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ナースホルン製作記 ~その1~

2011-01-08 00:03:38 | 模型について

年末の大掃除の際にその悲劇は訪れました。。。

昨年の12月31日。

外は雪がちらつく厳寒の中、まめ八はやり残していた大掃除に励んでいました。大掃除ですから窓は当然開け放っています。ただこの日の夕方から奥さんの実家に行く事になっていたのでそれまでには掃除をやり遂げてしまわなければなりません。

模型の展示棚(特別に設けてあるわけではなく、ガラスの扉が付いた作り付けの本棚の開いたスペースに完成品を置いてあるだけなんですが。。。)のガラス戸を拭き終りガラスドアを閉めたその刹那、“ガシャン!”という嫌な音がしました。。。

慌ててその音がした方向に目をやると。。。

 

そこに展示してあったホルニッセの完成品が無残にも壊れているではありませんか。。。

 

散乱した部品をかき集めて修復が可能であるか調べてみたのですが、砲身が折れた他、トラヴェルクランプや照準器、その他、砲周りを含めて想像以上に壊れていて修復はほぼ不可能である事がわかりました。

 

写真ではそう大して壊れていないように見えますが、実は砲自体が根元から折れている他、細かい部品が折れていてとても修復できる状態ではありませんでした。

 

 

この作品は3年前に完成させたもので、キットの素性の良さもあって自分としては良く出来た作品の一つとして気に入ってた物だったので、この事件はまめ八にとって大変なショックでした。

ただ、この日は大晦日。。。一年の締めくくりの日です。

奥さんの実家では奥さんのご両親が娘や孫を心待ちにしています。

ここは悲嘆に暮れている時間はありません。

 

“もう一度、作れば済む事さ!”

 

そう自分に言い聞かせて壊れた作品は“プラゴミ”へ。。。

 

正月三ヶ日を終えて帰宅した後に、弔い合戦として作り始めたのがコレ。。。

同じドラゴン社製のナースホルンでした。

ここでちょっと解説しておくと、ホルニッセとナースホルンは実は同じ車両なのです。制式採用時には、ドイツ兵器局から“ホルニッセ(丸鼻蜂)”と命名されていたのですが、兵器に昆虫の名前を付けることを嫌ったヒトラーの命令で“ナースホルン(サイ)と改名された訳です。

 

今回、製作に入ったキットは、ドラゴン社のキットの中でも最新の物で、今回誤って壊してしまったキットの問題点が殆ど改修されている、ナースホルンの決定版と言って良いものです。

そういった意味で、壊れた前作の作り直し、というよりも、よりベターなキットを新たに組む、といった前向きな気持ちで製作に臨む事にしました。

 

まずその箱絵です。

いつものようにヴォルシュタッド氏の作品です。

この人が描く箱絵は本当にカッチョエエと思います。

いつか氏が描く箱絵をモチーフにしてダイオラマ(情景模型)を作ってみたいというのが今の私の願望です。

 

 

さて、箱を開けてランナーを並べてみました。

このキットは、“極初期型”“初期型”“初期改修型”の3種類を選んで作るコンバーチブルキットなので、それでなくても他社に比べるとパーツが多いドラゴン社のキットの中にあっても特にパーツが多いようです。

 

 

覆帯はドラゴン社お得意のマジックトラック。砲身はアルミ製挽き物。エッチングパーツや透明パーツも当然付属しています。

恐るべしドラゴン。。。。

前作“ホルニッセ”の弔い合戦がこうして始まりました。

 

さて、製作途中のヤークトパンテルですが、このところ熊本県地方は年末から続く寒波と、それに伴うグズついた空模様からシルバリングが怖くて塗装工程に入ることが出来ません。(まめ八は、エアブラシは屋外のベランダで使うことにしています)

そのため、塗装が出来る天気を待つだけ時間が勿体無い事になるのです。

そこで、ヤークトパンテルの塗装作業は天気の回復を待ってから、という事にして、摂り合えずナースホルンの製作を始める事にしたのです。

 

従って、今後はヤークトパンテルと、このナースホルンの並行製作となります。

一日も早く天候が回復して、ヤークトパンテルの下地塗り→足回りのゴム部塗装→基本色の塗装→迷彩色の塗装、まで進めたいのですが。。。!(^O^)

 

明日から3連休ですから、天気と湿度・気温を観察しながらコツコツと工作に励みたいと思います。


コメント

--------これより以下のコメントは、2013年5月30日以前に-----------
あなたのブログにコメント投稿されたものです。

宮ちゃんNO1 [2011年1月8日 6:35]
おはよ~ 宮ちゃんで~す!

