『斬(ざん)』
移転しました。
移転先:http://souryuusei.blog61.fc2.com/
 



■2006年3月アーカイブ

2006年2月← / →2006年4月

★★★☆☆ 記事の重さ 2006.03.30
★★★★★ 相手に伝えるということを意識しよう 2006.03.28

★★★☆☆ 「差別」の意味を考える 2006.03.18
★★★★☆ 「詳しくは Web で!」という差別 2006.03.14
★★★☆☆ 目次を付けてみようよ 2006.03.10
★★☆☆☆ メダルの価値 2006.03.07
★★★★☆ 未来の○○のために。 2006.03.03




[参考] オレの記事おすすめ度を5段階にしました。

★☆☆☆☆ …たまにツボにハマルかも。
★★☆☆☆ …マニアックにはウケるよ。
★★★☆☆ …おすすめ!
★★★★☆ …超おすすめ!!
★★★★★ …まずは読んで見て!!

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一行でも1エントリー
5,000文字でも1エントリー

どれだけ言葉を尽くしても、何も伝わらない事もある

逆に

たった一言が凄く心に響くときもある

記事の重さは、文字の量に比例しない

数で深さは、測れない

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感度の高さ:後日乗

を読んでの触発です。

優れた人は、皆「感度が高い」ということだ。
 知人に優れた人がいる。これはオレが優れたと感じているだけで、他人がどう思っているかは知りません。

 優れた人は感度が高い。確かに。

 その知人も感度が高い。仮にその知人をTさんとしよう。

 Tさんの感度の高さは、対人能力にある。
 Tさんは営業マン。まさに対人能力がそのままビジネスに直結している。
 Tさんの営業は、全ての人に対して営業スタイルだ。社内でも社外でも、とにかくオレの知ってる限りのTさんは、常に営業スタイルを崩さない。

 その気の配り方は半端ではない。一人一人に対して全て一対一で考えて対応する。相手が何を求めているか、何に不満を持っているかなどを把握して先手を打って、その要求や不満を見出し解決していく。中途半端な数字重視で、社外ではへーこら営業スタイルだが、社内では別人格という三流営業マンではない。そして、そのTさんが凄いと思ったのは、コミュニケーションを図る時。

 相手が理解できるように、相手に合わせた会話をする

 ともすると、自分の言ってることは、全て伝わると勘違いしがちだけど、コミュニケーションにおいて、一番大事なことは、相手に自分の考えや思いがちゃんと伝わり理解してもらえることだと思う。多くの人は話を聞く場合において、相手の言ってることが例え分からなくても聞き返したりせず、分かったフリをして、その場を収めてしまいがちである。しかし、相手に伝わるように話すと相手にはそれが伝わり、相手の思いや伝えたいことを理解しようとする。

 つまりTさんには、相手が理解しようとする話し方が出来るのです。言うまでもなくTさんの営業成績は常にトップです。オレはこの能力を持っている人は感度の高い優れた人だと思います。
 
 一流の高級クラブのママやNo1ホスト、人気占い師。

 これらの人を当て嵌めてみてください。全てこの能力に長けている人たちといえるのではないでしょうか。しかも全て高給取りです。そこで、コレをブログに当て嵌めるとすると、

“相手は読者”

“伝える方法は記事”


ということになりますね。
 読者に伝わる記事を書くこと、読者の求める記事を書くこと。これを意識することが大事だと思います。ただ、これは読者に媚びるということではありません。自分が納得できる記事が即ち読者の求める記事でしょう。なぜなら、読者はあなたの記事を読みに来ているからです。

 後は、いかに読者に伝わる、読者の心を揺さぶるような記事を書けるかを考えていけばいいでしょう。

 それは『やりたい事をやりたいようにを優先する』のコメント欄で☆YAS!☆さんが仰った
コメントやTBが貰えるような文章を書いてみたいと思っています。コメントって勢いが必要な気がしているので、読み手をそういう気持ちにさせるような、思わず突き動かすような文章を書けたら……と思うのですが
 と、同じことが言えると思います。

 そして、「感度の高い人」とコミュニケーションをとっていくことも重要だと思います。そーゆー交流先をブログで見つけることも必要だと感じます。また、ブログでそーゆー気持ちで記事を書いていると、普段でも自然に相手に伝わる文章が構成できるので、それが言葉に変換されて、相手に伝わる話し方が出来るようになっていきます。

 それは少しだけ

「感度の高い人」

に近づけるのではないでしょうか?


