特上カルビの記のみ気のまま

韓国語教育を韓国の大学院で専攻した30代日本人男性が、韓国ソウルでの試行錯誤の日々を綴りました.

「へぇ~、へぇ~」、「ガッテン!ガッテン!」

2005-05-31 07:44:30 | Bravo!韓国語
 晴れ。最低気温16度。最高気温27度。

 極めて一部の方から熱狂的な支持をいただいており、辛うじて続いている『ブラかん』ことBravo!韓国語も今回で八回目を迎えることが出来ました。末広がりに今後も続くことを願うばかりであります。

 さて問題です。韓国の路地裏や坂道などでよく見かけるこの標識(写真)は一体何を意味するものでしょうか?

 某局バラエティ番組で使われるボタンか、某公共放送の、生活科学番組でおなじみのゲストがたたくボタンのシルエットか?

 果たして、その正体はここで紹介した「“バンチ・トク(방지턱)”あり注意」の標識でした。

 この“バンチ・トク(방지턱)”正しくは“加速防止トク(과속방지턱)"と言うそうです。“トク(턱)"というのは以前も書きましたが、「敷居とか、平らな部分から突き出した所」という意味があります。

 この上を車やバイクが通るたびに「へぇ~、へぇ~」とか「ガッテン!ガッテン!」という音がするので近所の子ども達が、面白がって“加速防止トク(과속방지턱)"の上で何度もジャンプするのですが、どうやら自動車など、ある程度の重さを感知しないと音がしないようになっているようです。
 以前は“重量感知装置”が装着されていませんでした。従って子どもはもちろんのこと、犬やネコが歩いたり、あるいは鳥がとまっただけで「へぇ~、へぇ~」とか「ガッテン!ガッテン!」という音が昼夜を問わず、近所じゅうに響き渡たり住民から苦情が殺到したという経緯があります。
 
 しかも「反日感情」が未だに残っている韓国にあって、「へぇ~、へぇ~」とか「ガッテン!ガッテン!」という日本語自体が耳障りだとう新聞記事や投書もありました。
 そこで「하긴(ハギ~ン),하긴(ハギ~ン)」とか「알았어(アラッソ)!,알았어(アラッソ)!」という韓国語バージョンの“加速防止トク(과속방지턱)"の試作品を韓国の管轄官庁が開発したのです。
 
 しかし「わざわざ国民の税金を使って作る必要があるのか!」という“ネチズン”によるホームページ掲示板への書き込みが殺到し、一時的にサイトを閉鎖せざるを得ない騒ぎとなりました。
 事態を重く見た幹部は開発の中止を指示。従って韓国語バージョンの“加速防止トク(과속방지턱)"は陽の目をみることはありませんでした。現在その“試作品”は行方不明だそうです。

 ごく一部の熱狂的な『ブラかん』ファンの皆様には「以前と同じ話題(ネタ)を取り上げた上に、ウソまで書くとは何事だ!」というご批判を戴きそうなので、今日はこの辺で失礼します

 因みに写真の“標識(韓国では“標識(표식)”のことを“表示(표시)”と言います)は実在するものです。

“大股”の青。“謙虚さ”の赤。

2005-05-30 16:39:14 | 韓国留学記
 晴れ!最低気温18度。最高気温27度。

 朝食後、抗うつ薬を飲み微睡(まどろ)みかけたところで、机の上の携帯電話が震えた。

 韓国の友人からお昼を一緒に食べようという誘いの電話だった。
 最近体調が思わしくないことも手伝って、一人で昼食を食べることが多いので、こういう誘いは大歓迎だ。幸い今日は外出も問題なく出来そうである。

 友人の職場がある西大門(ソデムン=서대문)まで向かう。頭上から照り付ける陽射しが強烈だ。
 西大門(ソデムン=서대문)から地下鉄で一駅先の光化門(クァンファムン)駅まで出て、冷麺(ネンミョン=냉명)を食す。

 すぐ近くの“世宗文化会館(セジョンムナフェグァン)”裏手の噴水広場では「ダンスフェスティバル」が開催されていて、クラッシックからモダンそして韓国の宮廷舞踊まで多彩な踊りに多くの市民が足を止めて見入っていた。

