続・笑う蜘蛛の糸

1969年生まれの私、
潮風太子が第2団塊世代特有の視点で書く
コッソリ系ブログです。

高まる期待値、衰退の予兆

2019-10-28 02:02:00 | インポート
毎週毎週私メの住む千葉県は豪雨に見舞われ、
さすがに「ええ加減にせぇ!」ってカンジです。
雨ネタばかり書いててもしょうがないので先に進みます。

ちょうど3か月ほど前か、
私メの会社の「かわいい後輩」(高校の後輩でもある)Nが、
熊谷のラグビー場で行われる「アルゼンチンVSアメリカ」の試合チケットを、
入手できたと喜びの報告を入れてきた。
こちとら、その頃というと我がマリーンズが楽天と3位争いの頃で、
秋の予定及び有給休暇の予定にやきもきしていた頃。
2位が西武かソフトバンクか?はてまたマリーンズ2位も・・・と。
正直ラグビーワールドカップなんざ、さしたる興味もなく、
愛読する日刊スポーツで得たニワカ情報で世間話程度に、
ラグビー話が出来る程度。
そんな私メに向かい、よくラグビー話を熱く振ってくるN。

某H大ラグビー部の試合やら、
いつもガラガラの近所(茜浜)にある「クボタ」の試合を観に行っては、
翌日あ~でしたこうでしたと熱弁を振るう。
最近では、よほど日本でワールドカップが行われるのが嬉しかったのか、
鎌ケ谷スタジアムでのマリーンズVSファイターズ戦の試合中にも、
「日本がアイルランドとか南アフリカとかニュージーランドと、
ガチで対決するなんて今でも信じられないんですよ」
とベンチにまで聞こえているハズのデカイ声で熱くラグビー論を語り、
「じゃあ今の日本代表でいうイソップって誰なんだよ?」とギャグを振って、
ハナシを切ろうものなら、
「日本代表にイソップなんかいませんよっ!」とマジ切れする始末。
この男と東京6大学野球や、
ラグビー、中国のハナシをする際は、
冗談が通じない。
しかし母校については私同様「黒歴史」だという点については同意している。

いざワールドカップが始まる頃には、
我がマリーンズ今シーズン4位の終戦確定。

たまには地上波の映画モノでも観るかと、
大会直前、宣伝込めて日テレ系で放送された
ラグビー映画の傑作インビクタスを観て感動。

南アフリカのラグビーの重いこと重い事・・・
こりゃサッカー以上に重いわと痛感。
なんて予備知識を入れた上でシリーズ開幕。
日本シリーズそっちのけでラグビーの試合をTV観戦。
前大会の南アフリカ戦でのジャイアントキリングにも驚いたが、
今回はアイルランド、ロシア、サモア、スコットランドを激闘の末、
撃破で4連勝にして初の決勝ラウンド進出と。
久々にテレビの前で泣きました・・・
マリーンズが優勝したって泣かなかったのに。

準々決勝で、あの南アフリカとガチで戦い、
さすがに3-26で負けたものの、
前半は3-5と、なんとか互角の試合展開。
これって実は相当にスゴイことらしく、
日本チームが世界のラグビー界に与えた
衝撃としては十分すぎる、
アッピールになったようで・・・
気が付けば日本人皆ニワカラグビーファン一色と(笑)
まさしく夢のような一か月間でした。

今では「これまで外国人選手たちとは体格差がありすぎるからムリ」
とか言ってた連中が、
「ごたごた続きの相撲とか柔道、レスリングをやってる子なんか、
今すぐにやめさせてラグビーに転向させろ!」とか、
デブで走るのが苦手で控えに甘んじているような子で、
コーナーキックやフリーキックの神とかPK職人みたいな子も、
ラグビーに鞍替えさせろとか・・・・いう始末。
実際、我が愚息が在籍していたチームにも、
そういう子がいたし(Bチームの奇跡のときに記述)、
他のチームにも結構な数いて、
潜在的には相当な数の「未来の日本ラグビーの救世主」が、
存在しているハズ。