[参考]
304 Not Modified: ブログは3人に向かって書け。
BLOG STATION:書く文章は誰のため?
webdog: 衆院選が終わって思うこと
シナトラ千代子 - ブログで語りかける相手は四人でいい。
Life is beautiful: 「書くように生きる」ことのススメ
[V]: 伝えたい人に、伝わる言葉で

[TB:感度の高さ:後日乗]

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■副題:「さてつ」と「キャベツ」

『斬(ざん)』:「詳しくは Web で!」という差別』には、たいへん濃いリアクションをたくさん頂き、とても嬉しいです。
[参照]
はてなブックマーク - 『斬(ざん)』:「詳しくは Web で!」という差別
:fellows: - 50歳のデジタル・ディバイド
明日は明日の風が吹く - 「詳しくは Web で!」という差別 [『斬(ざん)』]
無題ドキュメント - クウちゃん見たさにパソコンを買う時代になるのかな
まなめはうす:ニュース
夜の魚は干物になりました。: テレビとネットと環境と・・・
あれとかこれとか (Lefty):なぜ「詳しくは『 Web』 で!」なのか

などなど。特にはてなブックマークでは、コメント率が非常に高い。思ってた以上の反響です。そこで、これらのご意見、感想等を含めて感じた事や、思ってる事を書きたいと思います。

まず、副題にある「さてつ」と「キャベツ」ですが、なんのこっちゃと思ってる方が多いかと思いますが、これは「差別」のイントネーションをどう捉えるかということです。

差別】goo 辞書より

(1)ある基準に基づいて、差をつけて区別すること。扱いに違いをつけること。また、その違い。
(2)偏見や先入観などをもとに、特定の人々に対して不利益・不平等な扱いをすること。また、その扱い。
・差別には、意味が3つあるようですが、この中の2つを取り上げます。

(1)=「さてつ(砂鉄)」

(2)=「キャベツ」


と同じイントネーションだと思います。ここからは表現がややこしくなりますので、

(1)を「さべつ」

(2)を「サベツ」

の意味で表記しますね。

で、『「詳しくは Web で!」という差別』での「差別」は、どっちの「差別」か?という点。
 実は記事を書いたときのタイトルでは、「差別」の部分はまだ決めていませんでした。つまり『「詳しくは Web で!」という (ほにゃらら)』とカッコ部分は適切な言葉が見当たらなかったのです。そして、あえて「差別」をインパクトを与える意味で選び、入れました。

 記事を読んで気が付いた人もいるかもしれませんが、文中には「差別」という単語は一つも出てきません。つまりは、タイトルで先入観を与えたという事です。

 それは、多くの人(オレもそうですが)にとって、「差別」と書いてあると、「サベツ」(例:人種差別など)のほうを、思い浮かべ、「さべつ」(差をつけて区別するほう)と読む人は少ないという結果ではないでしょうか。

 で、改めて、「さべつ」の方で、タイトルを読んでみてください。そのイメージで記事を読み直すと、読んだ感想が、ずいぶん違うんじゃないでしょうかね?(オレだけ?)

 と、実は、これは全て後付な考えでして、実際に記事を書いたときは「サベツ」のほうで、書いています。しかし、自分で辞書を引いて「さべつ」で読んだ時に、『この記事のタイトルの「差別」は「さべつ」の方です。』と、誤魔化そうかなって考えました。つまり、なぜそうしようかと思ったかと言うと記事文中には「サベツ」の意味で断定してないからなんですよね。表現には「サベツ」な部分もありますが。

 ということで、この記事を「さべつ」で読んでみて、まだ「サベツ」と感じますでしょうかね?って、問いかけてみたいです。

 で、「詳しくは Web で!」という、CM での表現は、数々のご意見から厳密に言えば「サベツ」では無いと、思うように今はなっています。ただ気になるのは、
ネット環境を持たない母親曰く「PCやらない人は要らないのね」
はてなブックマーク - toyaのブックマーク/ 2006年03月16日より
のコメント。理屈では「サベツ」ではなくても、そう感じる人達が実際存在して、興味を持った人達が、不満を抱いていたとしたら、それが果たして CM として、どうなのか?と言うのが引っ掛かります。感情で「疎外感」を与える事が CM として、いいのか、悪いのか。もしメーカーなら、その切り捨てられたような「疎外感」は、その後の他の商品にも、影響しないのかな?と感じたものです。今回のリアクションでも、「サベツ」かどうか微妙と感じてるコメントが見受けられます。

 オレも以前、某 CM で、その疎外感を存分に味わって、記事にも書いているのですが、未だに忘れる事は出来ず、ちょくちょく様々な場面で、書いています(あえて今回、その記事へのリンクはしませんが)。TV CM の与える影響と言うものを、もう少し考えた方がいいのではないか?と警鐘を鳴らしたいですね。

 あ、今思いついたのだけれど、記事タイトルを『「詳しくは Web で!」という疎外感』にすると、一番ぴったりしますね。でも、それだとこれほどのリアクションは望めなかったでしょう。「差別」という単語のもつ重さみたいなものを感じます。

 最後に当該記事に出てきた知り合いについてですが、40代の女性と言うことだけお伝えしておきます。

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 最近、TVや雑誌などの CM や広告でよく見聞きするコピーで

「詳しくは Web で!」

とか

「詳しくはこの URL へ」

などがあります。コレらを見聞きして、そのサイトにアクセスするって事は非常に少ないのですが、いったいどれくらいの人が観るのでしょうかね?

