松江しんじ湖温泉からバスに乗り、県庁前で降りると、県庁広場に松江藩の初代藩主・松平直政公像の像があります。
松平直政公像
松江藩主は、堀尾三代、京極一代、松平十代である。松平家初代の直政公は、富国・安民・質素・節財等の大綱を示し、藩政の基礎を固めた。
慶長19年(1614)大坂冬の陣に際し、母 月照院は、14歳で初陣する直政に対し「君は徳川家康の孫で、父 結城秀康は名将である。父に劣らぬ奮戦をせよ」と励まし、馬印(隊旗)を縫って与える。越前隊と加賀隊が先を争って真田丸に進むが、弓銃が激しく撤退する。その時、一将が進み出る。見れば直政である。従士の天方通総(あまかたみちふさ)は馬を止め矢表に立ち「大将が先がけるとは何事ぞ」と諌めるが直政は更に進む。通総は再び矢表に立ち塞がる。何度も矢表を争う主従を見た城将 真田幸村は、直政の勇気と従士の忠義を賞し、弓銃を撃たせず、主従の武士道の誠を讃え、櫓より軍扇を投げ与える。
この美談徳目は、時代を超えて輝き、郷土の先人は感嘆し銅像建立へと進んだ。明治2年に米原雲海作の直政公初陣像が松江城本丸に建立される。昭和18年戦時により供出される。
その後、再建の機運が高まり昭和52年、松平直政公銅像再建委員会が設置され、平成20年、同建設委員会が設置される。銅像製作は、二科会理事の倉澤實氏による。
平成21年11月吉日 松江開府400年祭・市制施行120周年事業
松平直政公銅像建設委員会・松江市
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松平直政公像
松江藩主は、堀尾三代、京極一代、松平十代である。松平家初代の直政公は、富国・安民・質素・節財等の大綱を示し、藩政の基礎を固めた。
慶長19年(1614)大坂冬の陣に際し、母 月照院は、14歳で初陣する直政に対し「君は徳川家康の孫で、父 結城秀康は名将である。父に劣らぬ奮戦をせよ」と励まし、馬印(隊旗)を縫って与える。越前隊と加賀隊が先を争って真田丸に進むが、弓銃が激しく撤退する。その時、一将が進み出る。見れば直政である。従士の天方通総(あまかたみちふさ)は馬を止め矢表に立ち「大将が先がけるとは何事ぞ」と諌めるが直政は更に進む。通総は再び矢表に立ち塞がる。何度も矢表を争う主従を見た城将 真田幸村は、直政の勇気と従士の忠義を賞し、弓銃を撃たせず、主従の武士道の誠を讃え、櫓より軍扇を投げ与える。
この美談徳目は、時代を超えて輝き、郷土の先人は感嘆し銅像建立へと進んだ。明治2年に米原雲海作の直政公初陣像が松江城本丸に建立される。昭和18年戦時により供出される。
その後、再建の機運が高まり昭和52年、松平直政公銅像再建委員会が設置され、平成20年、同建設委員会が設置される。銅像製作は、二科会理事の倉澤實氏による。
平成21年11月吉日 松江開府400年祭・市制施行120周年事業
松平直政公銅像建設委員会・松江市
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