この盛り上がり、なんとか続くといいんだけどな・・・・

と言いたいところだが現実は、
恐らく今回も一時的なブームで、
アッサリ終焉を迎えてしまうような気がする。
あの「五郎丸現象」のように。

理由はいたって簡単。
「危ないスポーツだから」。

小学校、中学校の「部活動」あるいは「体育の授業」で、
ラグビーを必修科するなんてことは絶対にありえない。
そもそも、まともに「正しいラグビー」を指導できる指導者が、
ほとんどいないのが現実。
ヘタにやって「事故」でも起きたら、
そりゃもう訴訟沙汰の大騒動に発展する。

しかし、
こと部活は運動系文化系問わず、
指導者(顧問)次第というのは、
我々の世代では、
もう痛感している。

が、兵庫のバカ教師4人組騒動にみられるように、
公立の学校の教師のレベルからして、
あんな有様。

さすがにアレは氷山の一角とは言えない「異常者」、
「キ〇ガイ」「畜〇」のレベルだが、
今やホンモノの一流教師に出会える確率は、
住之江競艇場で6コース出の艇での1着舟券を取るより、
はるかに低い難儀なハナシ。
よって、あまり過度な期待は禁物でありタブーなハナシである。

そんな中、我が愚息2号(小4)の通う学校で、
この度、「今年度のマラソン大会は中止とします」との公式のお達し。

夏休み前からウワサにはなっていたので、
夏休みの面談時、担任の先生にそれとなく質問してみた際、
「やはり今年はマラソン大会は中止ですか?」と聞けば、
若い女の担任の先生曰く「そうですねぇ・・・ハイ・・・
そんなカンジで・・・」とまぁ曖昧な返答。

そこはソレ、こちらは先生より二回り上で
「社内問題事案における審議員経験もアリ」なので、
その辺の事情は汲み取りつつも、
それなりに要領よく質問していくと、
結局のところ今年度以降マラソン大会は当校ではやめると白状。

要するに校長が変わったことにより止めることになったコトにおいては、
当局(おそらく市と教育委員会だろう)のお達しらしい。
その主な中止理由とやらが、
大会準備に関わる「練習期間」の指導及び「早出・残業問題」、
大会当日における警備上の問題。
足の遅い子の精神的苦痛云々・・・やら、
そう聞きゃなるほどね・・・となるが、
我が愚息2号、以前にも書いているので皆さんご存知かと思いますが、
3年連続3着というブロンズコレクター記録継続中の身。
1,2着の子は毎年変わるのに、何故か我が愚息は毎年3着固定。
3着固定の3連単買いは競馬の馬券で最も的中率が低い超難しい買い方。

う~ん!勉強もダメ、これといった特技もナシ、
「ゆたぽん」ほど未来を憂い金を生み出すほどの、
「知力」も「才能」も「強運」も持ち合わせていない、
ごくごくフツーの何の取り柄もナイYouTube大好き小僧。

そんな愚息が年一でクラスの子たちから注目される一大イベント、
それがマラソン大会だったというのに・・・

ひょっとしたら、こうして毎年3着を続けているウチに、
突然覚醒してマラソンランナーに化けたり、
あるいは転任してきた陸上競技経験者の先生と出会って、
マラソンに目覚る・・・なんてことが、
あったかも・・・やっぱ無かったかも・・・である。

このままいくと確実に埋もれる。
じゃあなんとかクラブチームでも入れてやらせれば?
と言われそうだが、
一度、体験で某クラブチームの練習に体験入部したこともあった。

