人間は、貪欲な生き物だ。
誤解を恐れずに言えば、それだけをエネルギーにして
今まで進化してきたのではないか、と思うことがある。
槍を片手にマンモスを追っていた昔から、指先を動かすだけで
世界中の情報を集められるようになった現代に至るまで。
何かを失えば、それを補い、そこに再び積み重ねる。
それを繰り返して、人間はここまでやってきた。
その貪欲を突き動かす根底にあるものをひとことで表せば、
おそらくそれは、“欲望”という言葉になるのだろう。
しかし、それではあまりにも露骨で無粋に思ったのか、
古の先達はその言葉に取って付けたような衣を纏わせた。
それが、“夢”という言葉ではないだろうか。
今日は、2013年3月11日。
あれから、2年の月日が過ぎた。
2年前の今日、この国(いや、おそらく世界)は、有形無形に
関わらず、とてつもなく大きなモノを失った。
しかし、そこに再び積み重ねていっているのだろうか。
いや、それ以前に、補うことができているだろうか。
あの日以来、“夢”という言葉を安易に使うことが躊躇され、
仮に使ったところで、その言葉に以前のような説得力や
リアリティを感じなくなってしまったのは、私だけだろうか。
だったら、いいじゃないか。“欲望”でも。
そこに人間がいて、これからもこの世界で生存していきたいと
本気で願っているのならば、夢とか希望とか愛とか、そういった
着飾った言葉は一旦横に置いて、剥き出しの欲望をさらけ出して
補い、再び積み重ねていけばよいではないか。
良くも悪くも、我々は人間。
それを連綿と繰り返した結果、この星で最も高度に進化した
生命体となったのだから。
私たちには、その責任があるのではないだろうか。
誤解を恐れずに言えば、それだけをエネルギーにして
今まで進化してきたのではないか、と思うことがある。
槍を片手にマンモスを追っていた昔から、指先を動かすだけで
世界中の情報を集められるようになった現代に至るまで。
何かを失えば、それを補い、そこに再び積み重ねる。
それを繰り返して、人間はここまでやってきた。
その貪欲を突き動かす根底にあるものをひとことで表せば、
おそらくそれは、“欲望”という言葉になるのだろう。
しかし、それではあまりにも露骨で無粋に思ったのか、
古の先達はその言葉に取って付けたような衣を纏わせた。
それが、“夢”という言葉ではないだろうか。
今日は、2013年3月11日。
あれから、2年の月日が過ぎた。
2年前の今日、この国(いや、おそらく世界)は、有形無形に
関わらず、とてつもなく大きなモノを失った。
しかし、そこに再び積み重ねていっているのだろうか。
いや、それ以前に、補うことができているだろうか。
あの日以来、“夢”という言葉を安易に使うことが躊躇され、
仮に使ったところで、その言葉に以前のような説得力や
リアリティを感じなくなってしまったのは、私だけだろうか。
だったら、いいじゃないか。“欲望”でも。
そこに人間がいて、これからもこの世界で生存していきたいと
本気で願っているのならば、夢とか希望とか愛とか、そういった
着飾った言葉は一旦横に置いて、剥き出しの欲望をさらけ出して
補い、再び積み重ねていけばよいではないか。
良くも悪くも、我々は人間。
それを連綿と繰り返した結果、この星で最も高度に進化した
生命体となったのだから。
私たちには、その責任があるのではないだろうか。