スカーレット手帖

機嫌のいい観客

アイワズライト

2016-08-08 | 観劇ライブ記
あー舞台見たら「アイワズライト‐アイアムファン‐」
っていうタイトルにしてブログ書こうかな〜あはは、と観る前は思っていたんだけど、
観てみたらなんかそれどころじゃねえな。って感じでした。
ちょっとびっくりするぐらい涙がジョバジョバでした。
観劇中、目頭からも目尻からも飛び出し続ける汁。
漫画にすると「ビエーーーッ」てかんじでした。まじで。
アイワズライト feat.泣き女(私) の感想です。


盲目の若者「マシロ」、彼に寄り添う友人「ハイバ」、
そこにやってきた女「ワスレナ」は、マシロが紡ぎハイバが書きとめる物語を聞きながら
彼らの過去と秘められた真実に触れていく というめちゃくちゃざっくりいうとこんなかんじ。
(ざっくりすぎて何の説明も出来ていないが。)
全てが終わった「現在」と、ワスレナの回顧録として語られるマシロやハイバと出会った「5年前」、
マシロやハイバが中学生だった「15年前」、そして「マシロが語るネバーランド」と、
4つの世界が行き来しながら話は進む。なかなかに複雑。そしてどんどん重くなる話である。
そこを、演者のすばらしい切り替えと生演奏、ときにプロジェクションマッピングといった演出で
緊張感を切らさず、また、陳腐になりすぎずに物語にドライブさせられたな、というかんじ。
クライマックスに向かっての謎解きを一つの山にしながらも、
そこを取り巻く人々のそれぞれの「夢」と「無念」と「希望」が繊細に描かれる。
エムキチビートは初めてみました。元吉さん、ペダルやらカワイクやらの演出助手だったのね。村井くんと長い仲じゃん。


ネタバレ的なところでは、
結局、「マシロ」は本当は「ハイバ」という人物で、
本物の「マシロ」とは、ハイバ(現マシロ)が中学生の頃に、自殺を防げなかった同級生の女の子の名前だった。
自分と同じくいじめの対象になったマシロを助けられなかったハイバは、ショックで精神を病み、
精神病院に入れられ、親にも見捨てられ、そして遭遇した「震災」から助け出されたその日に「マシロ」として生き始めた。
そしていま「ハイバ」と呼ばれている人物は、マシロやハイバをいじめていた中にいた人物。
その過去を悔やみ、施設で職員として働き始め、「震災」でマシロ(元ハイバ)を助け出した時から「ハイバ」となった。

ということだったのだが、
マシロ(元々ハイバでマシロになった彼)のことはよくわかったよ。
でもハイバ(仮)の物語は終わっていないではないか。これは大いに疑問は残る。ハイバ(仮)は何者か。
彼がどのような心情でハイバになることを受けとめ、なりきったままマシロ(リアルハイバ)の物語に付き合い続けることにしたのか、
いじめグループの中でリアルマシロをどのようにいじめていたのか、
リアルハイバとどのような距離感だったのか、というところは詳しくは描かれず、
ごくわずかな独白だか、説明だかで物語は終わってしまう。これはなかなか潔い切り捨てだと思う。
脚本家はたぶんここの説明が足りていないことは分かっていると思うな。
しかしここを掘り下げるとこれ沼だよ。
ハイバ視点で物語が1本書けるぐらいだよな。あと1時間は要るよ。
というわけであまり描き込まれていないハイバなのだが、
それゆえに彼がここまで思い入れを持ってしまう理由は見ているほうに委ねられ、
また舞台上でのマシロとハイバの距離感が近いがゆえに、安易にBのL方面のセンサーも自分の中で立ち上がってきてしまうのだが、
やっぱそういうものでもないな、と思い返す。
この寄り添い方は償いで癒しで、相互依存なので、なんだか複雑な関係である。
ハイバ(仮)はマシロ(リアルハイバ)の物語につきあうことで救われている部分もあり、
砂の城を守り続けるとじた世界の住人だった。面白いな。自分が俳優だったらこっちを演じてみたいですね。

