道端鈴成

エッセイと書評など

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一部の下級法技術者のカルト化について

2007年09月08日 | 思想・社会
河端「橋下弁護士が山口県光市の母子殺害事件の被告弁護団の4人に、訴えられ、1人当たり300万円の損害賠償を求めるられているらしいな。J-CASTニュースの始めにはこうある。「山口県光市で発生した母子殺害事件の裁判をめぐって、タレント活動もしている橋下徹弁護士がテレビ番組で被告の弁護士に対して「懲戒請求」を呼びかけたとして、被告の弁護士4人が橋下弁護士を提訴した。橋下弁護士はブログを通じて、被告の弁護士を「ふざけた主張をする」「カルト弁護団」「説明義務違反」などと主張。一方、被告弁護士側は橋下弁護士の主張について「業界で笑い話になる」と述べている。」」
道端「面白い訴訟ですね。両方とも訴訟は専門ですから。橋下弁護士は、テレビでは笑いをとるトークで人気を博しています。業界でも笑いをとっているとしたらたいしたものです。一方、橋下弁護士によるカルト弁護団という批判も言い得て妙です。」
河端「カルトは言い過ぎではないか。」
道端「いえ、山口県光市の母子殺害事件の被告弁護団に見られるように、一部の下級法技術者はカルト化していると言えるのではないかとも思います。」
河端「下級法技術者とはききなれない言葉だが。」
道端「はい。技術は専門的な知識を実際の問題解決に用いることです。純粋な理論的知識の探求ではなく、あくまで実際の問題解決のためのものです。同時に、その問題解決はたんなる経験や集団的に同意された臆断(ドクサ)ではなく、専門的な明知(エピステーメ)に基づくものである必要があります。」
河端「なんだかソクラテスみたいな言い方だな。」
道端「はい。ドクサだのエピステーメだのはギリシア語です。現代ではエピステーメは科学です。例えば工学は物理学や化学などに基づく技術学です。専門的な明知の基盤は明確です。医学は身体に関する科学に基づく技術学です。病気に対する医学の対応は、経験則や慣習による部分が多く、必ずしもすべてが明知に基づくわけではないですが、最近はエビデンス・ベースド・メディスンが強調されるようになってきました。同じように考えると法律は、社会的な問題の解決にあたる技術学です。」
河端「まあそうだろうな。それで、」
道端「ここで興味深いのは、各技術学における呪術師的な権威と儀礼への要求が基盤となる明知の度合いと反比例しているらしい事です。」
河端「ああ、そういえば、道端君はだいぶ前の記事でこんな事を書いていたな。「工学は自然制御の技術学、医学は人体の病気を制御する技術学、法学は社会制御の技術学である。技術の基礎となる基礎的な科学は、工学、医学、法学の順でよわくなる。これに対応して、儀礼と資格への要求はつよくなる。医学は、だれもがみとめる権威ある専門職だが、病気がなぜなおるのか、わからないこともおおく、呪術師的な権威と儀礼はやはり社会的に必要である。しかし、資格は基礎知識のないひとによる医療の危険をさけるための実質のものであって、権威維持のためのものではない。工学は儀礼をあまりもたない実質の専門職である。法学は儀礼と資格がとくに重要な権威ある専門職である。言語学者のチョムスキーは、数学者のあつまりで話しをしたときには数学の学位があるかとか形式的な要件は問題にされなかったが、政治学者のあつまりで話しをしたときにはそうでなかったといっている。」」
道端「ありがとうございます。それで、法学が基づくべき人間と社会に関する明知ですが、責任能力の問題にしろ、正義の問題にしろ、工学や医学の問題のようには明確には解けていないものばかりです。すでにできあがった法律を、個別の問題に顧客の依頼にそってどう適用するかだけを考えれば良い下級法技術者は、まだそうでもないでしょうが、社会にとって、どんな法が望ましいかまで考えると、実際の人間や社会をどうとらえるかが重要になってきます。公理的に明確かつ無矛盾に法体系を規定できればそれで良しとする立場もあるでしょうが、技術学としては無責任過ぎます。そういう法体系至上主義の人に、偏った知識とこだわりで社会に介入されると迷惑です。法技術者は、自らの無知を明確に自覚し、人間や社会に関する一般の人々の伝統的な考え方や常識に敬意を払い、人間と社会に関する科学的研究にも好奇心を持って学ぶべきです。儀礼と権威で無知を隠し、科学的な仮説検証の論理ではなく、正当化の論理にのみたけた法技術者には、なかなか難しいかもしれませんが。」
河端「人間と科学に関する科学的研究とは、具体的にいうと、」
道端「はい。例えば、ピンカーが『人間の本性を考える』で紹介しているような認知科学や進化論に基づいた心と社会の研究です。これらについては、「いじめと文明社会のルール」「知の戦争」ですこし紹介しました。また、今度紹介したいと思いますが、直接に道徳や法と関連するものとしては、道徳感情に関するJonathan Haidtの研究などがあります。いずれも、進化論的な人間性の把握と仮説検証的な研究成果に基づいて、20世紀に支配的だった標準社会科学モデルの人間観やリベラルの道徳理論に批判を加え反省を求めています。」
河端「面白そうだな、また紹介してくれ。わかりやすくたのむよ。」
道端「はい。それで、下級法技術者ですが、橋下氏のように、顧客の要望にしたがって、商売として正当化の論理で、法的根拠をさがすのは良いですが、往々にしてそこに自分の政治的な主張やイデオロギーが持ち込まれてしまいます。正当化の論理は、イデオロギー教化と信じ込みのエンジンですから。そしてそのイデオロギーが、排他的な特定集団に結びついて、一般の人々の伝統的な考え方や常識と解離すれば、それはカルト的といえるかもしれません。下級法技術者の実態はよく分かりませんが、橋下弁護士が批判しているケースでは、専門家としての自律的な正当化の回路が非常につよく働き、批判や都合の悪い情報への免疫化が、単純な情報隔離や恐怖による条件付けでではないだろう点は、教祖に教えを注入される典型的なカルトではなく、専門バカの亜型としてのカルト化した専門バカというべきかもしれませんが、」
河端「正確を期しているのか、目茶苦茶を言っているのか分からん言い方だな。一部の下級法技術者のカルト化の説明がずいぶん長くなったな。今日は、これくらいにしておこう。」
道端「はい。」
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2 コメント