しかしながら如何せん、
ただ走るだけってのは、
どうも性分に合わないらしく、
これも相性の合う指導者との出会いが無かった、
ということに尽きるのかもしれぬが、
そういう「道」は無かった。
やはりクラスでチヤホヤされながら頑張りたい性分なのだろう。
ならば、マラソン大会でのソコソコの活躍は、
ヤツにとっては数少ない貴重な自信をつけるイベントだったハズ・・・
だが、こうなってしまってはねぇ。

更に他の親や近所の人たちとの交流情報から、
今後は運動会も縮小する方向で進んでいるとのこと。
半日イベントにしたり、
球技大会レベルの平日のイベント授業扱いにするなど、
共稼ぎあるいはシングルの親御さんへの配慮も検討しているという。

一見するとなるほど、
時代も変わっていくんだね・・・
と思うが、
かくして「危ないから」と言う理由を大義名分として、
「ラグビーはダメ」「野球もダメ」「マラソンもダメ」、
「運動会こそムダ」、
挙句の果てには、
例のモーニングショーのコメンテーター玉川徹が言うように、
運動会は元々軍隊の訓練から派生している云々・・・
だから軍国教育の遺産だのと言われる始末。
組体操をみんなで一緒にやるなんて理解に苦しむやら・・・

真夏の甲子園で試合なんて選手虐待だの、
球数制限に延長戦でのタイブレーク制。
その上での指導者の体罰に部内でのいじめ問題。
そこに子供の減少化に歯止めが利かない状況と。

このままいくと、
裕福な家庭に育った子で、
一流の指導者たちから指導を受けられて、
日本代表レベルになれる層の子たちと、
潜在能力がありながら、
それに気づくことすらなく、
一生を終える貧困層の子たちとの、
2極化が一層明確になり、
特にスポーツの世界では絶対必要な、
ピラミッドバランスが作れず、
この手のスポーツマン需要と供給のバランスが崩れ、
皆の期待値と噛み合わない状態になることは必至。
スポーツの世界に限らず、
すべてのジャンルにおいてもそう。
果たして、こんな状況でよいのだろうか?
と最近つとに思う今日この頃なのでした。

ではまた。


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薄氷上のパラノイア生活

2019-10-19 02:05:33 | インポート

今回はちと重い話題にて失礼いたします。

ま、すでにお気づきの方も多数おられるかと、
思いますが、

コレ第2版(修正版)です。

初版は検閲により強制削除されてしまいました。
何度も、何度も・・・
いい機会なので、
じゃあ、どういうモノならば検閲クリアとなるのか?
テストがてら、しつこく修正して出してみることにします。
果たして、どういう結果になりますやら…

今年は2度も大台風に見舞われ、
なんてこったい!と・・・
今回もなんとか当方、無事でしたハイ。
といっても今回に関しては、
あの台風の真っ只中、
社用にて車なんぞ運転しておりまして、
信号が停電しているデカい交差点を、
ビビリながら通過したり、
所々できた冠水路を一気に通過とか、
横から木の枝やらゴミ箱やらが飛び出してきてオ~っ!と避けながら走り抜けたりと、
都会にいながらリアルアドベンチャーワールドを体験するハメに。
まさに人生、常に危険と隣り合わせ。
改めて命運というコトバの意味を知りました。
人生ホントその人の運次第だなと。

そして台風一過のあと、
こんなニュースがネット上に。

東京は台東区の避難所にホームレスが避難してきたところ、
「正式な住民」でナイので受付を拒否したというニュース。

要するに避難所に入ってくるな出ていけという風なことだったとか。
これを左寄り思想の人達は、
「人権無視」だとか「人命軽視の差別」とかいって、
行政の対応を批判している。
逆に右寄りとまでは言えないが、
アンチ左風な人達は、
悪臭の壮絶なホームレスが避難所に、
「普通の住民たち」と、
一緒にすごすなんて信じられないとか、
衛生上の問題について考たら…等々、
このときの行政サイドの判断を、
英断とする反対意見もまた多数ナリと。
地上波、大手新聞は当然、左論調。

