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ボクは雑草です

シフトクリエイティブ社長のブログです。

お元気ですか?

2021-08-16 05:39:58 | 報道/ニュース
ちょっとブログを休んでいたら、広告がベタベタ貼り付いてました。気に入らないのでなにか書きたいのですが何から始めたら良いのか分かりません。この一年、コロナウイルスからオリンピックのことばかり日本の政治家は何をやっているんだばかり。これでは書いているのも疲れます。疲れるんだよお前たち。PCR検査は間違えるし、病院は通常診療ができないとか、救える命も救えないっとか、考えがないんだよ。早い話が能力がないんだよ。命が救えないのは医者ではないぞ。サッサとニセ毛生え薬でも売ってろ。
検査しかり入院するかどうかしかり、いちいち保健所に連絡しないと何もできない、そんな制度でぬくぬくやっているからこういう時になにもできないのだ。「STAP細胞あります!」と若いガキのよう女が記者会見して叫んでいた国だぞ。あれが日本の医学の最高研究所の研究員だぞ。ワクチンなんか作れるわけねえだろよ。
東京で半世紀ぶりのオリンピックだとか言って、強行開催したら感染爆発。そして相変わらずの隠ぺい体質、素直に喜べないな、と思っていたら、金メダルを取った女子ソフトボールの選手が金メダルを掛けて名古屋市長を表敬訪問した時、市長がいきなりマスクをずらしてその金メダルをガブリ。歯型は付くわ、ツバは付くわ。結局、IOCが新しいものと交換することになりました。
そうかと思えば、女子ボクシングで金メダルを取った話題にコメンテイターのジジイが「女が殴り合うのは良くない」という有様、古ダヌキのようなMCはただ下を向くだけ。そんな事言ったら、女子の空手も、柔道も、レスリングも、重量挙げも、良くないんかい!
緊張感がないんだよ、お前たちは!

今日のところは以上です。

2021/08/16

こだまでしょうか?~金子みすゞの世界~

2020-12-15 23:50:22 | 報道/ニュース
2011年、東日本大震災後、自粛ムードでテレビCMがなくなりACジャパンのCMばかりになった時、ひときわ印象に残ったものが金子みすゞの「こだまでしょうか」でした。「遊ぼう」って言うと、「遊ぼう」って言う。「バカ」と言うと「バカ」と言う。・・そうしてあとでさみしくなって「ごめんね」って言うと「ごめんね」って言う。こだまでしょうか、いいえ誰でも。・・震災のニュースばかりの中で一瞬心がほのぼのとする30秒でした。
先日、深夜にNHKスペシャルの再放送で「心の王国~金子みすゞの世界~」が放送されました。ACジャパンのCMで有名になる前の1995年制作のものでした。演出は今野勉さん、テレビマンユニオンの創立者で84才になる今も活躍中です。25年前の作品でしたが4対3の画面でもそのクオリティの高さに驚きました。同時に、今のテレビ番組が16対9になり機材も格段に進歩したにもかかわらずいかに低レベルかを再認識しました。
映像は機材が撮るのではなく心で撮るもの。カメラアングルがいい、照明がいい。役者がいい、そして演出がいい。60分の番組が2時間にも感じられました。いまテレビの世界にはこんなの作れる人はいない、と思いながら見ていました。
金子みすゞさんは1903年、明治36年に生まれ、1930年、昭和5年に26才で亡くなっています。書き残された詩集が弟の上村雅輔さんからある詩人に渡り、1984年、遺稿集が発表されるとたちまち話題となり、教科書に載るほどの有名詩人となりました。
亡くなっておよそ50年の間、金子みすゞの詩はひっそり眠っていたのです。その数およそ520篇。それらの数々は90年以上経た今でも読む人の心に響きます。

「こどもが小すずめ捕まえた。その子のかあさん笑ってた。すずめのかあさんそれ見てた。お屋根で鳴かずにそれ見てた。」
「ばあやはあれきり話さない。あのお話は好きだのに。「もう聞いたよ」といったとき、ずいぶんさびしい顔してた。ばあやの瞳には野地の花がうつってた。あのお話がなつかしい、もしも話してくれるなら五度も、十度も、おとなしく、だまって聞いていようもの。」

思ったことや、感じた気持ちをすなおに言葉で表現しています。いわゆるプロの作家や詩人が好む余分な修飾語がありません。この素朴さが永遠に新鮮なのです。飾り立てた文章は時とともに古くなり感動も薄れていきます。でも、こうしたかざらない文章は永遠に生きるのです。
金子みすゞさん(本名金子テル)は、小さいときからみんなと騒ぐより本を読んだり静かに風景を見つめている、そんな女の子でした。3才のときにお父さんが亡くなり、お兄さん、お母さん、おばあさんと山口県仙崎(せんざき)の家で育ちました。まもなく弟が生まれました。雅輔(がすけ)さん(本名正祐まさすけ)です。しかし父さんのいない金子家では育てるのが難しく、正祐はお母さんの妹が嫁いでいた下関の上村家に養子として出されます。
戸籍上は従兄弟になった正裕とみすゞ。二人の愛と葛藤をテーマに番組は進行していきます。
みすゞが女学校3年の時、上村家のお母さんが亡くなります。そしてみすゞのお母さんが上村家のお父さんと再婚、それをきっかけにみすゞと正裕の交流が深くなります。

正祐は、従兄弟のテルちゃんが好きでした。結婚するならこんな人と思っていました。そんな正裕の気持ちを察したお父さんはみすゞに結婚話を持ちかけます。相手は本屋をしていた上村家の番頭でした。仕事ぶりもよく働き者でした。本屋を継がせようと考えているほどでした、しかし正裕とは気が合わなく正裕は大反対します。
結婚したみすゞの夫と正裕の仲は険悪となり見かねたお父さんは離婚を考えますが、そのとき、みすゞが妊娠していることが分かり離婚話は立ち消えとなります。そして妊娠中に夫の女郎屋通いはひどくなり、子どもが生まれた後も暴言を吐くようになります。みすゞがずっと続けてきた詩の創作も止められます。
そして夫の性病がみすゞに移ります。ふたりは離婚しました。当初こどもはみすゞのところにいましたが、別れた夫に持っていかれます。みすゞの病気は悪化します。
詩の創作を止められ、子どもを取られ、病気も悪くなる、・・みすゞは書き溜めてきた詩の数々を三冊のノートにまとめ一部は西条八十にそしてもう一部を実の弟の正裕に託し、みずから命を絶ちました。26年の短い人生でした。

みすゞ自殺を聞いて東京から汽車に飛び乗った雅輔(正裕)はみすゞの詩を読み返し自分の存在がいかにみすゞの心の中に大きかったかを知るのです。

流れの岸のみそはぎは、誰も知らない花でした。
流れの水ははるばると、とおくの海へ行きました。
大きな大きな大海で、小さな小さなひとしづく
誰も知らないみそはぎを、いつも思っておりました。
それはさみしいみそはぎの、花からこぼれた露でした。

大きな大海、東京へ作曲の勉強に出て行った正裕のことを思う一篇でした。

1995年制作のNHKスペシャル「心の王国~金子みすゞの世界~」は金子みすゞさんの詩とともに永遠に残ると言っていいでしょう。当時の制作者の職人魂を見た気がします。


2020/12/15
本編はこちらから見られます。
~金子みすゞの世界~
※その後、正裕さんはシナリオライターとなり、上村雅輔(かみむらがすけ)と名を変え劇団若草を創立。平成元年に亡くなりました。正裕さんは金子みすゞ(テルちゃん)の墓に入り、今も共に眠っています。