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あっはっはっは(^0^) (ジュンク堂-ジュンコ)
2007-09-08 18:28:32
あなた自身が法の精神に無知なことだけはよく分かりました♪
法の精神ってのは、モンテスキューじゃないですよ。
Unknown (河端・道端)
2007-09-09 01:09:44
河端「道端君、法の精神に無知だそうだ。」
道端「はい。すみません。実定法の体系のみに依拠したシュミット流の法実証主義は、合法的にナチスに道をひらくことになりました。法実証主義と対比的な自然法の考えの観点から、人間と社会に関する科学についてはある程度知識はあるので、法と心や社会の科学との関連で意見を述べようと思ったのですが。」
河端「下級法技術者というような言い方もなあ、」
道端「いえ、工学、医学と比較したわけですから、重要な技術と見なしているわけです。そして技術というのは、ソクラテスの言葉使いでは、ほめていることになるのですが。」
河端「そうか、まあ。君も法学を勉強しているわけでもないしな。」
道端「はい。知らないで言っていることは多いかと思います。しかし、具体的な意見なり批判なら、知的な議論の参考にもなるのですが。そしてここでは、橋下氏のケースというより一般的な議論をしていて、論点や参考資料も示しているので、もうすこし知的な好奇心を持ってと期待するのですが。」
河端「しかたないな。ある種投影法のようなものだからな。それはともかく、Haidtの研究など、どんな話なのか興味がある。また書いてくれ。」
道端「はい。分かりました。」

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