カンチャン狂騒曲

日々の事をあれこれと、大山鳴動してネズミ1匹がコンセプト。趣味さまざまなどを際限なく・・。

蔦の絡まる電柱に思う

2017-08-30 10:14:26 | 熊本地震
 蔦の絡まるチャペルというのは、学生時代の歌詞でそれなりに夢と思い出が重なって風情がある。

 しかし蔦の絡まる電柱というのは頂けない。

 

 とても庭の手入れの行き届いたお宅だったのだが、このところ庭の除草も滞っている様子。

 鉢に植えられた季節の花によく手入れされていたのだが・・・震災前までは。

 ご主人は私よりもずっと若いのだが、何かがぷっつりと切れたのだろう。

 時々買い物で出かける途中などで遭遇することもあって、挨拶は普通に今まで通り返ってはくるのだが・・。

 我が家の道路の向こう側の小さな花壇兼菜園も雑草だけが生い茂る。

 

 雑草の実が溢れて生えてくるので、家の前ではあるし道路の除草は私がやっている。

 震災前までは、隣の老夫婦が土いじりが好きだが庭が無いからと、所有者の許可を得て花や野菜を植えて楽しんでいた場所だ。

 去年の暮れから自宅の解体が始まって、新しい家を建築中だがなかなか完成しない。

 時々雑草の茂るかつての菜園のコンクリートの縁に寄り掛かって、家の出来具合を二人で見上げている姿がある。

 土をいじるとか、庭の手入れをするとか、花を咲かせてみるとかいうことは、心のゆとりと云うか生への関心度が高く旺盛な状態が維持されているということなのだろう。

 病気や災害や思いも寄らない離別など、一瞬にしてやる気を喪失させる事象は常に身の回りにある。

 せめて、草は生え放題でも心の内で生きている実感だけは持ち続けられる何かは、日頃から育んでいなければと思う今日この頃だ。

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