この日、雨は明け方に上がった。
5歳児孫TPと3歳児孫KJ。いずれも男の子。
今日の保育園の運動会の主役だ。
TPは0歳児の時から数えると6回目の、
そしてKJは同じく4回目の運動会となる。
まあ、ずいぶん月日を重ねたものだと
私は一人感慨にふけった。
幼稚園だったら3回しかないしなあ・・・、
なんて思ったりする。
まだ、保育園児祖母初心者だった頃、
一体、0歳児って運動会で何するのって本気で思った。
私には考えらえなかったからだ。
でも、保育士さんたちの
長年の知恵が結晶したノウハウがそこにはあった。
0歳児なりの参加の仕方があり、
それを家族で、そして園全体で喜べるものだと知った。
幼稚園のことしか知らなかった私には
保育園の運動会がとても家庭的に見える。
また、応援する家族が自分の子どもや、
自分の子どものクラス、学年だけを応援する
という雰囲気ではなく、
園の子どもすべてを応援する雰囲気だ。
幼稚園より規模が小さいからだろうか?
とも考えたが、それだけではなさそうだ。
むしろ、0,1,2歳児という小さい人たちがいることが
その雰囲気の土台になっているのではないか、
今ではそう思っている。
もちろん、徒競走だってある。
0歳児の徒競走??だってあるくらい。
でも不思議と競争や見栄えの良しあしが問題にならない。
お母さんたちにうーんと今の自分を見てほしい子どももいれば、
この時とばかりにうーんと不機嫌に過ごす子どももいる。
自然に今の自分を出しているのだ。
運動会というハレの場で今の自分を出せるって凄い。
プラスエネルギーもマイナスエネルギーも含めて。
これって保育園の運動会が、
ハレの場だけれど、ケ(日常)の場でもあるという
面白い空間だからかなと思う。
ふと保育園の運動会を見渡すと、
0歳児席、1歳児席、2歳児席、3歳児席、4歳児席、5歳児席と
6つの学年があることが分かる。
小学校も6学年あるけれど、保育園は小さいながらになお壮観。
何が壮観か・・・、といえば
歩けない赤ちゃんから、保育園版組体操を楽しむ6歳までが
一堂に会しているからだ。
だから、徒競走で転んでびりになろうと、
家では楽しみにしていたダンスを
お母さんと一緒にできる嬉しさからの甘え拗ねで、
いつもみたいやらなくたって、大人はあまりカリカリしない。
その場にいる、生まれて半年くらいの赤ちゃんから
生後6年までの子どもたちのラインナップみると
大丈夫、大丈夫って思える。
だって、明日がある、そう、明日があるって思えるのだ。
そこが、1歳違えばこんなに違うを
目の当たりにしながら参加できる
保育園の運動会のよさかなって考える。
子どもってほんとうに成長していくんだなっていうことを、
6学年のそれぞれのオーラから
感じ取ることのできる貴重な空間だ。
そんなアットホームの運動会なのに、
指折り数えてその日を待っていたのに、
今年、私はお留守番を余儀なくされた。
なんとその前日に何年振りかで熱を出したのだ。
まさに鬼の霍乱とはことのこと。
泣く泣く運動会から帰ってきた夫から
孫たちの様子を聞きながら写真や動画を見た。
あ、やっぱりそうだ。
TP5歳児もKJ3歳児も彼らの今が炸裂していた。
両親、ジジババ、伯父伯母、家族みんなに見守られ、
すべてにプラスオーラ全開の5歳児と
ハレとケを行き来する複雑系3歳児がそこにはいたのでした。
5歳児孫TPと3歳児孫KJ。いずれも男の子。
今日の保育園の運動会の主役だ。
TPは0歳児の時から数えると6回目の、
そしてKJは同じく4回目の運動会となる。
まあ、ずいぶん月日を重ねたものだと
私は一人感慨にふけった。
幼稚園だったら3回しかないしなあ・・・、
なんて思ったりする。
まだ、保育園児祖母初心者だった頃、
一体、0歳児って運動会で何するのって本気で思った。
私には考えらえなかったからだ。
でも、保育士さんたちの
長年の知恵が結晶したノウハウがそこにはあった。
0歳児なりの参加の仕方があり、
それを家族で、そして園全体で喜べるものだと知った。
幼稚園のことしか知らなかった私には
保育園の運動会がとても家庭的に見える。
また、応援する家族が自分の子どもや、
自分の子どものクラス、学年だけを応援する
という雰囲気ではなく、
園の子どもすべてを応援する雰囲気だ。
幼稚園より規模が小さいからだろうか?
とも考えたが、それだけではなさそうだ。
むしろ、0,1,2歳児という小さい人たちがいることが
その雰囲気の土台になっているのではないか、
今ではそう思っている。
もちろん、徒競走だってある。
0歳児の徒競走??だってあるくらい。
でも不思議と競争や見栄えの良しあしが問題にならない。
お母さんたちにうーんと今の自分を見てほしい子どももいれば、
この時とばかりにうーんと不機嫌に過ごす子どももいる。
自然に今の自分を出しているのだ。
運動会というハレの場で今の自分を出せるって凄い。
プラスエネルギーもマイナスエネルギーも含めて。
これって保育園の運動会が、
ハレの場だけれど、ケ(日常)の場でもあるという
面白い空間だからかなと思う。
ふと保育園の運動会を見渡すと、
0歳児席、1歳児席、2歳児席、3歳児席、4歳児席、5歳児席と
6つの学年があることが分かる。
小学校も6学年あるけれど、保育園は小さいながらになお壮観。
何が壮観か・・・、といえば
歩けない赤ちゃんから、保育園版組体操を楽しむ6歳までが
一堂に会しているからだ。
だから、徒競走で転んでびりになろうと、
家では楽しみにしていたダンスを
お母さんと一緒にできる嬉しさからの甘え拗ねで、
いつもみたいやらなくたって、大人はあまりカリカリしない。
その場にいる、生まれて半年くらいの赤ちゃんから
生後6年までの子どもたちのラインナップみると
大丈夫、大丈夫って思える。
だって、明日がある、そう、明日があるって思えるのだ。
そこが、1歳違えばこんなに違うを
目の当たりにしながら参加できる
保育園の運動会のよさかなって考える。
子どもってほんとうに成長していくんだなっていうことを、
6学年のそれぞれのオーラから
感じ取ることのできる貴重な空間だ。
そんなアットホームの運動会なのに、
指折り数えてその日を待っていたのに、
今年、私はお留守番を余儀なくされた。
なんとその前日に何年振りかで熱を出したのだ。
まさに鬼の霍乱とはことのこと。
泣く泣く運動会から帰ってきた夫から
孫たちの様子を聞きながら写真や動画を見た。
あ、やっぱりそうだ。
TP5歳児もKJ3歳児も彼らの今が炸裂していた。
両親、ジジババ、伯父伯母、家族みんなに見守られ、
すべてにプラスオーラ全開の5歳児と
ハレとケを行き来する複雑系3歳児がそこにはいたのでした。