首里城が燃えた

2020-07-22 02:14:14 | 報道/ニュース

2019年10月31日、早朝4時ボクは起きていました。何気なく4時50分からのBSニュースを見ようとテレビをつけたら、火事のニュースです。山の上が真っ赤です。大きな建物が燃えています。どこだ、と、スーパーを見てびっくり、沖縄の首里城です。正殿が炎につつまれ真っ赤に燃えていました。首里城が燃えている。信じられません。消防車20台で消火活動中と言っていましたが、すでに正殿が燃え、北殿、南殿も炎が上がっています。山全体が真っ赤です。とても消防車が近づける状態ではない。ボクはテレビをぼうぜんと見ていました。それから6時のニュースになりました。正殿が崩れ落ち北殿にも南殿にも炎は広がっていました。消防に通報があったのが2時41分、その2時間後の4時30分にはほぼ全焼状態でした。沖縄のシンボル首里城がたった2時間で燃え尽きる、信じられません。ショックでした。言葉が出ないと言うのはこういう心情なのかと思いました。

500年の歴史があると言われる首里城は過去3回火事に遭い、建て直されてきました。江戸時代の火事では薩摩藩から木材を送ってもらい、第二次世界大戦後の焼け野原からの再建には台湾から木を送ってもらったと聞きました。首里城に使われている柱はイヌマキというもので成長が遅く使えるようになるまで100年かかるといわれています。沖縄には森はあるけど柱になるようなまっすぐな木がないのです。南の島独特の背の低い木はどれも曲がっています。台風の通り道ということもあるかもしれません。そのため昔の首里城の写真を見ると全体に低い気がします。それでも首里城は威厳がありました。
ボクが最初に首里城へ行ったのは30年以上前です。アメリカの占領から日本に復帰し首里城の再建が始まった頃です。工事のため、中には入れませんでした。守礼門はかろうじて残っていたので記念撮影をしてパンフレットで想像する程度でした。守礼門には生々しい銃弾の痕が残っていました。石の塀にも銃弾、第二次世界大戦が終わった当時のままでした。蜂の巣のように銃弾の痕が残る守礼門の柱。これが戦争か。銃弾のへこみに触れると戦争の音が聞こえてくるようでした。それでも堂々と建っている守礼門には沖縄の意地と強さを感じました。
しばらくして再建工事もほぼ終わり、中へ入れるようになっていました。首里城はピカピカに再建され守礼門もピカピカでした。あまりにもきれいな赤い首里城はなんとなく重みがありません。ディズニーランドにあるお城のようでした。やっぱり写真で見た古い首里城の方がいいな、と思ったものです。それからまたしばらくして首里城へ行くと、風雨にさらされ塗り立ての赤もくすんで重みのある朱色に変わっていました。こうなることを計算して最初の赤にしたのでしょうか、やっぱり首里城はこのぐらいくすんだ赤がいいな、と思っていた矢先の火災消失です。ショックでした。これはどのニュースよりショックでした。
ボクは沖縄へはよく行っていますし首里城へも行きました。しかし残念ながら首里城全体の写真が撮ってありません。ハイビスカスの花とか、王様が飲んだと言われる湧き水などの写真は撮りましたが、首里城はもう少し古さが出てからの方がいいとあえて撮らなかったのです。首里城を撮っておくべきだったと悔やまれます。
あったものがなくなってしまったショックは大きい。もう一回撮ろうと思ってもないのですから、次に再建されたとしてもまたピカピカの赤からスタートですから。くすんだ首里城の朱色はもうないのですから。ショックです。
沖縄もビルやら道路やらどんどん新しくなり、久しぶりに行くと浦島太郎気分になります。でも首里城は変わりません。一般的に観光地化したお城は見てがっかりすることがありますが、首里城は観光の目玉であっても決して派手な飾りつけはしていませんでした。行事以外は横断幕もありません。ゆるキャラもいません。首里城のまわりの公園を整備しても首里城は“首里城”のままなのです。これが良かった。日本に数多くのお城がある中でも“首里城”はやはり特別なお城なのですから。
先日沖縄放送局の番組を放送していました。やはりいつもあった首里城がない。この景色はショックです。心にぽっかり穴が空いたようだと沖縄の人が言っていましたがそれ以外の表現が見つかりませんね。
いつまでもずっとあると思っていたものがなくなることは親、兄弟、友達を亡くす淋しさとも違いますね。富士山がなくることや空気がなくなることに近い、寄りかかっていた心がなくなる、そんな思いでしょうか。
ボクが生きているうちには再建されピカピカの赤がくすんだ朱色の首里城になるまでを見ることはないと思いますが、再建されたら真っ先に写真を撮りに行こう、と今は思っています。
2019/11/02

※この原稿は昨年11月火災直後に書きましたがあまりのショックで最後まで書けませんでした。先日沖縄放送局の番組で首里城をやっていました。あることが当たり前だったものがなくなっている。このショックは言葉では言い表せません。でも再建に向かって歩み始めていることを知り原稿を手直してアップしました。
2020/07/21
好きな歌でエールを送ります。沖縄の子守唄「童神」です。
♪童神(わらびがみ)


PCR検査

2020-07-10 16:39:28 | 報道/ニュース
7月10日時点で新型コロナウイルス(COVID-19)の感染者は世界で1200万人、死者は55万人に達しました。まさに世界的大流行パンデミックです。アメリカ300万人インド・ブラジル200万人の感染者に対して日本はやっと2万人、死者900人。これを見て日本は良くやっているとほめられているとか書いている記事もあったけど、そんな風に思えるのはよほどおめでたい人ですね。感染の確認はPCR検査で陽性と出た人だけ、PCR検査をしなければ永遠に感染者は出ないのですよ。

PCR検査

日本がなぜ感染者が少ないのか、BCG接種だとか習慣だとか言う人がいますが、それだけではこんなに差がでるはずがない。答えはPCR検査ができないからです。出来ない理由はふたつあります。ひとつはPCR検査の出来る人が少ないつまり検査能力がないこと、もうひとつは陽性者が増えると病院が困ることです。300万人が感染したとするアメリカはおそらくその10倍や20倍の検査をしているはずです。それ以上かもしれません。そうなれば3000万人から5000万人が検査を受けたことになります。日本にはとてもそんな検査能力がありません。今回のパンデミックで分かったことは日本が誇る先端医療技術は個々の診療にはあまり役立たないことです。
ちょっと寄り道。富岳とかいう世界一の処理能力を持つスーパーコンピュータを開発したと大騒ぎをしましたが、やっていることは飛まつのシュミレーション、仕切りを10cm上げたらこんなに減るというシュミレーション、あのね、そんな事はコンピユータでなくても分かりますよ。それより学校休みにしてリモート授業するならすべての子どもにパソコンを与えるほうが先でしょう。
話を戻します。日本の感染者数2万人からすればおそらく検査は延べ20万人程度でしょう。アメリカ3億・日本1億の人口だとすると日本は1000万人の検査能力が必要でした。それが日本は当初1日100人程度でしたよ。感染拡大が始まった4月、愛知県で初めてPCR検査をしたとき15人の検査をしてなんと14人の結果を間違えました。陰性を陽性にしてしまったのです。保健所や県の関係職員が7~8人ずらりと並んで誤っている姿はコッケイでしたね。つまり検査のやり方を知らなかったのです。最近になってやっと検査らしいことが出来るようになった、検査キッドもまあまあと言うのが現在の医療現場です。
日本が誇る世界の最先端医療技術も入口の検査が出来なければ使えません。なんでまともな検査技師がいないのかというと、人材にお金をかけられない、かけても地味だし儲からないからです。今回のようなパンデミックは100年に一度、そのためにPCR検査の準備なんかしていなかったのです。ちなみに全国で感染症指定病院は400あるのに感染症専門医は140人ほどしかいませんでした。まさに先日テレビで専門家が言っていた後進国以下でした。
医者も儲からなくなって余っている部署はドンドン切る。誰でも出来る検査は派遣がやる。先日健康診断で胃のバリューム検査をしました。「左を向いてください」と言うのを「右の腰を前へ」と言われてずっこけました。「右手を上にげ、左手を逆手ににぎって・・」とか言い出すので「うつぶせでしょ」と言いました。検査が終わって顔を見たら20代の若い女性でした。胃カメラ検査をしたときも力いっぱい押し込むので食道がキズだらけになりました。検査技師の能力が下がっているのです。しかも経験の浅い若い人ばかり。給料が安いからです。これが医療現場の実態です。
次に検査を増やすとなぜ医者が困るのか、感染症は隔離だけでなく一人の患者に大勢の手が必要になります。人手が足りなくなるのです。他の患者が受け入れられなくなると病院は経営が立ち行かなくなるのです。結果、コロナをなくすことより医療崩壊しないことを優先します。言葉はきつくなりますが人命より病院となってしまうのです。
まだまだ終わりの見えない新型コロナウイルスCOVID-19のパンデミック。この6ヶ月での教訓です。こんな感染症はめったに起きないけど起きたときの備えは必要でした。日本には備えがありませんでした。台風や地震の備えだけでなく感染症パンデミックの備えもただちにやりましょう。今の病院に頼るだけでなく野戦病院のような臨時の病院がただちに出来ること、救急車が足りなくなったら、タクシーが救急車の替わりになるような法律を作ること、使えもしない余ったガーゼのマスクを配るよりこれらを考えるのが政治ですよ。そこのボンボン聞いていますか?
最後にちょっと気になることがあるので記録しておきます。休業要請により生活が立ち行かなくなったのは気の毒ですが、休業要請協力金をあてにしている人が多いのはちょっとマユをひそめますね。家族経営の食堂なんかにはすぐに協力金をあげたいところですが、ホストクラブやキャバクラが金をくれというのはちょっと抵抗があります。これは災害なのだから、休業している間はコンビニでバイトでもしていて欲しい、そのコンビニを顧客に伝えて客離れを防ぐぐらいのことをして欲しい。「オレは月100万稼いでいたから50万くれ」というのはあげたくないね。以上。