 昼食後、友人が本を買うというので書店に行った。何だか最近時間がありさえすれば、書店に足を運んでいるような気がする。私も日本の文庫本を一冊購入し、コーヒーを飲んで別れた。

 三ヶ月ほど前のことだから、今年の二月のことだ。光化門(クァンファムン)の交差点にある日突然、横断歩道がお目見えした。今まで地下道しかなく、この大きな交差点を渡る度に階段の昇り降りで苦労させられていた。地下道に一度潜ってしまうと方向感覚を失い、思っても見ない場所へ出てしまったりすることも少なくなかった。それが横断歩道の設置により見事に解消されたのだ(もちろん地下道は従来通りある)。
 
 ソウル市は市内を流れる清渓川(チョンゲチョン=청계천)の復元事業を進めている。“車中心”の都市から“市民(ひと)中心”の都市への変革を図っているのだ。その一つが光化門(クァンファムン)の交差点に横断歩道を設置することであった。これにより光化門(クァンファムン)交差点から地上を歩いたまま清渓川(チョンゲチョン=청계천)はもちろん、ソウル市庁舎まで向かうことが出来るようになったのだ。

 韓国の歩行者用信号機を見ると、日本のそれと微妙に“サイン”が違うことに気づく。青信号の“サイン”が日本のそれと比べると明らかに“大股”なのだ。日本よりも青信号の時間が圧倒的に短い韓国では“大股”の“早足”で渡らなければならないのは確かである。

 毎度毎度古い話しを出して恐縮だが、私が学生時代の韓国の歩行者用信号機の赤の“サイン”はすごかった。両手両足を大きく広げ“仁王立ち”していたのだ。いかにも「私は青になるのを待ってるんだぞ!」と言わんばかりの、やたらとデカイ態度だった。最近の赤信号の“サイン”の両手両足の幅は以前に比べ狭まり、“謙虚さ”を感じることが出来る。

 私は個人的には“大股”の青信号より、“謙虚さ”を感じさせる赤信号が好きである。
 しかし、何となく“気分が沈んでいたり”、“姿勢が悪くなっている”時に青信号を見ると、思わず胸を張って、大股で横断歩道を渡りたくなるから不思議だ。

 写真は光化門(クァンファムン)の交差点の歩行者用信号機(大股の青)。

展示会『ああ!母よ(ア!オモニ)』を見る

2005-05-30 07:45:43 | ソウル見て歩き
 晴れ!最低気温18度。最高気温27度。

 私の母は“モラ”と呼ばれる、いわゆるパッチワークのような作品を作ったり、人形作りりが趣味である。でも人形といってもぬいぐるみや日本人形はあまり作らない。
 私の記憶が確かであれば、NHKで昭和54(1979)~57(1982)年まで放映された人形劇『プリンプリン物語』人形制作を担当されていた方の教室で人形作りを学んでいた。

 先週の日曜日(五月二十二日)に書店で『母さんが小さい時にはね・・・』という韓国を代表する人形作家であるイ・スンウン(이승은),ホ・ホンソン(허헌선)夫妻の作品集を買って母に送った。

 夫妻の作品はどれも、貧しくも人情や愛情が今より溢れていた1960年代の韓国の日常の風景をモチーフにしている。
 これまでも韓国各地で作品展を開催し、絶大な人気を博した。韓国の人なら一度や二度は夫妻の作品を目にしたことがあるのではないだろうか?

 昨日(五月二十九日)の午後、龍山(ヨンサン=용산)にある戦争記念館(注意:♪音楽が流れます)の特別展示場で開催されている、韓国解放(独立)60周年を記念した展示会に足を運んだ。
 この展示会は「韓国現代史六十年の波乱万丈な足跡(そくせき)と、その歴史の真ん中で根深い樹として荒れ果てたこの地を涙と愛で繁栄させて来た“韓国の母親たち”のパワーを顧みる」という趣旨で開催されているものだ。

 展示場内に昔の家電製品や化粧品などの生活用品、そして昔懐かしい路地裏が再現されていて、年配の方は懐かしげに、そして幼い子ども達は不思議なものを見るように、誰もが興味津々に見入っていたのが印象的だった。おばさん達が「ホント、昔はこうだったわよねぇ~」などと言っている声があちこちから聞こえてきた。

