三国志演義など、民衆の間では劉備が英雄となっているが、歴史的に見ると、前回の『中国の史書とは人物鑑定の書だ』でも述べたように魏の曹操が傑出している。しかし、曹操は一体どのような点で優れていたのか?かつて袁紹の部下であり、今や曹操が絶大なる信頼をよせている知恵者、郭嘉が曹操の長所を分析した。多少身びいきが入るかもしれないが、その意見を聞いてみよう。
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資治通鑑(中華書局):巻62・漢紀54(P.1995)
袁紹は曹操に書面を送ってきた。その言葉遣いは曹操を完全になめている。曹操は、荀と郭嘉に『何とも腹立たしい袁紹を叩き潰したいが兵力ではかなわない。どうすればよいか?』と尋ねた。郭嘉が答えていうには、『かつて漢の劉邦と楚の項羽が戦った時、劉邦は軍事力では劣っていたものの、頭脳では勝っていた。それで、項羽の兵は強かったものの、結局劉邦に負けてしまった。いま、袁紹と公を比べるに、十の点で、公は袁紹に勝っている。』
袁紹與操書,辭語驕慢。操謂荀、郭嘉曰:「今將討不義而力不敵,何如?」對曰:「劉、項之不敵,公所知也。漢祖唯智勝項羽,故羽雖強,終爲所禽。今紹有十敗,公有十勝。」
袁紹、操に書を与う。辞語、驕慢なり。操、荀、郭嘉にいいて曰く:「今、まさに不義を討たんとするも力、敵ぜず,何如?」こたえて曰く:「劉、項の敵ならずは公の知るところなり。漢祖、ただ智、項羽にまさる,故に、羽は強しと雖ども,終に、禽わるるところとなる。今、紹に十敗あり,公に十勝あり。」
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このように言って、曹操が袁紹より勝っている点を10ヶ条列挙している。以下にこれら10ヶ条を示す。
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資治通鑑(中華書局):巻62・漢紀54(P.1995)
【1】道(道理が通っている)
袁紹の兵隊は強いが、上手に使いこなしていない。袁紹はこまごまとした礼儀が好きなので、皆あきあきしている。それに引き換え曹操は自然体だ。
紹雖強,無能為也。紹繁礼多儀,公体任自然,此道勝也。
【2】義(大義がある)
袁紹は戦争の大義名分がなしに戦争している。一方曹操は天下の大義を掲げて戦争している。
紹以逆動,公奉順以率天下,此義勝也。
【3】治(政治手腕がある)
後漢の桓帝や霊帝以降、世の中がとげとげしくなった。。袁紹はそれならば、と言ってむやみに寛大な政策を出しているが、逆効果となった。曹操は、厳しく取り締まることで上から下まで統制がとれ、結果的に穏やかに暮らせる世の中になった。
桓、霊以来,政失於寛,紹以寛済寛,故不摂,公糾之以猛而上下知制,此治勝也。
【4】度(人を信頼して任せる度量がある)
袁紹は外見は優しそうだが、心は陰険だ。人に仕事を任せてもいつも疑っている。大役は自分の身内以外には任せない。曹操は、一見手抜きをしていいるようでも仕事の本質を見抜いている。人に仕事を任せて疑わない。才能があれば身内であるかどうか関係なく任せる。
紹外寛内忌,用人而疑之,所任唯親戚子弟,公外易簡而内機明,用人無疑,唯才所宜,不問遠近,此度勝也。
【5】謀(作戦力が高い)
袁紹は会議を頻繁にするが、決断しない。ぐずぐずするのが欠点だ。曹操は決めたら即実行し、事情の変化に合わせて作戦を縦横に変更する。
紹多謀少決,失在後事,公得策輒行,応変無窮,此謀勝也。
【6】徳(真心で人に接する)
袁紹は高尚な話が好きで、知名人をひっぱってくるのが好きだ。それで、口だけで外面(そとづら)の良い人が多く集まってきた。曹操は真心で人を判断し、飾り立てる人を嫌う。それで、まじめに仕えたいと思う人間が多く曹操の下で仕事がしたいと集まってきた。
紹高議揖譲以収名誉,士之好言飾外者多帰之,公以至心待人,不為虚美,士之忠正遠見而有実者皆願為用,此徳勝也。
【7】仁(大きな観点からの思いやり)
袁紹は人が飢えていたり凍えていたりすると、『ああ、かわいそうに』と顔や態度に表れる。しかし、視界の外のことには思いが至らない。曹操は、目の前の人の苦しみにはさほど関心は示さないが、国家全体を見渡して恩恵を施すところはどこかと目配せを怠らない。全体としてみた場合、曹操の方が仁愛にあふれる政治をしている。