2020/07/10
おまけです。
※先日TBS夜のニュースで紹介していましたが、PCR検査についてはすでに千葉県松戸市にあるプレシジョン・システム・サイエンスという企業が全自動PCR検査装置を開発しています。1検体あたりおよそ6時間かかり技術も必要な現在の装置に比べ、ウイルスの抽出から検査まで全自動、12の検体を1度に2~3時間で検査できるすぐれものです。ボタン押すだけで難しい技術も必要なく誰にでも操作が出来ます。すでにヨーロッパを中心に500台以上が稼動。フランス政府から感謝状をもらっています。日本で開発した装置がなぜ日本で使われなかったのか、それは検体に入れる試薬の認可が厚生労働省から下りなかったからです。利権を守ろうとした厚生労働省。しかしここに来て少しずつ日本でも使われるようになりました。厚生労働省が各地方に任せる姿勢に転じたからです。こんなところでも利権を守ろうとする日本の役人のあさましさを知りました。もっと早く使われていたらPCR検査がもっと多くできていたはずなのに。まったくなんてえこった・・

日本の医療は遅れている、と医師は言う

2020-04-07 08:41:52 | 報道/ニュース
驚きました。と言うよりボクは耳を疑いましたね。ある大学病院の専門医がテレビで言いました。「日本がコロナウイルスのPCR検査をしないのは、PCR検査能力がなく、しないのではなく出来ないからです。」なんだって?なんだあああって?イタリアで感染爆発が起こったとき、「イタリアはお金が無く病院設備が十分ではない、日本は最先端技術の病院があり心配ない」ほとんどの専門家医師が言っていました。確かに言っていましたよ。しかしびっくりするのはこの先です。「まずPCR検査をする機器が十分ではない。それにPCR検査のような遺伝子検査の出来る人材が少ないのです。」はあ??「そのため検査は国が指定する感染症指定病院にしぼっているのです。中国・韓国やアメリカ・ヨーロッパは日本よりはるかに多くの設備を揃え、人材も豊富です。もちろんイタリアも立派に揃っています。日本は遺伝子検査では後進国以下なのです。」ぎゃああああ、と思う間もなく次の話で腰が抜けました。「日本は皆保険で入院しても本人負担は3割から2割、残りは国の負担。検査は全額国の負担。こうなると国が支払う費用が増えて予算オーバーしてしまう、だから検査をなるべくしないで入院患者を減らすしかない。オリンピックの影響だけではないのです。」こんな重要な話をこの期に及んでするか?今までただオリンピックで数を減らしたいだけと思っていたボクは日本の医療体制の本質を知るハメになってしまいました。
つまり、国が医療費を負担したくないためだけで検査を断ってきた。今も断っている、だったのです。本当に驚きました。びっくりどころではありません。これでは日本で何人が感染して何人が死んだのかまったく分からない。でもこの医師はよく言ってくれた。医療に対する政治家の本音が分かったのです。社会保険料を上げておきながら、消費税を社会保障と言いながら、国民から取った税金を自分たちの都合のいいように使っている、国民の命のことなど考えてもいない、これなら北朝鮮と同じかそれ以下。「日本の医療は進んでいる」などとよくもまあ言えたものだよ。アメリカ30万人超え、イタリア・フランス12万人超え、に対して日本が3000人と言うのは検査設備や人材など医療にかける国の予算の差だったのです
結果、出てきた緊急経済対策と言えば、大企業にはそこそこに、しかし肝心の働いている国民は大多数が受け取れないものでした(試算ではおよそ2割が申請可能)。1世帯30万は名ばかりのものでした。1ヶ月もかけ、呼ばれた専門家は30人、50人と延べ100人以上。ただ座っているだけで意見も通らず、こっちの人件費の方が上だろうと思えるショボイものでした。こうしているうちにも自粛自粛で国民の生活はますます苦しくなっていきます。店舗は休業、中小企業は倒産、社員は解雇。収入ゼロの人があふれ出しました。政治家は国民の生活を考えるのが唯一の仕事です。
世界中の危機、国家の危機、地球全体の危機とも言われる今回の新型コロナウイルス。こんな無能な政治家では国民の命を救えるはずがない。早く、1日でも、1秒でも早く、今すぐ替わってくれ---------

2020/0407

ガーゼのマスクはいかがですか~コロナパンデミック~

2020-04-05 07:04:17 | 報道/ニュース
日本中が腰を抜かして驚いた!日本の総理大臣が発表します。「ガーゼのマスク2枚を全戸に配布、洗って使えますから何回でも使用できます」こんなこと総理大臣が発表することか?官房長官が発表することか?駅前のティッシュ配りじゃあるまいし、ガーゼのマスクなんか欲しけりゃ自分でつくるでしょ。国民の暮らしが大変な状況に落ち入っているとき、企業が成り立たなくなっているとき、自分の顔に合っていない小さなマスクをつけて町内会レベルの話をしている総理大臣・・悲しくなりましたね。「日本は終わった」ネットでの書き込みでした。
出てきた経済対策だっていい加減、所得が減った世帯に1世帯30万円、売り上げが落ちた個人事業主に最大100万円、中小企業に最大200万円、いずれも減ったこと示す書類が必要、減った金額に合わせて50万円から。などとなっています。個人事業主や中小企業なんてなんとでも書けますよ。それに1世帯30万なら3世帯同居していたら90万円になるの?こんなあいまいな経済対策を考えるのに1ヶ月以上かかかるの?ドイツは1世帯40万支給、イギリスはひとり10万円支給。もうとっくに決めています。日本は何をもったいぶっているのか。もともとそのお金は国民が払った税金であって政治家は使うばかりで1円も稼いでいないのですよ。人のお金を自分の物のように「くれてやる」と言わんばかりに書類をもってこい、審査してやるなんて、漢字の読めない元総理、財務大臣とかでふんぞりかえっている太郎くん、「あんたも終わっています」
天を仰ぐお粗末もようはここまで。いよいよコロナ感染者が110万人を超えました。死者も6万人(4月4日現在)今回の新型コロナウイルスは並大抵では収まらない様相を見せ始めました。いまのところ中国・イタリア・フランス・ドイツ・イギリスそして24万人超えという世界最大の感染者を出しているアメリカ、検査をしていない日本やロシアでも3000人。実態はその10倍ではきかないでしょう。今後いわゆる後進国と言われる国々で爆発的に広がるのは目に見えています。今世紀最大のパンデミックが見えてきました。
志村けんさん(70才)が亡くなったことも大ショックでしたが、ボクの好きなC・W・ニコルさん(79才)も昨日亡くなりました。直腸がんとの発表でしたが直腸がんはずいぶん前からですからコロナの可能性があります。検査はしないでしょう。
ウイルスの感染を防ぐには、感染者に近づかないこと、これしかありません。そのためには移動制限や集団禁止が唯一の策なのです。小売店やレストラン、レジャー関連の事業はすべて休業。営業を止めるしかないのです。当然、最低の生活に必要な一時金は国が補償、これは憲法に保障されている必要最低限の生活をする権利です。今回のあいまいな経済対策では、国民が等しく平等に憲法で保障されている権利を行使できるとは到底思えません。
7年間何ひとつ成果を上げず、どうでもいいイージスアショアに2000億5000億と税金を湯水のように使いまくり、国民を上級下級に区別してしまった史上最低の総理大臣。いっそのことガーゼのマスク売りでもやりませんか。

