雨にも負けず山歩き♪

青空を見上げながらも、しっかり足もとを見つめて歩く自然観察情報!

高天原山荘~高天原峠~太郎平小屋~折立

2009年10月08日 | 富山県の山

黒部川の源流を訪ねて…北アルプスのど真ん中を行く。。。


9月21日(金)     折立登山口~三角点~太郎平小屋~薬師沢小屋(泊)
9月22日(土)  薬師沢小屋~雲の平~祖父岳~日本庭園~岩苔乗越~高天原山荘(泊)
9月23日(日)  高天原山荘~高天原峠~大東新道ルート~薬師沢小屋~太郎平小屋(泊)
9月24日(月祝)  太郎平小屋~三角点~折立登山口


<3日目> 高天原山荘(6:30)→高天原峠(8:00)→黒部川河原に合流(9:10)→
薬師沢小屋(11:00~昼~12:00)→太郎平小屋(14:40)
<4日目> 太郎平小屋(7:00)→折立登山口(9:50)


高天原山荘前で、記念の一枚を撮って出発!


お世話になり、お見送りして頂いた高天原山荘のご主人と…(*^_^*)v
このご主人、秘境の地の温泉が有名で、よくテレビに登場します!



高天原峠を越え黒部川に合流後は、ひたすら渓流歩き。。。



高天原峠 を下る。



黒部川に合流
透明で美しい流れを見ながら、ここで一息!



ここから河原沿いを上流に向かって行く…ひたすら大きな岩(石)越えだったが
水の流れが心地よく、天然のBGM ^^; と共に歩けた。。。



下流の方向に向かい 下り? をしている二人組とすれ違った!
沢登りなら聞いたことはあったが、沢下りをする人を見たのは初めて!
一体何処まで行くのだろう?服装も靴もそれなりに違い、時々水の中に入りながら軽快に下っていた。



途中、岩が途切れて 高巻きの梯子 が出現!


 
ここの下りはスリル満点! 河原に登山道というものは全くない!
補助のロープはあるものの、歩きやすいように整備されている訳でもなく、全て天然の道。
先ほどすれ違った人達のように、川の中を行くか、岩の上を行くかの2択のみで、
濡れたくない場合は岩を選択するしかないのだが
垂直に下る為、足場が確保し辛くて、ロープを持つ手に力が入った!
直下は川なので下まで降りずに、この後ロープを離し、水面ギリギリの岩を横ばいする。


 
延々と岩場 を歩く…どの岩を踏んで行くかは自由自在!
大きな岩が多いので、ポンポンと軽快に飛ばしてもグラつくことはなかった。



2時間近く河原を歩いて、ようやく薬師沢小屋に戻ってきた!



河原の最後は、またまたスリル満点の梯子…赤い橋までは足場も狭く 危険な個所 だった!



丈夫な作りになっているのだろうが、やっぱり 吊り橋 は揺れる^^;
前の人が渡り終えるのを確認して、はい次!と言う感じで慎重に渡った!



薬師沢小屋でカレーの昼食


薬師沢小屋には予定より早く到着したので、ゆっくり昼休憩が取れた(^-^)
昼ご飯を食べた後、空いていた部屋でゴロンと横になって、しばし大の字休憩が出来た!



薬師沢小屋からは、往路と同じ道を歩く。。。



目の前にあり、周りを半周してきた水晶岳が、どんどん遠のいて行く!



代わりに薬師岳が迫る。



そして3日振りに、太郎平小屋に戻ってきた!



太郎平小屋と薬師岳
何処にいても、この薬師岳が見守っていてくれたような気がする^^;
大きくで~んと構えて、皆にお帰りなさいと言っているようで、何だかホッとする風景だった!



太郎平小屋で最後の夜は、反省会&宴会となる!



雨が降ることはなかったが、夕方から雲が多くなり、夕日には縁がないと思えたが
夕暮れ時を過ぎた頃、暗闇の中に 一筋の夕焼けと雲海 を見る事が出来た。



<4日目> 太郎平小屋(7:00)→折立登山口(9:50)


モーニングコーヒーを楽しんで、いよいよ下山。。。



太郎平小屋前 で、ゆっくり出来た朝のひと時…
今日は下山のみなので朝は余裕、売店でお湯を買ってコーヒータイムが取れた!



10時前には 折立登山口に到着!

やはり標高が低いところは気温と風が違う!ここまでの下山で一番汗を掻いたかも?^^;
折立からは待っていたバスで有峰林道(有料)を走り、国民宿舎白樺ハイツに戻り、
美味しい昼食(その前に温泉入浴)後解散、置いてあったマイカーで帰宅した。


4日間とも天候に恵まれたことで、楽しかった思い出も倍増!
体の疲れも意外と少ないことに、我ながら驚く (@_@)
今回は、目の前にありながら登頂することが出来なかったので
いつかまた、太郎平小屋から薬師岳を登ってみたいと言う思いが残った。



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1 コメント

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日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事 (アッキードF19で小沢一郎を撃退希望)
2018-09-06 20:17:02
日航ジャンボ123便ソ連自衛隊核攻撃惨事におけるJAL123便の元気な生存者が、日本の埼玉県警察の警察官(日本語で おまわりさん?)らの手により
http://www.marino.ne.jp/~rendaico/ainugakuin/e0011938_16494167[1].jpg
といった惨憺たる虐殺死体と化した

一方、救助に奔走したのは米国のみであった

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