紹見人饑寒,恤念之,形於顔色,其所不見,慮或不及,公於目前小事,時有所忽,至於大事,与四海接,恩之所加,皆過其望,雖所不見,慮無不周,此仁勝也。
【8】明(仕事の成果を公平に評価する)
袁紹の所では、大臣たちが争い、足のひっぱりあいや誹謗・中傷・デマが絶えない。曹操は部下を公平に評価するので、中傷しようにもできない。
紹大臣争権,讒言惑乱,公御下以道,浸潤不行,此明勝也。
【9】文(遵法精神が行き届いている)
袁紹は何をよしとし、何を悪いと考えているのかさっぱり他人には見当がつかない。曹操は、良いと考えている点は謹んで行うし、悪いと考えている点は法で、びしびしと裁く。
紹是非不可知,公所是進之以礼,所不是正之以法,此文勝也。
【10】武(神業の用兵術を駆使する)
袁紹の軍隊は見栄だけで、実際の戦い方を知らない。曹操は、少人数の兵で多数の兵に勝つ、その用兵術は神業だ。将兵たちは、曹操の作戦を信頼しているし、逆に敵方はそれを恐れている。
紹好為虚勢,不知兵要,公以少克衆,用兵如神,軍人恃之,敵人畏之,此武勝也。
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郭嘉にあまりにも誉められるので、曹操は聞いていて思わず『このような人間には、私だってとても敵わないな』(如卿所言,孤何徳以堪之!)と照れ笑いした。
歴史上の曹操が本当にこのような人物であったかどうかの詮索はさておき、この10ヶ条はリーダーの資質を判断する指標(Merkmal)となるであろう。
私は特に、【7】仁(大きな観点からの思いやり)の点について日本人はしっかりと考える必要があると言いたい。日本人は得てして袁紹のように、目先の小さな不幸に対して同情の涙を流す人を人間味のある人、つまり『仁』の体現者と考え、誉め称える傾向が強い。しかし、一私人ではなく、国家全体を担う使命のある政治家としての本当の仁とは、一部の人達のためではなくもっと幅広く国民全体の便益を考えることであると私は考える。その意味で、現在の東日本大震災の復興に関して、単に東北地方の破壊された町々村々を元通りに建設するという考えに立たずに、もっと日本全国を大きく俯瞰してどこにどういった住宅、工場、農村を作れば日本全体として安全で幸せな生活が送れるかと、議論すべきであると考える。
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資治通鑑(中華書局):巻62・漢紀54(P.1995)
袁紹は曹操に書面を送ってきた。その言葉遣いは曹操を完全になめている。曹操は、荀と郭嘉に『何とも腹立たしい袁紹を叩き潰したいが兵力ではかなわない。どうすればよいか?』と尋ねた。郭嘉が答えていうには、『かつて漢の劉邦と楚の項羽が戦った時、劉邦は軍事力では劣っていたものの、頭脳では勝っていた。それで、項羽の兵は強かったものの、結局劉邦に負けてしまった。いま、袁紹と公を比べるに、十の点で、公は袁紹に勝っている。』
袁紹與操書,辭語驕慢。操謂荀、郭嘉曰:「今將討不義而力不敵,何如?」對曰:「劉、項之不敵,公所知也。漢祖唯智勝項羽,故羽雖強,終爲所禽。今紹有十敗,公有十勝。」
袁紹、操に書を与う。辞語、驕慢なり。操、荀、郭嘉にいいて曰く:「今、まさに不義を討たんとするも力、敵ぜず,何如?」こたえて曰く:「劉、項の敵ならずは公の知るところなり。漢祖、ただ智、項羽にまさる,故に、羽は強しと雖ども,終に、禽わるるところとなる。今、紹に十敗あり,公に十勝あり。」
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このように言って、曹操が袁紹より勝っている点を10ヶ条列挙している。以下にこれら10ヶ条を示す。
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資治通鑑(中華書局):巻62・漢紀54(P.1995)
【1】道(道理が通っている)
袁紹の兵隊は強いが、上手に使いこなしていない。袁紹はこまごまとした礼儀が好きなので、皆あきあきしている。それに引き換え曹操は自然体だ。
紹雖強,無能為也。紹繁礼多儀,公体任自然,此道勝也。
【2】義(大義がある)
袁紹は戦争の大義名分がなしに戦争している。一方曹操は天下の大義を掲げて戦争している。
