『斬(ざん)』
移転しました。
移転先:http://souryuusei.blog61.fc2.com/
 



 『どれだけいいリンク集を作っても元記事が消えてしまっては元も子もない』では、
 そう考えると、SBM(ソーシャルブックマーク) なんてフローとしての価値しかないってことになるね。キャッシュとか『ウェブ魚拓』みたいなもので、消えない状態に保存してからリンク集を作らないといけないのかなぁー
『斬(ざん)』:どれだけいいリンク集を作っても元記事が消えてしまっては元も子もない
 と、はてなブックマーク(以下:はてブ)などの SBS (ソーシャルブックマークサービス)はフローでしかない、と結論ずけたのですが、フローがストックになりそうなアイディアが浮かんできたので書いてみる。

 ウェブ魚拓や google などのキャッシュの保存というのは、著作権上、転載にあたる可能性があり、まだグレーな部分も多いです( google はその手の訴訟で負け続けてるというような記事をどっかで読んだことがある←調べたら勝っていると書かれてる記事もいくつかありました)。はてブなどがキャッシュを取らないのも、そのあたりのリスクを見ているのかもしれません。もちろん、全ての記事のキャッシュを取っていたら、それはそれでデータ量が膨大になるのでサーバーを増やしたり、トラフィックをよくするためにシステムを整えたりと、それらにかかるコスト面も考慮してるとは思いますが。

 それで、キャッシュが著作権上グレーではなくシロになる方法というのは無いだろうかと考えた場合に、不特定多数に閲覧されない、つまり、公開されてさえいなければ、転載にはあたらないだろうという事に気が付く。ならば、認証制にするとか、許可制にするとかあるんだけど、各キャッシュに対して個別にそれぞれ認証を設けるのは面倒だし、利便性も悪い。かといって認証された場合には、どのキャッシュでも閲覧できるとしてしまうと、今度は規模が大きくなった場合に、ほぼ公開と等しい状態になるので意味が無い( mixi の認証制が事実上ほぼ破綻してるのと同じ)。そこで、個別に対応するにはメールしかないのでは?と思ったのです。

 これなら、公開にはあたらないし、個々でのやり取りなので問題がありません。キャッシュが見たい人は、メールアドレスを打ち込む(または事前に登録しておくなどすれば楽になる)ことによって該当記事のキャッシュをメールで送付してもらいます。その仕組みをシステムとして自動送信できればいいのではないかと。

 はてブで言えば、id 登録とメールアドレスの組み合わせを作り同期させる。そして、はてブの User 数一覧ページの上部枠内に、“メールにキャッシュを送付”欄(仮)を設ける。はてなユーザーなら誰でも、そこをクリックすればキャッシュが登録してあるメールに送付される。そうすれば、たとえ元記事が消えてしまったとしても、その内容を読むことが出来る(何が書かれていたか分かる)。

 あと、キャッシュの取得時間が問題となりますが、最初にブックマークされたときを原則として消せないようにする。後は任意でキャッシュしたいときをユーザーがしたいときに出来るように設定する。そして、表示する場合にはキャッシュされた時間を入れて時系列順に一覧表示させれば、元記事が書き替えられた場合などの証拠も残せます。

 ほとんどの記事は、キャッシュを読むなどの行為はしないと思いますが、何年か後には消えてしまう可能性が結構高いものですので、キャッシュが残っていて、見たい(読みたい)と思った記事が個別に読めるようになっていさえいればありがたいと思います。

 これで、リンク集としてのストックとしての役割はなんとかなりそうですが、「欲しいと思った情報を早く見つけられる」ための検索精度やインデックスデータベースとしては、まだまだグダグダなので、そっちについても何とかならないかと思う次第です。

 別にはてなじゃなくても、どっか他のサービスで作ってくれてもいいんだけどさ。

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※注)この記事は2007年2月14日に書かれていますので、現在とは少し状況が異なります。あらかじめご承知の上お読みください。

 最近、更新頻度を計画的に落としているので、アクセス数もそれに伴い下降中です。まぁ、ちょこっとMっけを出して、落ちていく空しさを楽しもうかと自虐的な行動を取っています。これくらいしないと、ネットジャンキー脱出作戦はうまくいかないでしょうから、あえて痛みを与えているのですが、正直失敗した後のリバウンドを考えると怖い面もあったりします。

 で、今の目的の一つが、タイトルにあるようにアクセス煩悩からの解脱(げだつ)です。ブロガーたるもの、なんだかんだ言っても気になるのがアクセス数です。オレ自身もそれ程気にはしなくても、まったく気にならないことが無いのも事実。まぁ、以前のように踊らされることは無くなりましたが、無いよりあったほうが良い、というか程よいアクセス数というのが良いのです。

 ひそかに目標としてるのが、『BLUE_SKY_BLOG』(現在は移転統合されて『碧き流星』にて運営されています)です。この常に800~1500PV,300IP前後の安定したアクセス数に憧れていたりします。ちなみに、拙ブログは、個人ニュースサイトやはてなブックマークなどの影響によってかなり波があり、多いときは 1000IP 超えるときもあれば、少ないときは、100IP 台なのです。それでも昨年末辺りでコンスタントに記事を上げていたときは、平均 250IP ほどで、PV はその約倍くらいなのですが、このあたりが梅田さんの指摘していた
 そんなこんなを色々と考えあわせると、500-3,000PV/日あたりが、Blogを書いていて、けっこう楽しいいいゾーンなんじゃないかな、と思ったりする。そのくらいだと、読みたいと意図して訪ねてくれる人がほとんどで、それ以上になると、背景を知らずに何かの拍子に飛び込んでくる感じの人が増えてくる。
My Life Between Silicon Valley and Japan - ブログのPage Viewについて
 で、拙ブログも実は、その辺りを意識して運営しています。