それでもカーテンコールの最後の最後、
ティンクの黒沢さんがノートパソコンを中央に置いてにこっと笑い、その後ふわっと消えたものだから、
その完璧さに私は無音で「ヒィッ」と叫びつつ、涙がとどめのように噴出しました。
誇張じゃねえぞ。本当に、一筋ツーッ、とかじゃなくて涙がジョビジョバだぞ。(傍迷惑)
ほんとのマシロとハイバも、いまのマシロとハイバもこのノートパソコンでつながってたんですよね。
そして現実から逃れて物語に入りこめる入り口もこのノートパソコン。いわゆるキーアイテムですね。
ベタな演出といえばそうなんですけれど、なんか打ちのめされて席から立てなくて、びっくりしました。

それにしても、
「飛べない」という言葉のもの悲しさはなんだろうなあ と今回の作品を見て改めて思った。
文字のまま、アイキャンノットフライの意味もあれば、
もうちょっと詩的に、「思い切れない」とか、あとは、
「成長できない」(鳥は育ったら飛ぶので)⇒「みんなが出来る当たり前のことが出来ない」
みたいなニュアンスもあるじゃないか。(卒業=飛び立つ だし。)
人間は飛べないはずなんだけど、飛びたくなる=どこか知らないところへ行ってみたくなる 気持ちもわかる。
皆が飛び立つ(比喩)中、飛び立っていけない(比喩)自分が取り残されるつらさ、というのもよくわかる。

ピーターパンという物語の演劇への活用され具合もすごいなと思った。
(少年社中のネバーランドも、空想組曲の遠ざかるネバーランドもそうですね)
今回は微妙にセットとかも含めて「遠ざかるネバーランド」の記憶を呼び起こされた。

まあなんせ、今回の作品は公演のタイミングが絶妙すぎたと思う。
震災の記憶とともに、相模原のあの事件や、ちょうどこの週末に改めて話題になった一橋の院生の出来事や、
といった今まさに現実の事件が一気に頭の中に押し寄せてきた。
お話としても苦しかったけど、決して戯曲の中の話とも限らないよな、と思うと、本当に逃げ場がないな、と思う。
いやまあ、悲劇ばかりとは限らないけれど。でも見ていて共感できるということは起こりうることということで。
浮世に起こりうるこういう人間の感情のことを、まじめに取り組んで、
しかも結構重い話なのに物語として構築して、世に打ちだそうとする制作部門の人々、
そしてそれに逃げずに取り組んで(って仕事ですけども)表象して、こちらの感情をガンガンに揺さぶってくる役者の人々、
本当に素晴らしいじゃない。これぞ理想の舞台との関係である。
圧巻の涙ジョビジョバでした。


俳優さんのこと書きます。

謎の不安定ボーイハイバ役の末原拓馬氏は初見でした。
また!細長いタイプの!!うす顔のイケテルお兄さん!!! 
なかなかに大柄なので、細身だけども舞台で映えますね。見たとこちょっと変わったタイプの人ですね。
これは濃いめのファンがついていそうなタイプの人ですよ。

山さんいいね〜 出てきた瞬間、あ、このキャラクター、空気の読めない馬鹿がデフォルメされたやつか・・・寒 と思って
ちょっとガッカリしかけたんですが、芝居が進むにつれてけっこう良識人に見えて来て、
こりゃ脚本演出だけでなく俳優本人の性質も反映されているな、と思いました。
押しの強さのなかにもいい「引き」見えました。
ちょっとアンガールズの山根に似てるね〜 待宮以外で役ついてるの初めてみたけどよかったよ。

