についてステップ1を越えて考えるである。Sowellは自由経済学論者だが、安易な移民政策には否定的である。

移民問題
目的:高齢化する豊かな国では労働力に比し社会保障の負担が大きい。より貧しい国からの移民により労働力を補いたい-->政策:より貧しい国からの移民受け入れをはかる-->ステップ1:より貧しい国からの労働意欲に富む移民第一世代は熱心に働く-->ステップ2:移民は製品の輸入と違って高齢化し、子供も産んでいく。->結果:高齢化する移民は、社会保障の負担を増加させる。移民第二世代以降にとっては、移民先の豊かさは当然で、移民第一世代のような労働意欲はもたない。また、往々にして、文化的な軋轢も生ずる。結果として労働力に対する社会保障の負担の割合は増えることもある。

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