 ただ拙ブログは、さらに更新頻度を落として、それを維持させたいと思っているのです。しかし更新頻度とアクセス数はどうしても、切っても切れない関係のようで、SEO 対策や良記事を出していかないと、この目標は非常に高いものであると言えるのです。

 それで、現状を考慮すると更新頻度とアクセス数のどちらかを切り捨てないといけなくなります。目的が、飽くまでもネットジャンキーからの脱出にあるので、質の高い記事を書こうとすることは、そこから抜けられなく可能性が高くなります。なのでアクセス数が低くなっても絶えられるようになることが、必要になってきます。

 以前、『趣味のWebデザイン』の徳保さんが、
 身の程を知ることは、絶望の入り口ではなくて、希望の原点だと思います。当サイトは宝くじに当って人気が出たようなもので、最初の機会が与えられなかったらずっと零細サイトだったと思う。そういうことを、毎年きちんと確認しておくことは、もはや自分にとっては欠かせない儀式となっていますね。

 自分が日記を書くために必要な最低限の読者数が、どれほど少ないか。日記を書き続けるためには1ヶ月50ページビューで足りる、これはすごい発見でした。最初の1週間だけだったのです、「こんなところで書き続けるのはしんどいな」と感じたのは。(もちろん個人差はあるでしょう)

 読者が減ることを極端に恐れている人、時々いますよね。私もそういう時期があったのです。そんな人にはぜひ一度、リハビリに挑戦することを勧めたい。1ヶ月50PVまで読者が減っても自分は大丈夫、その体験が、心の重石を取り去ってくれるはずです。
趣味のWebデザイン:人気ブログ病のリハビリ:気楽に更新できる精神環境作り
 と述べられていて、非常に共感したのを思い出しました。拙ブログの人気云々については別としても、自分から見れば、かなり出来すぎているブログになっている。宝くじに当たったってのも、共感する部分で、交流先やブログ黎明期だったなど運に恵まれたことが大きかったといえます。

 以前、競馬ブームだった時かなんかに、とんねるずのノリさんが、

「100円でも、1万円でもドキドキは一緒」

とかなんとか、そんなようなことを番組内で言ってたのですが、競馬で100円賭けても1万円賭けても、live のドキドキ感に変わりは無いってことで、ギャンブルの格言の一つらしいです。

 これを、アクセス数に当てはめてみればいいのかもしれません。一日100PV でも 10,000PV でもドキドキは一緒だと。確かに数が多ければ嬉しいけど、欲望に際限は無く、最初 100PV 達成で得た喜びも、いずれは満足できなくなり、それが 500PV、1,000PV、10,000PV となり、きりがありません。だから、1ヶ月 50PV で大丈夫な自分作りをしたいと思いますね。
 ただ、問題なのは、草稿中の記事が増えて過ぎて困るんだよねぇー
[関連]
斜めうえ行く「オクノ総研 WEBLOG」:個人ブログの快適ゾーン


[TB:My Life Between Silicon Valley and Japan - ブログのPage Viewについて]
[TB:趣味のWebデザイン:人気ブログ病のリハビリ:気楽に更新できる精神環境作り]

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 最近、ブログの記事における価値というものがどういうものなのか、ちと気になっている。

 一番最初に思いついたことだけど、ブログの記事というのは、「刹那(せつな)」なネタがもっとも価値が高いと言えそうだ。ということ。

 自分の中では、ブログはフローであるという結論に至ったわけですが、ではフローにおけるもっともな価値について考えると、やはり即時性に他ならない。つまり旬な話題こそが命なのだ。だから、消費されない記事よりも消費される記事のほうが、注目を集めやすい。

 分かりやすい例で言えば、小難しい論文のほうが社会にとっては有益であり、価値が高いといえる。でも、そのような記事は一部の人には凄いお宝だけれど、ごく一般人からすれば専門的過ぎて、読む気さえ起きないモノも多いだろう。逆に、今の話題のニュースのことや流行りモノについての少しまとまった考察や、エッジの効いた鋭い視点で書かれた面白い記事なんかは、かなりの確率で注目を浴びることが出来る。

 でも、そんな流行りモノの場合は、その流行が終われば、そこで終わり消費される。

 だから、注目を集める記事が、必ずしもいつまでも価値があるわけではない。というより、賞味期限の問題になるのかな。刹那的な価値という意味では、価値があるわけですからね。

 ブログで記事を書く場合は、やはり、その刹那を意識しないとダメでしょうね。めまぐるしく移り変わる話題について、サッと自分の考えを纏め上げて記事を書く。それで、ある程度話題が盛り上がって去っていったら、さっぱり忘れる。これくらいが丁度いい。もし、いずれ時が経って同じような話題がループされて盛り上がったら、その時またその時の気持ちを書けばいい。

 ブログの記事はログが残るものですが、実際、ログがいつまでも残るかといったら、これが結構曖昧なんですよね。

・サイト主が、ログを消す。
・(ブログ)サービス側が、ログを消す。

 など、意外とこれらが多いというのが実状です。5年も前の記事を探しても、残っている可能性は低い。

 消えることを前提として、その都度アップデートするように、同じことを繰り返して書いていく。そうすることで、最新版状態を維持する。というのがブログの使い方として、最もいい方法なのかもしれない。

 その中から、たまによく出来た記事が話題になるものなんだろうな。だから、ブログは最新記事が一番注目を集めるのだろう。

 ブログというのは、時間間隔が少し長めなチャットだといえそうです。


[関連]
『斬(ざん)』:消費されるブログ記事

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 よく、アクセス数がいくつだったとか記事の端々で見かけるけど、これって非常に基準が曖昧なんですよね。

 まずは、PV といわれるページピュー。これは、あるページを開いた総回数だから、自分が何度も開けば、その都度カウントされ増えて変わってきます。つまり自演が可能になります。
 
