続・知青の丘

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人骨土井ヶ浜遺跡等研修旅行(12/12~13)

2017-12-22 14:05:01 | 古墳・菊文研
12月12~13日
菊池川流域古代文化研究会の研修旅行
~世界遺産「明治日本の産業革命遺産」と渡来人の足跡を訪ねて~
この2日間では、
土井ヶ浜ミュージーアム展示ドーム
(下関市豊北町大字神田上891-8)
が一番印象深かった。
弥生人の人骨レプリカによる埋葬状況復元の見学と
その時の館長さん(人類学を研究する医者さん?)の話が面白かった。

約80体の人骨埋葬(写真が下手ですね~。
実は,
前回の旅行や孫写真等でカードがいっぱいになっていて、
他のを削除しながらの撮影で慌てていまして)

父と子

鵜を抱く女

男シャーマン(権力の象徴のゴホウラの貝腕輪をしているが、
顔は破壊され、石鏃が体に12個打ち込まれている。
写真では石鏃の場所を示すために棒が差されている。)

北風が強くて厳しい冬だったろうなあと思いました。

館長さんの話によれば、
人骨の顔は西(大陸)向きに葬られていたそうです。
ここの弥生人の特徴は、簡単に言えば
顔が長い、鼻の周りが平ら(彫が深くない)、背が高い

中国山東省に2000年前の人骨が保管されていて、
土井ヶ浜の人骨と特徴がほとんど一緒だったそうです。
だからと言って、ここの弥生人のルーツがそこだと断定してはいない、
という説明でした。
また、沖縄で採れるゴホウラの貝は、
こちらから出かけて行って手に入れていたということでした。

連作「人骨土井ヶ浜」(知青作)から一部
三百体よろし寒風ななめから
西を向く頭蓋と頭蓋風花す
鵜を抱けば女整う骨の冴え
石鏃は射る男シャーマン雪けむり
咲きそめし寝顔はなんて北斗星
大陸の春へ溶けだすまなこかな
黒南風や縄文系の義父ありし
北窓を塞いで睦む詩のあはひ


あと、印象に残ったのは
萩の反射炉

萩藩の若い志士の熱情は
残念ながら技術がなくて
操業するまでには到りませんでした・・・

この公園のすぐ隣を
単線の山陰本線が通過していきました。
たしか一両列車だったような。






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