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ボクは雑草です

シフトクリエイティブ社長のブログです。

2016年を振り返る

2016-12-29 04:22:19 | 報道/ニュース
年末になると10大ニュースなどとまとめますが今年は10では収まりきれないほどニュースがいっぱい。ヨーロッパではテロが頻発、イギリスのEU離脱、極右・極左の台頭、アジアではドゥテルテ大統領、パク・クネさん弾劾、そしてなんと言ってもアメリカのトランプさん、大変です。あきらかに世界はグローバル化から内向きに向かっている、あとはいつ表面化するかという時間の問題となりました。
では内向きになるとどうなるか、第二次世界大戦の前に戻ります。まずアメリカが不景気になりました。そのためヨーロッパの景気も悪くなりました。特にドイツは第一次世界大戦での敗戦で巨額の賠償金を払わされていました。日々の生活に困っていました。明治以降富国強兵で進んできた日本の軍部覇権主義に世界から待ったがかかりました。困った日本はドイツと右翼独裁のイタリアと同盟を結びます。この3国に共通しているのはお金がなかったことです。ドイツはヒトラーという民族主義者が圧倒的に支持を集めます。いまの言葉で“ドイツファースト“です。「ドイツを豊かにしよう、民族の誇りを取り戻そう」とぶちまければ国民は共感、熱狂しました。そして世界戦争が始まりました。4年間の戦争で死者5000万人とも言われる未曾有の戦争でした。日本も兵士230万人、民間人80万人と言われていますがこれ以上でしょう、もう数え切れません。こんなバカなことはもうやめようと、資源を共有したり貿易を自由化したりとグローバル化してきたはずなのに、75年経って再び自分の国ファーストに向かっています。
自分の国ファーストは摩擦を生みます。弱い国はより弱く、強い国はより強くなってしまうからです。弱肉強食です。そうすると資源やお金のない国は軍事力を高めます。武器の力で守ろうとします。昔の日本のように、今の北朝鮮や中国、ロシアのように。
ヨーロッパではイギリスがEU離脱を決めました。エマニュエル・トッドさんによればEU崩壊へ向かっています。ドイツとフランスだけでは日本の九州ほどの小さな国々をまとめることはできないからです。ヨーロッパの貧富の差はますます激しくなります。世界中あっちもこっちも不満だらけになります。すると保護主義や愛国主義そして民族主義が台頭します。第二次世界大戦前に戻るのです。
人類はアホですね。宇宙までロケットで行けるようにしたのに、インターネットで地球のあらゆる情報が見られるようにしたのに、それらの進歩が戦争に使われるだけになってしまうとは。
シリアの惨状は見ていられません。アサドさんを残したってシリアがアサド政権でまとまるはずがないのに。世界中が他人のことなどかまっていられなくなりました。これが内向きになるとこうなるという現実です。現実が目の前にあるというのに、まだアメリカファーストだなんて、お前の国がこうしたんだろうと言いたい風景だっす。
政治家はぐちゃぐちゃにするのは得意ですが、あと片付けができません。そんな幼児のような政治家のパフォーマンスに振り回されるのはやめましょう。放送局がチェック機能をなくした日本は国民が政治をチェックするしかありません。政治家が何をしたくてこう言っているのかやっているのかよく考えましょう。
それでは皆さん、良いお年を