 あと UU(ユニークユーザー)とか IP( goo の場合)というのもあって、これはユニークアクセスといって訪問者数を表します。すなわち訪問者が、そのサイト(ブログ)のどこを何度見ようと一日一回のカウントです(まぁ、裏技はあるのですが、それは別として)。厳密に言えば、少し違いますが、目安としてはこんな感じですね。

 そのほかにも、RSS 講読をカウントする場合としない場合もありますし、外付けのアクセス解析によっても、そのカウント数はまちまちです。もちろんブログサービスによっても違うわけで、何を基準にというのは、結構曖昧だったりします。だからサービス元の違いで他とは比較出来なくなるし、アクセス数が 100 以上とか 500 以上とか 1,000 以上なんてのは、甚だいい加減な面を持っているのです。

 それでも、大雑把な指標にはなるんでしょうけどね。結局アクセス数が多いほうがいいっていうのなら、それらを多くカウントするサービスでブログなりサイト運営するほうがいいってことでしょうね。そのほうが、後々になって、お金の絡むようなサービスを始める場合には、「うちは毎日○○アクセス以上あります。」って言えて、いい条件ではじめることが出来たりする可能性もある。他のサービスだとその半分って場合もあり得るし。アクセス数というのは、基準が曖昧なのに、なぜか幅を利かせているので、アクセス数がより多めに欲しい方には、有利なブログサービスのアクセス解析が付いているトコロをお勧めします。もちろん、goo ブログは RSS からのアクセスをアクセス数に加えていませんので、そういった方々にはお勧めできませんけどね。

 でも、何でこういったのって標準というか基準ってのを統一できないんでしょうかね?

 あ、あとテキストサイト界隈以前からのサイトなんかによく見かける、hit って表現だけど、あれは、PV なのか IP なのかどっちなんだろうか。こちらも何基準なのかよくわかりません。

 で、調べてみたのが、『とほほのWWW入門:アクセス数の数え方』なんですが、そうすると、ヒット数なんて、画像いっぱいあれば倍々になるわけですね。そして、この「とほほ」のリンク先にあるアクセス数の項目の中でも、サイトによってアクセス数の計測方法がまちまちと書いてある。やっぱり曖昧なんですね。一番見栄を張りたい人は hit 数で表現しておくといっぱいあるように見えていいようです。

 サイト運営者の誰もが気になるアクセス数というものが、こうまで曖昧なままなのってどうなんだろうか。デジタル社会の最たる電脳なるネットで、この不明確さのアナログな意識というのが、何とも…… でも人間味があっていいようにも思いますけどね。

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説明セリフ在庫処分 - 一番最初にブックマークする人の心理について

 からの触発。オレがソーシャルブックマークをする場合(公開が前提)において、ブックマークするのをためらう時というのを考えてみた。

・セルクマ(セルフブックマーク:自分の記事にブックマークする)
・1get (一番最初にブックマークする)
・ブックマーク常連人気ブロガー(サイト)の記事(GIGAZINE、アルファーなんちゃらと呼ばれてる方々など)
・エロ(アダルト含)系、グロ系、アイドル系のネタ
・著作権侵害ネタ(Youtubeやコラージュなど)
・電波な方の記事
・喧嘩売ってる系の記事
・プライベート関連モノ
・ストッパーになりそうなブックマーク
・時間帯が悪い

(気が付いたら随時追加予定)


以下、それぞれ詳しく。

◆セルクマ
 ・ほとんどしない。しても基本的には、ブクマに対するお返事が主で、後で消すことがほとんど。理由は公開でする必要性をあまり感じないから。

◆1get
 ・触発元の記事では、
誰もブックマークしてないエントリにある敷居の高さって、後々にブックマークしてるのが自分だけだったりして「ブックマしてんの俺だけかよ!もしかしてズレてる?はずかしぃー」みたいなそんなリスクがあったりするわけですよ。
説明セリフ在庫処分 - 一番最初にブックマークする人の心理について
 と、書かれているが、むしろ、オレは自分しかブックマークしない記事をブックマークするほうがいいとさえ思う。これは、ブロガー(ブックマークされる)側からの考えだけど、たとえ一人だけであったとしても、心を動かした証が残るのなら、そちらのほうが断然いいと思うからです。その 1User はもしかしたら、その相手からとても印象に残るブックマーカーになるかもしれません。そう考えれば、自分しかブックマークしていないことなど、恥ずかしくない。むしろ、誇れるくらいだ。
 
 なぜ、こうも同調圧力というか、自分の意思が無いんだろうか?人は人、己は己で何が悪いのかさっぱりわからない。

◆ブックマーク常連人気ブログ(サイト)の記事
 ・実はこれが一番ためらう。ソーシャルブックマークをある程度していると、おおよそ、この記事はかなりブックマークされるだろうな、ということが分かるときがある。それの 1get 出来る状況の時などは、必ず避けます。それはなぜかといえば、自分が付けるのは、たまたま他者より早かっただけに過ぎないから。そーゆーのは、非公開でひっそりとリンク集に加えます。むしろ、無名でもいい記事なら、率先して 1get したい。だって、多くのユーザー数を獲得できるのが分かってる記事など、わざわざソーシャルでブックマークしたって価値が無い。ただし、個人的にお気に入りなブログの場合、例外はあるけど。

◆エロ(アダルト含)系、グロ系、アイドル系のネタ
 ・ほとんど、非公開のリンク集でもこれはしないんだけど、きわどい場合は、公開でするのは避ける。きわどいの基準は、かなり偏っているので、人によっては、何で?というのもかなりありそう。

◆著作権侵害ネタ(Youtubeやコラージュなど)
 ・これも、直リンクは極力避ける。とあるサイトなので紹介してる場合は、そのサイトにリンクする形にしてる。今のところ、グレーなモノは間接的なブックマークしかできないなぁー

