彼からプロポーズされたのは23歳のときだ。
あいにく、その日は台風が関東をかすめて通り過ぎたため、交通網は大混乱、幹線道路は軒並み渋滞していた。まだ夕方前だったが、彼に車で送ってもらうのにも時間がかかり、普段ならば1時間で着く距離が4時間もかかったほどだ。
話題が途切れた頃だったろうか。信号待ちをしていたら、彼がこちらを向いて口を開いた。
「結婚してくれないかな」
私が返事をするまでの時間はそれほどかからなかったと思うけれども、頭の中では猛スピードで電卓を叩き、めまぐるしく損得計算をして答えをはじき出していた。
彼が好きだったから、結婚できればとてもうれしい。伴侶としての人物的・物質的条件も揃っているし、いつも私を笑わせてくれるから楽しいに違いない。年を重ねても、腕を組んだり手をつないだりして、ハリウッド映画に出てくるようなラブラブの夫婦になれたらうれしい。もっとも、「I love you」は言ってくれないだろうけど。
問題は、彼が21歳も年上だということだ。かねてから親族や友人は辛口だった。
「子供が成人する前に、定年を迎える人なんてやめなさい」
「年齢差は、一緒に生活してこそ実感するものなんだよ」
「まるでボランティアみだいだね」
こぞって反対されると、こちらも不安になる。私は間違っているのではないかと。
しかし、無難なことは退屈と斬り捨て、あえて冒険をしたがる私の気質が彼を選んだ。
「うん、いいよ。結婚しよう」
信号が変わって車が走り出し、新大宮バイパスに合流するため大きく左にカーブした。
雨はすっかり上がって西日が射している。明るくなったと思ったそのとき、東の空に見えるものがあった。
「あっ、虹だ! すごい!」
建物の上にまたがるように、二重の大きな虹が、くっきりと青い空に浮かび上がっていた。七色が鮮やかで、うっとりするほど美しかった。私は彼にも見てほしくて、言葉を弾ませながら人差し指で方角を指し示した。
なんてドラマチック。
昔読んだ本に、虹はよいことがある前兆で吉と書いてあった。プロポーズの瞬間に現れるとは縁起がいい。私の選択を祝福しているかのようではないか。
そして、彼は夫になった。
あれから17年たった今では、あのときの判断がいかに甘かったかを思い知らされる。
子供が生まれたときから夫婦の会話が減り、単なる業務連絡ばかりになった。
「明日は雨だって」「ふ~ん」
「ミキが咳しているから、明日小児科に連れて行って」「わかった」
昨年11月、読売新聞に「夫婦の会話が30分以下の家庭は4割にも達する」という記事が載っていたが、我が家に関して言えば毎日1分以下である。私が憧れた、腕を組んで歩くアツアツな恋人夫婦とは雲泥の差ではないか。
こんなはずじゃなかったんだけど……。
虹を見たらいいことがある、と書いていた本は何だったろう。もう一度確かめてみたくなり、図書館で調べることにした。
気象に関する本を探して開いてみると、思いがけない一文が載っていた。
『中米のスム人や古代中国では、虹は不吉なものとされ、決して指を指してはいけないとされていた』
いまさらそんなこと言われても、もう手遅れなんですけど……。
お気に召したら、クリックしてくださいませ♪
あいにく、その日は台風が関東をかすめて通り過ぎたため、交通網は大混乱、幹線道路は軒並み渋滞していた。まだ夕方前だったが、彼に車で送ってもらうのにも時間がかかり、普段ならば1時間で着く距離が4時間もかかったほどだ。
話題が途切れた頃だったろうか。信号待ちをしていたら、彼がこちらを向いて口を開いた。
「結婚してくれないかな」
私が返事をするまでの時間はそれほどかからなかったと思うけれども、頭の中では猛スピードで電卓を叩き、めまぐるしく損得計算をして答えをはじき出していた。
彼が好きだったから、結婚できればとてもうれしい。伴侶としての人物的・物質的条件も揃っているし、いつも私を笑わせてくれるから楽しいに違いない。年を重ねても、腕を組んだり手をつないだりして、ハリウッド映画に出てくるようなラブラブの夫婦になれたらうれしい。もっとも、「I love you」は言ってくれないだろうけど。
問題は、彼が21歳も年上だということだ。かねてから親族や友人は辛口だった。
「子供が成人する前に、定年を迎える人なんてやめなさい」
「年齢差は、一緒に生活してこそ実感するものなんだよ」
「まるでボランティアみだいだね」
こぞって反対されると、こちらも不安になる。私は間違っているのではないかと。
しかし、無難なことは退屈と斬り捨て、あえて冒険をしたがる私の気質が彼を選んだ。
「うん、いいよ。結婚しよう」
信号が変わって車が走り出し、新大宮バイパスに合流するため大きく左にカーブした。
雨はすっかり上がって西日が射している。明るくなったと思ったそのとき、東の空に見えるものがあった。
「あっ、虹だ! すごい!」
建物の上にまたがるように、二重の大きな虹が、くっきりと青い空に浮かび上がっていた。七色が鮮やかで、うっとりするほど美しかった。私は彼にも見てほしくて、言葉を弾ませながら人差し指で方角を指し示した。
なんてドラマチック。
昔読んだ本に、虹はよいことがある前兆で吉と書いてあった。プロポーズの瞬間に現れるとは縁起がいい。私の選択を祝福しているかのようではないか。
そして、彼は夫になった。
あれから17年たった今では、あのときの判断がいかに甘かったかを思い知らされる。
子供が生まれたときから夫婦の会話が減り、単なる業務連絡ばかりになった。
「明日は雨だって」「ふ~ん」
「ミキが咳しているから、明日小児科に連れて行って」「わかった」
昨年11月、読売新聞に「夫婦の会話が30分以下の家庭は4割にも達する」という記事が載っていたが、我が家に関して言えば毎日1分以下である。私が憧れた、腕を組んで歩くアツアツな恋人夫婦とは雲泥の差ではないか。
こんなはずじゃなかったんだけど……。
虹を見たらいいことがある、と書いていた本は何だったろう。もう一度確かめてみたくなり、図書館で調べることにした。
気象に関する本を探して開いてみると、思いがけない一文が載っていた。
『中米のスム人や古代中国では、虹は不吉なものとされ、決して指を指してはいけないとされていた』
いまさらそんなこと言われても、もう手遅れなんですけど……。
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