黒沢ともよってえらいかわいいな、私てっきりまたハロプロだかAKB系列のアイドルだと思ってたら、声優だった。
しかも「響けユーフォニアム」の主役の久美子ちゃんの子じゃないの!!
あの優柔不断なキャラに合わせた揺らぎのある声に、わたし昨年は毎週泣かされまくっていた。なんとまあ。
今回もお上手だったと思います。声がかわいいしよく通る。

川村ゆきえがいい女優だった。この人何気にいいね。(失礼)
前に戦国バサラですごいキャラっぽい芝居をしているのを見て「うっ」と思った記憶があるが、
今回は役もある意味等身大でよかったのかも。母性っぽいよね。
舞台で輝くグラビア出身というと小池栄子路線だが、彼女レベルまでいくにはもっとグリグリした鍛練が要るかもしれないが、
今舞台業界にばらまかれている女優陣の中では、結構素質があるのかもしれないなあ。

そして名前がよくわかっていないアンサンブルの方々も、みんなイキイキしていた。
フック船長がほぼ「最後のダンス」を歌うシーンは笑ってしまった。メロディライン似過ぎててうっかり本家を歌ってしまいそう。
タイガーリリーもよかった。ええ声です。


あとは、もうねえ、、、

ちゃん村井は本当にスゲエ。
(そろそろ村井先生って呼び飽きたので佐藤貴史にいさんに倣ってちゃん村井呼び)

ちゃん村井が出る舞台を初めて見てからもうすぐ丸5年ですけれど、この人は基本的にずっと安定している。
危なげないところを見たことがない。
たしかに技術面はこう、日々の鍛練で磨いている部分もあるんだろうし、
いろいろ演目見てると徐々に芝居の迫力も大きくなっているような気もするんだけど、
基本のスタンスが昔からあまりぶれていないと思う。印象がいい意味で変わってない。
非常に誠実に毎回役を作ってくるし、ミスしない。だからこちらも安心して芝居に没頭できる。
しかも不思議に「癖がない」。時々のセリフ回しに変わらず「村井節」を感じるところもあるんだけど、それくらいかな。
存在自体がプレーンなんだよな。
舞台の上では、「村井」はどこかにしまわれている気がする。だからいつも役の人、として彼を見てしまう。
村井の器に盛り付けられているから必ず味はついてるはずなんだけど、その村井味がいつも絶妙。
「味」までいかないんだ、「風味」なんだよな。
だからパッと見はふつうの人なんだけど、口にいれた途端味わいの奥行きが深すぎて、泣いちゃう。
うううジョバ〜〜(涙)

今回の「マシロ」は、盲目の青年の役でした。白杖の扱いが難しそう。
(でも結局マシロはハイバだったので、盲目だったのも精神的に思い込んでいたのかな?) 
そして空想の中ではピーターパンでもある。切り替えが難しそうな2役だ。
「なんで飛べないんだ」と叫ぶシーンは本当に涙腺が大決壊しました。
久々に村井くんの全力の芝居を浴びて、そう、本当に「浴びたー」という感じで、ぐわっと持っていかれました。
なんでもできるからハッピーエンターテイナーな村井くんもいいけど、暗い男・溜め込んだ人が似合うと思うよ。

書いてなかったですけど、ちゃん村井の6月の「キム・ジョンウク探し」ももちろん見てましたよ。
2人のベテランにまじって、1人若手 という3人芝居の座組みなんだけど、
最近のちゃん村井はむしろ若手の舞台にいるときのほうが存在感的に違和感を感じるほどの落ち着きだったので、
本当にまったく負けずに溶け込み、ど真ん中で輝いていた。かつての憧れのイケメンと、ちょっと頼りない今時男子の2役を好演。
てか、ちゃん村井、リアルに年上の人と結婚しそうな雰囲気あるよ昔から。お似合いでしたよゆみこさんと。
ちなみに駒田一はマジリスペクトで破竹の24役やってて本当におつかれさまですという感じ。面白おじさん。