昨年の暮は大変でしたね~
でも・・・何故ガラスケースから落ちちゃった?
言っても仕方ないとアッサリ諦める
まめ八さんも凄い・・・厄落とした感じですか~

模型のパーツの多さも凄いデスが・・
下に敷いた新聞紙の広告・記事が気に成った
宮ちゃんで~す!(爆)

EP82-SW20 [2011年1月8日 22:05]
こんばんは。
自走砲ナースホルン。
その88砲の威力はアウトレンジでT-34を余裕で撃破してくれましたw(パンツァー・フロント体験談)
唯一の不満は機動性の悪さ。
複数ターゲットを個別撃破しているうちに、足の速いT-34にレンジ内に入られてやられてしまいます。
また、オープントップゆえに砲兵弾幕にも簡単にやられてしまう。
おまけに背が高くて発見されやすい。

つい「戦車」として使わざるを得ない環境での戦闘。
当時の砲兵は「恐怖」と戦いながら敵に対峙していた事を実感させられましたね(^^;)
戦闘室は無装甲に近いですからねぇ・・・。
リベンジ、期待しています。
(私も後ほどラインナップに加えるかもしれませんw)
おぺ [2011年1月10日 0:05]
こんばんは。
Wifiの件といい、年越しは悲劇つづきですねぇ…。でもすぐに次の製作に気持ちを切り替えれるのはケッコウなことだと思います。自分の経験上ですが…並行製作って作業効率がいい反面、好きな工程だけサクサク進んで、肝心の工程になるとパッタリ止まってしまうことが多いです…。スミマセン、不吉なことを言ってしまいました(^^;)。連休、楽しい模型ライフをお過ごしください。
ちなみに…EP82-SW20さんのコメントを見て、自走砲と戦車の違いがあるということを初めて知りました。
TSM [2011年1月11日 20:49]
明けましておめでとうございます。
ナースホルン、残念ですね。勿体無いから敵弾を受けてクラッシュしたディオラマにするのはどうでしょう。
オープントップの車輌で戦った兵隊さんは怖かったんでしょうね。
まめ八 [2011年1月15日 12:48]
宮ちゃん、こんにちわ。
リコメがすっかり遅くなってしまいました。(;^_^A
1月に入って色々ありすぎて落ち着いてブログやっている時間が取れません。(T△T)
さて、完成品が壊れたのは落としたからではなく、ガラスケースのドアを閉める際にドアで思いっきり挟んでしまったからなんです。

〉新聞紙の広告・記事が気に成った宮ちゃんで~す!
さすが新聞ネタの宮ちゃん!目の付け所が違いますね。(^_^)
ピカチュウにワンピースですから目を引いてしまいますよねぇ~。でも何の広告だったかは覚えていません。σ(^_^;)

まめ八 [2011年1月15日 13:00]
EP82-SW20さん、こんにちわ。
リコメが遅くなり申し訳ございません。
ナースホルンはドイツ軍戦闘車両の中でも人気アイテムですよね。強力な88㎜砲のおかげで、カタログスペックだけの大戦末期に登場した駆逐戦車よりははるかに活躍していますからそれも無理のないことだと思いますが。。。
意外に思われるかもしれませんが、ナースホルンの実戦での生存率って結構高いんですよ。
1945年5月の終戦時、中央軍集団における残存戦闘車輌の記録によれば、ティーガーがわすか2両であるのに対し、本車は52両が残存し、その内の42両が戦闘可能状態だったそうです。
用兵を間違えずに待ち伏せ攻撃に徹した本車は稼動率も高く、実戦での評価もかなり高かったようですね。



まめ八 [2011年1月15日 13:07]
おぺさん、こんにちわ。
すっかりリコメが遅くなってしまいました。<(_ _)>
並行製作は過去に何度か行ったことがあるのですが、私はいつも塗装で引っかかってしまいます。(;^_^A
しかも1月に入ってから諸般の事情でじっくり模型を作る時間も取ることができずにフラストレーションが溜まっています。
ところで、戦車と自走砲は同じように覆帯で動くので混同されがちですが、自走砲はあくまで自走可能な砲なんですよ。
ですから扱う兵科も異なり、戦車は機甲科が、自走砲は砲兵科がそれぞれ運用することになります。
まめ八 [2011年1月15日 13:39]
TSMさん、こんにちわ。
改めまして、明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。(^_^)
壊れたホルニッセは、クラッシュモデルとしての活用もちょっと考えてみたのですが、如何せん壊れ方が余りにも不自然で、しかもショックの余り壊れた作品をこれ以上見たくなかったので、年末の大掃除の際にプラゴミとして廃棄してしまいました。
戦闘記録を読むと、オープントップの車輌に限らず、密閉式の戦闘室を備えた車輌でも、砲弾の破片とか小口径弾はちょっとした隙間から車体内部に飛び込んできて乗員を殺傷したようですよ。(例えばエレファントの戦闘記録にはそういったシーンが何度も出てきます)
いずれにせよ、どんなに強力な戦車に乗っていても恐怖心からは逃れられなかったようですね。