 東京のお台場に昭和三十年代を再現したショッピングモールがあるが、それを小規模にした感じだ。日本人の私が見ても何となく懐かしさを覚えた。そこの展示品で私が一番懐かしいと思ったのが、オレンジ色の市内専用の公衆電話だった。私が学生時代にソウルを訪れた時にはまだ現役で頑張っていた。いわゆる街の雑貨屋さんの店先や薄暗い喫茶店(タバン=다방)のカウンターなどでよく見かけたものだ。十ウォン玉を電話機の上にうず高く積んで、拙い韓国語で緊張しながら友人に電話した頃が懐かしい。

 また、先に紹介した『母さんが小さい時にはね・・・』という作品集に掲載されていたイ・スンウン(이승은),ホ・ホンソン(허헌선)夫妻の人形たちも展示されていた。人形の表情といい、小物一つ一つに至るまで実に細かく作ってある。どれも、日常にありふれた庶民の生活の一場面を見事に切り取ったような温かみを感じさせる作品ばかりである。

 この展示会は八月三十一日まで開催されている(月曜休館)。観覧時間は午前九時半~午後六時(入場は五時まで)。
 追記(9/19):好評につき展示会の開催期間が2005年10月30日まで延期されました。
 
 写真はイ・スンウン(이승은),ホ・ホンソン(허헌선)夫妻による作品。作品名は『お化けの話し』(おばあちゃんの話す怖い話しを聞いて、孫達が怖がっている姿が可愛い)。

主日礼拝に出られた~!

2005-05-29 18:10:22 | 祈り
 晴れ。最低気温17度。最高気温30.2度。今年初の真夏日。とにかく暑い

 今朝は何と四時半に起床。

 抗うつ薬のせいか、近頃寝言がやたらと多い。今日も自分の寝言で目が覚めた。
 でも、起きた途端にどんな寝言をいっていたのか、すっかり忘れてしまう。寝言は言っても気分良く眠れて、起きられれば文句無し。どうやらこの調子なら今日は主日礼拝に行けそうだ。嬉しい!

 朝七時前に家を出る。バスでソウル駅まで出て、今週も駅構内で軽めの朝食。七時半前だったので駅も比較的空いていた。朝食後地下鉄とバスを乗り継ぎ久しぶりに教会へ。朝の八時過ぎに到着。教会内の売店で『치유(治癒)healing』というアルバムタイトルに惹かれ、イ・クァンジェ(이광재)というサックスフォン奏者のCDを買ってみた。今、そのCDを聴きながらこのブログを書いているが、アルバムタイトルの通り何となく心が“癒される”感じがする。ライヴで聴いたらもっと素晴らしいだろう。
 
 今日の礼拝で聖歌隊の『火をともせ(プルル パルキョラ=불을 밝혀라)』という賛美はちょっとしたスウィングジャズぽくって気に入った。スウィングジャズといえば、愛しのリナ・パーク(LENA PARK)サマラジオ番組にゲスト出演した際に、お気に入りのスウィングジャズとしてかけたこの歌のリズムが頭から離れない。自然と体が動き出す歌だ

 ところで今日の説教、朝食後に飲んだ抗うつ薬が見事に効いて、頭がボ~ッとしたままほとんど韓国語が左の耳から入って右の耳から抜けていくという状態のまま終わってしまいました。礼拝の最後のほうは睡魔との闘い。頭が自然と前後左右にガックン、ガックン傾いて、かなり恥ずかしかったです。はい

 でも今月最後の主日礼拝ということで洗礼式を共にすることが出来たし、それだけでも大きな恵みです。「主よ、感謝いたします!」
 本日受洗された皆さんおめでとうございます!心からお祝い申し上げます(チュッカヘヨ!=축하해요!)。

 それにしても今日ばかりは、まさしく“主によって礼拝に呼ばれた”気がしてなりませんでした。
 日本語礼拝までは出る余裕が無かったけれど、この調子で無理せず“リハビリ”を続けて行けば、日本語礼拝にも近いうちに参加出来るようになるでしょう
 今週は何か良いことがありそうな予感がします。楽しみです。