次作の真田十勇士は、またもや大作ですね。
「なぜあの作品内容で再演なのか」「日テレの予算スゲエ」「真田特需万歳」
「痛恨の火垂ちゃんキャス変(リアルカレピッピもキャス変…)」
「とはいえ番手の上がる村井くん応援し隊」
という自分会議が引き続き行われており、いまだチケットは未入手の様子見ですが、
まあ〜多分1回ぐらいは行くだろうなあ。KAATにしようかな。


ということで、なんかもう終わらないけども
とにかく、心臓を持っていかれるレベルの演目であった。
暗いから手放しに万人にはオススメできないけど、
ちょっと仲良くなった演劇好きな人にはグイグイおすすめしたい作品といえよう。
千秋楽おめでとうございました!



ホットスポット2016 シアタークリエの翻弄する夏・後篇「ジャージーボーイズ」

2016-08-03 | 観劇ライブ記
怒涛の熱狂はつづくつづく。
6月、夢のように現れた、ポップでアメイジングなアートの世界にあっけにとられていたら
終了翌週には泥臭くもある、汗臭くもある、アメリカンドリームと数々の名曲に包まれた
愛すべき男たちのストーリーが始まっていた。

「ジャージー・ボーイズ」
日本版、初演、である。



今回の公演、TEAM REDとTEAM WHITEのWキャスト制。

私は双方1回のみの鑑賞、
それもREDは本初日、WHITEも2週目という序盤の段階の印象だが、

ザックリいうと、

TEAM REDは「木更津キャッツアイ」である。
TEAM WHITEは「新撰組」である。

どちらもチーム男子好きにはおなじみ、殿堂入りの類型である。


TEAM REDは、
ラッキーチケットでたまたまうまく転がっていくオニイチャンたちの人生のおかしみ。
どこまで行っても足を引っ張ってくる出自の悪さに唾を吐き、
悪態をつきながらも馴れ合っていく4人の泥沼関係に、「アホだな~」と思いながらも
「私たちには立ち入れない絆」と思わせてくるところがある。

藤岡トミーがほんとうに小憎たらしく、たちの悪い地元のあんちゃん、
という感じがあるのが大きい。本当に、日頃から気軽にカツアゲをしていそう。
間違いなく地元の駅に座り込んでいるタイプ。
学校を通じて自宅に通報が入れられるタイプの要注意男である。
また、矢崎ぴろしボビーも、若くて能力と実力はあるのだけど、
なにかどことなく「感性型」という感じが漂っており、
大負けはしないけど、時々興味本位で突っ込んだりはしてしまい、
それでかすり傷とか作っても「てへ」と言ってそうなかわいらしさがある。
(こういうところ本人の気質だと思うけど好きです)
そして一番面白いのが吉原光夫ニック。すばらしいでくのぼうだ。
チーム内の「バカ」がどれぐらい愛すべき存在なのか、というのが
チーム男子にとってはけっこう大事だと思うのだが、
吉原ニックは、アナと雪の女王のオラフ的なマスコット感がある。
めちゃくちゃチャーミングである。
基本的に黙っている年長者なのだが、
「本当によくわからないから黙ってた」
というような雰囲気があって、泥んこ関係の中でほっと息抜きできる。すごい演技力ですね。


TEAM WHITEは、
それとは対照的に、何か「義」のようなものを持って集った集団のように見えるのだが、
全員でその義を追いかけていったら、真ん中が実は空洞だった、というような哀しみ。
守ろうとしていたもの、目指そうとしていたもの、深く見えたががらんどうだった 
というような、男のわびしさを感じる座組みであった。

