Naked Heart

その時々の関心事をざっくばらんに語ります

仰木彬氏、死去

2005年12月16日 23時42分14秒 | 趣味
前オリックス監督の仰木彬さん死去
2005年12月16日 (金) 16:55 asahi.com

 プロ野球の近鉄とオリックスで監督を務め、大リーグの野茂英雄
投手やイチロー選手らを育てた仰木彬(おおぎ・あきら)さんが、15日
午後4時10分、呼吸不全のため福岡市の病院で死去した。70歳
だった。オリックス球団が同日発表した。
 仰木さんは福岡県出身。福岡・東筑高卒。54年、西鉄(現西武)
ライオンズ入団。二塁手で活躍した。67年に引退後、西鉄と近鉄
バファローズ(当時)でコーチに。
 88~92年、近鉄監督。巧みな選手起用で勝機をつかむ采配は
「仰木マジック」と呼ばれた。なかでも88年10月19日、シーズン最終
戦のロッテとのダブルヘッダーで1勝1分けに終わり、逆転でのリーグ
優勝を逃した「10・19 川崎球場」は、パ・リーグの歴史に残る名勝負
だった。89年、リーグ優勝を果たす。
 94~01年、オリックス・ブルーウェーブ(当時)監督。若手の鈴木
一朗選手の登録名を「イチロー」と変えて話題を呼んだ。阪神大震災
の起こった95年、「がんばろう神戸」をスローガンに掲げてリーグ優勝。
96年、日本シリーズで巨人を倒して日本一となった。
 04年、野球殿堂入りを果たした。同年、近鉄と統合したオリックス・
バファローズ初代監督に就任。今年は前年まで3年連続最下位だった
チームを4位に引き上げ、Aクラス争いをするまでに導いた。だが、
肺がんが悪化し、9月に体調不安を理由に監督を勇退。球団のシニア
アドバイザーに就任していた。
 監督14年間の通算成績は勝利数歴代12位の988勝815敗53分け。
勝率は5割4分8厘。


西鉄ライオンズには、投手として入団しましたが、三原脩監督に野手と
しての才能を見出され、二塁手に転向しました。
高卒で南海ホークス入団後即2年で50勝を挙げた宅和本司投手より
実力は上、と言われていた「超大物」ルーキーに、フリーバッティングで
不運なヒットを連打されたのを見た三原監督が「お前は投手としての
ツキが無いから二塁手転向」と言った、というエピソードが残っています。
ちなみにその5秒後には仰木氏はセカンドのポジションにいたそうです。
また、三原監督からノックの嵐を受けて逆上した仰木氏が、摑んだ球を
監督に投げつけたという話も有名です。
まあ、往年の名選手には、何かしら「伝説」があったものですが。
高卒ルーキーで、しかも野手転向していきなり活躍し、西鉄のリーグ初
優勝に貢献したのですから、黄金期の西鉄にあっては地味な存在です
が、桁外れの選手だったのでしょう。
現役時代から理論家でもあったようで、三原氏と議論を戦わせていた
ようです。それが後年の指導者としての活躍に結びついてるのかも
知れません。(参謀に恵まれたというのもありますが。)三原氏の娘婿
の中西太氏とは対照的です。

彼の名を一躍有名にしたのは何と言っても、報道にもありましたが
88年10月19日の川崎球場のダブルヘッダーでしょう。パ・リーグの
優勝決定戦に日本中が注目したのは、後にも先にも無いでしょう。
テレ朝が「ニュースステーション」を中断して中継したほどでした。
その後もあの手この手で話題づくりに励んだものの、パ・リーグの
人気は上がらず苦悩は続き、昨年の球界再編騒動に相成りましたが、
合併球団の新監督に仰木氏が就任することになったのは、何とも
皮肉なことでした。
しかし少しずつ変わってきているようにも思います。ホークスに続いて
マリーンズが地域密着で成功し、成績面でもついに結果を残しました。
ライオンズやベイスターズの経営問題はくすぶってますが、球団が
ファンと一緒に取り組めば、いいほうに動くと信じたいです。

仰木さん、これまでお疲れ様でした。ゆっくりお休み下さい。

ETC渋滞?