 どうぞ、皆さんも素敵な一週間をお過ごし下さい

 写真は礼拝堂に上がる階段の踊り場にあるステンドグラス。久しぶりに礼拝に出られたのが嬉しくて、思わず写真を撮ってしまいました。

前ばかりでなく、後ろにも気が配れる人

2005-05-29 05:36:39 | 韓国留学記
 晴れ。最低気温17度。最高気温30.2度。
 
 ソウルの中型及び模範タクシーの基本料金が来月(六月一日)から17.52%引き上げられます。

 これにより、中型タクシーは、基本料金(最初2キロメートル)が1600ウォン(およそ160円)から1900(190円)ウォンになり、距離料金は168メートル当たり100ウォン(10円)から、144メートル当たり100ウォン(10円)に、時間料金は41秒当たり100ウォン(10円)から35秒当たり100ウォン(10円)に改定されるそうです。
 バスや地下鉄の運賃も昨年値上げしたばかりなので、市民の財布の中身への影響も深刻だと思います。値上げされるたびに「お客様へのサービスを改善します」と声高に叫ぶものの、結局何ら変化が無いのが実情です。

 三浦綾子さんが書かれた本を読んで、北海道では“タクシー”のことを一般的に“ハイヤー”と呼ぶことが多いということを知りました。
 昨年(2004年)の八月七日に旭川で開催された“三浦綾子『氷点』40周年記念懇親会”に参加したことはここに書きました。
 
 その時旭川で、三浦綾子さんに何度も利用して戴いたという運転手さんのハイヤーに乗りました。
 その運転手さんから三浦綾子さんについての様々なお話しを伺いました。
 パーキンソン病でお体が不自由になるまで、ハイヤーから降りられる際は、必ず「ありがとう。お気をつけて」と一声かけて下さったそうです。それが何より嬉しかったと話されていました。

 私もこの話しは、学生時代に三浦綾子さんのエッセイ集か何かで読んだ覚えがあります。
 その本を読んでから、私もタクシーを利用した際には必ず「ありがとうございました。お気をつけて!」と運転手さんに一言お礼を言ってから降りるようにしています。
 この一言で、今まで機嫌悪そうにムスっとしていた運転手さんの表情が崩れ、「ありがとうございますっ!」と明るい返事が返ってくると、私まで嬉しくなります

 私がつい最近読んだ、俳優で数多くの本も書かれている中谷彰宏(なかたにあきひろ)さんの本にこんなことが書いてありました。

 中谷さんがタクシーに乗っていたら、細い道で前のタクシーが停まったそうです。
 急いでいた中谷さんは「ここで前のタクシーが停まると遅れるな」と思ったら、やっぱり停まったそうです。
 当然ですが、細い道で前のタクシーが停まったら、自分のタクシーは前に進めません。
 前のタクシーから降りてこられた方は、中谷さんも存じ上げている有名なファッション評論家の方だったそうです。
 その方はタクシーから降りたときに、中谷さんが乗っているタクシーのほうへ会釈をされたそうです。その瞬間、中谷さんは「うわっ、カッコいい」と思ったそうです。
 そのファッション評論家の方は、別に後ろのタクシーに中谷さんが乗っていたから会釈をされたわけではありません。
 
 (中略)
 
 タクシーで降りる時には、ちょっと考えないといけません。
 ここへ停めて運転手さんの迷惑にならないか、後ろの車の迷惑にならないか、周りの車の流れを止めないか。
 タクシーを降りる時に後ろを見るのは、安全のためではありません。知っている人との出会いがあるかどうかではないのです。
 知っている人に気を配ることより、知らない人に気を配ることが大事なのです。
 タクシーを降りて、もし後ろの車の流れを止めていたとしたら、会釈が出来る。
 人間関係で一番大事なことは、前ばかりでなく、ちゃんと後ろにも気が配れることです。

 ―中谷彰宏著『出会いにひとつのムダもない』(pp.155-157)より。

 これを読んで、今までの私は“後ろにも気を配れる”余裕が果たしてあっただろうか?と考えさせられました。言われてみれば簡単そうですが、普段から常に周囲に対して気を配ることが身についていないと、そう簡単に出来ることではないからです。
 
 今までの私は“自分さえ良ければ”という気持ちが人一倍強かったように思います。“後ろ”はおろか“前”や“隣”の人に対しても気を配れていなかったのではないかと思うと恥ずかしくなります。まずは、“目の前”にいる人たちに対して気を配れるようになりたいと思います。

 写真はソウル市内を走る一般的な中型の個人タクシー(モデルは現代自動車のNew EF Sonata)。