青少年育成連合会 | 日本の未来を【夢と希望に満ちた国】にする為に日本人の心に訴えたい
子どもは日本国の宝|私たちは【子どもをいじめと虐待、性犯罪から守る】為にあらゆる方法を講じ解決にあたります





先日、私の処に子供の事で相談に来た、元々彼女は10代の頃私の道場に時々来ていて、簡単な仕事を手伝ってくれたり、電話番その他良く気が利く彼女で、私の処で働いている若い連中にとっては、良い話相手。たまたま付き合っていた彼氏が薬に手を出し、当然彼女も同じように薬を使うようになった。それ以来、二人ともあんなに真面目だったのに、言い訳や嘘等つくのも平気。ある日、彼女が泣きながら彼氏がパクられた、何とか出来ないかと泣きついてきたが、これだけは何も出来ない。しばらく友達の処に逃げた方がいいと云う事で、半月ばかり行方が分からなかったが、取り敢えず3週間ぶりに会社に顔をだした。


(画像、右から2人目が戸塚ヨットスクールの戸塚校長先生)

 
その時、太った4,5歳年上の彼氏を連れて来たので、3人でファミレスで食事をしながら、これから先の事を話をしながら、今入っている元彼はどうするのかと聞いたが、簡単に別れるし2度と付き合わない、だから間に横田さんが入ってくれと言うので、これは俺が決める事ではないが本人の為にも元彼と又付き合えば、クスりにはまるからと、暫くは身を隠したほうがいいと云う事で、彼氏の実家の方に行き、約2年間位地元には帰らなかった。

元彼はやくざの道に入りしばらく、地元にいたがいつの間にか消えた。私もこの件に関しては何事もなく、スムースにいって良かったなと思った。今は3人の子供のいる母親になっているこれはすごくラッキーな話で、普通は中々薬を止めきれず、ズルズル薬を使うようになり廃人同様になって亡くなる人もいた。しかし、シンナーと違って薬物が自分の身体から取れるまで、大変な思いをする。の薬物と縁を切る為には、一番の近道はしっかりした彼女とか彼氏を作る事によって、薬物から縁を切る事が出来た。おそらく私の経験としては、この方法が一番良かったと思っている。今、振り返って見るとシンナーから覚せい剤へと進む。今、私が淡々と話したが現実は戦いだ。あの頃は会社にはうるさい少年達の先輩が、絶えず監視してくれたお蔭で、他の地域の人間よりは薬から早く卒業した。 

今では会社の社長をやっているし、又は中堅の会社で頑張っている。皆、家庭を持っている。たまに会えばその当時の話をしないが、皆、親をやっているから安心だ。ただ、過去を振り返って見ると薬物で亡くなった若者がいた。彼は私にとっては礼儀正しい素晴らしい男で彼の将来が楽しみだったのに、今でも悔やんで仕方がない。今生きていたらどうなっているんだろうと、時々思い出してしまう。特に亡くなった彼氏のご両親をよく知ってるだけに。これだけは生涯忘れる事はないだろう。そういう意味で彼女に一言。薬物の為に人間辞めるのか、自分の今までやってきた事が何だったのか。例え葉っぱを子供がやったとしても、悩まず今まで頑張って来た事だから、一度俺のところへ連れて来てくれと話した。とにかく子どもと話しをすることが出来るのは私しか出来ないだろう。今度来ると云う事で別れた。まだまだ、水面下で多くの子供が薬物をやっている事に警戒しなければならない。警察庁の発表薬物が減る所か増えているのが現実だと云う事を知るべきだ。