私、潮風太子的には、
このニュースと双方の白熱議論する様をみるに、
非常に感慨深い問題だなと、
ふと思った次第。

今を遡るコト約そう40年くらい前か・・・
この時代、
この国ではホームレスのことを「乞〇」あるいは「浮〇者」、
はてまた「ルン〇ン」と呼んでいた。

手前みそ的なローカルな話になるが、
この時代、千葉県津田沼駅周辺に
「津田沼おじさん」なる、
地元では超有名な「乞〇」が存在していた。
まだ代ゼミや研数学館といった予備校群が南口周辺にできるより前、
北口に西友・パルコができて、
サンポーという、
いつも薄暗かった
にわかデパートが潰れたころで、
そう、例の「みかづき」の頃とでも書くと分かり易いか。

この当時この界隈で暮らしていた人々で、
「津田沼おじさん」を知らなかったら完全なモグリ。
おそらくマツコ・デラックスも知っているハズ(笑)

しかしながら、この「津田沼おじさん」。
超有名ながら月光仮面の如く、
どこの誰だか本当の正体を誰も知らなかった。

早朝から酔っ払ってフラつきながら徘徊しているかと思うと、
セッセと古新聞や雑誌を集めてたり、
当時はソフトドリンクで主流だった
スチール缶やアルミ缶を集めて、
結構な量をプールしていたりと。
おそらく、これが主な「仕事」だったのだろう。

オウムのサリン事件前までは、
電車の車内や駅周辺には、
読み捨てられた新聞や雑誌がゴロゴロ落ちていたもの。
オウムのサリン事件や未曾有の不況、
それとボランティア(一部免停中の輩)による清掃活動などで、
最近ではめっきり、こうしたモノがあちこちに落ちているコトがなくなった。
あと「シケモク」(タバコの吸い殻でもまだ吸える長さのモノ)もか。
これらは当時の「乞〇」たちにとって、
貴重な「命の源」だったハズ。

しばらくすると、
この「津田沼おじさん」にまつわる都市伝説が、
まことしやかに伝え聞かれるようになった。
「実際には持ち家があって結構デカイ家らしい・・・」とか、
それが「O」地区だとか「M」地区だとか・・・
そして異口同音に聞く彼の名言(迷言)で最も有名なのが、
「乞〇は3日やるとやめられない」と言っているとかいうハナシ。
真偽の程はわからないものの、
どれも完全なデマとも言い難く、
そこがまたこの「おじさん」のヘンな魅力だったりするから面白かった。
それほど乞〇の生活は楽しいものなのか?と、

しかし、今改めて彼の存在について回想するに、
確実に彼は「プロの乞〇」だったということがわかる。

駅周辺に巣くうゴロツキや変質者どもを例の「強烈な悪臭」で撃退して、
追っ払うなど、それなりのパトロール機能を果たしていたこともあったし、
時に同じようなホームレスに昼間からワンカップで酒を交わしつつ、
「説教」を喰らわせている場面を見たコトもあった。
とはいえ、
当時は昼間から酒飲んで酔っ払って・・・
あんな乞〇には絶対なりたくない!と、
塾帰りの地元の子供達はじめ、
多くの大人たちは思っていたハズ。
潮風太子はそうだった。
これは完全なる「差別意識」だろうが、
間違えのナイ事実なので、あえて正直に書く。

そして、
それらの杯を交わしたであろう「新規の乞〇」たちの多くが、
翌日にはどこかに消えて結局、
「津田沼おじさん」の独り舞台の状態に、
また戻っていたりしたので、
これもまた不思議だった。
こうしてヤクザばりの縄張り社会が、
維持されていたということだったのかもしれない。
とにかく彼は「乞〇」という孤独を好んでいたのだろう。

