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戦車模型展示室 その8 ~E-100~

2010-05-28 23:44:00 | 模型について

“我がドイツの科学力はァァァァァァァアアア世界一ィィィイイイイ” By シュトロハイム少佐

 

・・・というわけで、いきなりハイテンションで始まった今回の戦車模型展示室。。。

今回ご紹介するのは、第二次世界大戦当時、その世界一?の科学力を誇ったドイツでさえ完成させることが出来なかった超重戦車E-100です。

 

戦車という兵器を自国で開発・生産する事が出来た国々は、必ずと言って良いほど超重戦車の開発に取り組んでいます。

強力な攻撃力を有し、あらゆる敵の攻撃をも跳ね返して敵戦車の残骸の山を築き、そして敵陣地を蹂躙する事が出来る超重戦車は、戦車用兵者にとって夢の兵器でした。

特に第二次世界大戦において、アメリカ、イギリス、ロシアを相手にしなければならなかったドイツは、戦車の生産数では適うはずも無く、必然的に数の不利を質においてカバーしなければならなかったのです。

こうした事情に、ヒトラーのデカ物好みという要素が加わった結果、ドイツにおいて超重戦車の開発が始まったのでした。

ヒトラーは1942年に狂気の天才科学者“フェアディナント・ポルシェ博士”に100tクラスの戦車の開発を命じます。その結果生まれたのが、総重量188t !? の超重戦車マウスでした。

 

現在、ロシアのクビンカ戦車博物館に展示してあるマウスです。(Wikiより)

2両の試作車両が作られましたが、まともに動かず、結局実戦に参加することなく、終戦間際に自軍の手によって爆破処分されています。

 

 

一方、1943年に前任の無能なトート博士の急死によって、急遽、軍需相に就任した有能なアルベルト・シュペーアは、当時のドイツにおいて、多種多様な戦車が無計画に生産されていることがドイツの戦車生産の効率を大きく妨げていることに危機感を持っていました。

シュペーアは、戦局の激化により損耗が激しく、常に不足する戦車を効率よく生産するために、戦車の部品を極力共通化するとともに、重量による戦車の標準化によって生産する戦車の種類を絞り込む事を考えました。

その結果策定されたのがE計画です。

E計画では、将来、ドイツが生産する戦車、並びに突撃砲、駆逐戦車を車体重量によって、10t(E-10)、25t(E-25)、50t(E-50t)=パンテルの後継車、75t(E-75)=ティーガーⅡの後継車、そして100t(E-100)の5車種に絞り込みました。(それでも多いと思うのですが。。。凝り性のドイツ人としてはこれが限界だったのでしょう。

このE計画に基づいて、ドイツ兵器局は、1943年にE-100の開発をアドラー社に対して命じました。

開発は、ポルシェ博士が進めていたマウス計画と並行して行われたため、砲塔は共通とされ、武装は、後にヤークトティーゲルが搭載する事になる55口径128㎜戦車砲に加え、同軸に36.5口径75㎜戦車砲が装備されることになりました。前面装甲は200㎜(傾斜装甲であったため実質は400㎜に相当)、側面装甲は100mm(これは重装甲で知られるティーガーⅠの前面装甲と同じ厚さ)、そして、これに加えて避弾経始に優れた曲面を持つ60mmの装甲スカートが装着されていました。また、車体底部には100mm厚の装甲が張られ地雷対策が施されていました。

サスペンションは、ドイツお得意のトーションバー方式ではなく、より整備がやりやすい外装式の皿バネ型が採用されています。転輪の配置はティーガーⅡと共通した千鳥足型とし、幅1メートルにも及ぶ覆帯とともに接地圧の軽減が図られています。エンジンはマイバッハHL234 エンジン (800hp)が搭載される予定でした。

 

 

こうして始まったE-100の開発でしたが、戦局の悪化とともに、夢のような超重戦車の開発に貴重な資源や生産施設を振り向ける余裕がドイツには無くなってしまいます。

1944年末、ヒトラーは超重戦車の開発中止命令を下します。

その結果、開発順位が下げられたE-100は、3人のアドラー社作業員によってバーダーボルン近郊ハウステンベックのヘンシェル社工場で細々と組立てが続けられました。

1945年に工場がアメリカ軍によって占領された時には、エンジンやサスペンションは未装着でしたが車体はほぼ完成していました。

 

 

E-100の試作車を捕獲したアメリカ軍はこの戦車に興味を示し、アドラー社に対して可能な限り組み立てを行うように命令します。

しかし、組み立て後のE-100は走行するに至らず、興味を失ったアメリカ軍は本車をイギリス軍に引き渡してしまいます。

 

イギリス軍に引き渡されたE-100の映像です。

E-100自体の映像も貴重ですが、E-100の隣りに停まっているイギリス軍のコメート巡航戦車の映像も貴重です。

 

 

しかし、イギリス軍も1945年6月にイギリス本国へ持ち帰ったものの、その後の消息はわかっておらず、結局スクラップにされてしまったと言われています。

 

 

さて、E-100のキットですが、今から10年前程に手に入れたドラゴン社製です。当時は、試作車すら完成しなかったこのような計画車両がキット化されたとあってかなり評判になりました。

ただ、E-100は、車体は実際に製作されていますが、砲塔はマウスのものを転用する計画であったため砲塔を搭載した車両は存在しませんでした。

そこでこのキットでは、実車同様、ドラゴン社から先に発売されていたマウスの砲塔をそのまま流用してあります。

ところが、このドラゴン社のマウスの砲塔がかなりの曲者で、各部に間違いが見られます。(マウスはロシアのクビンカ博物館に実車が残されています)

