徒然なるままに~のんびり、ゆったり、こまやかに

猪突猛進型の60代。そして卵巣がんですっ転んで8年。目指すはのんびり、ゆったり、細やかな生活!無理かなー(#^.^#)

博物館に初もうで(2年目)ー松林図屏風と松梅群鶏図屏風ー

2017-01-08 11:29:09 | 美術展から
今年も初詣は東京国立博物館。
私にとっては2回目。
「博物館に初もうで」のまだ初心者。


昨年初めてでかけた。
その目的は長谷川等伯の「松林図屏風」。
安倍龍太郎の「等伯」を読んでから、
ずっと見てみたいと思っていた。

初めて出会えた昨年、
その松葉を描く筆致にびっくりした。
幸い早い時間で、まだ人出もあまりなかった。
ガラスに顔をつけて、その筆の動きを堪能した。
そこにあるのは「力強さ」だった。

ところが今年。
あれっ、松林図の松って、こんなに細かったっけ?
もっと太いように思っていたけれど??
あれっ、お日様と山がある。
前もあったんだっけ??
と、恥ずかしながら、こんな始末。
前回は何を見ていたんだろう??

考えてみると、安倍龍太郎の「等伯」を読みながら、
私は自分なりに「松林図屏風」のイメージを
作り上げていたのだと思った。
それは、もっと寂しい情景だったし、
松葉がこんなに力強く描かれているとは想像できなかった。
だから、そこに引っ掛かって、
だからこそ、そこが素敵と思ったのだ。

展示は、時間帯が早かったので空いていることもあり、
何回も何回もみて、全体も見たつもりだった。

なのに抜けていた「お日様と山」。
記憶に全くない。

加えて、今回は松葉の力強さより、
その頼りなげな細い松に驚いた。

松葉の力強さに引きずられて
細い幹は視覚の外に置かれたのだろう。
それに私には松の幹は太いという先入観がある。
生まれた時から身近だった東海道の松は
堂々と太いものが多かった。

それとはあまりに違う細い松。
その重なりの先にお日様と山は描かれていた。
なんだか救いだなと思った。

予習も復習もせずに、ただ本物を感じるだけ。
だから、落とすことも多いし、
出てくる言葉は感想のみのお粗末さ。
それでも、きっと会い続けると、
その時の私の何かと
この松林図屏風のどこかが呼応して、
考えたり書きたくなるのかなって思った。

京都・智積院の宝物館に収められている、
狩野派の向こうを張ったような絢爛豪華な襖絵。
京都・本法寺にある涅槃図。
これらのもとは全く趣を異にする松林図屏風。
一人の画家のなかにこれだけの幅があるっていうのが凄いな、
と思って、この松林図屏風から離れた。

あれ、若冲が!!

 伊藤若冲「松梅群鶏図屛風」

あ、京都で出会った若冲だ。
昨年秋、京都市美術館で行われた
「若冲の京都 KYOTOの若冲」展を見に行った時のこと。
彼の水墨画に出会ってびっくりした。
あの「動植綵絵」に代表される
精緻の極致、色彩の極致とは対極にある世界。

無彩色、一筆の勢い。
そこにあるのはデフォルメ、
そして時にユーモア、あたたかさ。

特に鶏の尾に一筆の凄さがある。
ああ、生きてるなあって、惚れ惚れした。

「松梅群鶏図屏風」もそれに近い。
若冲の絵の幅の広さはすごいが、
今回は、鶏もさることながら、
「灯籠」にびっくりした。
あれ、これって「点描法」?
点描法は印象派の後の新印象派が好んで使った技法。
でも若冲はそれより以前の生まれ。

若冲は色んな冒険をしているんだなあと、
ため息が出た。

こんな追っかけをするようになったのは
たまたま出会った辻惟雄著なる「奇想の系譜」が
あったればこそ。
そこから何かが開かれて、楽しみがこぼれてきた。
今年もその楽しみを拾っていきたいと思った、
「博物館への初もうで」なのでした。

そしてもう一つの夢。
今年は長沢芦雪の「虎図」に会いに行きたいな、
と思っている年の初めなのでありました。



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