2020/04/04
※3月5日現在、ウイルス感染者は、イタリア・フランス12万人、ドイツ、イギリス10万人、中国8万人変わらず(最近発表していない) イラン6万人、アメリカ30万人などとなっています。いずれも発表されているものだけです。中国のように隠してしまう国や日本のようにすべて検査していない国があり実態は分かりません。


コロナパンデミック2020~オリンピックの影で~

2020-03-28 01:18:06 | 報道/ニュース
なんなんだこれは!オリンピックが延期になった途端に東京の感染者数がうなぎのぼり。都知事が緊急記者会見をして外出自粛要請。「感染爆発の恐れあり」とか言い出した。2日前の3連休の時にはビニールシートでの宴会自粛ぐらいで人が集まってのんびりお花見していたんですよ。日本はうまく押さえているとかなんとか言っちゃって。ところが延期が決まった翌日に感染者数は急上昇、東京封鎖まで言い出した。オリンピックの掛け声は一夜で無くなり、ニュースはコロナ一色に。不要不急の外出禁止でスーパーでは買いだめが起こり、都知事はテレビに出まくり冷静な対応をと呼びかける。冷静に対応するのはお前たちだろ!テレビに出てあおっているのはお前たちだろ!と、怒っています。
アスリートファーストどころかオリンピックファーストでまったく検査をしなかった日本、感染者数が少ないのは当たり前です。検査をしなければ数は出ないのですから。この間、良心的な医師(少ないですが)はネットで訴えていましたよ。検査を断られたとか、風邪にしておいてと言われたとか、さらに別の医師は医療崩壊を招くと言うなら重症患者のみ入院にして、軽い症状の人は自宅静養にすればいい、とにかく検査が必要と訴えていましたよ。そもそも検査をすれば患者が押しかけて医療崩壊を招くと言った時点ですでにものすごい人が感染している自覚があった訳で、それを伏せてやれオリンピックだの、やれ聖火リレーだのとよくもまあ騒いでくれたもんだよ。人の命はオリンピックより軽いのかよ。韓国で8000人ヨーロッパでは数万人単位で感染しているのに日本だけが800人なんてあり得ないだろ。そこの安倍くん、小池おばさん、ボクは怒っています。
と、言う訳で、もともとコロナウイルスが発生したのは昨年11月中国・武漢でした。当初は新型肺炎と言っていました。12月に感染者が多くなり、年が明け1月になると大流行となります。武漢ではコンテナのような緊急病棟が1週間で大量に作られます。その様子を日本ではこっけいに報じていました。1月31日WHOテドロス事務局長は緊急事態宣言を出すものの「中国への渡航や交易を制限する理由は見当たらない」「中国が感染予防に対して行っている努力と措置は前代未聞なほど素晴らしい」とほめたたえたのです。何だこいつ?と思って調べてみると、この男、中国から巨額の投資を受けるエチオピアの元保険相ではありませんか。事務局長になったのも中国の根回しのおかげで言わば中国さまさま中国共産党員オジサンなのです。結果、中国の旧正月2月には中国の人は国内や世界中へ大移動しました。日本へも札幌雪まつりなどに中国人観光客が大勢来ています。
そして世界114カ国12万人が感染した3月11日になってやっとこのおじさん、世界的大流行パンデミックかもしれない、と言い、さらに中国はすでに収まりつつあるなどと注釈をつけました。どんだけ中国寄りかと思ったものです。パンデミック宣言とされる原文はWe have therefore made the assessment that COVIT-19 can be characterized as a pandemic.なんとも控えめなパンデミック宣言ではありませんか。その時、すでにイタリアから始まってヨーロッパ全土に拡がっていました。そして日本では東京オリンピックの大合唱が始まりました。
聖火リレーの前に日本がパンデミックを起こしていることはなんとしても避けなければなりません。そこで“日本は感染拡大を抑えている“キャンペーンが始まりました。なるべく検査をしない、しなければ数字は出ない。オリンピックの延期、中止はなんとしても避けたい。安倍くん得意の隠ぺい作戦です。なんともみっともない作戦ですが、実行されました。そして延期が発表された途端にテレビはいっせいにコロナウイルスの脅威を伝えています。この間に日本で一体何人の人がこのウイルスで亡くなったのか永遠に隠されるでしょう。人の命は地球より重い、と言ってハイジャックした犯人の要求どおりに過激派を釈放した日本。今度は、オリンピックは人の命より重い、と思ったのでしょう。きっと。
最後に、1月に新型コロナの発生を聞いたとき、ボクはウイルスってなんだ?と思って調べてみました。せっかく調べたので記録しておきましょう。
インフルエンザウイルスで調べるとだいたい1万分の1ミリ、電子顕微鏡でなければ見ることができない小さなものです。ウイルスは細胞を持たないので生き物ではありません。分子です。でも遺伝子は持っています。生き物の細胞にくっついて増やし細胞を破壊します。雑草のひっつき虫のように。しかしもともと人間は生まれたときから抗体を持っています。害のあるウイルスが入ってもきてもやっつけます。熱が出るのはやっつけるためです。しかし鳥、とくにカモは抗体を持っていません。ウイルスをやっつけられないのです。鳥の細胞に入ったウイルスはブタに移ります。ブタに入ったウイルスが人に移り、とうとう人から人への感染が始まりました。こうしていろんな生き物を渡りながらウイルスは遺伝子を変えていきます。新型になる訳です。免疫力を持たない新型になるとワクチンもないので大流行します。今回の新型ウイルスは肺の奥まで侵入します。呼吸ができないほど肺で増殖すると人間は死んでしまうのです。
3月26日の時点では世界中で46万人が感染、2万人がすでに亡くなりました。ここまでくると今回のウイルスが収束するまでに何人が亡くなるのか予想がつきません、歴史に残る大流行になることは間違いありませんね。この世からウイルスをなくすることは出来ません。私たちはウイルスをやっつける免疫力を高めるしか方法がないのです。政治は落ちるところまで落ちました。当てにできるのは自分自身しかない。・・・こんな終わり方にしたくなかった今日のブログでした。