◆電波な人の記事
 ・これは、なぜかといえば、絡まれる可能性(危険性)があるから。これって結構面倒なことになりやすいんですよね。だから基本的に公開ではしない。「君子危うきに近寄らず」です。要らんことで、時間を奪われるのは回避したい。

◆喧嘩売ってる系の記事
 ・同上、同内容。

◆プライベート関連モノ
 ・これは、仕方ない。個人情報漏洩は避けたいですから、極力しない。

◆ストッパーになりそうなブックマーク
 ・裏の大本命が実は、この手のブックマーク。多数のユーザー数を獲得してる記事で、ブックマークがまだ続いてる流れの中で、ブックマークしたのに自分で打ち止めしちゃって、後が続かない場合。いわゆるブックマークストッパー。これって、なんだか、オレがブックマークしたから、もう止めようって思われたんじゃないかと、要らんことを考えてしまうときがあります。そして、ブックマーク先の方に非常に申し訳なくなります。だからオレの場合は最初よりも最後のほうがはずかしいですね(流れではないブックマークの場合は除く)。

◆時間帯が悪い
 ・真夜中だったり、朝早くだったりのブックマークはあまり出来ない。おまえいつまで起きてんだよ!って思われたり、早起きしすぎだろ!って思われるのはイヤなんですよね。あと、日中の場合、仕事中にサボってんじゃないよ!ってのもね。ちゅーか、SBM でもっとも、イヤなのが、ブックマークしたときが分かってしまうというのなんですよね。「その時、おまえはそこでブックマークしてただろ」ってのが、第三者に分かってしまうことって、凄く怖いと思う時があるのです。だから、ブックマークする時間帯はわりと意識している。だから、時間の分からないリンク集にして一括更新するほうが、気が楽なんだよね。別ブログで、最初に今日の行動を書いたりするのも、その影響からってのもあるかな。割り切るためにね。



[関連]
忘却防止。 - ブックマークをためらう5つのシチュエーション

[TB:説明セリフ在庫処分 - 一番最初にブックマークする人の心理について]

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顕名・実名の人の言及に対して匿名の人が「失礼」というのは成立するのか? : ARTIFACT ―人工事実―

 を読んで、思ったこと。
 『Life is beautiful: その「頭がいい人は成功して当然」という発想が甘すぎる』(以下:件の記事と略す)のコメント欄に「元記事の作者」さんが、現れたのですが、このコメンテーターが本当に元記事の作者かどうかというのが、とても気になりました。件の記事のはてなブックマークでも
はてなブックマーク - おちゃめクールの周回遅れはてブ / 2007年02月26日
本物だとして、
 と、そのことに触れているのは、知る限り一件だけです。なんだか、多くの方は素直に受け入れているようで、それがちょっと恐く感じました。

 たぶん、件の記事のコメント欄へ書き込んだ「元記事の作者」さんが『頭のいい人が成功できるかどうかの境目』を書いた作者と別人とはオレにも思えないのですが、残念ながら確証というか、担保するものが見当たりません。

 もちろん、コメント欄に書き込むこと自体、そこに書かれているハンドルネームが、実名や顕名でネット上に居場所を持っている同一の本人かどうかというのは、URL やメールアドレスを入れたところで疑わしいのですが。
参照:ekken♂ : そもそも他人のブログのコメント欄では誰もが「匿名」かもしれない(検索元:ekken♂ 「コメント」ブログ内)

 しかし、実名や顕名でネット上に居場所を持っているのならば、最悪の場合、問い合わせることで、ある程度確認を取ることは出来ます(もちろん、嘘を付かれてしまう場合もあるので確実とは言えませんが)。しかし、匿名ダイアリーで書いた場合は、その特定がさらに困難となります。実際、件の記事のコメント欄に複数の「元記事の作者」さんが出現した場合、どうなるでしょうか?

 もちろんブログ主が、個々のコメントの IP アドレスを調べて、同一人物かどうかをある程度特定することは出来る(IP も一度回線を切って、また入りなおせば変わってしまうので、これも確証は出来ないでしょう。)かもしれませんが、第三者には、ブログ主が開示しない限り分りません。やはり、個人として向き合うのなら、コメント欄でやりとりするのではなく、自分の居場所を作って、トラックバックなどで行い、そのやりとりを当事者間で認識できる状況を作るほうが、双方及び閲覧者にとって、発言者の特定や確証がえやすいです。匿名者には、そういった配慮が必要になるのではないかと思います。

 特に今回のような揉め事になった場合は、他の人も色々と書き込んできます。悪意あるコメントが書かれる可能性も高くなります。成りすましが出現することも十分ありえます。ですので、最初は匿名であっても、個人として対応するのなら、その時点で、個人の同一性を保証する必要があるのではないでしょうか?

 件の記事のコメント欄には、「元記事の作者」という名の書き込みが複数ありますが、それが全て同じ人物かどうかというのが、すごく気になりました(なぜか一つだけ、リンク先がメールアドレスになっているのがまた謎を深める)。

 個人的には、匿名の場で書いたのなら、言及されたからといって個人として書き込むのは、ちょっとおかしいと感じました。匿名でも個は確かに存在するとは思いますが、そもそも多数のユーザーが匿名で書き込む場を利用しているのに、そこで個を持ち出すのはルールとして成り立たないのではないかと思います。もちろん、何をもってルールとするかは、難しいのですが、同じ土俵では無いという事でしょうかね、顕名と匿名では。

 なぜなら、最低限同一者の書き込みであることが保証できない限り、対話型の議論は出来ないでしょうからね(今回のは議論というよりクレームですけど)。

 もし、匿名ダイアラーが個を持ち出すのなら、2ちゃんねるのトリップのような個を特定できる機能が必要になってくるのではないでしょうか?