2005年12月16日 22時55分56秒 | 日記、雑感
今日は仕事で岩国に行って来ました。久々に車で高速を走りました。
帰りに、買い物に寄ろうと五日市ICで降りると、料金所に長い列が
できてました。
五日市ICは、料金所のゲートの数は少なくはありませんが、その
手前にスペースが無く、2車線の連絡道路からいきなり料金所って
感じで、ちょっと車が集中するとすぐつかえてしまいます。
やっぱり夕方は込むなぁ。これだとETC付けても意味ないよなぁ。
なんて思ってたら、車が並んでいたのはETCレーン・・・。
地方だとETC利用者が少ないからと、ETC/一般併用になってて
渋滞時には意味が無い、というのは何度も見ましたが、専用レーン
が込んでるのは初めて見ました。しかも、一般レーンはスムーズに
流れているし。(ETC1、一般3でしたけど。)
考えてみれば、ETCの利用率って、かなり上がってるんですよね。
全国平均では、50%を超えたそうです。
車に乗らない人や、乗ってても高速は利用しない人もいるから、
「家庭普及率」で考えるとそんなに多くはなくて、身近には見かけ
ませんでしたが。
これからはETCレーンも増えるんでしょうね。というか、増やして
下さい。私もそろそろ付けようと思ってるので。(←自己チュー)
でも来春にハイカが終了になると、一般レーンの流れは一段と
悪くなるかも知れません。そしたら、ETC車にもとばっちりが・・・。
ハイカの廃止で非ETCユーザーは実質値上げだし、民営化して
いいことって、まだ無い気がするんですけど。
なんでそれでも、小泉首相が人気あるの?

戦争と平和 その3

2005年12月14日 23時18分23秒 | 映画・ドラマ
前回に引き続き、『宇宙戦艦ヤマト』のお話です。
だから今回はカテゴリーも、「映画・ドラマ」です。

『ヤマト』第一作の名場面といえば、ガミラス星の決戦の後、静まり
返った艦上で古代と雪が語るシーンでしょう。
ちょっと長いですが、以下、引用します。

雪、泣きながら「私たちはなんていうことをしてしまったの?
私にはもう神様の姿が見えない。」
古代「俺たちは小さい頃から、人と争って勝つことを教えられて
育ってきた。学校に入る時も、社会に出てからも、人と競争し
勝つことを要求される。しかし勝つ者がいれば負ける者もいるんだ。
負けた者はどうなる。負けた者は幸せになる権利はないと言うのか。
今日まで俺はそれを考えたことが無かった。俺は悲しい。それが
悔しい。ガミラスの人たちは地球に移住したがっていた。この星は
いずれにせよおしまいだったんだ。地球の人もガミラスの人も幸せに
生きたいという気持ちに変わりは無い。なのに我々は戦ってしまった。
我々がしなければならなかったのは、戦うことじゃない。愛し合うこと
だった。勝利か・・・(手にした小銃を床に叩きつけ)糞でも食らえ!」
古代、しばらく天を仰いだ後、雪の肩に手を置き
「雪。行こう、イスカンダルへ。他にどうしようもないじゃないか」

ここだけを取り出すと、とてもいいお話に思えてしまいます。
しかし、佐藤健志氏がその昔、『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』
という本で書いてましたが、物語とは全く相容れない、実にふざけた
セリフであったりするんです。
この場面、地球を出てから次々とガミラス軍を打ち破ったヤマトが、
ついに敵の本拠地に乗り込み、殲滅してしまった後なのです。
敵を滅ぼしつくしてしまった後で「愛し合うべきだった」なんて
言ったって、遅いのです。聖書にも「敵を愛し、迫害する者のために
祈りなさい」とありますが、ローマ帝国の支配下にあり、社会的・
宗教的に差別を受けていた人々に対して語ったイエスの言葉とは
重みが全然違います。
作品のテーマが、「地球人類のための戦い」ですから、そこに取って
付けたような宇宙博愛精神を持ち込んでも、筋が通りません。
地球に救いの手を差し伸べたイスカンダル星のスターシャも、自分は
滅び行く星と運命を共にしようとしますが、ヤマトに対しては「未来は
自分たちの手で掴み取らねばなりません」と、戦いをけしかけてたり
するのです。とても「平和」の星とは思えません。
さらに言うと、戦艦大和が復活し、横文字の帝国に単身戦いを挑んで
撃破するという展開は、一見日本のアメリカに対するリベンジのよう
ですが、よくよく見るとガミラスのほうが、かつての日本軍のように
描かれています。そのガミラスに古代が理解を示すことで、「日本も
悪くはなかったんだ。戦争ではなく共存(=大東亜共栄圏?)すべき
だっただけだ」と開き直っているようにも思えてくるから不思議です。
やはり『ヤマト』はナショナリズムの塊だったのかな・・・?
この後、『ヤマト』シリーズは「宇宙の平和を乱す侵略者との戦い」
(『さらば~』&『パート2』)「友情のための戦い」(『新たなる旅立ち』)
「地球を侵略・人類絶滅の危機から救う戦い」(『永遠に』『パート3』
『完結編』)といった具合に、何だかんだ言って結局戦い続けるわけ
です。古代と雪のこの時の思いは、どこに行ってしまったのでしょう?
それとも、ガミラスは「侵略者」ではなかった、というのでしょうか?
だとしたら、ここにも「かつて日本がしたことは『侵略』ではない」と
歴史を美化しようとする主張が見え隠れしてきます。
まやかしのヒューマニズムは過ちを覆い隠してしまうのです。