2020/3/27

渋野日向子フィーバー

2019-08-22 20:45:22 | 報道/ニュース
久しぶりに女子プロゴルフが沸きましたね。全英女子オープンでプロ2年目初参加の渋野日向子さんが優勝しちゃったのです。日本人女子が全英で優勝するのは42年ぶり、しかも20才の女の子がやっちゃった。これだけでも大きなニュースなのに、この人、いつも笑っています。その笑顔が自然で共感度MAX,しぐさもプロっぽくないところがゴルフの本場エゲレス(イギリス)の紳士を引き付けました。「スマイルシンデレラ」とか「ゴルフ界に笑顔が戻った」と大絶賛でした。
となれば日本のメディアも大騒ぎ、全英のあと北海道と軽井沢の試合に休みなく出場したからもう大変。テレビ中継は優勝者より渋野さんばかりを追いかけました。
確かにこの人はどこからみても嫌味がない、子どもっぽさもありどこにでもいるお姉さんって感じ。もっとも好感度の高いタイプです。この初々しさが続けばしばらく渋野フィーバーは止まらないでしょう。
宮里藍さんや石川遼さんがフィーバーを起こして10年以上、プロゴルフ界はスター不足に悩んできました。男子にはスターがいません。松山選手はアメリカで参加していますがいまひとつスターのオーラがありません。女子にいたっては上位の半分が韓国や台湾の選手となり一体どこの国のツアーなのかと興味も薄れていました。
同時にゴルフそのものの人気もなくなり、いまやツアーでの試合は絶頂期の半分ぐらい、テレビ中継も年々減っています。ゴルフ人口が減ればゴルフ用品の売り上げが激減、もうゴルフはダメか、と思っていた矢先にこの大フィーバーです。ゴルフ業界はがぜん沸きましたね。PINGは早速ロゴも女子用に小文字のpingを採用、今後渋野フィーバーは多方面に経済効果を及ぼしそうですよ。
スポーツはプロに限らず、飛びぬけたスターがひとり現れるとがぜん活気づきます。水泳の北島康介、池江璃花子さんもそうです。4年前の五郎丸さんはラグビーでした。ゴルフで言うと昔の青木功、ジャンボ尾崎、中島常幸さんなんかもスター性がありました。これらの選手は成績が良いだけではなく人を引き付ける魅力を持っています。青木さんのパットなんか素人がマネしたら芝生をキズつけそうです。「コースにはカネが落ちていると思え」などとプロに徹していましたね。
最近のプロゴルファーはかつての独特のスタイルがありません。タイガー・ウッズのようにめちゃめちゃ飛ばす選手がいる訳でもなく、宮里藍さんのように何連勝もする選手もいません。みんな平均的でただゴルフが上手いだけでした。そうなってくると女子の場合、顔がいいとかスタイルがいいとかおっぱいが大きいとか小さいとか、見る場面がないのでそんなところにしか興味がわかない最悪状態でした。
ところがスマイルシンデレラの登場ですっかり場面は変わりましたね。先日の軽井沢は全英のプレイバックかと思わせる流れでした。ゴルフ場は超満員。ティーショットからグリーンまで観客が途切れていません。こんな光景は久しぶりです。こうなると試合にも熱が入ります。1打差で6人が並ぶ激戦の末、最終18番、渋野さんがバーディパットを入れれば優勝という劇的な場面、まさに映画のようでした。もうおっぱいを気にしている場合ではありませんよ。結果は3パットの3位でしたが、緊迫感がテレビからも伝わってきました。“バーディパットをもう少し丁寧にやれば入ったのに”などと映画の主人公を観ている気分になっちゃったのであります。いい試合でしたよ。
やはり、どんなスポーツにもスターが欲しいですね。渋野日向子さんはしばらくゴルフ界の宝になるでしょう。しかし今までがそうだったようにメディアに揉まれると状況が変わってしまいます。試合以外はあまりメディアに出ない方がいいと思うよ。私生活を見たいのではなく試合をみたいのですから。
20才の笑顔をずっと続けて欲しい、メディアは試合以外を放送するな、渋野フィーバーぶりを見た素直な感想。

2019/08/22

表現の自由

2019-08-20 20:57:35 | 報道/ニュース
“愛知県で3年に一度行われる国内最大級の現代アートの祭典“と華々しく開催されたあいちトリエンナーレ。その中の”表現の不自由展・その後“が中止されました。8月1日から始まって3日目です。従軍慰安婦像の模型と天皇の写真を燃やすものが含まれていました。それに対して「もっともだ」とか「検閲だ」とか「表現の自由がおかされた」とか、まあ、いろんな人がああだこうだと大騒ぎ。検証委員会なるものまで税金を使って始まりました。トリナーレは10月で終わってしまうのに検証委員会の結果は11月になるとのこと。いつものことだけど無意味な検証に終わるでしょうね。
という訳で、きょうは表現の自由について考えます。と、その前に、ちょっと寄り道。愛知県は人口750万人、名古屋市は230万人、今回の企画展は共同開催でした。ところが愛知県知事と名古屋市長、これがとんでもなく仲が悪い、言わば犬猿の仲なのです。知事の大村さんも市長の河村さんも国会議員からの転身組。スタート時は河村市長が大人気で地域政党「減税日本」もイケイケどんどん。それに便乗した大村さんは河村さんの強力な後押しで知事に当選しました。二人は手を取り合って選挙カーで満面の笑みでした。当時、大村さんは人気がなく河村さんの票で当選したようなもの。と思っていたら、知事になったとたんに手のひら返して自民党にすり寄りました。自民党の支持を得られた大村知事は恩人の市長を突き放します。他人を利用してのしあがる典型的なNasty Person (いやな奴)でした。ところが政界は安倍一強です。自民党に寄っていれば落ちることはありません。市長より知事の方が上と言わんばかりの言動が目立ち、とうとう二人は絶縁関係になりました。
今回の企画展も「これはまずい」と言ったのは初日に内容を知った名古屋市長、会長の大村知事へ連絡、知事が翌日見に行って「権力が中止させるのは検閲にあたるが、これだけ抗議や脅迫が来てはスタッフの安全が守られない」とスタッフの安全を理由に中止となりました。いちいち面倒くさい、中止なら中止でいいじゃないの、それより開催されるまでふたりとも内容をまったく知らなかったことに「仕事をしてないなあ」と思ったものです。
と、寄り道はここまで。今回中止になった「不自由展」は公立美術館で「ふさわしくない」と展示が断られたり撤去された作品を集めたもののようです。これを表現の自由だと抵抗するのはちょっと違うと思いますね。そもそも表現には枠があってその枠の中での自由が「表現の自由」です。
アートも同じです。なんでも自由というのは無人島にひとりで暮らしているような場合に限られます。作品を不特定多数に見せたい場合は社会の枠の中での自由です。その枠にはまらないものには自由という概念があてはまりません。
テレビのコマーシャルなんか、スポンサーの意向や放送倫理などとんでもなく制約があり、その中で自由に作っています。なんの制約もなく予算も無限で好きなものを作ってくださいと言われたら、できませんね。もし「できます」と言うCM制作者がいたら、その人は素人です。プロではありません。映像にも制約があります。画面サイズが決まっているからです。16対9という“枠“の中で、自由に表現ができます。枠をはみだしたら見えませんから。自由とは”枠“の中での自由なのです。ファッションも陶芸も絵画も映画もみな同じ、枠の中で作者は自由に表現しているのです。しかし、戦時下や共産国家のようにプロパガンダで制作する場合に「自由」はありません。作りたくないものを作らされるのは「自由」とは言えませんからね。
と、言う訳で、今回の「不自由展」の中止を表現の自由で論じるのは焦点がボケてしまいます。それよりこれらの作品がなぜ美術館で展示を断られたのか、その理由についてみんなで考えた方がいいと思うよ。慰安婦像が断られたのはあきらかに美術館が関わりあいたくないからです。「表現の自由」とは別問題。それに断られた理由はそれぞれの作品ごとにあるかもしれませんよ。中には断る理由がない、ただの下手もの、と言う場合もあります。もうちょっと上手くなってから持ってきて、という理由です。それやこれやを集め「不自由展・その後」なんて、ちょっとセンスがないな。と感じました。
なんでもかんでも自由と言っている人たちは実は自由が分かっていない、そんな人たちを多少は知っています。しかし今日本で問題なのは今回の「単発的自由の侵害」ではなく、じわじわ長期的に国民の自由が失われていることです。安倍政権下で「報道の自由」がなくなりました。報道の自由がないということは国民が何も知らされていないということです。国民にとって必要な統計や役人の記録が次々と隠されました。日本の経済状態や国民の暮らしぶりなど、数字で表されるものが信用性のないものばかりになりました。こちらのほうがむしろ問題です。いっそ「報道の不自由展」でもやったらいいのに、と思いますね。今回の中止で空いたスペースが使えますよ。でも今度は安倍さんが中止と言うだろうな・・・ジャン

2019/08/20

こら!NHK!