 ただ、それはそれで匿名性が保持できなくなるという、匿名ダイアリーの存在理由との根本的問題をはらんでいるのですが、匿名ダイアリー内での個の特定というのは、今後議論の余地があるのではないかと思います。


[関連]
Latest topics > 匿名で書いておいて自己弁護する人 - outsider reflex

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歓楽叶わぬ納骨堂庭園 - 終わっていないような終わったような

からの触発。バトンは基本的にはしません。今回は、内容に興味があったので、そのことについて書きます。

 ブログが既に終わっているかどうかについては、よく分からないというのが正直な感想です。何をもって終わったとするかは、いろいろな視点があるので、一概には言えないと思います。なので、自分にとってのブログについて書きたいと思います。

 自分にとってのブログは、既に終わっています。ブログがフローだと自分の中で帰結した時に、終わってしまいました。それは、自分のやりたかった(目指していた)モノとは少し違うな、と感じたからに他ならないです。

 その辺りは、まだ草稿中のいくつかの記事の中に分けて詳しく書いてあるので、完成してアップするまで待ってください。ちと焦らしますがお許しを。

 そして、可能性については、今のところ、それに代わるものが出てきていないので、無いかな。今後、ブログに関連するツールや機能でストックと上手く同期できるようなモノが出来ればすっごくいいんだけどね。そーゆー期待感は捨てたくはないですが。

 ただ、これはブログではなく、情報という意味において、質の高い記事が見つけにくくなったと感じています。はてブにおいて一時期は、質の高い記事を集めやすくなったけれど、はてブのユーザー数が増えるにつれて、質は落ちているように感じます。それは、自分の目が肥えたのか、それとも興味が薄れたことにより質に対する視点が変わったのか。

 どちらにしても、あまり悲観的には思いたくは無いのですが、とりあえずブログバブルははじけたと言えるでしょう。だから、この先は、何かと融合していくか、まったく別の何かがとって代わっていくかしていくのだと思います。
 「ブログは終わった」のではない

 ブログは、日常になったのである

 人々が、ブログに持っていた幻想が消え去った、それだけだ
ブログは、終わったのか?|とりもなおさず
 とあるけれど、その幻想ってのが、何を意味しているかが気にはなりますね。いわゆるプロブロガーと呼ばれるような、ブログで食っていけるようになる土壌が出来ることなのか、ブログがメディアとしてジャーナリズムの権威になることなのか。それぞれのブログに対する幻想は違うものではないかと思います。

 なんにしても、草創期の濃いコミュニティが薄れたことにより、面白みも同様に薄れています。新たな、自分に合った面白いコミュニティが出来る土壌がどこかにできるのを期待してるんですけどね。


[関連]
『斬(ざん)』:ブログピーク期の終焉

[TB:歓楽叶わぬ納骨堂庭園 - 終わっていないような終わったような]
[TB:ブログは、終わったのか?|とりもなおさず]

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 ブログを運営していると、他のブロガーとネタが被る。または、ちょうど同じことを考えていたところなどに出くわすことが、たまにあります。「それ今書こうと思ってたところですよ」ってな感じ。

 それで、そういったことが、果たして偶然なのか、それともある程度の必然性があるのかといったことを考えたのですが。確かに、まったくの偶然もあると思いますが、必然な場合が結構あるのではないかと考えて推論を立てて考えたいと思います。

1.場の空気や流れ
2.ある記事に対しての触発
3.複数の同一記事を読んだことでの触発


の、3つが考えられるのではないかと思います。


1.場の空気や流れ
 自分と同じコミュニティでの話題には、ある程度の場の空気感やその場の流れというものが存在します。端的にいえば旬な話題や流行といったものです。これらを注目している人は同じコミュニティ内では多く、同じ記事を同じ時期に読んでいる可能性が高いですから、影響を受けて触発されて記事を書く場合には、同じことを書いてしまう可能性があると考えます。


2.ある記事に対しての触発
 空気や流れとは別で、ある記事を読んで、そこからインスピレーションを感じて書いた記事というのも、同じように、ある記事を読んだ人がほかにも多数居れば、その人の書いた記事と同内容になる可能性もあると考えます。


3.複数の同一記事を読んだことでの触発
 特に、どの記事にインスピレーションを感じたわけではなく、複数の記事を読んだ結果、あることに気が付いたり辿り着いて、記事を書く衝動が訪れるときがあります。
 それと同じように、複数の似た記事を読んだ結果、同じような記事を書く場合もあると考えます。この場合は、どのような順序で辿り着いたかは問いませんし、その複数の記事の順序も違う場合もあると思います。とにかく、キーワードとなるような文章を複数読んだ結果が、同一の内容に集約されていくケースではないかと考えます。


 特に、2と3については、言及先を特定していない場合でも、「あ、たぶん、あの記事読んで書いているな」というのが、分かる場合もあったりします。複数の場合でも、それがどことどこを読んでいるかが分かるときがあります。直接問い合わせたわけでは無いけれど、かなり高い確率で、合っているのではないかと思います。そう感じたことのあるブロガーも多いんじゃないでしょうか。

 これらには、ある法則というか、「衝動スイッチ」が存在し、脳内で蓄積された記事同士があるキーワードや関連によってリンクされ、1つの結果(ネタ)に辿り着き、その思い付きを記事にしたいという衝動が起きるのだと考えます。その結果、書かれた記事がまったく異なる結論になることもあるでしょうが、逆にほとんど同じことになる場合も多いのではないかと。

 ただ、行動パターンは、人それぞれなので、偶然の一致が、なぜ同じタイミングで起こるのかについては、よく分からない部分ではあります。特に3のケースでは、過去記事だったり、まったく知らない記事であったり(断片の内容については同じ場合で)するケースもあると思われますので、「衝動スイッチ」の同期が、どのように起きるのかというのは、まだ謎が多いです。ただ、とても偶然とは思えない場合が多いので、これからも興味を持って注目していきたいと思います。

[関連]
『斬(ざん)』:脳内で蓄積されていく記事リンクを増やすことが大事

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 はたして、オレのネット上での知名度ってのはどれくらいなのかなぁ?とふと感じる。まぁ、それ程有名ではないけど、はてブ界隈では、少しは名前というか、「あぁ、あのブロガーか」くらいなモンなんじゃないだろうかくらいにしか思えないけど。どうなんだろうか?

