『荒らし』に遭ったblogです^^

『荒らし』はネット上で利害に反する書き込みをした人を攻撃する行為です。ネット監視会社、支持団体・自営等々があります。

今年も良い社会を目指して

2010年01月01日 | 雲の日記
明けましておめでとうございます!


 皆さーん、新年おめでとうございます!!      

新しい年になりました。それがどうした?と言う人から、私のようにそれなりに
新年を味わっている人まで(はっと..盛大にお祝いしている人もね^^)良い年に

なるようにお祈りしています。私の言う良い年とは、個人的な幸せは自分で追求
して頂いて^^社会的な幸せを実現出来るような、良い年にしたいと言うことです。

一口に『幸せ』なんて言うと(今のような時代では)口達者な人たちから『酢だ
蒟蒻だ!』と要らぬ攻撃を受けそうだが、素直に受け取って貰いたいですね^^

健康で仕事(収入)があってついでに好きなことがあったら、そんな人は結構幸せ
なんじゃないかと私は思うのですが..(望みが低いかなぁ?)

他人を羨んでばかりいても『不幸せ』だしね。だからと言って『下を見て』暮ら
せと言う意味じゃないです。それは失礼な言い方ですので、怒っていいですよ。

前にこんな言葉を小冊子で見たことがあるのです。投稿者は重い病の若い女性。
彼女がどんな思いで、この言葉を残したのか?考えると胸が痛いです。

『あなたが無駄に過ごした今日は、昨日死んだ人が痛切に生きたいと思った一日
である。』

健康で生きていられるだけで『幸せ』と思うのは健康な人には難しいでしょうが、
『必死に生きたい!』と思う人には、どんなに望んでも叶えられらないことなん

ですね。健康で生きられることを、是非『幸せ』の一つに加えて欲しいです^^
何だか..どこかのお寺の和尚さんの話のようになってしまいましたね^^ 失礼!

私たちは健康で働けることを希望している。だからと言って『生きるギリギリの
労働対価』で言い訳がない.. それは資本家だけが考える『幸せ』です。

騙されないで欲しいのは『仕事があるだけいいだろう!』『働けるだけ幸せだ』
等々の“誰かに?”都合のいい『幸せ論』ではないです。

そんなことを堂々とテレビで言う『経営者』『コメンテーター』『御用学者』
『知識人』等々の類いの人がいますが、彼らは労働者を『安く働かせる』ことに

よって、大きな利益を上げる人たち(経営者=雇用主)の片棒を担いでいるだけ
です。(キッパリ!!^^)

『謙遜に生きること』と『権利の主張』とは別の問題ですし両立
出来る問題です。


社会を見てみましょう! 日本社会はアメリカ発の世界不況と大騒ぎして、派遣
切りに始まり..失業者の増加..ホームレスの増加等々(年越し派遣村は満杯以上)、

中小・零細企業はどんどん倒産している中で『大企業』は、どうだろうか??
溜め込んだ『内部留保』の上に、政府からは補助金に減税、エコポイントなどの

援助を受け、不況の中..昨年度より売上を伸ばしているあり様です。
(大企業支援の前に“失業対策”だろう??)唯一、放漫経営で破綻寸前の日本
航空でさえ、莫大な公的支援を得て延命出来る。

国民だけが『自己責任』なのです。

そして国民が増税され、増大する『福祉の負担』を背負うことになり、反発し合
うようになっている。税金で援助を受けているのは『大企業』や巨大な支持母体

を持っている(票が出る?)『団体』なのに.. 財界言いなりの政党・政治家以外
を国会に送り込まなくては、現状の改善は難しいかもしれませんね。

今の社会を変える事は出来ます。良い社会に変える事は出来ます。自分にとって
良い社会とは『どういう社会なのか?』、それを具体的に考えて欲しいです。

私と経団連会長・御手洗富士夫氏とは(残念ながら^^)『望む社会』が違うから
です。 私と近所の人とも『望む社会』は違います。 特定の宗教に属している

人とも違うでしょう! だって宗教の組織にとって『良い社会』と属さない人に
とって『良い社会』は違うからです。 同じように属する企業・団体によっても

考え方が変わると思うからです。(本来なら一人の国民として日本社会を考えて
欲しいですが、無理な人もいますね^^)

お正月は、一部の人を除いて『休日』だと思います。是非..あなたが望む社会を
考えて見ませんか?? そして『あなたが望む社会』を実現する為には、どうし

たらいいのか?..考えてみて下さい。(注:合法的にね^^)他人の口車に乗らな
いように、充分ご注意下さい。(私も入るの??)

私は無宗教ですが、最後にマザーサレサの言葉を書いて終わりにします。
マザーの愛を感じて下さい。

『もし、貧しい人びとが飢え死にするとしたら、それは神がその人を愛していな
いからではなく、あなたが、そして私が、その人たちにパンを服を、そして愛を、
思いやりをあたえなかったからなのです。

生活に祈りを持つようにしてください。
祈れば、心が澄み、心が澄めば、神が見えてきます。
神が見えれば神の愛が働いて、ことばでなく行動で愛をあらわしたくなります。
祈りは、愛を深くし、愛が奉仕を生みます。
日本の人も祈って下さい。
生活に祈りを持てば、貧しい人びとを知るようになります。
貧しい人を知れば彼らを愛するようになり、助け、愛と平和の喜びをあたえます。』


今年も宜しくお願いいたしま~す。