2019-08-19 18:31:52 | 報道/ニュース
さて、久しぶりのブログです。トランプやら安倍さんやらに飽きちゃったこともありますが、どんどん悪い方向に向かっていると思うと気持ちが暗くなり、笑ってブログが書けなくなりました。しかしそれを理由にしていると自分の記録も残らなくなってしまいます。奮起してもう一丁行ってみよう!
と、気合を入れたのはいいけれど何から書いていいものか。まずは昨日8月18日日曜日NHK午後7時のニュースから。
昭和の天皇陛下が宮内庁長官に話した記録が突然NHKのニュースに出てきました。時は昭和25年(1950年)「ソヴィエトの侵攻や北朝鮮の南下に備えて日本も再軍備をしたほうが良いのではないか、そのため憲法改正について話された」と言うものです。「ただしこれは総理をはじめ政府には話さないように」と言われ長官は総理に言わなかったと言うものです。
最初は今頃何を言っているの?と耳を疑いましたがNHKがあからさまな安倍放送をしている、と考えれば納得でした。今や北朝鮮の国営放送とNHKのニュースは似たようなものですから。
8月15日の終戦記念日前後は毎年、戦争の悲惨さや原爆のニュースなど二度と戦争を繰り返さない的ニュースが多くなります。するとこの時期は平和憲法を守ろう派が強くなります。それに危機感を感じたのか、昭和天皇も憲法改正と再軍備について述べられた、というニュースを流すように指示でもしたのでしょう。それをまたNHKはまるで昭和天皇から憲法改正のお墨付きを与えられているように編成、30分ニュースの10分間も延々と放送し、さらに明日19日もまたこの事実について放送します。と言っていました。
こら、NHK、いい加減にしろ!8月15日前後は、静かに戦争を反省し、戦時下で亡くなった350万人の日本人と世界中の戦没者に思いを寄せる日々なのだ。昭和天皇の話がしたかったら時期を変えろ!と思いましたね。
そもそも昭和25年(1950年)は朝鮮戦争の始まった年とされています。アメリカ占領下で仕事のない日本人もお金のため輸送などに参加しています。釜山まで侵攻されていた韓国はほとんど壊滅。朝鮮半島は共産主義国家になろうとしていました。
日本を占領していたアメリカのマッカーサー司令官は急きょ戦闘態勢を整えなくてはなりません。治安維持にあたっていた警察を警察隊に格上げ(後の自衛隊となります)警棒だけだった警察に銃の所持を認めました。それからおよそ3年間、戦死者400万人とも言われる壮絶な朝鮮戦争が続きます。
朝鮮戦争は共産主義の脅威であり、北方4島を不法占拠しているソヴィエトの脅威も増してきました。しかしアメリカ占領下の日本は独立もしていません(サンフランシスコ条約で独立が認められたのは1952年です)焼け野原の東京にバラックが少しずつ出来ていた頃です。食べ物にも困窮し、住む家も着る服もない人があふれていました。そこへ復員兵がどんどん帰ってきます。いくら共産主義の脅威が増してきたと言っても再軍備できるような状態ではないし、なんと言っても大半の日本人は戦争なんかもういやだ、軍隊より米をくれ、と言う時代です。
これは多くの人が知っている話です。天皇陛下が言ったのかどうかはわかりません、当時の吉田茂総理に、「日本も憲法改正して再軍備を」と提言したとき、吉田総理が間髪いれずに言いました。「カネのかかることはアメリカにやらせればいい。今の日本は食べ物にも困っている国民がいっぱいいる。日本は経済復興が先だ!」この発言はテレビでも放送されました。吉田総理のツルの一声で再軍備の話は一気になくなりました。
それから日本は経済復興まっしぐら、東京オリンピックで先進国入り、絶頂期はアメリカに次ぐGDP世界第二位の経済大国になりました。経済一流、政治は三流と揶揄(やゆ)されました。
しかし奢る(おごる)平家は久しからず、アメリカの圧力で郵政民営化、政治の無策で消費税導入後はただただ下り坂、経済一流どころか経済三流、政治はランク外まで落ち込みました。貧乏国へまっしぐら。それが残念ながら今の日本です。
昭和25年とは状況は違いますが、手取りのお金が年々減っていきます。国民のほとんどが貧乏を感じています。お金はあっても使える余裕がないのです。家はあっても家賃やローンが大変、服はGU、食べ物はギリギリです。
吉田茂さんが生きていれば、こう言うでしょう。「今こそ、再軍備より経済立て直しが先だ!」とね。
そんなこんなで、こらNHK!再軍備や憲法改正の後押しを昭和天皇の名を借りてするんじゃない!そんなお手盛りニュースに時間を割いてやっていると次の選挙で“NHKをぶっ壊す”と訳の分からないことを叫んでいる変な政党に一票入れちゃうぞ! 以上です。

2019/08/19

香港100万人デモに学ぶ

2019-06-19 04:00:06 | 報道/ニュース
人口700万の香港で100万人規模のデモが起きています。大人から中学高校生まで道路はデモ隊で埋め尽くされました。12日には警察隊と衝突、多数のけが人が出ました。No China Extradition 香港に逃げてきた犯罪人を中国本土へ引き渡す条例を議会が可決するのを阻止すためでした。この条例が通ったら、中国本土で体制批判して香港に逃げてきた人や香港で体制批判をしている人が拘束され中国へ引き渡されてしまう。一国二制度が風化され香港が中国の他の都市と同じになってしまう。150年続いたイギリスの統治から1997年中国に返還された香港は50年間高度な自治が認められている。にもかかわらず、本土から来た観光客はのさばり、不動産が買いあさられ、家賃は高騰、選挙の自由も奪われ、このままでは香港の自治は守られない。そんなマグマが爆発しました。中国べったりの行政長官もあまりのデモの大きさに条例の採決を延期しています。
もともと香港はデモの多いところ、デモ隊が傘を差して警察の催涙弾を防いだことから雨傘運動と言われた前回のデモは、1ヶ月以上デモ隊が道路を占拠しました。その映像は世界に配信され、あまりにも長い期間占拠していたため商店街から商売にならないと批判があがりやがて収まりました。ボクはテレビで見ていただけでしたが香港人のエネルギーはすごい、日本人にはもうないなと思ったものです。
もともと犯罪人が国外へ逃亡した場合、二国間で犯罪人引渡し条約を結んでいないと引渡しはされませんが、引渡し条約を結んでいても政治犯など引き渡せば拘束され、ときには殺される恐れがある場合は引き渡さない、と言うのが国際上のルールです。これが中国となったらどんないちゃもんをつけて反体制派を拘束するか分かりません。あれやこれやと中国化されていく香港で最後まで守りたいのが自由です。そのためあきらかに反体制派を封じ込める犯罪人引渡し条例はなんとしても阻止したい、自由に慣れている香港人の気概を感じますね。
それでもあと30年後には香港は中国になってしまう、その前にこのエネルギーを日本人に分けてもらいたいものです。毎日毎日同じ服着て就職活動している覇気のない学生を見ると、いまこそ香港へ行ってエネルギー注入してもらってはどうかと思いますね。コンビニでバイトして裸の写真をSNSにアップして喜んでいるバカ学生にはこんなエネルギーはないのですから。
中東初心者の安倍さん(イギリスメディアの表現)がトランプの使いでイランに行ってはみたものの、あえなく追い返され、おまけにタンカーは攻撃される。以前エジプトへ行った時はISの攻撃にあい、スケジュールを切り上げて急きょ帰国。なにやってんの?デモがないからこんな緊張感のない総理になっちゃうんじゃあないの?
安倍さんやトランプの話はもう飽きたと思って違う話に振ってはみたものの、こんなニュースが入ってくるとやっぱり書いちゃうな。なので、今日はもうおしまい
2019/06/14