 個人的に TV を観てて Web で調べるのは、出演者情報や単語検索などが多いのですが。

 で、話を本題に戻すと(って始まってもないのだから戻ってないけど)、この「詳しくは Web で!」ってのは、

ネット環境は、既にあるでしょ?

という前提の下にある。知り合いから直接聞いたことなのだが、この言葉がとても気になると言うのだ。その知り合いは、PC を持っていないし、ネットも閲覧した事が無い。だから、とても悔しいのだと。折角、興味を覚えても、最後にこの言葉で突き放される。それで、気になってしょうがないのだと。でもネットへの敷居は高くて始める事が出来ないそうだ。

 ネット依存症なオレからすると、全くその不便さを理解できなかったのだけれど、言われてみれば失礼な話である。全ての人がネット環境を持っているわけではない。広告側からすれば CM などは、切っ掛けであり、さらに興味のある方は Web で、という配慮でしょう。しかし、そのために Web で詳しく書いてあるから CM では詳しく述べないよ。というふーにも取る事ができる。現実、CM のような短いメッセージではイメージしか伝えられないと言うのはわかるのですが。
 
 実際、URL を表記したところで、それを一々録画して読み取るなどの行為はあまりしないだろう。むしろ、ラジオなどでよく聞かれる『「○○」と検索していただければ、直ぐに見つけられます。』と言うほうが効果的でいい。ただ、TV CM でそれをやるのは、いただけない雰囲気がどうもありそう。しかも、そーゆー宣伝ってのは、ほとんど専用の Web サイトを構えていたりする。しかし、新規モノなので、必ずしも検索上位に来るとは限らない。だから、「詳しくは Web で!」としか言えないんだろうなとも思った。

 若い世代の場合は、ネット環境に慣れている場合が多い(また慣れるのも早い)が、50、60代や家電品( PC は既に家電なのかなぁ?)の操作が苦手な女性などには、とても厳しいハードルだな、と思ったモノ。
 
 CM を作る側は、当然市場調査など、購入ターゲット層を絞っているだろうが、その辺りのことはどうなってるのかな?と、ふと感じた。

 プロバイダーやネット関連企業がやるのはよいとしてもさ。


追記:(2006.03.17)
はてなブックマーク - 『斬(ざん)』:「詳しくは Web で!」という差別

追記2:(2006.03.18)
[関連]
「差別」の意味を考える

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 『明日は明日の風が吹く - 目次を作ろう [とある茶屋]』で知った、『とある茶屋: 目次を作ろう』。ありがたいことにオレのブログがリンク入りで紹介されている。大変嬉しい。でもその反面、正直まなめさんのトコより上にあるってのが、少し申し訳ない気持ちです(その事で決して雨だれさんを責めるつもりは一切ございませんので、お気を悪くされないで下さいね。オレの勝手な思いだけなんで)。だって、オレの目次(アーカイブ)は、全て『304 Not Modified』の目次のパクリなもんでー (詳しくは『斬(ざん)』:月別アーカイブ(目次)を作ってみましたを参照ください)

 それで、オレがなぜ目次を作ろうと思ったかですが、その切っ掛けは、自分のとある記事を読みたいと思ったときに、ブログ内検索から見つけることがなかなか出来なかったためなのです。自分が見つけられないものを、他人様が見つけられるわけが無い。折角「たしか『斬(ざん)』とかいうブログで以前、何か書いてあったな」と思った方が、このブログに訪れて結局探せずじまいでは、申し訳ない。せめてブログタイトルの単語では、検索が出来るようにと思ったのが動機なのです。

 もちろん、自分にとって一番分りやすく使い心地が良いからというのもありますが。それと、目次を一月毎にしたのは、goo ブログのサイドバーにある ENTRY ARCHIVEどの月を見ても、最初の記事がその月の目次になるようにと考えたからです。

 それで最初、この目次を作ったときに、もっとも気になった心配事が、果たして続くだろうか?ということ。幸いにも、半年を経過しようとしている現在も続いています。それは、

・記事自体の更新回数が少ない
・更新毎にテンプレに追加していく
・月末に公開する

というサイクルが上手く回っているからです。案外面倒ではないですよ。更新時に必ず追加するという癖をつけるのが良いと思います。

 もちろん、他のブログサービスには、最初から時系列に目次が別リンクで作られているトコロもありますので、そちらを使われるのも良いと思います。

 最後に、このように自分で作って、月末に公開するという方法には、一つだけ嬉しいことがあります。それは、その日の PV 数が、いつもより多くなることです。過去記事を読んでもらっていることが実感できるのは、作ってる側として非常に嬉しいモノです。なんとか、成果は上がっているのでお勧めしますよ。特に goo ブロガーにはね。