宇宙戦艦ヤマト

2005年12月12日 23時39分57秒 | 映画・ドラマ
『宇宙戦艦ヤマト』TVシリーズの無料配信を見ていたら、劇場版のほう
も見たくなりまして、レンタルしようかと思っていたら、劇場版第一作
(以下『パート1』)も配信開始されたので、思わず見てしまいました。
何度も見たと思ってましたが、よくよく考えると、第二作『さらば宇宙
戦艦ヤマト』(以下『さらば~』)の同時上映で見た一度きりだったかも
知れません。TVシリーズを何度も見たり、本で読んだりして、頭の中
で出来上がっていたイメージと、実際に見た内容がかなり違っていて
ショックでした。
TVシリーズ('74~'75)が低視聴率で打ち切られたことは以前書き
ましたが、あくまでも「ハイジの裏番組」という特殊事情によるもので、
口コミで次第に人気が広まり、「アニメファン」層が形成される契機と
なりました。そしてファンの要望で再放送されると一気にブームと
なって、'77年に東映が劇場版を公開することになります。本作品が
大ヒットして、日本のアニメ文化の礎を築きました。『ヤマト』や『銀河
鉄道999』の成功が無ければ、『機動戦士ガンダム』も『ドラえもん』も
残ってなかったかも知れません。
もっとも、『パート1』公開時は、洋画では『ジョーズ』『ロッキー』などの
大ヒットの後の空白期で、邦画も定番の「寅さん」「百恵・友和」
『トラック野郎』以外目ぼしい作品が無く、他に見るものが無かった
若者が『ヤマト』に流れただけ、という辛口の評価もあります。実際
私が見ても、TVシリーズの面白いところがほとんど抜け落ちたつまら
ない作品に思えました。
実はこの作品、初公開時にはTVシリーズとは違う展開になっていま
した。地球に救いの手を差し伸べたスターシャが、イスカンダル星に
ヤマトが着いた時には既に死んでいたのです。翌年、『さらば~』と
併映された際に、TVシリーズに沿ったストーリーに再編集されました。
そういういきさつを知っていたので、てっきり劇場用に作り直された
作品だと思っていたのですが、見たらTVシリーズの編集版でした。
ガミラス帝国の滅亡と共に死んだと思われたデスラー総統が再び
現れる最後の決戦がカットされてるため、ラストシーンに若干の変更
が加えられてはいましたが。だから「つないでますよ」って感じの画
やセリフ回しで、どうもすっきりしないんです。しかもTVシリーズの
面白いエピソードはほとんどカットで、七色星団の攻防とガミラス星
での戦闘がほとんど。それでいて、135分という長尺。
そういえば、劇場で見た時、途中から入ったんですよね。ちょうど、
ドメル将軍の自爆のシーン。で、それまでを見たくて、「さらば~」と、
もう一つ同時上映の『海のトリトン』まで見てから、頭から見ました。
てことは、6時間以上見てたわけです。連れて行ってくれた母親が
隣で寝てたわけだ。私も『さらば~』は完璧に記憶してますが、
『トリトン』はさっぱりですから、『パート1』も記憶に残らなかったの
かも知れません。
『さらば~』以降は、オリジナルなのでその点の不満はありません。
でも『ヤマトよ永遠に』と『完結編』は好きじゃないんですけど。
『ガンダム』は劇場版第一作から入りましたが、よく出来ていたと
思います。TVシリーズを三部作に分けたために中途半端な終わり
方をしている点を除けば。やはり作り手の問題でしょうか。