※16日(日)香港デモはいよいよ200万人規模に発展、街中を埋め尽くしました。市民の4人にひとりが参加したことになります。行政長官は迷惑をかけた謝罪と条例採決の無期延期を発表しましたが、デモ隊はあくまで撤回を要求。デモは収まる気配がありません。6月末には日本の大阪でG20が開かれこのままでは中国の習近平さんが世界中から批判されかねません。とうとう18日、行政長官は条例採決の撤回を発表しました。ひとまず市民の勝利ですが、デモ隊は行政長官の辞任を要求。しかし香港議会が不安定になると中国は困ります。G20後に近平さんが 巻き返しに出てくると香港市民は再び燃えるでしょう。天安門事件もこうして起きました。
2019/06/18
※7月1日(月)は香港が返還された記念日でした。G20後の香港デモは規模が小さくなったとは言え55万人が黒い服で道路を埋め尽くしました。そして夜になって9時ごろ数百人が立法会(香港の国会議事堂)に乱入、無人の立法会を占拠しました。警察隊はその場を去っています。行政長官は犯人引渡し条約は採決しない、と発表しましたが、デモ隊は撤回と行政長官の辞任を要求。ガラス窓をたたき壊し壁にはスプレーで落書き、言わばやりたい放題です。デモ隊を野放し状態にしておいて、いっせいに鎮圧するのが中国のやり方です。立法会への乱入は中国当局のやらせ、と言う見方もある程です。天安門事件のプレイバックを見ている気持ちになりました。
2019/07/01

コロニア・オキナワ~ボリビアの沖縄村~

2019-03-19 06:39:14 | 報道/ニュース
南米にボリビアという国があります。ウユニ湖で有名ですがそれ以外はあまり知られていません。日本の3.3倍もの土地に人口およそ1000万人。つまり国土のほとんどが未開発のジャングルです。主な産業は鉱業と農業。資源は豊富なのですが開発が進まず南米では貧しい国と言われています。
そんなボリビア内陸の都市サンタ・クロスから北へ100キロほど行くとコロニア・オキナワつまりオキナワという村があります。人口は1万人ほどですが日系人が800人ほど住んでいます。なんでこんなジャングルの地に日本人が移り住んだのでしょう。その歴史をたどると普天間基地や辺野古移設で大反対している沖縄の人たちの気持ちが少し分かるかもしれませんね。
第二次世界大戦後、日本はアメリカの統治下に置かれ、1951年サンフランシスコ講和条約で主権が認められましたが、沖縄はアメリカの占領地のままでした。そしてアメリカは沖縄に広大な基地を作りました。嘉手納や普天間といった飛行場やキャンプシュワブなどの居住区です。そこに住んでいた人たちは家や農地を奪われ別の土地に移住させられました。その移住先が「緑ゆたかな楽園」といわれた南米ボリビアでした。
1953年、現地に出来たうるま農協からの移住申請でボリビアへ渡った沖縄の人たちは、ブラジルから1週間も列車に揺られ着いたところがジャングルの真ん中。確かに緑は豊かでしたが、ガスはもちろん電気も水も道もないところでした。移住者は途方にくれました。泥水を飲み病気で亡くなる人も。しかし帰る手段はありません。ブラジルへ戻った人もいましたが、残った人たちで森を焼き、あるだけのノコギリや農具で開墾を始めました。そしてわずかな農地と作物で生活を始めました。しかしそれは想像を絶するギリギリの生活でした。
なぜアメリカはこんなジャングルの真ん中へ移住させたのでしょうか。実はここは日本人が移住した実績のある土地だったからです。第一次世界大戦で多額の戦費を使い日本は大変な貧困と食糧難に陥っていました。ブラジルやペルーへの大移住を始めたのもこの頃からでした。一部の人はボリビアにも移住しましたが、ジャングルの真ん中でとても農業は出来ません。そのため開拓をあきらめ去って行きました。ここはその放棄地だったのです。かすかに痕跡はあったものの放棄された土地は荒れ放題でした。
そんなジャングルに移住してきた沖縄の人たちは何年も何年も努力の結果、やっと農地らしい土地を作り、家も住めるようにしました。そしてオキナワ村というコミュニティをつくりました。
普天間を追われた沖縄の人たちの汗と涙の結晶とも言えるオキナワ村はやがてコロニア・オキナワと呼ばれボリビアで一番きれいな村になりました。
先日NHKBSの「世界ふれあい旅歩き」という番組でボリビアのサンタ・クロスを取り上げていました。再放送でしたので最初の放送がいつかは分かりませんが、その番組の中でコロニア・オキナワの資料館が紹介されました。カメラが入ると18才ぐらいのかわいい女の子が床を掃除していました。ニッコリ笑って「三世です」ときれいな日本語で話しました。見た目にも日本人とまったく変わりません。館内には入植当時の写真が飾ってあり、当時使っていたナベや農機具がさびた状態で展示されていました。「おじいさんおばあさんたちは大変な苦労をしたと聞いています」「また来てください」と明るく話していました。一世の人が5~6軒先にいると聞き訪ねると70才ぐらいの女性がみやげ物を売っていました。しかし女性は多くを語ろうとしません。カメラにも無表情。一世の人たちと三世の女の子はあきらかに対応が違いました。沖縄の土地を奪われ移住させられた一世の人の気持ちの一端がそのワンカットから感じられました。
いま、沖縄では辺野古移設反対で大規模な抗議集会が行われています。普天間を返すから代わりの基地を作れ、では沖縄に基地があり続けることになってしまいます。沖縄の人たちの願いは基地をなくすか、または減らして欲しいというものです。
ボリビアに移住したオキナワ村の人たちに帰る土地はありません。いまでも日本語しかしゃべらない一世の人たち。二世三世とともにコロニア・オキナワで暮らしています。
日米安保はこうした人たちの犠牲のうえに成り立っている。そんな気持ちになりました。
2019/03/18

