特上カルビの記のみ気のまま

韓国語教育を韓国の大学院で専攻した30代日本人男性が、韓国ソウルでの試行錯誤の日々を綴りました.

改めて今年の目標そして課題

2005-01-31 22:26:15 | 韓国留学記
 晴れ。最低気温-9度。最高気温-5度。一月最後の日。

 昨夜9時過ぎに布団に入ってしまったため、今朝は五時前に目が覚めた。日曜日に教会で買ってきた説教のテープを聴く。今月の十六日に聴いた説教だ。改めて聴いて見ると聴き逃していた部分が多いことに気付く。韓国語の聞き取りの難しさを痛感。

 外が寒いせいか、オンドル(床暖房)の設定温度をいつもより上げているのにもかかわらず、何となくいつもより部屋全体が肌寒く感じられる。

 朝食後、暖かい床に寝そべって本を読んでいたら、いつの間にか寝てしまっていた。気がついたらお昼前の十一時。熱いシャワーを浴びて、眠気を飛ばす。夜寝る前や朝一番にシャワーを浴びたいのだが、シャワーのある洗面所があまりに寒すぎて、風邪をひく恐れがある。従ってあまりに寒い日は日中にシャワーを浴びることにしているのだ。

 洗濯機を回している間に昼食。そしてアイロンがけ。部屋の掃除をする。

 本棚を雑巾で水拭きしながら、改めて読んでいない本の多さに気付く。冬休みの残り一ヶ月で一体何冊の本が読めるだろうか?特に韓国語で書かれた本。そして論文。手に入れただけで満足してしまっていては何の意味も無い。

 今年も早いもので一ヶ月が過ぎた。ここに年頭に私が手帳に書きとめた今年の目標と課題を改めて書いておこうと思う。

-2005年の目標-
1.笑顔をいつも忘れないようにする。
2.何事にも感謝する気持ちを持つ。
3.苦しいことより楽しいことを先ず考える(ポジティブ思考)。
4.常に未来の自分の姿をイメージする。
5.お金と時間を有効に使う(特に時間の創出)。

-2005年の課題-
1.大学院修士課程を修了する。
2.内容のある(修士)論文を書く。
3.(主日)礼拝を欠かさない(神様との対話を大切にする)。→聖書を読む。祈る。
4.一日最低四時間は机に向かう。
5.韓国語教師として日本で仕事をする。
6.一年後、三年後、五年後のビジョンを具体化する。
7.留学に先立ってした借金を一日も早く返済する。
8.健康(体調管理)に気をつける。
9.何事も早め早めに対処する。
10.韓国でしか出来ない経験を一つでも多くする。
11.韓国語能力(知識)向上につとめる。
12.本を沢山読む。
13.論文(資料)の収集につとめる。
14.総合試験に合格する。
15.論文の(構想)アイデアをつねに練っておく。
16.“言葉”についての知識を深める(センスを磨く)。
17.ホームページ(ブログ)を更新する(内容の充実)。
18.学会・研究会には積極的に参加する。
19.諸先生、先輩、同期、後輩との交わりを大切にする。
20.後悔の無い一年(毎日)にする。

 あまりに欲張りすぎているというきらいもあるが、年頭に自ら掲げたものであるから、そのまま書き出した。この一ヶ月だけで見た場合の達成度(進捗率)は70%といったところだろうか・・・。

 ところで皆さんは年頭に立てた目標、着実に達成されていますか?

 明日から二月。気持ちも新たに良いスタートを切りたいと思う。
 
 明朝は-12度でこの冬一番の寒波が到来するらしい。-10度を過ぎてしまうと寒さに対する感覚が麻痺してしまうので、何度でもあまり驚かないというのが正直なところだ。

二つのコップ

2005-01-30 18:19:10 | 韓国留学記
 晴れ。最低気温-9.1度。風も強く厳寒。

 家にガラスのコップが二つある。コップにはそれぞれ“Happy”、“Think”と書かれている。
 これは以前この部屋に住んでいた人が残していったコップだ。捨てるにはもったいないので、そのまま私が使っている。私がもっぱら使うのは“Happy”と書かれたコップだ。

 私は96年に“抑うつ状態”と診断されて、通院治療を続けて来た。会社勤めをしていた時は症状が悪化して、二度の休職も経験した。ソウルへ留学に来てからも、八ヶ月ほど日本に一時帰国して治療に専念したこともある。その間、大学院を休学した。今はほぼ完治したが、抗うつ薬だけは毎日欠かせない。

 今朝も朝食後、いつものようにコップにぬるま湯を入れて薬を口に放り込んだ。薬を飲んだあと、何気なくコップを見た。するとコップに書かれている“Happy”の文字が水による屈折でとても大きく見えたのだ。

 何も入っていないコップに書かれた文字は、書かれた大きさそのままだ。それが水が注がれることによって大きくなる(見える)のだ。

 日々様々なことが起こる。嬉しいこと、悲しいこと、楽しいこと、辛いこと・・・。私たちは自分に対する試練(悲しみ、苦しみ、辛さ、絶望)というコップにばかり水を満たしているのではないだろうか?そして逆に、祝福(幸せ、喜び、楽しさ、希望)というコップに水を注ぐのを忘れてしまってはいないだろうか。

 “試練”というコップにばかり水を満たしてしまい、更に水を注ごうとするがために、自らその試練をより一層大きなものにしてしまってはいないだろうか?