耐震強度偽装問題

2005年12月11日 23時43分06秒 | 時事・社会
「情報化社会」と言われ、ネットを通じて自由に情報収集が可能な
時代になったようですが、関心のある分野以外の情報に触れる
機会は却って減ってしまった気もします。しかも誰もが自由に情報
発信できるようになり、既存メディアの商業主義化も相まって、
信ずるに足る確かな情報を見出すのも大変だったりします。
それでも、これまで思いもしなかった意見に出会ったり、ネットが
無ければ知ることは無かったような情報を得たりするから、ネットは
やめられません。(中毒かも・・・)

このところ世間を賑わしている事件の一つ、「耐震強度偽装問題」
なども、ネットのおかげでずいぶんいろんなことを知り、考えさせられ
ました。
少なからぬ指摘があったのは、今回の事件は氷山の一角で、建築
基準を満たしていないケースは多々あるということです。
バブル崩壊後の不況下でのコスト削減圧力を指摘する記事が目立ち
ましたが、過去に問題となった橋やトンネルの手抜き工事などでも
明らかなように、安全性は二の次にされる風潮は昔から変わらずある
ように思います。正直、第一報を聞いた時の私の感想は、「まさか」
ではなく「とうとう出たか」でした。
もちろん、真面目に仕事をしている業者・役人も大勢いることは知って
います。ゼネコン大手や霞ヶ関にも友人がいますが、彼らの仕事を
疑う気はありません。でも、不正や癒着はごく一部のおかしな奴の
個人的犯行、と信じるほど世間知らずでもありません。今回、それを
裏付けるような情報に何度か出会いました。
それから、政官財癒着の構造。なぜ建築確認を民間に任せるのか、
しかも検査機関が大手建築会社の出資を受けた株式会社だったり
するのも、納得できる説明はありません。今回槍玉に挙がった企業
からは政治献金があったことが報じられてましたが、表に出てこない
カネの流れの噂もあります。
さらには、姉歯建築士やヒューザー、総研と創価学会との関係など
も伝わってきました。まあ、この辺になると事件との関連性が多少
怪しくなるというか、同じ宗教者として「言いがかり」だったら見過ご
せないという気持ちもありますが、話の筋は通った「疑惑」です。
そんなわけで、今のところ姉歯建築士の資格取り消しという、どう
でもいいこと以外は責任追及に手を付けず、マンション住民への
支援策だけが進められています。この点について、私が目にする
限り、「真相究明と責任追及が先だ」「結局企業を利する公的支援
には反対」という論調がほとんどでした。
しかし私は、「責任追及」と「住民対策」は「どちらが先か」ではなく
同時進行で進めるべきものだと思います。それが出来ないなら、
イラクに自衛隊を派遣したり靖国神社に参拝したりする余裕なんて
無いはずでしょ? 肝心なことが出来ない政府なら要りません。
何なら国土交通省を丸ごと民営化したらどうでしょう?
それから、「公的支援」の問題は、今回のケースだけで是非を論ずる
のではなく、犯罪被害者救済の制度を整備する第一歩として議論を
進めるべきです。個人に対しては死刑があり、「被害者の心情への
配慮」が死刑制度存続の大きな理由になっているのに、企業犯罪
には甘いというのでは筋が通りません。また、「個人の財産に国は
関与しない」と言いながら、「精神的救済」のために個人の生命を
国が奪うのも、おかしな話です。直接公金を支出しないまでも、
基金を設立するなどして「経済的救済」措置を確立すべきでしょう。
そして、厳罰主義に犯罪抑止効果があるという立場ならば、悪質な
業者には倒産による責任逃れを認めない、責任者の今後の経済
活動を制限する、といった「改革」をすべきでしょう。
それでこそ、真の「国民政党」「生活者の党」だと思うのですが。

