しましましっぽ

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「お菓子の家」  カーリン・イェルハルドセン 

2016年03月16日 | 読書
「お菓子の家」  カーリン・イェルハルドセン  創元推理文庫  
  Pepparkakshuset     木村由利子・訳

1968年、スウェーデン、カトリーネホルムの小さな町。
6歳のトーマスは幼稚園帰り、毎日のように同窓生から苛められていた。
帰り道にそれを見た先生も何も言わずに通り過ぎて行く。
2006年、トーマスはストックホルムで電子機器会社で集配係として働いていた。
誰からも相手にされず、透明人間のような存在と自分を思う。
周囲の人に受け入れられる事だけが望みだったが、44歳の今も望みは叶っていない。
そんなある日、道端でハンスを見掛ける。
それは、幼稚園の時苛めの中心にいた人物で、6歳の時から会っていなかったのに直ぐに分かった。
トーマスは自分でも分からないままハンスを尾行し始める。
自宅まで付けて行き、その後外出した時も付いて行った。
そして、翌日ハンスの死体が発見される。
見つけたのは、1人暮らしの70歳代のイングリット・オルソン。
大腿骨骨折で数週間入院して戻って来た自宅の台所だった。
ハンスとは面識はないと言う。
事件を捜査するのはハンマルビー署刑事課。
警視のコニー・ショ-ベリ、警部のイェンス・サンデーンとエイナール・エリクソン、刑事のジャマール・マハドとペトラ・ウェストマン。










6歳の時にあった苛めが原因となって起こった連続殺人事件。
『殺人者の日記』と言う章で、殺害時の様子や犯人の心境が綴られる。
犯人については、最後にひとひねりあるのだが。
訳者のあとがきで、6歳の記憶がどれほどあるのかと書かれているが。
自分は6歳なら、今までの人生を振り返るのと同じくらい覚えていると言える。
4歳くらいから割と鮮明。
何があったかという事もあるが、その時の気持ちをよく覚えている。
他の人はどうなのだろう。
だから、その時に苛めを受けていれば、思い出す度に憎しみが募るのも分かる。
苛めに付いても具体的に書かれているので、かなり悲惨な事が分かる。
子どものした事とは言えない。
それでも、苛めた方は日常の一コマで覚えていないものだろうか。
その子ども頃の感情が成長してどうなるか。
傷は消える事はないのだ。
そして、この物語が伝えたかった事は「無関心の罪」だろう。
『無関心は死に値する罪』と言い切る殺人者。
最後に1番の罪人は、見て見ぬ振りをした先生だったと。
この無関心に付いて、物語の中で心理テストがある。
これが、結構難しくて考えさせられる。
人間の大罪は7つで、煩悩は108つか。
大罪には“無関心”は入っていないけれど、今の世の中はそうかも。
無関心の罪は、マリー・アントワネットもそうなのだろう。
王妃なのに国民の事を知ろうとしなかった。

これは3部作と言う事で、捜査する刑事さんたちの物語も挿入される。
中途半端で終わっている事件もあるので、この後に続きが出て来るのだろう。
ただ、1作目としては結構唐突に、本筋の事件とは関係ない話しが入って来て戸惑った。
流れが中断された感じ。
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