 “祝福”というコップに水を注ぎ忘れ、その祝福の大きさに気付かずにいるのではないだろうか?

 あなたの心の中にもガラスのコップが二つある。コップにはそれぞれ“試練”、“祝福”と書かれている。

 あなたはどちらのコップに水が満たされていますか?

 今日も教会で礼拝に与った。『オンヌリ教会』では毎月末の主日(日曜日)に洗礼式がある。今日は九名の方が受洗された。洗礼式を見るたび自分の信仰生活を省みる私である。
 日本語礼拝ではネパール国内におけるキリスト教の現状について、牧師先生からビデオによる報告があった。キリスト教徒が様々な迫害を受けても自分の信仰を固く守ろうとする人々の姿に感銘を受けた。

やっぱりパク・ジョンヒョン!

2005-01-29 22:40:33 | 韓国留学記
 雨一時雪のち晴れ。最低気温-5度。厳しい寒さが戻る。

 昨夜(1/28)SUPER LIVE IN SEOUL(スーパーライヴ イン ソウル)が韓国ソウルのオリンピックホールで開催された。日韓友情年(2005年)を記念した日韓両国のアーティストによるコラボレーションライブだ。チケットが手に入ったので行ってきた。

 日本からはCHEMISTRYDA PUMPKiroroが、韓国からはパク・ジョンヒョン(朴正)パク・ヒョシントンバンシンギ(東方神起)がそれぞれ参加した。

 私はパク・ジョンヒョン(朴正)が韓国デビューをした時からの大ファンなので、彼女の迫力のある歌が聴けただけで大満足!
 日本国内でもリナ・パークという名前でデビューを果たした。年末年始に日本でも彼女のデビューシングルのテレビコマーシャルを何度か見た覚えがある。1976年アメリカ生まれの在米韓国人なので韓国語よりも英語のほうが得意だ。
 
 昨夜のライブではDA PUMP、パク・ヒョシン、Kiroro、CHEMISTRY、パク・ジョンヒョン、トンバンシンギ(東方神起)の順にそれぞれ三曲ずつ歌った。

 DA PUMPは一気に会場を盛り上げた。

 パク・ヒョシンは中島美嘉(なかしまみか)の“雪の華”を韓国語でカヴァーしているので、その一部をきれいな日本語で歌った。

 Kiroroが「長い間」を一部韓国語で歌ったのには驚いた。ソウルでのライブは昨年十一月に続いて二度目というのにも驚かされた。デビュー以来変わらない透明感のある歌声はKiroro独特の世界をつくり上げていた。MCも短いながらも韓国語でこなし、一生懸命さが伝わってきた。

 逆にCHEMISTRYは簡単な挨拶など一部を除き日本語で通してしまったので、観ていて間が持たない感じがした。

 そして待ちに待ったパク・ジョンヒョンの登場だ。彼女の歌唱力には以前から定評があるが、昨夜も他の歌手やユニットを一切寄せ付けないような素晴らしい歌声を披露してくれた。会場全体を完全に包み込むような実に伸びのある歌は聴いていて実に気持ちが良い。ぜひ日本でも一人でも多くの人に彼女の歌を聴いてほしいものだ。CHEMISTRYと一緒に“日韓友情年のテーマソング”である「Dance With Me(KOREA/JAPAN Ver.)」も披露した。

 昨夜のライヴに来た観客の多くが何故かトンバンシンギのファンだった。女子高生らの甲高い喚声を背中に、大トリのトンバンシンギ(東方神起)が登場したところで私は会場をあとにした。あれではまるでトンバンシンギのためのライブではないかと思ってしまうほどに、会場は異常な盛り上がり方だった。

 会場のあるオリンピック公園は都心から離れているので、ややもすると終電の時間を過ぎてしまうのだ。昨日も夜七時半の開演予定が八時にずれ込み、会場をあとにしたのは夜十時をまわっていた。十時を過ぎると地下鉄の本数が一気に減り、都心部行きの電車も無くなって、家にたどり着くにはタクシーを利用せざるを得ない状況に陥るのは目に見えている。

 結局家には11時半頃無事到着。日付変更線を越えずに済んだ。

 今朝は雨で朝になってもなかなか明るくならず、八時過ぎに起床。遅めの朝食。日中は本を読んで過ごした。韓国語の本を読むスピードが速くなっていることに気付く。三年も韓国にいれば誰でもそうなるか・・・と思いつつも妙に嬉しかった。夕食前にスポーツクラブに出かけて運動不足を解消した。