表現の自由の危機

2005年12月10日 13時10分22秒 | 時事・社会
立川反戦ビラ配布 市民運動3人に逆転有罪

 自衛隊イラク派遣反対のビラを配るため、東京都立川市の
防衛庁宿舎に無断で立ち入ったとして住居侵入罪に問われ、
東京地裁八王子支部で無罪判決(求刑懲役六月)を受けた
市民団体のメンバー大洞俊之(48)、高田幸美(32)、大西
章寛(32)の三被告に対する控訴審判決が九日、東京高裁で
あった。中川武隆裁判長は「ビラによる政治的意見の表明が
言論の自由で保障されるとしても、宿舎の管理権者の意思に
反して立ち入ることはできない」と述べ、一審の無罪判決を
破棄し、大洞、高田両被告に二十万円、大西被告に十万円の
罰金刑を言い渡した。三被告は判決を不服として上告した。 
 中川裁判長は、宿舎に関係者以外立ち入り禁止の表示が
ありながら、三被告がビラの投かんを繰り返したと指摘。
 「被害の程度が軽微だったとはいえず、罰することができる
違法性がないとはいえない。表現の自由が尊重されても、
他人の権利を侵害して良いことにはならない」と述べた。
 一審判決は「立ち入り行為は住居侵入罪の行為に該当する
が、刑事罰に処するほどの違法性は認められない。ビラ投かん
は憲法の保障する政治的表現活動」として、三被告に無罪を
言い渡した。
 検察側は控訴審で「居住者はビラで不安感や不快感を抱いて
いた。思想を外部に発表する手段でも、他人の権利を害すること
は許されない」と主張した。弁護側は「三人の起訴は公訴権の
乱用」と無罪を求めた。
 判決によると、三被告は昨年一月、自衛隊宿舎の敷地に入り、
各戸の新聞受けにビラを投かんした。大洞、高田両被告は同年
二月にも投かんした。
 立川のビラ配布事件以降、警視庁管内では少なくとも六人が、
政治的なビラを配布して住居侵入容疑などで逮捕されている。

                          (東京新聞)


要するに「政治的表現活動の自由」は「経済活動の自由」より
下位にある、ということなのでしょう。飛び込み営業や、チラシや
フリーペーパーの配布で逮捕された、という話は聞いたことが
ありませんから。
自民党が財界の利益代表である以上、分かりきった話では
ありますが、ここまで露骨に「思想弾圧」がなされる世の中に
なってしまったのですね。
「他人の権利を害することは許されない」って、ビラくらいなら
読まずに捨てれば済む話だと思うのですが。この論理でいけば、
街宣もメディアでのアピールも、当局の裁量ひとつで「不許可」
になりうるわけですから、恐ろしい話です。
まあ、住居侵入は一応違法行為ですし(でも、玄関先や、集合
住宅の共有部分は、用事がある人間なら入っていい場所だと
思うのですが)、物騒な事件がたびたび報じられて社会不安が
広がっている昨今ですから、厳しく取り締まる姿勢をアピール
する狙いもあるのでしょうが、犯罪目的ではない行為に実刑を
課す必然性について、このたびの判決は説明不足だと感じます。
これを許せば、次は雑誌ジャーナリズム、そして報道機関にも
いずれ規制が及ぶでしょう。
情報統制時代の再来? ああ、やだやだ。
良心的ブロガーの連帯に、私も加わらなきゃ。

生命は守られているか?

2005年12月09日 23時27分14秒 | 時事・社会
今朝の朝刊の隅っこに、こんな記事を見つけました。

陣痛促進剤で127人が死亡

 陣痛促進剤の投与により92年10月から今年9月までに全国で
少なくとも210件の事故が起き、赤ちゃん100人と母親27人が死亡
したとの調査結果を、市民団体「陣痛促進剤による被害を考える会」
(愛媛県今治市、出元明美代表)が8日までにまとめた。
 同会は「医師の知識が不十分で安易に使われている」としており、
結果を厚生労働省に伝え適正使用の徹底を求める。
 同会への相談などを基にまとめた。被害は39都道府県で、死亡例
のほかに脳性まひなどの後遺症を負った子どもが68人、植物状態
などになった母親が5人いた。
 旧厚生省は92年10月と93年3月に医師向けの文書を改訂。
投与量の制限や、母子の状態を装置で継続的にチェックすることが
盛り込まれた。
 陣痛促進剤は効果の個人差が大きく、母親の子宮破裂が起きたり、
胎児の頭が強く圧迫され仮死状態で生まれ死亡する場合がある。
 出元代表は「必要がないのに、病院側の都合で分娩(ぶんべん)を
誘発させるために使われるケースもある」と指摘している。

