先日私のブログ「大学山岳部の活動劣化に愕然とした」にある大学山岳部の方からコメントを頂いた。曰く、今は講義の出席日数も増えて長く山に行くのは大変、また事故が起きると風当たりが強いので困難な山登りはやりにくくなっている、昔がうらやましい、ということだと思う。
私が大学で山を登っていた頃は1970年代前半、40年から45年位前である。時間の物差しを逆に倒して私の学生時代から40-45年昔を振り返ると昭和一桁の時代である。
登山史を眺めてみると、「孤高の人」として有名な加藤文太郎が本格的な登山を行った時期に重なる。加藤は1936年1月槍ヶ岳の北鎌尾根で遭難死した。この年には立教大学山岳部が日本隊として初めてヒマラヤに登頂した。
それから40年、日本の山で未踏のルートはほとんどなく(いやあるにはあったが、エキスパートにしか手が届かない難ルートのみ)、登山の世界ではパイオニアワークという言葉が空しくなりつつあった。加藤文太郎の話や大島亮吉の書いたものを読んで「昔の人は良かったなぁ」という感慨にふけったこともあった。
ある切り口から見ると昔はよく見えるものである。だがある切り口から見ると現在が良い。風雨を跳ね返すゴアテックスの上下、軽くて安くなった羽毛服、軽便なガスコンロやテント、温暖化や林道の発展で雪山のアプローチは簡単になっている、などなど今日が良いことも多いのである。
ただ一つはっきりしていることは、沢山の先人に登られた、悪くいうと手垢のついたルートももし私が初めて登るのであれば、それは私にとっては初登攀である。そのルート、そのルートからたどる頂上は新鮮なのである。
偉そうにいえば人生もまた同じ。似たような人生でも一人ひとりにとっては一度きりの大事な人生だ。今を、自分の山を登りましょう。
学生時代、大好きだったイタリアの偉大な登山家ワルテル・ボナティの言葉を紹介して締めくくろう。
わが山々へ
そのきびしい道場から わが青春が学びとった 心のしあわせに対して 限りない感謝をこめて
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