中垣内トミーは、
「タイミングが合えばヒガシのかわりに少年隊に入れたかもしれない川崎の青年」
という感じである。
虎視眈々と地元にくすぶっているが、策士としての意思よりも、
運命に翻弄される側的な危うさを感じる。映画版のトミーに似ている。
海宝ボビーは「これぞ若手ホープ」ということで、存在感も華もあり歌もうまく、
立ち居振る舞いも理知的、誰もがスカウトするだろう。
ただ、この完璧笑顔が逆に計算なのでは…という肚の中が読み切れないような恐ろしさがある。
そして福井ニッキーがびっくりする。
彼はどう見ても「近藤勇」である。なんならちょっと「ケン・ワタナベ」的でもある。
黙っている年長者だが、吉原ニックとはわけが違う。
場数を踏んできた年長者として背後から見守りつつ、
ひとつひとつの挙動もチームに対する意味のある沈黙、意味のあるGO出しに見える。
(その実、そうでもないとこがおもろいのだが)

これは大いに演者のバランスから私自身が感じたことなので、
全然ちがうやんけ または 最初そうだったけど変わったよ とかいうご意見もあろうことかと思うけれど、
まあそれにしても、同じ役で同じ台本、同じ演出がついても
役者が変わるとこれだけ受けるものが違うのか、という、すなおな驚きに満たされた。
複数キャスト公演はこれまでもよく見ているけど、いつもは「ひとりずつの組み合わせ」が毎回ちがう。
それではなくて、「固定の組み合わせで2チーム」というのは非常に面白いと思った。
そういう意味では、全員いかんなく個性を噴出させていた、と言えるのかもしれない。
とても贅沢なキャスティングだったと思う。
ちなみに個人的には、REDのほうが好みかな、と思う。
馴れ合いが強くてちょっとイライラするけど。(褒めています)

ちなみに歌声のバランスは
赤はわりと自由に、白はキッチリカッチリ という印象だったけど、これはどうかな…
恐るべきことに、歌声の記憶が薄れつつあるような気がする。


なぜかというと、やはり歌声は主役が圧倒的だからなのだと思う。

両方に出演し、すべてのステージで主役を演じきったのが中川晃教なのだが、
ふしぎなことに、別に中川フランキーは、決してそれぞれの「チームの要」ではない。
「フランキー・ヴァリ」という単体で、別格なのだ。
冒頭トワング歌唱で登場するその時点からすでにちょっと人間離れしている。
歌に込める思いが全力すぎて、セリフとかちょっと不思議なところもあるんだけど
声がフワァァァァだからこちらとしてはもう、ひれ伏す。
ときどきちょっと時々ハマケン(浜野謙太)にも見えるけど、全力でひれ伏すね。

天才が似合うと言われる天才、という評は死ぬほど受けてると思うけど、
実感値としてそうなので言わざるを得ない。
中川晃教は「天才が似合う天才」です。


あと、今回超特筆したいことがある。
基本的、兼ね役大嫌いマンとして界隈に名を馳せる私(馳せてない)だが、
なんとびっくり。今回、
≪兼ね役が全く全然気にならない≫
という奇跡の演目であった。なぜだー、不思議不思議。
本当に脇の人たちがみんな絶妙で上手かったし、演出も良かったんだと思う。
あとは、あくまでフォーシーズンズの物語、という組み方になっていたんだと思う。

綿引さやかちゃんなんか、あらゆる女を演じていたのに、混ざらない。
嫁役で「カストルゥッチョ!」「トムーチ!」とか言うところ、好きでした。
(イタリア人は母音が大好き)

太田もっくんについてはこちらで個人的に褒め倒したのでもういいんじゃねーか、
という気もするが、せっかくなので具体的な話をすると、
彼は今回、ボブクルーというフェミニンでスピリチュアルなプロデューサー役のほか、
カメラマンや観客などをやっていた。カメラマン緊張しそう。生撮影だからね。
というか、バランス考えるとボブクルー役って結構重要だし、
昔なじみの設定とはいえもうちょっと年いった人が演じそうなのよね、
そこを敢えて、20代の太田もっくんに任せたあたりになにか本作品の意図を感じたよ。
ほかのアンサンブルでも、例えばジョーペシ役も高校生の石川新太君がやっていたり、
若さがキーポイントだったようだ。「青春」ということですね。
てか、平たく言って彼、今回大抜擢だったんちゃいますのん。
そんでそれを見事に果たしていらっしゃいました。真面目な人だよね。
見た目では、ボブクルーのおべべがようお似合いどした。
おしゃれな白スーツに柄のインナーをしゃらりと着こなしてはりました。
足が、長い。顔が、きれい。