[TB:とある茶屋: 目次を作ろう]
[TB:明日は明日の風が吹く - 目次を作ろう [とある茶屋]]

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 あまりにも予想以上にメダルが取れなかった今回のトリノオリンピックを見ていて、ふと感じたこと。

 結果として、荒川静香さんの金メダル一個だったのだけれど、日本としては、あれが銀でも銅でも注目度はそれほど変わらなかったんじゃないかと思った。 もちろん、女子フィギュアのオリンピック金メダリストってのは、世界的に見るととんでもない価値というか権威があり、その後の可能性も凄すぎるんだけど、それはこの際置いといて。

 ねー、前回の夏季五輪の柔道女子は金メダルラッシュだったけれど、全ての人の顔と名前を覚えてますか?参考

 オレ自身、まったく覚えてない。

 これは仮定で考えるけど、もし今回のオリンピックで、日本のメダル獲得数が無名な選手の銅メダル一個だけだったとしたら、その人は銅なのに国民から名前を覚えてもらえるし、日本に帰れば、これまでのオリンピックで活躍した銅またはそれ以上のメダリスト達よりも、ちやほやされただろうことは想像にがたくない。

 この差ってなんだろうな?って思った。希少価値という価値基準。この考え方って、他にも流用できそうだな、と感じた。

 地味目なカーリングが今回やたら目立ったってのも何か関係ありそう。そーいえば、以前視たドラマだか映画だかを思い出した。内容は、何の競技でもいいからオリンピックに出たくて、近々正式種目になる無名なカーリングに目を付けてやり始めるって話。何だか視点が似てるなって感じた。断片しか覚えてないけど、あれはなんだったかなぁ?


※注意:メダルが何個とか何色がどうのと言う考えは本来好きではありません。今回の記事では、希少価値ということを分りやすく表現するため、引き合いに出しました。その辺り誤解なきようお願いします。

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 はてなブックマーク - 『斬(ざん)』:はてなブックマーク利用心得十箇条のコメントで

shiumachi 『[sbm]1289は常に。6はあんまし考えてない。5710は気にしたこともない。34はよくわからん。未来の自分のために。』
はてなブックマーク - shiumachiブックマーク/ 2005年08月21日
というのがありました。とても素敵なコメントで心に響きました。。

 未来の自分のため。

 これは、ソーシャルブックマーク(以下 SBM )に限らず、ブログにおいても言えるのではないでしょうか。


 オレは以前に、一時このブログにおいてリアルばれの危険性があったため、制限をかけた事があります。そのときに考えたことは、これからどうしていこうか という方向性の見直しと、匿名性重視の方針でした。そして、今ではブログ(サイト)論や WEB 論を主に扱っているブログに落ち着いています。

 そして、その制限中に思ったのが、後でリアルばれしたときでも、なるべく恥ずかしい思いをするブログ内容にするのはやめようと言うもの。もちろん、中には恥ずかしいと感じるものもありますが、これは現時点でバレるとイヤなのであって、もしオレが今突然、この世からいなくなったとき、身内や友人知人にリアルとココがつながったとしても、草葉の陰から恥ずかしい思いはしないで済むようにと心がけています。

 そして、もう1つは、未来の自分を超えて未来の子孫へと。
 
 もし、オレが年を取って、自分の子供や孫がブログをする年齢(今なら高校生くらいか)になったときに、オレのブログを見つける。子や孫はオレのブログとは知らずに、こんなの見つけたと言ってくる。その知らないで語るオレのブログに対する反応。バカにされるか褒められるか、はたまた、どんなリアクションを示すやら。

 全くこれは妄想なのですが、ブログがログの残るものと考えた場合、無いとは言えないですよね。そう考えたとき、未来の子孫に観てもらって誇れる記事を書くことができているだろうか?と、ふと思ったのです。

 もちろん、それほど肩に力を入れて書く事はないのですが、少なくともアダルト系で自分の性を赤裸々に書いたり、攻撃的な批判や愚痴ばかり書いていたり、つまらない独り言の日記スタイルでは「?」ですよね。未来の子孫に


オレの先祖って  _| ̄|○


と、思われないようには、したいと思うのです。
 もともと、それ程たいしたヤツじゃーない平凡なヤツですが、それでも子孫にバカにされる、または恥をかかせる内容を書いていてはどうかと思います。やはりそんなことならブログをしないほうがいいのでは?

 未来の自分のために。

そして、

 未来の子孫のために。

 あなたは、どんな記事を書きますか?

[参考]
なんでかフラメンコ:■[考察]私が2ちゃん用語を使わないワケ

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