まず、キットでは砲塔側面にMP-44用のボールマウントが左右に付けられていますが、実車ではボールマウントではなくMP-44用ポートになっています。

また、主砲防楯は実車では荒削りの多面体で構成されているのですが、キットでは鋳造と思しき綺麗な曲面になっています。

さらに砲塔上面に至っては実車とかなり違ったレイアウトになっています。

これらを全て修正していると、改造というより殆どスクラッチビルドになってしまいます。

実在の車両が無い以上、ここは素直に素組みして楽しんだ方が良さそうです。

そこで、今回の作品は完全無欠の素組みです。

ただ、このキット、実は6年ほど前に組み立てを終え、その後熟成させておいた(放置とも言います。。。)物を、今年に入って塗装して完成させたものなんです。その塗装も、実車が無いわけですから、箱絵を参考にしてイメージで適当に塗りました。

ただ、完成してみると、ディテールに不満はあるものの、その大きさ、迫力には圧倒されるものがあります。

大きさの比較。。。手前のフォルクスワーゲン・ビートルや日本兵(未完成)と比べるとその巨大さを実感していただけるのではないでしょうか?

 

 

さらに、現在、自衛隊で使用されている74式戦車と比較してみました。

74式戦車に比べてもかなり大きいですね。

大きいだけでなく、74式戦車と正面から撃ち合った場合、1000m以上の距離であるならばE-100が勝つことでしょう。

まさに超重戦車です。

ただ、動かなければ戦車じゃありませんけどね。。。

 

 

ヒトラーの妄想の産物、無敵戦車として開発が行われたマウスとE-100。

連合軍の物量に質で対抗しようとしたドイツの期待を背負って開発されたのですが、総重量100tを超える戦車の開発は、世界に冠たるドイツの科学力をもってしても達成する事が出来ませんでした。

そもそも、100tを超える重量に耐え得る場所でしか使用できない超重戦車が実際の戦闘で役に立ったとは考えられないこと位、素人にでも解ります。

 

しかし、用兵者の超重戦車への憧れは、マウスやE-100の失敗後もなお諦められませんでした。

米ソ冷戦時代には、アメリカ、ソビエト、そしてイギリスまでもが超重戦車の開発を行い、結局失敗しています。

そう言えば、専守防衛のどこぞの国の戦車も、橋や道路がその重量に耐えられず、特定の場所でしか使用できないそうですね。

それで慌てて小型軽量の新型戦車の開発を行っていたとか。。。

 

いつの時代になっても、何処の国でも、無敵戦車というヒトラーの亡霊は彷徨い続けているようです。。。。

 


コメント

--------これより以下のコメントは、2013年5月30日以前に-----------
あなたのブログにコメント投稿されたものです。

EP82-SW20 [2010年5月29日 14:58]
こんにちは。
この超重戦車、74式の105mmライフル砲では太刀打ちできないでしょう。
ティーガーⅠ対T34のような図式になりそうです。
精密射撃で履帯を破壊してしまえば後はトーチカになるだけですから、冷静に対応できれば勝機は見いだせそうですね。
でも最初は「撃破できない!」とパニックになるでしょうね(^^;)
機動性は無視しても、心理面で敵を参らせる効果は絶大だと思いますw
おぺ [2010年5月29日 20:05]
こんばんは。
いつもながら濃密な解説付きの作品紹介で読み応えありました。長い熟成(笑)で実際のE100の様に未完の巨大戦車になりそうなところを遂に完成させたのですからモデラー的に賞賛に値しますよw。
軍事力の誇示や敵味方の士気への影響を考えると「巨大であること」は太古も現代もさほど変らず、人間の本能的な思考なのかも知れませんね。
それにしても…、冒頭の一文で無性にジョジョが読みたくなってきましたw。
まめ八 [2010年5月30日 22:06]
EP82-SW20さん、こんばんわ。
いつもコメントを頂き、有難うございます。

74式戦車とE-100を比較した場合、照準装置は74式戦車が圧倒的に上でしょう。ですから初弾命中は74式戦車になりますが、実質400㎜の装甲は、74式戦車の105㎜砲でも貫通は難しいと思います。次弾はE-100からの攻撃になるでしょうが、第二次大戦中のドイツのベテラン砲手は、1000mの距離なら確実に当てていたそうですから、128㎜砲の直撃に耐えられない74式戦車の弱装甲ではE-100の勝ちで終わるでしょう。
ただし、74式戦車の初弾が、E-100の砲塔前面装甲の曲線によりショットトラップになった場合のみ74式戦車に勝機が生まれると思われます。
それだけの化け物戦車だったのがE-100という事になりますね。o(^▽^)o
まめ八 [2010年5月30日 22:20]
おぺさん、こんばんわ。
いつもコメントを頂きまして、有難うございます。
“大きいことはいい事だ~”なんて歌が昔流行りましたが、兵器の場合はそうもいかなかったみたいですね。!(^O^)
机上での計画と、現場で実際に使用する際の食い違い。。。いつの時代になっても、何処の国でも食い違う物なのでしょうね。
ただ、何処かの国の総理大臣みたいに夢と現実は違うものなんだという、大人の思考が出来ないと、現場の人間は悲惨ですよね。!(^O^)

“ジョジョ”。。。解って頂けて嬉しいです。