紹以逆動,公奉順以率天下,此義勝也。
【3】治(政治手腕がある)
後漢の桓帝や霊帝以降、世の中がとげとげしくなった。。袁紹はそれならば、と言ってむやみに寛大な政策を出しているが、逆効果となった。曹操は、厳しく取り締まることで上から下まで統制がとれ、結果的に穏やかに暮らせる世の中になった。
桓、霊以来,政失於寛,紹以寛済寛,故不摂,公糾之以猛而上下知制,此治勝也。
【4】度(人を信頼して任せる度量がある)
袁紹は外見は優しそうだが、心は陰険だ。人に仕事を任せてもいつも疑っている。大役は自分の身内以外には任せない。曹操は、一見手抜きをしていいるようでも仕事の本質を見抜いている。人に仕事を任せて疑わない。才能があれば身内であるかどうか関係なく任せる。
紹外寛内忌,用人而疑之,所任唯親戚子弟,公外易簡而内機明,用人無疑,唯才所宜,不問遠近,此度勝也。
【5】謀(作戦力が高い)
袁紹は会議を頻繁にするが、決断しない。ぐずぐずするのが欠点だ。曹操は決めたら即実行し、事情の変化に合わせて作戦を縦横に変更する。
紹多謀少決,失在後事,公得策輒行,応変無窮,此謀勝也。
【6】徳(真心で人に接する)
袁紹は高尚な話が好きで、知名人をひっぱってくるのが好きだ。それで、口だけで外面(そとづら)の良い人が多く集まってきた。曹操は真心で人を判断し、飾り立てる人を嫌う。それで、まじめに仕えたいと思う人間が多く曹操の下で仕事がしたいと集まってきた。
紹高議揖譲以収名誉,士之好言飾外者多帰之,公以至心待人,不為虚美,士之忠正遠見而有実者皆願為用,此徳勝也。
【7】仁(大きな観点からの思いやり)
袁紹は人が飢えていたり凍えていたりすると、『ああ、かわいそうに』と顔や態度に表れる。しかし、視界の外のことには思いが至らない。曹操は、目の前の人の苦しみにはさほど関心は示さないが、国家全体を見渡して恩恵を施すところはどこかと目配せを怠らない。全体としてみた場合、曹操の方が仁愛にあふれる政治をしている。
紹見人饑寒,恤念之,形於顔色,其所不見,慮或不及,公於目前小事,時有所忽,至於大事,与四海接,恩之所加,皆過其望,雖所不見,慮無不周,此仁勝也。
【8】明(仕事の成果を公平に評価する)
袁紹の所では、大臣たちが争い、足のひっぱりあいや誹謗・中傷・デマが絶えない。曹操は部下を公平に評価するので、中傷しようにもできない。
紹大臣争権,讒言惑乱,公御下以道,浸潤不行,此明勝也。
【9】文(遵法精神が行き届いている)
袁紹は何をよしとし、何を悪いと考えているのかさっぱり他人には見当がつかない。曹操は、良いと考えている点は謹んで行うし、悪いと考えている点は法で、びしびしと裁く。
紹是非不可知,公所是進之以礼,所不是正之以法,此文勝也。
【10】武(神業の用兵術を駆使する)
袁紹の軍隊は見栄だけで、実際の戦い方を知らない。曹操は、少人数の兵で多数の兵に勝つ、その用兵術は神業だ。将兵たちは、曹操の作戦を信頼しているし、逆に敵方はそれを恐れている。
紹好為虚勢,不知兵要,公以少克衆,用兵如神,軍人恃之,敵人畏之,此武勝也。
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郭嘉にあまりにも誉められるので、曹操は聞いていて思わず『このような人間には、私だってとても敵わないな』(如卿所言,孤何徳以堪之!)と照れ笑いした。
歴史上の曹操が本当にこのような人物であったかどうかの詮索はさておき、この10ヶ条はリーダーの資質を判断する指標(Merkmal)となるであろう。
私は特に、【7】仁(大きな観点からの思いやり)の点について日本人はしっかりと考える必要があると言いたい。日本人は得てして袁紹のように、目先の小さな不幸に対して同情の涙を流す人を人間味のある人、つまり『仁』の体現者と考え、誉め称える傾向が強い。しかし、一私人ではなく、国家全体を担う使命のある政治家としての本当の仁とは、一部の人達のためではなくもっと幅広く国民全体の便益を考えることであると私は考える。その意味で、現在の東日本大震災の復興に関して、単に東北地方の破壊された町々村々を元通りに建設するという考えに立たずに、もっと日本全国を大きく俯瞰してどこにどういった住宅、工場、農村を作れば日本全体として安全で幸せな生活が送れるかと、議論すべきであると考える。