これは したり ~笹木 砂希~

ユニークであることが、ワタシのステイタス

義母と食べる寿司

2016年01月07日 20時32分06秒 | エッセイ
 久しぶりに、家族で義母と寿司を食べた。
「わあ、いっぱいあるね。どれから食べようかしら」



 義母は、ズラリと並んだにぎりに目を輝かせ、少女のようにはしゃいだ。
 ひとりあたり13貫だから、結構な量になる。こういうときは、端から順番に取っていけばいいのだ。まずは、カニからいこう。
 箸を伸ばして、ひょいとカニをつまむと、それを見ていた義母も手を動かした。つられるように、隣のカニを挟み上げる。
「美味しい」
 義母は2年前に駐車場で転倒し、頭をしたたかに打ちつけて以来、認知症となってしまった。料理が作れなくなり、今では義弟が面倒をみている。洗い物はできるし、一人で風呂にも入れるが、物忘れがひどく日常生活に支障がある。家の戸締りは、もっぱら夫の役割だ。
「恵三はどこに行ったの?」
「今日は仕事だって」
「そう」
 彼女が名前を言えるのはこの義弟だけで、私のことはおろか、孫であるミキのことも、息子である夫のことも忘れてしまったらしい。以前だったら、「砂希さん」「ミキちゃん」「龍一」などと呼んでくれたのに、今では名前が出てこない。特に、ミキは一緒にトランプやかるたで遊んだおばあちゃんが、自分のことをおぼえていなくて、かなりショックを受けている。
 さて、カニのあとはウニ。軍艦巻きをつまみ上げると、義母がまた目で追い、同じように箸で取ろうとする。誰かの真似をするのだろうか。
「おばあちゃん、それ、ウニだよ。食べられるの?」
 夫が見かねて声をかける。彼女はウニが苦手なはずなのに、気づいていなかった。
「えっ、これウニ? あれいやだ。触っちゃったよ」
「いいよ。それは俺が食うから、そこに置いておいて」
「はい」
 代わりに義母が取ったのはカニ。今、食べたことをおぼえていないらしい。
「おばあちゃん、もうカニは食べちゃダメだよ。他の人の分がなくなるからね」
「はい」
 お次はイクラ。これは義母も好物だから安心だ。
 アナゴは口の中でとろける食感が素晴らしい。いつもはスルーする娘まで、絶賛しながら食べていた。義母もあとに続き、「美味しいね」を連発した。会話が途切れると、義母が心配そうな顔で尋ねた。
「恵三は?」
「仕事」
「そう」
 同じネタに偏らないよう、「マグロはまだですよ」とか「ホタテはどうですか」などと、誘導しながら食べていく。だんだん私まで、何を食べて何がまだなのか、わからなくなってきた。高齢者がいるときは、ひとつ盛りは危険である。
「恵三は?」
「仕事」
「そう」
 同じ会話を繰り返しても、特に指摘はしない。94歳になっても、義母一人の力で食べられることを感謝すべきであろう。
 結局、彼女は10貫食べられたようだ。
「お腹いっぱい。もう食べられない」
 そう言って箸を置いた。だが、まもなく、素早く箸を取り上げて、エビをつまみ上げる。11貫目。旺盛な食欲に、「よく食べたね」と夫が声をかけると、うれしそうに歯を見せた。
「食後のお茶をいれよう」
 夫がお茶の準備をしていると、義母が「よっこいしょ」と立ち上がった。
「トイレ、トイレ」
 あらためて彼女を見ると、だいぶ髪が伸びていた。ケガする前は、月に一度、美容院でカットしていたのに、すっかり無頓着になったらしい。化粧を欠かさなかった顔はノーメイクで、ちぐはぐな柄の服を組み合わせている。体を揺すりながらトイレに向かって歩く途中で、お尻のあたりから「プップッ」と小さな音が漏れてきた。
「…………」
「…………」
 私と娘は、口を半開きにしたまま、無言で目を合わせた。お嬢様育ちで上品な義母が、こうも変わってしまうとは。言葉が出てこなくて、しばらく静寂に支配された。
 やがて、義母が戻ってきた。彼女は、こたつの上から何かを取り上げて、娘に手渡した。
「はい、これ、ちょっとだけどお年玉」
「えっ、あ、ありがとう!」
「うふふふ」
 認知症になっても、孫にお年玉をあげることは忘れていなかった。
 愛情の深さが、物忘れに打ち勝ったのかもしれない。
 この先も、ありのままの義母を受け入れていかなくては。


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コメント (8)
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