 まだまだ Web 世間は広いし、伝わる余地は余りあるほどだろうケドも。なんちゅーか、ある程度、存在感があれば、更新頻度を落としても忘れられることも無いだろうし、落とした中で、クリーンヒットな記事を出していけば、毎日あくせく更新しなくても、ぼちぼちでも置いてけぼりを食うことも忘れられることも無いんじゃないだろうか?
私は近頃、自宅でPCの電源を入れない日が数日続いたりしてます。 私自身、ブログに興味がなくなっているのかも?
takoponsの意味:■カクテルパーティガール……もとい、効果。(コメント欄)
 のレスをもらってふと考えてみた。たぶんだけど、丁度たこぽんさんとオレとは、知名度というか、存在感は似てるんじゃないかと思うのです。で、たこぽんさんの状態を自分に当てはめてみた場合に、これからは、あまり無理してガツガツすることも無いのかなぁーと思ったりしている。

 最近、やっと、ブログ(ネット)との距離感をいい感じに出来るんじゃないかと期待している。過度の依存から脱却する。しかし、まったく興味がなくなるのではなく、ある程度の興味を示しつつ、それ程熱くもならずで。時に注目すべきときは、ガッツリ絡んで、それが過ぎたら、また少し離れて、と。そんな環境を整えたいと思うのです。

 正直、PC の電源を入れない日は無いので、入れない日を設けてみるというのは、案外良い案なんじゃないかと実践してみたくなった。LSTY さんのように、土日はお休みってのもあこがれるが、これは記事編集をする関係で難しいので、定休日を設けることで対応したいんだけど、何曜日がいいんだろうか?今のところ、面白い話題が出ないのは、金曜日と日曜日なんだよね。

[関連]
大須は萌えているか? なぜ毎日書きたいのか


[TB:takoponsの意味:■カクテルパーティガール……もとい、効果。]

追記(2007.02.06)
・関連にリンクを一つ追加。

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教えて!goo :突然来なくなったレスあれとかこれとか (Lefty) そんなもんかねぇより)
のやりとりより。ちょっと分かりやすく質問の内容を要約すると

 ・主人公は、ある男性のブログのコメンテーターで女性
 ・質問主は、主人公の友人(女性)
 ・主人公は、男性が運営しているブログのコメンテーター第1号
 ・全体の半分くらいの記事にコメントをしていた
 ・コメントをすれば必ずレスが返ってきた
 ・男性ブロガーは凄く忙しい人
 ・先日久々に記事が更新されたので彼女はコメントを書く
 ・今日で3日経つのに、レスがない。
 ・その3日間でブログ内に新しい記事のアップがある
 ・その記事に別人のつけたコメントにはすぐにレスがつく
 ・私は嫌われたのか?もうコメントしない方がいいのか?と主人公が悩む

といった、経緯での質問なんですが、ややこしいコメンテーターを持ったもんだというのが最初に感じたこと。重いことこの上ない。これじゃー、ブロガーに負担を強いている。まぁ、気持ちはわからなくも無いけれども。
 
 確かに、この断片の流れだけでは読みきれない部分もあるのですが、

 まず「コメンテーター第1号」に、なんか特権ってあるの?

 もちろんまったく無いとも言い切れないだろうケド、それはコメンテーター側が持つことではなくって、ブロガー側が持つものでは無いでしょうかね?

 思ったのは、最初は丁寧にレスつけてたけど、レス必須じゃないからそろそろ方向転換しようって男性ブロガーがスタンスを変えただけじゃないのかなぁ。もしくは、それで更新が滞るのがいやだったか。忙しいし、レスできるモノだけにしようというね。

 で、この質問のやりとりの中で
ただ彼女としては、ブログ主である彼が忙しくて彼女にレスができないのは理解できるが、現に彼女のコメントの後に新しい記事がアップされている訳なので、「新しい記事を書く時間があるのなら別に忙しくないじゃない!」といったところだそうです。
 ってあるのですが、ブロガーの立場からすれば、記事書くほうがレスつけるより楽な場合が多いですよ。だって、コメントレスは、与えられたコメントに対して書くのですから、書く内容が限定されてしまう。たとえ記事に対するコメントでも、必ずしもその内容に興味がもてるとは限らないですよ。その場合、レスの負担は、記事を書く負担より大きいはずです。なんせ興味が無いのにお返事はしなければという義務感が発生しますからね。相手があるのでいい加減には出来ないというのもあるし。

 なんというか、ちと自己中心的かと。困った常連さんですね。他の読者も彼の新しい記事を待ってるかもしれないのですから、読者を中心に置けば、ひとりのコメンテーターのレスより新しい記事を優先するでしょう。確かに今まではレスを毎回もらえたけど、いきなりもらえなくなったからショックな気持ちはわかりますけどね。ただ、彼女に対する特権をやめたってことなんではないかと。

 それより、今まで負担を強いていた可能性を考慮して、「レスしなくてもいいです。気にしないでください。」とコメンテーターから言えるくらいの気持ちでなければね。

 もし、そのブロガーがコメントレスが負担になってブログやめちゃったら、元も子もないでしょうに。場が無くなったら、コメントも出来ないし、コミュニケーションも取れないくなるわけでして、もう少しコメンテーターの立場みたいなものを考えてみて欲しいかなと。

 ブログやってみれば、コメントレスが、思った以上に難しいかよく分かりますよ。だから、オレはコメント苦手なんですよね。相手の負担を考えたうえでコメント書くってのが、難しいから。でも、記事についたコメントに時間をかけてレスするのは、負担は大きいけど、実りも大きい場合もあるのでね。特に参考になったり、補足されたり、気付きを得られる場合も多いで、それは貴重でたいへんありがたいですけれど。