                 日刊スポーツ[2005/12/8/21:37]


少子化や不妊が問題となってる中で、ようやく芽生えた小さな生命
や母体が大事にされていないのではないか?と思えてなりません。
本人が希望するケースもあるのでしょうが、病院側の都合でなんて、
本当に許せない話です。
私は「生命は神様から与えられるもの」と信じているからもちろんです
が、そうでなくても、可能な限り自然に近い形が人にとって最も良い
ということは理解してもらえるのではないか、と思うのですが、どうも
世の中の流れはそれとは逆の方向へ進んでいるようです。

日本は人工妊娠中絶が非常に多い国でもあります。
国が公表しているだけで年間30万件以上、実数は100万件を超える
という推計もあります。
その半分でも生まれてくることが出来たら、少子化問題はたちどころ
に解決するのではないかと思うのですが、そういう「対策」はどなたも
お考えにならないようで、大変残念です。
キリスト教界では「小さないのちを守る会」という団体が中絶を減らす
ために取り組んでいますが、里子の斡旋には法的な壁があったり、
クリスチャンの間でもこうした取り組みに理解が低かったりと、大変
苦労しておられます。
性犯罪の被害者など、望まない妊娠のケースはともかく、「産まない
権利」なんてのはそれこそ「自己責任」の放棄ではないでしょうか。
まずは「産みたくても産めない」人を支えることが、政治にも社会にも
求められると思います。

太平洋戦争開戦の日

2005年12月08日 23時43分42秒 | 時事・社会
ジョン=レノンが亡くなって、ちょうど25年。
と切り出しておいてなんですが、ジョンやビートルズについて
語れるほどのものは無いので、太平洋戦争開戦のお話を。

以前にも書きましたが、太平洋戦争の開戦は、真珠湾攻撃では
なく、マレーシア(当時はイギリス領)北部のコトバル上陸です。
そしてその後の主戦場は、シンガポールやフィリピンといった
東南アジアでした。
「太平洋戦争」と言うと「日米戦争」だけがクローズアップされます
が、そうした流れを見れば「アジア・太平洋戦争」と呼ぶべきとの
主張はもっともだと思われます。
ただ、当時の日本の指導者たちにも、対米戦争という認識しか
無かったと思われる節はあります。石油の輸入を米国に依存して
いたこと、日米交渉の決裂が開戦を決定付けたことなどからして、
当時も現在と変わらず、米国だけが世界であるかのような認識で
外交も戦争もやっていたのでしょう。対抗から追随に態度を変えた
だけのことです。

さて、日米開戦といえば、真珠湾攻撃は「だまし討ち」であったか、
ということが日本ではいまだに議論されています。
そもそも真珠湾より前に「開戦」しており、そのことは駐米大使を
通しての通告には全く考慮されていなかった点で、「だまし討ち」
であったことは明らかなのですが(少なくとも「過失による遅れ」
では済まない根本的な問題を含んでます)、米国側もそれまでの
外交的中立を放棄して参戦するために、日本が先に仕掛けてくる
のを待っていた(挑発した)という面もあり、開戦も奇襲も「やむを
えなかった」とする主張が日本では幅を利かせています。
しかし、見逃してはならないいくつかの問題があります。
まず、開戦は12月1日の御前会議で最終決定されました。それ
以前に、方針は固まっていたといえます。そして海軍機動部隊も
既に行動を開始していました。「最初の爆弾を落とす前か後か」
といった議論に意味があるとは思えません。
第二に、駐米大使の通告の内容は、対米交渉の打ち切りであり、
「宣戦布告」と呼べるものではなかったのです。当初の予定通りに
渡されていれば問題が無かったわけではありません。
実際、天皇の「宣戦の詔書」が発せられたのは攻撃開始の8時間
後であり、日本の米国大使にも改めて「宣戦布告」が通知されて
います。
第三に、宣戦布告無しの奇襲は日本軍の常套手段でした。真珠
湾は特殊事例ではないのです。

