限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

【2011年度授業】『国際人のグローバル・リテラシー(1)』

2011-04-26 23:03:09 | 日記
【国際人のグローバル・リテラシー 1.欧米 中世ヨーロッパの生活】

今年も、京都大学の一般教養科目で『国際人のグローバル・リテラシー』を教えている。テーマは昨年、一昨年と変わらないが、当然のことながら議論の内容や学生の反応が毎年変わっているのが興味深い。今年は、47人定員の部屋が満員で、座席が足りず立って、あるいは床に座って聞く学生もいるぐらいである。しかし、人数が多いというのはこのクラスのようにディスカッションを主体とするクラスでは必ずしも良いとはいえない。人数が多いとつい引っ込み思案になるか、誰かが答えてくれるだろうと他力本願になってしまい勝ちである。

授業中でも言ったことではあるが、このクラスでのディスカッションの眼目は、いわゆる『正しい歴史的事実』を調べてきて単にそれを述べる、つまり『正解』を求めている訳ではなく、自分の知っている範囲の知識をフル動員してどれだけ、自分の頭で考えた意見を他人に納得のいくように伝えることができるか、というアウトプットが問われている。この意味で、発言も内容(コンテンツ)もさることながら、話し方(レトリック、プレゼンテーション)も重要な要素である。残念ながら日本では、高校まで(そして大学、社会人共に)後者の教育が全くおろそかにされている。これは何も京都大学の学生に限った訳でないが、まともな話し方が出来ない学生が非常に多い。授業中、この点においてもワンポイントレッスンの形で注意している。



さて、今年の『国際人のグローバル・リテラシー』のテーマは次の通りである。全体で14ヶのテーマについて、数名の学生パネリストを中心にクラス全体で議論する。

 0.概論 
 1.欧米 中世ヨーロッパの生活
 2.欧米 ギリシャ世界の政治と思想
 3.欧米 (ギリシャ語+ラテン語)の受容、科学技術の発達、出版物の流通
 4.欧米 アングロサクソンの誤解、現代のグローバリゼーションの問題点
 5.日本 科学技術の発達、出版物の流通(江戸時代)
 6.日本 六国史、大日本史、中国の歴史書との関連
 7.日本 江戸末期・明治初期の西洋人の記録、日本人論
 8.イスラム イスラムの社会・文化、イスラムの科学
 9.イスラム イスラムと西洋・キリスト教、十字軍の残酷
 10.中国 哲学(儒教、老荘、韓非子、墨子)、仏教
 11.中国 歴史(史記、資治通鑑)、科学技術の発達
 12.中国 庶民生活(唐、宋、元、明)、現代中国の諸問題
 13.韓国 哲学、歴史、科学技術、庶民生活、日本との関連
 14.インド、東南アジア・南米 歴史、社会、日本との関連


第一回目の【1.欧米 中世ヨーロッパの生活】のクラス討議メモを以下に示す。

 第一回目の授業では、中世ヨーロッパ世界における人々の生活がどのようであったか、その起源や変遷を辿り、適宜他国との比較を交えつつ、議論した。 

モデレーター:セネカ3世(SA)

パネリストA「西洋出身の人と話して、キリスト教圏の人々の宗教観に興味を持った」

この発言を受け、さっそく宗教観について議論が始まった。一般的に、日本人は異教徒の祭りであるクリスマスを祝うなど、宗教の感覚が薄いといわれている。これに対し、別のパネラーより異議が唱えられた。

パネリストB「確かにヨーロッパではキリスト教が信仰されているが、布教するに際して、クリスマスを先住民の新年の時期にずらすなど、他の文化を取り込み発展した。日本がさまざまな宗教の祭りを取り込んでいるのと同じ発想ではないか」

パネリストC「プロテスタントを信仰している人々は、日本の神道に近い感覚で、言うほど宗教に密着してはいない。つまり日本だけではなく、海外にも宗教にルーズなところはある」

次に、農村の暮らしについて議論した。

セネカ3世:「『和を以って貴しとなす』『農耕民族』『集団主義』、これらの特徴が当てはまる国はどこか?」の質問があった。

真っ先に思い浮かぶのは日本。他にもアジアやヨーロッパの国々がいくつか挙がった。

パネリストA:「これは農業国全般に当てはまるのでは?農耕には共同作業が伴うため、和を重んじる傾向が生まれるということだ。また、時期が下るにつれ、集落内で効率性の向上のため専門化が起こった。例えば貨幣が、統治者や、外部との交易の影響により誕生した。」

セネカ3世:「富の蓄積が可能になり、生活は豊かになったが、同じ時期にイスラーム圏の富を略奪する十字軍も行われていた。高校では、十字軍はキリスト教圏の膨張のために引き起こされたと習うが、第四回十字軍では同じキリスト教圏のコンスタンティノープルを占領するなど、もはや信仰は問題になっていなかった。」

日本と中世ヨーロッパの農業様式の比較:

セネカ3世:「日本では毎年稲作が行われるのに対し、中世ヨーロッパでは三圃制がとられていた。これは稲に連作障害がないのに対し、西欧の作物だと地力の低下を防ぐ必要があったから。また、ヨーロッパでは日本と違い、家畜の糞を藁と混ぜて利用していた。これはヨーロッパの気候が乾燥しており、糞をそのまま土に入れても発酵しないため。ちなみに、人糞は道路に放置され、あまり清潔ではなかった。当時日本を訪れたヨーロッパ人が、日本の清潔さに驚いたという話が残っていることからも分かる。」

【筆記者の感想】中世ヨーロッパという時間も空間も離れた世界について語られたが、日本やその他の地域との比較により、それまで知らなかった意外な共通点や、共感できる点が見えてきて、以前より身近に感じられるようになった。歴史の新しい理解の仕方に触れられる、意義のある内容であった。

以上
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