 と、こーゆーことを書くと、このブログのコメント欄の敷居が高くなるんだよね。ただ、オレはコメントには極力レスするけど、必須とは考えてないので、お気楽にどうぞなんですけどね。

[関連]
『斬(ざん)』:コメントレスを強要するのはやめようよ
『斬(ざん)』:一行でもコメントのレス強要はよくないと思います


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 以前から、個人的なポリシーとして、サイト(ブログ)のコメント欄や掲示板などにはじめて書き込む場合には、挨拶として最初に「はじめまして」を極力入れるように心がけています。しかし、最近ちょっとしたことがあって、あれこれとまた考えていました。

 結論から言うと、「はじめまして」はやめる

になったのですが、ではそのいきさつを。

◆「はじめまして」をなぜ書くか。
 ・相手への敬意
 ・コミュニケーションの円滑化
 ・コメントのタイトルでつまずくのを回避する

 の3点なのですが、「相手への敬意」は、間違えて既に初めてではない場合には、逆に失礼になってしまいます。そうなると「コミュニケーションの円滑化」では無くなってしまいます。また、相手のサイト(ブログ)の運営ポリシーに「挨拶は必要ない」とあった場合には、やはり書かないほうがいいから、余分なことになってしまいます。「コメントのタイトルでつまずくのを回避する」は、特に無ければタイトルは入れなければいいので、別段困らないです。

 以上の理由が、「はじめまして」をやめる主な理由です。
 しかし、挨拶をノイズという考え方はすこし違うと考えますので、挨拶はあったほうがいいという考え方自体に変わりありません。そして、挨拶されれば返したいというか、返すことが当たり前という考え方に変わりはありません。なので、されるのはご自由に、です。ただ、こちらが返事を忘れたりする場合もありますので、その場合はご容赦いただきたいです。もし挨拶の返事が無かったとしたら、それは単に忘れてしまっただけで他意は無いです。

 もう少しだけ余談を書くと、最近ソーシャルブックマーク( SBM )や RSS リーダーなので、記事やコメントを大量に読みます。ですので、どの方と絡んだのかの線が非常に曖昧であり、その数も増えすぎているため、管理できる状態では無くなっています。さらに、忘れやすい自分の性格も手伝って、初めてでは無くても、数ヶ月前に一回くらいの絡みでは忘れている場合も増えています。その辺りを考慮に入れると、「はじめまして」はもう破綻していると感じます。

 極力失礼の無いようにということでの判断です。元々覚えていないのが失礼なのではありますが、覚えきれないというのも、正直な現実であり、切実(ってほど大げさではないかもだけど)な問題です。

 ですので、本来は、初めての方には「はじめまして」を入れたいんだけど、という気持ちがあることだけは分かって頂きたいと思います。

 以上の結果より、今後、自分からの「はじめまして」ではじまるコメントはやめます。

 ついでに「おはようございます」、「こんにちは」、「こんばんは」は、相手がいつ読むかで、返答に迷う場合があるので、こちらも極力しないです。

 「やー」とか「どうも」というのもいいかなとも思いますが、なんか馴れ馴れしさもあるんですよね。いつでもどこでも誰にでも使える適切な挨拶ってなんかないでしょうかね。

[関連]
はてなブックマーク - 『斬(ざん)』 コメントにおける「はじめまして」について考える

追記(2006.12.23)
・関連にリンクを1つ追加。

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  ner さんの『ner式:キミはてな、ぼくgoo、みたいな帰属意識』の記事は、2006年08月24日の日付になっている。これは、『『斬(ざん)』:サービス提供元の別のサービスを必ずしも利用する必要はない』(2006年08月11日)にトラックバックをいただいた記事なんだけど、最近になって、はてブで注目されました。
参照:はてなブックマーク - ner式:キミはてな、ぼくgoo、みたいな帰属意識

 1get されたのが、愛・蔵太さんなので、その影響力も手伝って、注目されるのは分かるのですが、なぜに、オレの記事にトラックバックが入った時点で、盛り上がらないんだろうかと。ちょっと自分自身として情けなくもある。それと同時に、トラックバックの記事って、やっぱりあまり読まれていないのかなぁってのも、思いました。

 そうしてみると、まだまだ掘り出し物のお宝記事が埋もれている可能性も高いですね。ただ、これを裏返して考えてみると面白いことに気が付いた。結構一時期盛り上がった記事で、その数週間後くらいになり、話題が通り過ぎてから入ったトラックバック記事ってのも、案外お宝が埋まっている可能性が高いかも。

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 衆愚だ衆愚化だのと言われて久しいはてなブックマークですが、解決策というかそのヒントみたいなことを思いついた。

 たとえ話になるんだけど、まず人気のラーメン店をイメージしてもらいたい。
 “ウマイ”と評判のラーメン屋さんには、昔ながらのツウの常連さんと、話題で訪れた一見さんが居る。で、多いのは一見さんなんだけど、ラーメン屋としては、どちらも大切なお客さん。

 そこで、何をもって、この両者間を満足させるかというと、トッピングやシステムだと思うのですよ。もちろん接客や味ってのも重要なんだけど、今回は同等の満足度と考えて対象外とします。

 イメージとしてはラーメン二郎あたりを想像してもらうと分かりやすいです。常連客ってのは、トッピングに懲りますよね。野菜マシ、にんにく多め、スープカラメなどなど、いわゆる自分好みのトッピングを選べる楽しさってのがあります。そのほかに、麺かためとか、味玉入りとかネギ多め、etc でいくらか払うとトッピングを追加できるサービスもあります。

