someday

~ずっと ずっと 一緒さ~
温泉、お酒、ドライブが好きな二人の日々の暮らし

3月1日

2021-03-02 09:25:09 | Day
21年前の三月一日。
その日は砂嵐のような風の強い曇りの日だったように記憶している。
当時、私は小学生の子ども3人の子育てと、PTA副会長の仕事、週5~6日パート勤務をし、仕事に子育てに大忙しの毎日だった。
姉からの連絡が父が亡くなったことを知った。
あまりの突然のことで、気が動転した。
夫に連絡し、私は喪服だけを持ち実家へと急いだ。
向かう途中の電車の中で悲しくて悲しくて涙が溢れていたことを思い出す。

実家へつくと、父は冷たくなっていて、とても苦しんだはずなので、明るいにこやかな顔をしていたと思う。
やっと落ち着けたのかなぁ。
それからの私は1週間実家へ泊り、親戚や近所の方の弔問にお茶を出す以外は
お線香を絶やさない当番と、暇さえあれば泣いていた。
姉たち2人は葬儀の手配やらなにやらで忙しくしていた。
葬儀が終わり、家に戻るとお線香にやられたのか、いっさい声が出なくなった。
パートへ復帰するも接客業なのに声が出ず、このまま声がでないのかなと焦った。

そして、私は父のことが忘れられず、父と似たような人を見かけると父だと思い、
当時父が仕事で乗っていたハイゼットを見ると、父だと思ったりと
折々に思い出しては仕事中でも涙が溢れてきたて泣いた。
毎年11月下旬から、寒くなると父のことを思い出し、冬期うつ傾向になり、ふいに悲しくなったり、
やる気が出なかったり、お腹が痛くなったり、ヒステリー球と呼ばれる喉の違和感で心療内科へも通った。
それは桜が散るくらいまでの期間続き毎年苦しんだ。

そんな暗闇の中から私を救ってくれた人が、それから7年後現れた。
~これはシリーズになるかもしれない~

あれから21年。
父のことは良き思い出に変わり、うつ傾向も7年で治った。
今日姉たちにラインをして、父の命日だねと話ができた。
父と母のお陰で私には2人の姉がいる。
普段なかなか会えないし、さっぱりしている姉妹なので、まめに連絡を取ることもないけれど、
姉たちの存在は心強い。
父の誕生日に久しぶりに会う約束をして、今から楽しみにしている。

そして、もし生まれ変わったら、また父と母の子どもとして
姉たちとともに家族になりたい。
大好きな父はきっと生まれ変わり、楽しい人生を送っているはずだ。
私は父に似ているようで、笑顔が父そっくりらしい。
今朝は父のことを思い出し、悲しかった21年前のことを思い出し泣いてしまった。
もう一度父に会いたい。
この世で一番大好きな人

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