2016/12/28

ボブ・ディランの時代

2016-12-17 17:06:48 | 報道/ニュース
1960年代は第二次世界大戦から15年過ぎた時代でした。もう戦争はいやだと世界中が思っていたにもかかわらず西側VS東側・資本主義VS共産主義のにらみ合いは頂点に達していました。あっちもこっちも衝突だらけ、ヨーロッパではソヴィエトの圧政に小国が苦しんでいました。西側は経済的には発展しましたが人種差別や共産主義との戦いが表面化しました。そして戦争をくぐってきた大人たちと戦後生まれの若者とのジェネレーションギャップは決定的となります。規則の中で生きる大人と自由に生きたい若者、ギターを持っているだけでアカ(共産主義者)と決めつける社会に若者は当惑したのです。
アメリカでは公民権運動が最高潮に達し、大人たちは“アカ狩り”に熱中します。朝鮮戦争の勃発が共産主義への恐怖を生み、ベトナムにアメリカが介入します。ところが戦場にかりだされたのはほとんどが若者で“アカ狩り”に熱中していた大人たちは銃弾の飛んでこないところで行け行けと叫ぶばかり。これが大人たちの言う“規則”だったのです。若者は立ち上がります。自由と反戦の歌が沸きあがりました。そしてプロテスタントソングの頂点としてボブ・ディランが君臨します。
ボブ・ディランはもともとプロテスタントとか反戦とかはどうでもよかったのですがベトナム戦争の泥沼化により世界中に反戦フォークが生まれ、ボブ・ディランはいつの間にか彼らの源流になっていました。フォークシンガーの見本でした。ボブ・ディランを知らないやつは遅れていると若者たちはいっせいにギターをもって♪風にふかれて♪を歌いました。“どれだけ爆弾が落とされたら戦争は終わるんだろう”という問いかけが若者の心をつかんだのです。
ベトナム戦争が終わると、反戦の歌は消え、歌っていた若者たちは知らないうちに大人の規則に吸収されていきます。そして今、テロとの戦いとイスラム教徒の排斥が起きています。共産主義者がイスラム教徒に変わっただけで構図は全く同じです。そして反戦を叫んでいた当時の若者がいま規則を押し付ける大人になっています。
アメリカの反戦ブームは日本にも波及、若者を虜(とりこ)にしました。フォークソングが全盛になります。アメリカの反戦はベトナム戦争への反戦でしたが日本はベトナム戦争には参戦していません。そのため日本で反戦と言うと第二次世界大戦への反戦、軍国主義への反戦になりました。共産主義と戦ったアメリカの戦争とアメリカと戦った日本の戦争、戦争反対は共有されますが戦争の違いを知って歌っていた人はほとんどいませんでした。
ボブ・ディランの時代はお金や地位より主義・主張のある人が尊敬されました。お金があるとかないとか、地位が高いとか低いとか、学歴がいいとか悪いとか、そんなことはどうでもよかったのです。それより保守か革新か、右翼か左翼か。体制派かアウトローか、それが重要でした。何も考えていない人は軽蔑され、お金で人の心を釣ろうとする政治家や成金どもは社会のクズでした。
ボブ・ディランの時代から学ぶことがありますね。

2016/12/17
※ボブ・ディラン1963年の歌「戦争の親玉」Masters of Warを記録しておきます。意訳です。
戦争の主よ、出てこい!
大砲を作り、爆弾を作っているお前たちだ。
壁に隠れ、机の下にもぐっているお前たちだ。
俺にはお前たちの正体が分かるのさ。
銃弾が飛んできたとき、俺に銃を渡し、くるりと回って逃げる。
戦争は勝つと信じ込ませておいてさ。
お前たちの目と頭の中を見れば分かるのさ。
お前たちは自分で引き金を引かず人に発砲させ、ただ見ているだけだろう。
そして死者が増えると官邸に隠れる。
その間にも若者が血を流し泥に埋められているんだ。
お前たちは世界中に恐怖をまき散らした。
こどもを育てる恐怖、これから生まれる俺のこどもへの恐怖。
お前たちは静脈に流れている血にさえ価値はない。
イエスさまもお前たちのやっていることは許さないだろう。
ひとつ聞きたいことがある。
そんなにお金はいいものか?それで許しが買えるものか?
いつか気づくだろう。
お前たちが死んだとき、ため込んだお金でその魂は買い戻せないことを。
お前たちには死んでほしい、それはもうすぐやってくる。
そうしたら俺は棺桶の後をついて、埋められるのを見つめてやる。
埋められたらその墓の上に立ち、お前たちが本当に死んだか確かめてやる。
♪Masters of War

ボブ・ディランにノーベル文学賞!