鷺沢萠さんの言葉

2005-01-28 14:22:22 | 韓国留学記
 晴れ。最低気温-2度。最高気温7度。

 好きで好きでたまらず、一夜をともにした途端、興ざめしてしまう男がいる。反対に、大して気にもとめていなかったり、それとなく避けてまでいたのにもかかわらず、体を許してしまった瞬間、心さえも奪い取ってしまう男もいる。私にとって韓国は二番目の男みたいなものだ。

 今は亡き作家鷺沢萠(さぎさわめぐむ)さんの言葉だ。水曜日に買った『十名の日本人 韓国にハマる』の表紙に書かれている。もちろん韓国語だ。だから彼女が日本語でどのような表現をしたのかは定かではない。
 
 鷺沢さんらしいことを言うなと思った。私にとっても韓国はそんな存在だったかも知れない。まさか私の人生にこんなに深くかかわって来るなんて、なんとなく韓国語を勉強し始めた頃には考えもしなかった。

 そして、日韓国交正常化四十年目を迎えた今年、韓国が日本国内でこんなに注目を集めるとは誰が予想をしただろうか?

 今夜、ソウルのオリンピックホールで日韓友情の年を記念したイベント“SUPER LIVE IN SEOUL”が開かれ、日韓歌手によるコラボレーションが実現した。チケットが手に入ったので行ってきた。詳細は後日。

 それにしても昨年(2004年)の春(4月11日)に鷺沢萠(さぎさわめぐむ)さんが突然世を去ってしまった時には、同じ1968年生まれということもあり本当にショックを受けた。“沢 知恵(さわともえ)”さんのライヴ会場で姿を見かけたのが最後になってしまった。

隣の国にいる理由

2005-01-27 07:00:20 | 韓国留学記
 晴れ。最低気温-2度。最高気温6度。三月初めの暖かさ。

 生来の不器用なので、一度に二つ以上のことをこなせない。

 会社勤めしていたときも、一度に二つ三つの仕事を頼まれたりすると、それだけでパニック状態に陥っていた。さらに優柔不断な性格が手伝って、仕事に優先順位をつけられず、一番重要な仕事を後回しにしたりして、周囲を呆れさせたことも少なくない。

 「不器用ですから・・・」というセリフは高倉健が言うから、サマになるのである。

 だから『いま会いにゆきます』中村獅童(なかむらしどう)演ずる主人公の秋穂巧(あいおたくみ)を見たとき、妙に感情移入ができた。不器用だけれど、憎めない。そんな役柄を中村獅童はとてもリアルに演じていた。『阿修羅のごとく』での勝又静雄役にもそんな中村獅童の魅力が見事に発揮されていたと思う。

 昨日、私の三味線の師匠である先生から綺麗な絵葉書を戴いたと書いた。日本に戻ったら、三味線の稽古だけは再び続けたいと考えている。

 しかしながら私が三味線の稽古を受けたのは韓国に留学に来る前の僅か半年間に過ぎない。その頃職場が人形町近くにあった。人形町には“つづら”を作っているお店や、“組み紐”を売る店などが軒を連ねる“甘酒横丁”という通りがある。そこに三味線屋さんがあって、いつも会社の行き帰りに前を通っていた。

 一度三味線を弾いてみたい。という思いは以前からあったのだが、なかなかお店に入る勇気がなかった。それがなぜか、ある日突然勇気を出してお店に入り、近くの三味線の教室を紹介していただいた。その足で先生の所に伺い、三味線の稽古をつけてくださるようにお願いしたのが始まりだ。それから半年後には韓国に来てしまった。

 私は人一倍不器用なくせに、何でもやってみたいことには手を出す悪癖がある。
 “アマチュア無線”、“韓国語”、“スクーバダイビング”、“日本語教師養成講座”、“簿記検定”、“乗馬”、“小型船舶操縦士(モーターボート)免許”、“スポーツクラブ”など・・・。

 人一倍飽き(諦め)の早い私が今も続けているのは“韓国語”と“スポーツクラブ”くらいだ。でも、モーターボートにはハマった。“船旅”好きが高じて、これも衝動的に21フィートの中古ボートを手に入れてしまった。まだ会社勤めをしていたら、ボートは手放さなかったことだろう。もしかしたら、新艇を手に入れていたかもしれない。

 今、ソウルに来て解かったことは、本当に必要なモノはごく僅かだということだ。

 でも、自分がやりたいことを実際にやってみるということは大事だと思う。やってみないと解からないことが実に沢山あるからだ。

 「同じ後悔をするのなら、やらずに後悔するよりも、やってみて後悔したほうが良い」というのが、生来不器用な私の持論である。

 だから今、隣の国にいるのである。