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ミリオタ、エルンストによるブログです。
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幕府陸軍将校できた!あと某ドラマを観たこと

2010-11-08 23:22:24 | 幕末

遅くなりましたが更新いたします。
1867年頃の幕府陸軍歩兵将校です。
左の娘の服装は「幕末百話」で幕府軍の軍服の変遷を語った方です。大手前屯所ということなので、仏式伝習第一大隊の歩兵差図役頭取(陸軍大尉)です。
着ているのは「襞取りマンテル(”膝”とされているのは誤聞)」というフロックコートです。フランス軍の、主にズアーブ連隊の将校の制服に当てはまるものが実在し、写真も多く残っています。また挿絵では右手にケピ帽と思わしきものをもっております。
ジブスケ袴はフランス軍のえらいダボっとしたトラウザースのことです。
右腰のホルスターはピン打ちルフォーショー拳銃のです。サーベルはM1845歩兵将校用となっております。

右の娘は前回紹介したレキション(『銃隊式沿革図』にも描かれていますが立ち襟を外側に折り、衿を前に折って肩の紐を結ぶようです。)
にダンブクロ、ロングブーツという組み合わせです。
笠は正体がわかりません、饅頭笠の正面を切り取ったような形状です。ブリュネのスケッチに複数描かれていますがなんだこれ?
銃隊式沿革図で伝習隊の訓練と思われる絵で下士官らしき人が被っているものと同じものでしょうか?夏用の笠なのかな。
刀は当時の陸軍士官に流行った突兵拵の大小です。

立石斧次郎や徳川慶喜の軍装も紹介したいなぁ。


話は変わりますがTBSドラマ「99年の愛 Japanese Americans」の二世部隊の考証が気になってその辺だけ観ました。
M1ガーランドを装備し、M43HBT上下の上にM43フィールドジャケットを着ていて、足はレギンス、背にはM1828ハバーザックという感じでしょうか。記章が袖の部隊章くらいしかないのが残念ですが、民放の考証にしては上出来な気がします。(「さとうきび畑」はひどかった…戦後型のユーティリティにM1カービンしか出てこねえんだもんな)

沖縄のシーンでは中尾くんがマリンコのM41作業服着てましたね。M41ハバーザックもしょってたし、残念なのはヘルメットが戦後型なことくらいか。あと洞窟の日本兵が革製背嚢だったよ!

でもドイツ戦車部隊のシーンはなんか「バルジ大作戦」の再現だったよな…M47パットンが61式(「戦国自衛隊」のドーザー改造プロップだなあれ)に代わっただけという。でも気がついた人いるかな、戦車兵の服がM44ドット迷彩でしたね。
ドイツ兵は襟が服と同じ色の後期型の軍服っぽかったしMG42持ってたし、まあまあかな。(欲を言えばワンポイントでスプリンター迷彩装備してればなお良かったけど…)

でも、雪原でM43作業服にM43フィールドジャケットだけだとかなり寒いです。昔千葉の某フィールドで経験しましたが、みぞれがスウェードの靴とキャンバスレギンスを濡らし、そのときは塹壕足になるかと思った…。んでウェポンがマルシンのM1ガーランドで生ガス吹きまくって動きゃしねぇ!!楽しかったけど。その後イベントでレプリカのレインコートを手に入れました。
そんな大学時代の記憶がよみがえりましたとさ。

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2 コメント

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Unknown ()
2010-11-11 01:06:45
こんばんは。
ズアーブ連隊の制服とはまた渋い!元々北アフリカの兵士が着てて、南北戦争ではアメリカ人が着て、幕末には日本人も着る事になるとはまたまた不思議な話ですね。
突兵拵は今でもよく刀剣市とかで見かけます。私も好きな拵ですが、刀身はさほど良いものは入っていません。。。無銘も多いですし、もう戦場の主役は小銃中心でしたからあまり使用の機会も無かったのであえて、そこそこの刀身を入れていたのかも知れませんね。
のちに日本刀から右の娘さんの様に片手握りのサーベルが日本陸軍の正式軍刀になりましたが昭和初期には先祖帰りして太刀型軍刀になってしまい、挙句に戦時中は刀帯に吊るすのではなく差している将校も多数いました・・・。

ドラマは見なかったです。でも結構軍装の正確さでそのドラマに対する監督の力の入れ具合や思い入れの深さが判りますね。しかしなまじ知識があるとそっちばかりに意識が集中してしまい感動も何もあったもんじゃない(苦笑)家族と戦争ドラマを見ていても「あれ中田製だ」「なんで司令官が参謀飾緒付けてるの」とか言っていたら家族から締め出されたことありました・・・。

先月昔使っていたサバケー用品を知り合いの息子さん譲ってしまいました。興味がとてもあったようで。。。私はもう体力的に無理(苦笑)
時間も無いですしね。あと軍装研究会に属していると結構複製でも軍服着用を嫌う人も多いですし(長年に渡る根深い対立あり)・・・。

私も昔から気になってました・・・なぜ笠の正面が切り取られているんだろう!?・・・謎ですね。


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こんばんは (Ernest)
2010-11-11 15:27:54
どうも日本に持ち込まれたのはフランス軍の植民地や、海外遠征時の制服みたいなものが多かったようです。兵士の半マンテルをはじめ、ケピ帽には日除け用の白い帽垂れ(よく外人部隊が被っているアレ)が支給されていました。
>突兵拵
もしかすると刀身が粗雑なのは、使う機会のないのも増して幕末期旗本の懐事情もあったかもしれないですね…。
このフランス式伝習部隊の服がのちの新政府陸軍の制服の元になり、サーベルも採用されましたが所詮は日本人に合わない無理な洋式化だったのか、また昭和期に日本刀型になるのが面白いですね。そのほうが合っているのだろうか…。

ドラマの考証ツッコミは主に日本のドラマにありがちですね。私もよくやるのであまり内容は入ってきません(笑)。今回のは考証担当の方の苦労の結晶でしょうか、細かいところをいうとキリがないですが、戦後型のものを極力排除して臨んでいるのがわかりました。

自分もサバゲは社会人になってから難しくなりました。日曜仕事なもので…。でもまだあきらめたくないな、と思ってしまいます…。

笠は現存品さえ残っていれば…。切り取っているというか、はじめからああいう形で作っている?かもしれません。

それでは、どうもありがとうございました。
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