2016-12-11 15:53:29 | 報道/ニュース
ボブ・ディランは好きな人と嫌いな人がいます。世界的大スターですが、嫌いな人もいます。好きな人は天才だ、カリスマだと言って多くのミュージシャンが彼の詩を絶賛しています。そしてディランに影響されて似たような曲を作っているシンガーソングライターも多くいます。日本の当時のシンガーソングライターはほとんど影響を受けていました。今も真似ている人がいるほどです。彼はフォークソングってこれなんだと見本を見せたのです。嫌いな人は、勝手にやっている、難解なだけ、と相手にしません。それでもディランの歌は気にしています。世界中が気になる存在、それがボブ・ディランなのです。
75才の今も精力的にツアーをしています。なんと言ってもここがすごい。今も現役のシンガーソングライター、この活躍がノーベル文学賞になりました。
とは言ってもノーベル文学賞にシンガーソングライターが選ばれるなんて今までの発想では考えられませんでした。そのため世界中が驚いた以上になんで?とか、なんなんだ!とか、批判が起こっています。イギリスでは大論争になりました。しかし選考する人がいて選考される賞にはつきものです。一番驚いたのは本人でしょう。1週間雲隠れしました。連絡も取れなくしました。考えていたのか、当惑していたのか、誰も分かりませんが、いずれにしても逃げ回っていた。賞をもらって飛び上がって喜ぶのが見ていても気持ちはいいのですが、それは彼のスタイルではありませんでした。日本でも芥川賞もらって悪態ついていた作家(?)がいましたが、いい印象ではありませんでした。それよりボブ・ディランはすでにあらゆる賞を取っています。そこにまたノーベル賞と言われたって賞がひとつ増えるだけです。だからなんなんだ、ぐらいに思ったのかもしれませんね。いま、スウェーデンでは表彰式が行われていますがもちろんディランは欠席です。ここまで論争が起こるとさすがに出ていけませんね。
だいたいノーベル賞は難しい専門分野が多く、物理学賞とか生理学賞とか言われても一般の人には分かりにくいのです。今年は日本からも東京工業大学の大隅良典さん(71才)が医学生理学賞をもらいました。学者としては最高の名誉です。本人だけでなく同じ研究をしている若者にも朗報です。みんなで喜びました。大騒ぎが半年は続きます。賞と言うのはこれがいいのですが。文学賞と平和賞に関しては毎年?(疑問符)がつきます。
アメリカのゴアさんも、オバマさんも、日本の佐藤栄作さんももらっています。平和賞はいわば話題賞になっています。文学賞についても同じで分かりやすいためファンが切望します。気に入っている作家がノーベル賞を取ったらやっぱり自分の目は正しかったと安心するからです。でもこれが生理学とか言われてもファンが沸くと言う形にはなりません。難しい研究をして賞がもらえて良かったと思うけど、それがなんなのかよく分からないからです。
ボブ・ディランのノーベル文学賞でノーベル賞の見方が変わりました。つまり、文学は歌詞も含まれるのです。小説だけでなく和歌も短歌もある程度織り込まれますが、そこにシンガーソングライターの歌詞が加わりました。これからノーベル賞をめざすシンガーソングライターがいっぱい現れるでしょう。さあ次のノーベル賞をめざして歌詞を書きましょう。と威勢よく言ってはみてもディランを超える詩は当分現れないでしょう。100年は現れないかも。その前に地球は戦争で滅んでいるかもしれません。その時またディランの♪風にふかれて♪が世界中で歌われている。やっぱりディランは永遠なのだ。

※ちなみにボクはボブ・ディランの暗いところは好きになれませんが、同じ詩を続けるのではなく変わりつづけていくという彼の人生哲学は学んでいます。記者が聞きました「あなたは自分をどんな人だと思っていますか?詩人ですか?歌手ですか?」ディランは答えます。「いま君が見ているのがボブ・ディランだよ。」これで行こッ

2016/12/11