しかし、先月のラディアントベイビーもそうだが、演者は日本人だけど
アメリカ人の話からしかこういうハッピーエキスは得られないのか。
日本人の話でこういうエンタメはないのか。
日本人がスカッとする話といえば、会社の中で追いやられて臥薪嘗胆、不屈の闘志、組織の団結、寡黙な技術者
みたいな、山崎豊子か池井戸潤か、やたらあと戦争か……
ないですかね、、、

あっ、もしかして

それは部活

そうか、テニス自転車よ、野球バスケバレーボールよありがとう。
日本人の青春は部活です。部活が大好き、私です。(おもに水道橋方面に向かって敬礼)



というかですね、今回2つの感想をまとめて書いたんですが、
ジャージーが好きな人は絶対ラディアントベイビーも好きだし、
ラディアントベイビーを見てジャージーを見ていないのは大いなる失点、という感じがするんだよ。
強烈な演目が2か月連続で企画されて、東宝芸能部すごいねって話と
完全に私はターゲティングされてるね、という自意識であふれそうです。

多分、キンキーブーツも同類に楽しめる部類だと思うので、見に行きたいんだよね。
チケットないけど。
8月、ホットスポットは東京中を駆け抜ける。
モンスターボールを投げつけて、早めに捕獲していこう。

ホットスポット2016 シアタークリエの翻弄する夏・前篇「ラディアントベイビー」

2016-08-03 | 観劇ライブ記
とつぜんNHKスペシャルのようなタイトルから始めてしまったのだが、
どうにもその通りなのだから仕方がない。
2016年の6月と7月は、有楽町のシアタークリエに私は釘づけだった。
都会の真ん中に突如現れる2時間半の熱狂空間。
見事に踊らされてしまったものとして、この率直な感想を東宝芸能部に捧げます。
このシアタークリエの企画力がすごい2016、前篇です。
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MOVE&DRAW&MOVE&DRAW &MOVE&DRAW&MOVE&DRAW

MUSIC=SEX=LOVE=LIFE

Hot to mato soup/hot tomato soup
 

プログラムコードでも文字化けでもないのである。
これらはすべてキース・へリングの生涯なのであった。
This is the world of KEITH HERING.
6月公演は「ラディアント・ベイビー ~キース・へリングの生涯~」である。

まず言いたいが、このタイトルはちょっとしたトラップである。
こんな美術館の片隅においてあるアート作品みたいなタイトル、
地味であんまり目に入ってこないじゃないですか。
ひどいトラップです。
蓋を開けたらまさに「るつぼ」なのに。
開けた人だけがわかる混乱の極みに、あっけにとられた次第であった。

内容はまさにタイトルどおり、
実在のポップアーティストであるキースへリングの生きざまを舞台にしたものなのだが、
ちょっと他にはない才能を軸に、はちゃめちゃに転換していくキースの人生が
めちゃくちゃかっこいい。

私、主演の柿澤勇人に対する印象がガラッと変わった。
ハマり役である。
死に直面するキースへリングの周りを行ったり来たりする過去の記憶のなかで、
柿澤キース、歌って踊りながら、だんだんトランス状態になっていく。
身体をバネのようにしならせながら、絵を描いたり吠えたりキレたりしている。
子供達を焚きつける、友人を挑発する、恋人と愛を重ねる。
たぶん、実物のキースへリングはもうちょっとナードというか、
いろんなコンプレックスがあったりして
本人もへなへなだったんじゃないかと思うので、
きっと、柿澤みたいになりたいな、と思う方の人間であるような気がする。
でもフィクションだから見栄えよくなっておりました。非常にかっこいい。