オキナワ村入り口です

資料館です

入植当時の写真

当時の用具

まさに沖縄です

2月7日北方領土の日

2019-02-12 22:44:46 | 報道/ニュース
いままで何気なく見ていましたが、天気予報の時、日本列島の地図が出てきます。そこにはっきりと国後・択捉島、そして色丹・歯舞の北方四島が入っています。これが日本だと思ってきました。しかしこの北方四島には現在ロシア人が暮らしています。日本人はいません。北方四島はロシアなの?日本なの?そんなことを考えたら、天気予報のたびに北方四島が大きく見えてきました。
2月7日は北方領土の日、39回目となった今年も返還要求全国大会が行われました。しかし、東京でも根室でもシュプレヒコールは一変、「北方四島は日本固有の領土」「不法占拠」「返せ」などの言葉が封印されました。「平和条約で問題を解決しよう」では何の問題なのか分かりません。安倍政権になった2年前から「強い怒りを禁じえない」もカットされています。なんだこりゃ、ロシアに対する配慮などと説明していますが訳が分かりませんね。一体何を配慮しているの?配慮が通じるようなプーチンではありませんよ。早速ロシア国営放送は日本が譲歩したように報道していました。
戦後75年以上も「返せ」返せ」と言って何も進まなかった北方領土。かつて鈴木宗男さんが二島先行返還して交流を深めその後に国後・択捉を含めた四島返還交渉をすると言って大反発をくらっていた時代とは雲泥の差です。二島返還前進で成果を上げたように振る舞いたい安倍さん。国民に何の説明もしないどころか「返せ」の主張すらさせない。これはまずいでしょう。国境・領土の問題は国家・国民の財産と安全保障の問題です。秘密裏に進められることではありませんよ。ロシアでは「返さない」デモを起こしているのに、日本では「返せ」とも言えない。これは気持ち悪いでしょう。野良猫プーチンはニンマリでしょうね。
という訳でちょっと北方領土について調べてみました。
1855年日本とロシア帝国は日露和親条約を結び択捉島と得撫島(ウルップ島)の間を国境線としました。以北の島々はクリル群島というロシアでした。その後日本とロシアの共同統治だった樺太で紛争が絶えないため、1875年樺太・千島交換条約で樺太をロシア領、カムチャッカ半島までの島々を日本領の千島列島としました。そして1905年日露戦争の勝利により、樺太を北緯50度で南北に分け南半分が日本領となりました。これが第二次世界大戦までの国境でした。
日本の敗戦後、1951年サンフランシスコ講和条約で日本は南樺太と千島列島を放棄。このとき千島列島に国後・択捉は含まれるかどうかがあいまいになってしまいました。しかもこのサンフランシスコ講和条約にロシア(ソ連)は調印していません。
1956年日本とソ連は国交回復のため日ソ平和条約の締結交渉を行ないました。この時、国後・択捉を含む北方四島の返還を求める日本と歯舞・色丹の二島を返還とするソ連の間で妥協点が見いだせず、結果平和条約は締結されませんでした、代わって日ソ共同宣言という形で平和条約の締結後に二島を返還するという条文で決着しました。
こうして日本とソ連(ロシア)の間には領土問題が残りました。日本は四島返還を求め、ソ連は両国に領土問題はない、と平行線のまま75年以上が経ってしまいました。東西冷戦時代はアメリカの占領下にある日本に対してソ連は聞く耳を持たない姿勢でしたが、日本が朝鮮戦争特需やバブル景気などで経済成長を果たすと、回復の遅れていたソ連は日本の経済援助に期待して一時はすり寄りました。しかし天然資源の豊富なロシアもその後成長し今やBRICsの一員です.またこの間に国後・択捉近海で大量の地下資源があることが分かり、ロシアにとって国後・択捉島は宝の山となっていました。対してこの30年、日本経済はガタガタ。こうなったら日本がいくら経済援助と言ったって足元を見たロシアが国後・択捉を手放すはずがありません。75年以上も続いている領土問題、政府の人気どりだけで決められては後世に汚点が残りますね。
2019/02/11

※追記:日本が敗戦を決意した直前、1945年8月8日、日ソ中立条約を結んでいたソ連が突然日本に宣戦布告、日本がソ連の参戦を知ったのは翌8月9日、長崎に原爆が投下された日でした。8月10日、日本の敗戦が近いと察したソ連は極東部隊に「8月25日までに南樺太を占領せよ」と命令、しかし部隊の準備不足で実行できませんでした。8月14日、日本は米・英・中・ソの共同宣言(ポツダム宣言)を受諾、日本の降伏が決まりました。8月15日、日本国内で降伏を告げる玉音放送が流れ、国民が敗戦を知ります。翌8月16日、日本の大本営は即時停戦命令を出します。しかし同じ日にソ連は南樺太へ侵攻、またたく間に占領してしまいます。8月18日、ソ連は千島列島にも侵攻、北千島3島を占領、千島列島の日本軍は8月22日に戦闘を停止、しかしその後8月25日から9月1日までソ連軍は千島列島を南下、国境を超えて国後、択捉、色丹島を占領。9月2日東京湾上の戦艦ミズーリの甲板にて日本は連合国との降伏文書を締結。しかしソ連は翌9月3日から5日にかけて歯舞群島を占領。現在も北方四島の実効支配を続けています。ロシアは戦勝記念日を9月2とし、北方四島は戦争で勝ち取ったものとしています。ならば歯舞は戦後に不法占領したことになりますね。

日本の国境です。

日露戦争後国境です。

国境の変遷です。

これは戦前の日本の支配地域です。


イギリスEU離脱~メイさん奮闘記~

2018-12-17 06:01:17 | 報道/ニュース
久しぶりのブログです。忙しかった訳ではありません。トランプだの、安倍さんだのに飽きちゃっただけです。しかし2ヶ月も休んでいるとやっぱりいろいろ変わりますね。で、いまどうなっているかと見渡すと、これがまたどの国も大変じゃないですか。
まず、ヨーロッパから行きましょう。イギリスのメイさん、EU離脱に2年以上奮闘してきてやっとEU議会との離脱協定がまとまった、と思ったら、与党からも野党からも大ブーイング。来年3月の離脱がイギリス国会の承認なく進んでしまう異常事態です。
主な理由は北アイルランドの問題です。イギリスはイングランド、スコットランド、ウェールズそしてアイルランドの4つの王国の連合国でした。そのためUnited KingdomUKと言われています。しかしプロテスタント教徒のイギリスにあってカトリック教徒のアイルランドは1922年イギリスから独立。そのとき北アイルランドにはプロテスタント教徒が多くイギリスに残りました。それが今のイギリスです。その後1960年代に両派の対立が深まり1969年カトリック系住民によるアイルランド共和国軍IRAが武装闘争をはじめました。北アイルランドをアイルランド共和国へ併合するようイギリスに求め、70年~80年代は激しいテロが続きました。1998年イギリスのブレア政権と北アイルランド和平合意が成立、2003年にIRAは武装解除を宣言しましたが、北アイルランドの自治は現在も実現できていません。北アイルランド問題はイギリスにとって未解決なのです。
そのためEU離脱となるとEUに残るアイルランドと北アイルランドをめぐって再び国境問題が起こります。北アイルランドはイギリスなのかアイルランドなのか、関税はどうするのか、メイさんは当面今のままでというあいまいな協定でまとめようとしましたが、いつまでかはっきりしていません。メイさんはこれ以上打つ手がありません。
だから、言ったでしょう。EU離脱なんてしない方がいいんですよ。EUに払うお金が高すぎる、とか言って「EU離脱だ」と大騒ぎしていた独立党党首やジョンソンをはじめ離脱派はウソだったと認めています。国民にウケの良い事を言っている政治家はたいていウソばかりと言うのは日本も同じですね。
現在イギリスにはEU域内から320万人が流入しているといわれています。離脱派は「イギリス国民の職を奪っている」とか「利益が持っていかれている」と騒いでいましたが、ほぼ同じ人数がイギリスからEU域内へ出ています。これも離脱派のウソでした。
移民・難民があふれて困っている、または格差の問題をEUのせいにして離脱するというのもよく分かりませんね。離脱することで解決できることではないからです。
そうこう考えるとやっぱりイギリスのEU離脱には根拠がありません。2年半の離脱交渉に費やしたメイさんの努力も意味がありません。しかも離脱した後の作業がこの何百倍も待っています。メイさんは離脱交渉が終わったら辞任すると言っていました。なんじゃ、こりゃ
EU28カ国の中にあって経済力は一位ドイツ二位イギリスです。移民・難民問題で窮地に立たされたドイツのメレケルさんは党首を辞任しました。メルケルさんはイギリスのEU離脱交渉に「いいとこ取りをさせない」と妥協はしませんでした。そのメルケルさんとメイさんがお互いの気持ちを察してハグしているニュース映像は政治をしている政治家の姿を感じましたね。日本の政治家にはない空気です。う~ん・・

2018/12/16
※そもそも経済的にアメリカとの結びつきが強いイギリスは当初、EUに入れてもらえませんでしたよ。ヨーロッパでアメリカの影響力が強くなることをEU諸国が恐れたためです。しかし1973年のオイルショックで世界的危機を乗り越えるには統合が必要となりやっと入れてもらいました。75年に政権が労働党に変わると離脱の国民投票が行われましたがこのときは離脱しないとなりました。それから40年、イギリスはEUの一員であることが当たり前になり、行ったり来たりの自由に慣れています。40才以下の人はイギリスがEUでない時代すら知りません。ここで再び国境だの関税だのとなったら大混乱しますよ。イギリスは入れてもらったことを忘れてはいけませんね。