『斬(ざん)』
移転しました。
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 先日 YouTube で、ダウンタウンとゲストによる昔のトーク番組を観ました。その中で、ダウンタウンが漫才に対する考え方などを語っていて、それがとても興味深かったのです。今回はそこからの触発です。
 漫才は、結局ネタを練って作り上げてイイ物を完成させても、TVなどで大衆に公開してしまう現状では、せいぜい5~6回も見れば、内容(展開、オチ)が分っているために面白くなくなる。つまり消費されてしまう。それはとても効率が悪い。それなら漫才という、時代にそぐわない笑いはやめよう。って事でやめたんだ。ってな事を語ってたのですが、ブログの記事についても同じだなぁーと感じたところ。

 一生懸命、構成や文体を考えて記事書いて、推敲して、誤字脱字チェックして、校正して何度も確認してアップする。で、少し話題になったとしても、所詮一週間もしないで忘れ去られ、瞬く間に消費される。それは、とても効率の悪いやり方だよなぁーと悟った。ブログの記事ってのは、ライブ感が重要なんだな、って。それで、それに順応できなければ、ブログではなく、別の方法で評価をもらう事を考える方が得というか、合っているんだろうな、と感じた。

 ブログでは、生な感覚で、思いついたことを即書いて公開してしまう。そのパッションがウケるのだろうな。特に一般のブロガーの場合は。既に、地位やステイタスを持ってるセレブなブロガーは、このまま何書いてもそこそこ楽しめるんだろうケド。これからは、一般ブロガーには、酷な時代が到来しそうな予感。

 消費されてもよい記事を書き、じっくり記事を書くのは、別方面と頭を切り替えて考えた方が、よさそうです。

 話を漫才に戻すけど、漫才はこれからも滅びる事は無いでしょう。しかし、だんだん芸術性を重視した考えに移行し、落語や歌舞伎のように文化として、芸術化していきそうな感じがする。そうすると、庶民的から少し離れてしまうんだろうな。結局、通好みのそれに取って代わり、その中で成り立つ仕組みを作っていくのだろう。

 そですね。そう考えてみると、そろそろ『斬(ざん)』は終わりに近づいているのかもしれませんね。別の何かに進化しないと、ダメなんじゃないかと思う今日この頃。

 記事分割方式が上手く機能できず、それに代わるいい方法も思いつかず、さりとて「チラシの裏」なことをやるのも乗りきれずな状態。暫く長考ですね。立ち止まってみるのも悪くないかな。


[参考]
simpl-e-blog:「ネット上で発言」と言うハードルがどんどん低くなっている
はてなブックマーク - 『斬(ざん)』:消費されるブログ記事
『斬(ざん)』:「消費されるブログ記事」への反応集
『斬(ざん)』:濃い言及したならトラックバックを送りましょうよ!


追記(2006.09.16)
・参考にリンクを一つ追加
追記2(2006.09.17)
・参考にリンクを一つ追加
追記3(2006.09.21)
・参考にリンクを一つ追加

コメント ( 5 ) | Trackback ( 0 )



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コメント
 
 
 
うわ(汗) (Tristar)
2006-09-10 21:54:39
一般的なところとおんなじと思って2行目にメアド入れたら「タイトル」だった!



すでに60通/日前後の迷惑メールが来るアドレスなので何が来たってほぼ見ずに消しますが(^^;

 
 
 
Tristarさんへ> (souryuusei)
2006-09-10 22:14:42
とりあえず、最初のコメントは保留にしました。

こちらで、コメント欄編集ができませんので下記に転載しておきます。

~~~~



(Tristar) 2006-09-10 21:51:08



こんばんは

たまたま同時期に似たようなこと(消費される虚しさ)を書いている場所を見つけると単純に嬉しかったり(笑)。

まぁそれはともかく、



今と同じような不特定多数(前もって限定しない相手)と、ただ時間軸だけを伸ばして「じっくり」話をできるような「別の何か」、というのがこの先存在し得るのかどうか・・・。



先祖返りみたいなことしか考えられないのですが、それってそっぽを向かれ否定されて壊滅したやり方ですからねぇ。



ま、それでも「安住の地」を夢見るわけですが(苦笑)。

~~~~~~

詳しいレスについては、改めて書きますね。
 
 
 
お手数でした (Tristar)
2006-09-10 23:09:05
お手数をおかけしました

以後気をつけます...



対応有難うございました

 
 
 
Unknown (Unknown)
2006-09-11 00:41:40
忘れられる記事にはもともとそれだけの価値しかなかった、それだけのこと。ブログなんて、すでにあるものの劣化コピー。普遍的な事実はいつまでも残る。
 
 
 
お返事~ (souryuusei)
2006-09-11 21:07:46
Tristar さんへ>



>一般的なところとおんなじと思って2行目にメアド入れたら「タイトル」だった!

 ココログのコメント欄には、メールアドレスを書き込む欄がありますからね。Seesaa もそうなので、たまに間違えそうになりますね。

 CONCORDE は、いつも愛読してますので、影響を受けているというか、共感する部分も非常に多いです。



>今と同じような不特定多数(前もって限定しない相手)と、ただ時間軸だけを伸ばして「じっくり」話をできるような「別の何か」、というのがこの先存在し得るのかどうか・・・。

 気持ちの持ちようという考えもあるとも思いますが。「別の何か」を求めたくはなりますね。ただ、それは、囲われたいずれ滅んでいく場所であるんじゃないかとも思えます。そーゆー意味で落語や歌舞伎というのは、伝統でもって格を上げたことで囲われ権威化され、一部の大衆にしか受け入れられなくなっているのが現状ではないかと。将棋や囲碁についても同様に。もっと庶民的であるべきじゃないかと思います。



 だから、大衆が望む方向を見極めてそちらに進んだダウンタウンは成功しています。その才能と嗅覚には、ただただその凄さと敬意を感じます。



 「安住の地」を夢見る気持ちも分ります。Web には、そーゆー可能性があると思えるし、幻想かもしれませんが、期待したくなりますからね。





Unknown さんへ>



>忘れられる記事にはもともとそれだけの価値しかなかった、それだけのこと。

 それは、あまりにも酷だなぁー、インプットが多すぎて大切な事を忘れてしまう、または気が付かない場合もあると思いますよ。もう少し流れが緩やかなら、そこから生まれるモノも違ってくるんじゃないかと思うのですけどね。



>ブログなんて、すでにあるものの劣化コピー。

 そー言い切ってしまうのも悲観的すぎるかと。ブログにだって新しい可能性は残ってると思うんですけどね。ただ、今ある現状が、あまり自分にとって芳しいモノでは無いってだけ。
 
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