あと、今回松下洸平はじめて見ました。いい男だね〜!(ババアの感想)
色気と危うさ。魅惑の一重まぶた。これは惚れますわ。
芳雄の嫁・知念里奈も初見ンンン
相変わらず独特のハイトーンボイス嫁〜〜
昔プレシャスデリシャスのCD持ってた〜〜多分まだ実家にある〜〜〜〜
平間壮一くんもとても楽しそうだった。
RENTに引き続き、NYのHIVサバイバーを等身大にやっていた。ダンスはもちろんうまい。
有限の人生を悟りながら今を前向きに生きる人間役はもう完璧なんじゃないですか
(そんな役ひんぱんにあるのかは不明だが)

ブリブリ響いてくる生バンドもいちいち鼓動のようで、
その勢いにのってspiとかエリアンナとかMARUとかのアンサンブルキャストが
大迫力のエンタメパフォーマンスを仕込んでくるので、
その舞台からの圧倒的な「圧」に自然と涙が湧き水のように出てくる。感動した。
鮮烈、痛快、やがて悲しき人の世かな、というかんじ。
一番好きなのは内なるアンディーウォーホルとの対話シーンかな…ホトマトスープ。
子供たちの存在もとてもいい。
初回に、ジェニファーの娘のミアちゃんが出ていた。
日本人の達者な子役ももちろんいいのだが、
若干幼さで不安定だけど存在感のある子が一人いると、ぐっと見てしまうなあと思った。

全般的に、もとの脚本がすごい面白いんだと思う。
そしてところどころに、ああ岸谷五朗、という演出満載で(ニホンゴニホンゴニホンゴ〜 とか。)
楽しく、クスッと笑える。
今回の岸谷五朗ガチャ大当たり、というかんじだった。
五朗ガチャ結構当たり外れあるんだけど(個人的な感想です)、
イキイキハッピーなショーアップさせたらこの人は実にすばらしい演出家だよな。
そしてさすがの舞台美術。ポップアーティストをテーマにしただけあって、
小物まで平面図のような作りで面白い。
ラディアントベイビーのモニュメント(?)を、椅子にしたり小道具にしたりと
畳みかけるポップ。


転がる石に苔むさず、太く短く生きろ、
欲しいときに欲しい!!
カラッとした涙のあとあじとともにそんなメッセージを受け取る気がする
すばらしい人生ショーであった。
大阪公演が柿澤氏のけがで中止になってしまったこともあり、
(そりゃあんだけ全力で飛び跳ねてたらたぶんケガするわ)
ぜったいに再演したほうがいいし、ぜったいに見に行ったほうがいいね。


32才

2016-08-01 | わたくし
2016年も意気揚々と801の日がやってきて、
今年もげんきいっぱいに加齢しました。

昨年同日比で

年齢は1才増
体重は6kg増

という、とどまるところを知らない成長ぶり。
自分の限界は一体どこにあるのだろう、底が知れず恐ろしいです。
死ぬまで一生、成長なのかもしれません。

とつぜんスピリチュアルな話(?)をすると、
偶数年の年は自分の周期的にはわりと色んなことが安定しているので
今年は比較的楽しく生きている気がします。
(奇数年がしっくりこない、いろいろハードな気がする。また来年は大変なんだろうと予測)

もういい年なので、自分におめでとう、と言ってもらうよりも
日頃何かと構ってくれる周囲の人に、なんかありがとうございますね
と言っていきたい気持ちです。
とりあえず、夫が財布を買ってくれました。なんかありがとうございます。(買わせた)

来年に向けては、
大幅に体重を減らしつつ、
そのほかの色んなことは増やしていきたいと思います。
楽しくブログも書いていきたいなという感じです。
よろしくピースでございます。