恐らく今にして思うに、
「プロ乞〇」と「カタギ」の一線というのを彼なりに引いていて、
ひょっとすると、あえて反面教師を演じていたのかもしれない。
要するに「プロ乞〇」としてのパフォーマンスと、
「必要悪」的存在に身を置くことで一定の社会的使命を実践していた。
と考えると割と合点がいく。
「プロ乞〇としての流儀」とでもいうか・・・

やがて未開の地だった津田沼南口にダイエーと高島屋ができて、
都会からの予備校群が進出してくるようになると、
急激に津田沼周辺は知る人ぞ知る程度のローカル都市から、
メジャーな「大都会」へと変貌を遂げる。
そしてバブル景気到来。
ちょうど、この頃くらいに「津田沼おじさん」は人知れず姿を消した。
そう記憶している。
その後、彼がどういう最期を迎えたのか誰も知らないが、
間違いなく、いくつかの「乞〇の定義」を我々、
世間の民に知らしめたことは確かだった。
棲み分けというヤツだ。
乞〇には乞〇の領域があって、
「お互い」そこの一線は絶対に超えないという、
暗黙の了解のようなものだ。
それは向こう側からも、こちら側からも。
という。
それ故に先述の出来事について、
時代も変わったもんだなぁと感じ、
感慨深いと記述した次第。

さて、なんで昔の乞〇のハナシから入ったのかというと、
このところ大災害やトンデモ事件の連発、
そこには、もうどうでもいい韓国ネタも含むが、
マスメディアが、まったく取り上げない、
我々45~50代世代のリストラ問題がパンデミックのように、
猛威を振るい始めているコトについて一筆書こうと思っていたため。
 
最近、特に大手企業に長年在籍している同輩たちが、
自社や取引先他社でこういうリストラの強風が吹き始めた。
という話題を口にするようになった。
個人情報に触れるとマズいので書き方が難しいが、
確実にこの問題は、この先深刻化する。
いや、もうすでに深刻化の一途を辿っている。

厄介だと思うのは、
これが穏やかな「希望退職」という体裁を、
完璧な形で取れているというところ。
かつてのような「強硬」スタイルは、
社会的な非難の標的となるので、
巧妙な言い回しと絶妙な金額提示で、
懐柔してくるという。
本来なら業績不振でリストラ・・・となるのが普通だが、
最近は不況を見越して・・・
今のうちに・・・がトレンドらしい。
いや逆の立場、経営者サイドの言い分とすると、
「企業ダイエット」スリム化のプロセスという主張とのこと。

これだと経営者たちは一切の経営責任を取ることなく、
安泰な状況を保持し続けることが可能なのだと、
「彼等」は毒舌解説する。
中高年のジイイどもの「肥満体脂肪」解消とでもいうか。
ただ、この急激なダイエットには当然、
後々、強烈な副作用が出るのだが、
そこまで皆、考えていないのもまた現実。
とにかく目先のことしか考えていないらしい。

こういうコトを容認している経団連とべったりの自民党政権も、
こうした狡猾で巧妙なやり口を批判できない無能な「野党」にも、
我々世代は双方に対し批判的にならざるを得ないが、
現実には、どうすることもできない。
ただ現実を受け入れる。
または傍観するのみと。

日韓問題なんかより、はるかに深刻な問題なのに、
地上波ではなかなか報道されない。

45~50代で再就職は相当に困難なのが実情。
よほどパーフェクトな準備をしていないと、
行き当たりばったりでの希望退職→再就活は、
ほぼ自殺行為に等しいという。
家族がいて住宅ローンを抱え、
ましてや子供も金のかかる頃。
それが標準的な45~50代だろう。
それが一転して無職となると、
家庭はたちまち不安定な状況となる、
その上、親の介護まで加わるとなると・・・・
有給休暇も使えないブラックな会社に再就職。
もう結果は想像だに難くない。