 一見さんは、デフォルトでいくか、もしくは常連さんの頼み方を見て、それなりにチャレンジしてみたりするのも楽しいですし、次回はこれをトッピングしようなどと楽しめます。それが、再訪への足がかりにもなっていたりもするわけです。

 それで、ここから本題の衆愚化の問題なんですが、常連さんと一見さんをそれぞれブロガー兼ブックマーカーのヘビーユーザーとブックマーカーのみのライトユーザーとに分けて考えます。そうすると、はてなブックマークのトップページを常連用にトッピングできる仕様にすればいいというのが浮かび上がってくるのです。

今できるのは、せいぜい「注目(の)エントリー」の閾値をを 5Users か 3Users に分けられるくらいですが、これをさらにホッテントリでも、Newの付いた記事だけにする。とか、ブロガー兼ブックマーカーの記事のみにする(この場合は登録しないといけないけど、個々のはてブには、サイト登録ができるようになっているので、それを割り当てればいい)とかの選択肢を盛り込むともっとよくなるかも。

 今あるカテゴリ(すべて | 読書 | 音楽 | 映画 | ウェブ | コンピュータ | 動植物 | アニメ | 食 | スポーツ | ゲーム | マンガ | アイドル | 地理 | アート | サイエンス | はてな | 一般 )ってのは、(常連には)ほとんど利用されていないんじゃないかと思います(はてブニュースのほうが便利だから)。だから、それとは別の、ツウ好みトッピングを用意してみるといいのではないかと。

 たとえば、
 ・被お気に入り数の多いブックマーカー順の羅列リンクとか
 ・自分のお気に入り順の羅列リンクとか
 ・任意のブックマーカーの任意のタグのリンク集とか

 はてブのトップページにトッピングが出来るようになっているほうが、自分のブックマークでトッピングするより効果的なんじゃないかと思いますけどね。
 ただ、作った本人が、「トップページはあくまで飾りです、的な。」などと、人事のように言ってるのであまり期待は出来ませんけどね。
 何なら常連用のトップページを作って、そっちとどっちをデフォルトにして見るか選択できるようにすればまた面白いかもね。

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忘却防止。 - ささやきが漏れ聞こえるとき~はてブのプライベートユーザの仕様をめぐって

 からの触発。といっても、はてブじゃなくて、はてな RSS のプライベートモードでの話。

 オレ自身、はてな RSS をプライベートモードで使っているのですが、これが、意外な部分で漏洩してしまいます。自分のはてな RSS の記事リンクから、はてなユーザーのダイアリーに飛んだ場合、そのダイアリーにリンク元表示の設定があると、RSS の URL が、アクセス元として残ります。つまり、RSS 登録して講読しているのが漏れるのです。そして、フォルダ名も URL に含まれているので、どの名称のフォルダに入っているかも分かってしまいます(まぁ、大手なところで1アクセスなど表示しないトコはいいのですが)。

 オレは特別困ってるわけではない(フォルダ名称がブログサービス名になっているのが多いため)のでよいのですが、場合によっては困ったことも起きそうです。

 プライベートモードだからと思っておかしなフォルダ名にして、そこに入れていたとしたら、それはもう、はてブのそれ(タグ)よりもタチの悪い、険悪な状況が生まれかねません。ましてや、それが交流先で、普段は仲良さげだったのに、そのリンク元を見て、
「こいつは、裏表のあるやつだ!」
ってな、ことにも場合によってはなりかねないのですよ。

 これは、mixi ユーザーよりもリテラシーが高いであろう、はてなユーザーに仕掛けられた、高度なトラップなのです。これくらい、はてな使ってたら知ってて当然!ってスタッフは思っているに違いない!

 知らなかった、そこのあなた!もう後の祭りかもしれませんよ。

 はてなのサービス間のリンクによるつながりは濃すぎるために、プライベートモードだと、何かと漏れやすい構造になっているのです。知らないで URL を抜かれて、晒されてますからね。ま、それがはてなの良さでもあるからね。

 結局、まだ Web 上では、プライベートモードってのは、なかなか確立できていないということです。ちゅーか、不特定多数に情報発信が基本だから、特定の相手(または個人)向けの使い方ってのは、サービス側にとっても、それ程益があるわけじゃないから後回しにされやすい面もあるのだろう。それは仕方が無いことなので、Web サービスを使ってる以上は、プライベートモードには、常にちょっとした漏洩リスクがあるってことを前提で使わないとね。もちろん、いずれきっちりプライベートでも使えるようには、してもらいたいですけどね。

[関連]
また君か。@d.hatena:■[実験][はてな] はてな RSS を使ったショートメッセンジャ実験
はてなブックマーク - 『斬(ざん)』 Web 上でのプライベートモードは危険なモードですよ

[TB:忘却防止。 - ささやきが漏れ聞こえるとき~はてブのプライベートユーザの仕様をめぐって]

追記(2006.11.19)
・関連を2つ追加

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 「ネタが無い」とか「書けない」とか聞くけど、ネタが無きゃ書かなきゃいいし、書けないなら無理して書かなけりゃいい。

 インプットしたい時は、すればいい。そうしてればそのうちお腹一杯になって、自然にアウトプットしたくなるさ。それまで、焦らず待ってりゃいいさ。

 ちゅーか、他所でも少し触れたけど、アウトプットしたくなったら、今度はどうやったらアウトプットしないでいられるかを考えるほうが面白いよ。したくしたくてしょうがないのに、しちゃダメだって、抑制かけるのって結構そっちを止めようとするほうが難しい。

 ネタが無くて書けないんなら、書かないでいれさえすれば済むわけだからね。アウトプットしたくて書かずにはおられないのに、それをしちゃダメだのほうが、よっぽど苦痛だよね。

 じゃーなんでアウトプットを抑止しなきゃいけないのさって言われると困るけどね。どっちがイヤかっていったら、ネタが無いよりネタを書いて上げちゃいけないって言われるほうがヤだよって話です。

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