コロナウイルス騒動以降仲間と居酒屋に行ってワイワイ話すことはなくなり、最近ではZoomなどを使ったオンライン飲み会を催すようになった。
オンライン飲み会は中々面白いものだが、しゃべり過ぎる人がいたり、ほとんどしゃべらない人がいたりと主催者側としては気を使う場面もある。飲み会の参加者を適当な人数に絞ったり、心から共有できる話題を持った人に絞るのが良さそうだ。しばらくすると「オンライン飲み方の楽しみ方」なんて本が出てくるかもしれない。
さて徒然草にも「会話のマナー」について書かれた部分がある。
「久しく隔たりて会ひたる人の、我が方にありつること、数々に残りなく語り続くるこそあいなけれ」
「長い間会わずにいた人と久しぶりに会った時、自分の話題ばかり次から次へとしゃべり続けるのは不愉快だ」ということで、これは我々も経験するところだ。
人の長話に不快感を覚えるけれど、逆の立場になって延々としゃべり続けていることはないだろうか?コロナウイルス騒動で長い間友人としゃべる機会がなく、いざ話す機会が到来すると自分の話に没頭するなどというマナー違反は避けたいものだが・・・
さて兼好法師の次の一言は中々興味深い。兼好法師は「良い人が話をする場合、大勢の聞き手の中の一人に向かって話すのだが、それを自然に他の人も傾聴するものだ」という。
原文は「よき人の物語(ものがたり)するは、人あまたあれど、一人に向きて言ふを、おのづから人も聞くにこそあれ」だ。そして兼好法師は「よからぬ人(教養のない人)は大勢の中にしゃしゃり出て、誰に対するでもなく、見てきたような話をする。満座の人が爆笑して騒々しい」と批判している。
この辺りは賛否分かれるところかもしれない。面白い話をして座が盛り上がれば良いという意見もあるだろう。しかし深みのある話をするならば、兼好法師のいうように一人に向けて話すのが良いかもしれない。
私はただ一つの正解があるとは思わない。集まりの目的や仲間の数、つきあいの程度などで話の運び方は異なる。ただマイクの独り占めを避けるのが、昔も今も変わらない会議のマナーであることは間違いない。
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