そしてもう一つ見逃せないのは、米国人にとって真珠湾攻撃は
「テロ」であった、ということです。米国が直接攻撃を受け、民間人
を含む多くの死者が出たことを、彼らは問題にしています。
つまり米国にとって対日戦争は「テロとの戦い」だったわけです。
米国もまた、当時も今も全く変わっていないと言わざるをえません。

今回の記事を書くにあたって、東海大学の鳥飼行博助教授の
ホームページの「真珠湾攻撃と日米開戦」という記事を参考に
させて頂きました。

コンサートはチューリップ

2005年12月07日 03時52分27秒 | 音楽
「継続は力なり」と言いますが、今日はまさにそのことを
実感しました。
ずっと探し続けたチューリップの未CD化ライブアルバム
『コンサートはチューリップ』の中古レコードを、仕事帰りの
シャレオ(紙屋町地下街)のワゴンセールで見つけました。
オリジナルメンバーの姫野達也と安部俊幸が脱退し、
実質財津和夫と宮城伸一郎の2人で作ったアルバム
『I LIKE PARTY』(一部松本淳がドラムを叩いてるらしい
のですが、クレジットされていません)をひっさげての、
第三期チューリップ最初のツアーを収録したライブ盤です。
松本と丹野義昭にとってはデビュー作です。
(高橋裕幸はこの時はまだ加入してません。)
かなりのファンが離れ、レコードもあまり売れなかった
ようですし、首都圏や関西ならともかく広島のような地方
で中古品に出会えるなんて、結構すごい確率かも。
CDだったらまだ見つけれる可能性が高いんですけどね。
ファンハウスは結局CD化してくれず、レーザーディスクが
出てましたがそれも廃盤。少し前に『8・11PAGODA』が
ようやく東芝から再発売されましたから、このライブも
東芝がいつかDVD化してくれることを期待しています。
これでようやくチューリップのアルバムが全て揃いました。
(コピーCDしか持ってない物もありますが。)
ファンになって15年、長かった・・・。
残るは、「セプテンバー'87」が入ったCD版のシングル
「抱き合って」のみ。誰かもし見つけたら教えてください。

さて、どうやって聴こう。教会のアナログプレーヤーでも
借りるかな。

UFO

2005年12月06日 01時19分21秒 | 日記、雑感
「あなたはUFOの存在を信じますか?」と訊かれたら、「信じます」と
答えることにしています。
大学生の時に一度、友人に聞かれてそう答えたら、怪訝な顔をされ
ました。でも自信を持って言います。UFOは確かに存在します。
といって、私は決して「疑似科学」を信じているわけではありません。
UFOとは、Unidentified Flying Objectの略です。
「未確認飛行物体」という訳語も存在します。
要するに「何か分からないけど、空中を飛んでいる物体」という意味
です。本来の意味は「空飛ぶ円盤」Flying Saucerではありません。
人間の目なら幻覚ということもありますが、そこに「何か」があること
が間違いなければ、それは本来の意味でのUFOです。
それが鳥であろうと、飛行機であろうと、某教授の好きなプラズマ
であろうと構いません。正体が判明すれば「未確認」ではなくなる
だけの話です。
「空飛ぶ円盤」にしたって、ナチスが開発したという話は眉唾もの
ですが、ステルス戦闘機なんかはそれっぽい感じがします。決して
「現実に存在し得ない」物とは言えないでしょう。
ただ「宇宙人の乗り物」なんて話になると、私も信じません。
NASAが宇宙人の死体を隠しているとか、宇宙人と極秘の取引を
した、なんて話、『ムー』とかで面白おかしく読みましたが。
大体、一介の民放ディレクターなんかがそんな情報を摑んだり、
それを本に書いても無事でいられるはずないですよね。
それほど高度な科学技術を持った宇宙人が、SF映画顔負けの
お粗末な「工作」しか出来ないのも変ですし。
というわけで、「宇宙人」は信じませんが、「UFO」は信じてます。
というか、「UFO」を信じない、という人は「UFO」という言葉をどんな
意味で使ってるのか明らかにしてほしいですね。
当たり前のように使ってる言葉も、正しく使えているか、その概念を
共有できているか、立ち止まって考える作業を怠ってはならないと
思います。(自戒も込めて・・・)