実際に介護休暇ののちに退職を余儀なくされ、
介護と住宅ローンと教育ローンで事実上、
破産し家庭崩壊となった人を見ている。
明日は我が身だと正直思った。

バブル期に「ゆとりローン」で購入したマイホームが原因で、
返済不能に陥り、結果として家庭崩壊した人も何人も見てきた。

あるいは自身が「病気や負傷」奥さんが「病気」はてまた、
「鬱病発症」やら「子供の問題」これも明日は我が身。

そんなこんなで結果的に「ホームレス」となる人が、
最近、多くなってきたのではないかと、
薄々思っている。
この手の脱落組は「インテリ乞〇」とでもいうか。

夜中の12時すぎ、いや1時頃、終電の時分。
関東都市部のターミナル駅に行ってみるといい。
バス乗り場のベンチや駅のコンコースに、
比較的身なりのいい「ホームレス」が始発の頃まで、
惰眠を貪る光景を見るコトができる。

着こなしや風体から察するに、
この類の人達の多くは、かつてのような「プロ乞〇」ではなく、
元々はキチンとした生活を営んでいたであろう方々と見受ける。
立ち振る舞いが実に紳士的なのだ。
こういう人たちには恐らく、
「乞〇の棲み分け」と言う概念はナイ。
むしろ「プロ乞〇」たちとは逆に、
一線を引いている印象すら受ける。

よって例の大台風のような難あれば避難所へ。
という、
ごく常識的な判断が働くのではないかと。
同じ台東区でもゴロツキだらけの「山谷」エリアには行かず、
一般人としての人権を確認するかのように、
「通常の避難所」にとりあえず足を運ぶという行動に出たのでは?
と考えられなくもナイ。

「乞〇は3日やったらやめられない」も、
今一度改めて解釈してみると実は、
「乞〇は3日以上やってしまうと次第に社会復帰が困難になっていく」
という意味だったのではないか?
と最近になって気が付いた。
薬物中毒のソレと似る。

最近のホームレス、じつはかなりの高学歴社会と聞く。
逆に言うと、そういう「頭脳」を持ち合わせていないと、
そっちでも生き残っていけない世界ということなのだろう。
バカだからホームレスという時代は今や過去のハナシ。
これまた最近のヤクザ事情にも似る。

ベビーブームの受験戦争を勝ち抜いて、
バブル崩壊からのリストラの嵐を乗り切り、
なんとかそれなりの社会的地位と幸福な生活を手に入れた。
かに思えたのも束の間。
今度は自分がターゲットに・・・
こうして疑心暗鬼になるのだ。
自分の仕事に自信があれば!は今や幻想の域。
これが現実であり地べたの目線での実感である。

そして、これともう一つ書くことが、

我々ベビーブーマー受験世代の伝説的水先案内人、
受験の神と崇められていた金ピカ先生こと、
佐藤忠司氏死去のニュース。
これも本当に切ない。
あれだけの人の最期がコレとは・・・
アホな潮風太子も「ズバ単」なんぞ購入して、
とりあえず佐藤式受験単語を必死に覚えようとした世代。
ご冥福をお祈り申し上げつつ、
全速力で走って来た先に見たモノは・・・?
である。

改めて思う、
なにが幸せで、どこからが不幸なのか?
まるでショーペンハウアーの幸福論のようなお題だが、
現代の中高年となった我々の世代は今、
砂上の楼閣で日々暮らしているのか?
はてまた薄氷の楽園に身を置きながら、
パラノイアな毎日を過ごしているというのか?
模範解答のナイ正解無き難問を、
解く実に不安定な日々が続いていることを、
皆が誰にも話せずにいる。
これがオトナの生活というヤツか?
50にして考えさせられるとは・・・

最後の締めくらいは明るい話題にて。

ヤフーニュースの速報にドラフト1位ロッテ佐々木。
久々の朗報じゃないですか!
3年後のマリーンズが今から楽しみです。
まずは来年ファーム選手権で、
ファーム日本一目指して!
「ん?」
ということで、また次回。


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