こんな人間になる為に地球に生まれた訳ではないですよね。


福島ひまわり談義 投稿者:高木範夫 投稿日:2011年 6月22日(水)00時06分18秒 編集済
 6月18日(土)と19日(日)の両日、福島県田村市滝根町・大越町を訪れました。その目的は二つでした。一つは、これから私の会社で商品開発をする健康食材の「キクイモ」と「ヤーコン」の栽培地視察。二つ目は、現地で「まちおこしひまわり」の種蒔きをするためでした。
 田村市滝根町・大越町は、東京電力の原子力発電所がある双葉町・大熊町から約35キロ離れています。従って、環境放射線量も低く、直接の放射能被害はありません。但し、いわゆる「風評被害」には、大分困っている様子です。
 今回、「まちおこしひまわり」を植えて頂いたのは、田村市滝根町にお住いの佐藤喬さんです(写真上の後列右から2番目)。佐藤さんは、『わくわくあぶくま夢ファーム』という会社を経営され、「農産物の低温乾燥・微粉末加工等」を行なっている方です。また、農業者としても、地域農業を引っ張っている「地域リーダー」のお一人でもあります。先日、東村山市の私の会社に来て頂いた際、意気投合した友人です。今回、佐藤さんの畑の内の約450坪に「まちおこしひまわり」を植えて頂きました。
                ☆★☆★
 佐藤喬さんの工場と圃場とを見学した後、ご一緒に田村市大越町の浅沼憲一さん宅を訪問しました。浅沼さんは、8年前に東京都からここへ引越して、「田舎暮らし」を満喫しています。浅沼さんとは、昨年7月に淡路島で行なわれた『花咲爺の集いin淡路』(2010年7月23日・25日の記事参照)で出会い、9月に東村山市で行なった『まちおこし小麦の収穫祭』
                 ―続く―
■「田村市ひまわりプロジェクト」が発足。(写真上)
■真剣に「ひまわりのまちおこし」を討議。(写真下)  




ひまわりを家庭の庭に 投稿者:高木範夫 投稿日:2011年 6月11日(土)20時51分56秒 編集済
 6月11日(土)に私が住んでいる『青葉町住宅』(東村山市青葉町)内の花壇に「まちおこしひまわり」を植えました。この「まちおこしひまわり」は、単に東村山市だけの「まちおこし」ではありません。やや大げさに言えば、「日本全体を再生するひまわり」です。今年から、活動の「基本コンセプト」を「日本再生」(全国区)とします。
 先日、この「まちおこしひまわり」の種を買いたいという市内の自治会がありました。1袋(10g・25~30粒入)100円ですと言いましたら、「高い!まけろ!」と来ました。その中には「金を払ってまでは...」という御仁もいました。私はその人達に、「まちおこしは“熱き想い”がなければ出来ません」と言い、即座にこの申し出を断りました。
 この種は、はるばる米国から来た貴重なものです。恐らく、現時点では「世界で一番良い種」でしょう。この価値の分からない人には「猫に小判(豚に真珠とも)」です。こんな人がいくら植えても、まともに花が咲かないかも知れませんから...。まあ、止めた方がいいでしょう。
                ☆★☆★
 わが家では、毎週土曜日に、次男夫婦と長女が孫達(橙羽、碧)を連れて来て、皆で家内の手料理を食べることになっています。従って、孫の立場からは「バッバ」は大モテです。「ジッジ」は座って食べるだけ。だから、くやしいけど、まるでモテません。
 それで、今週は“名誉挽回に”と思い、「ひまわりの植え付け」を企画しました。あらかじめ「うね」を作って置き、孫達がただ植えるだけにして置きました。これは、大成功でしたね~。2人とも楽しそうに種蒔きをしていました。これで、毎週来る度に「ひまわり」の成長を楽しめることでしょう。
 家庭の庭に植えることによって、市民の人達の「まちおこし」に対する関心を呼び起こすことにもなるでしょう。「政治」に関心がなくとも、自分達が住んでるまちの身近な「コミュニティー」には関心があるでしょうから。

★『ひまわりを家庭の庭に』のキャッチフレーズは、「我ながら良いもんだ」と自画自賛しています。自分の庭で育った
 「ひまわり」で油をとり料理油として使えるなんて、何と素晴らしいアイデアではあませんか!

■孫の橙羽(とわ)と碧(そら)も手伝いました。



【松山慕情】~還暦を機に、故郷を想いこの曲を発表~


作詞:金谷怜沙     発売元:ワールドミュージック
作曲:さいとう聖子   販 売:紫音有限会社

定価1,200円(税込)
編曲:大場吉信     企画・製作:大和エージェンシー
JASRAC 録音許諾番号 R-0980987


:高木範夫