私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

莫言『赤い高粱』

2013-04-16 20:42:36 | 小説(海外作家)

婚礼の輿が一つ,赤に染まる高粱畑の道を往く.輿に揺られる美しい纏足を持った少女.汗に濡れ輿を担ぐ逞しい青年.中国山東省高密県東北郷.日本軍が蛮勇を振るうこの地を舞台に,血と土,酒に彩られた一族の数奇な物語が始まる.その名「言う莫れ」を一躍世界に知らしめた,現代中国文学の旗手の代表作。
井口晃 訳
出版社:岩波書店(岩波現代文庫)




物語の運びと細部描写のパワーに満ち満ちた作品である。

ともかくその圧倒的で、メロドラマティックで、残酷で、グロテスクで、猥雑で、下品ですらある物語の魅力に、すっかりのめりこんでしまった。
語り手としての莫言のすばらしさを堪能できる一品だ。


本書には、盗賊にして抗日ゲリラとして活動した祖父と、祖父と日本軍を襲う父の姿を描いた『赤い高粱』と、高粱酒をつくる家に嫁いだ祖母と、彼女を奪って結婚することとなる祖父の姿を描いた、『高粱の酒』の二編が収められている。

単純にストーリーがおもしろく、そこがまず目を引く。お話は波乱万丈そのものなのだ。

抗日ゲリラの場面の緊迫感に満ちた状況にはドキドキさせられるし、祖父が花脖子を殺すシーンなどは、西部劇のノリがあって、まさにエンタテイメントのよう。
祖父と祖母の馴れ初めも、お話としては楽しくユーモラスで、食い入るように読み進めることができた。


それに細部描写もまたすてきなのだ。

特にグロテスクな描写は本当に見事としか言いようがない。
東洋鬼子こと日本兵が羅漢大爺の頭の皮をはぐシーンなどは本当にすばらしかった。
『ねじまき鳥クロニクル』にも似たようなシーンはあるけれど、こちらにはスタイリッシュな面がないので、よけいにその残酷さは際立っていたように思う。ちなみに『赤い高粱』の方が出版年は先だ。
そのシーンの陰惨さには、吐き気さえ覚えるほどである。


そのほかにも目を引く描写はいくつもある。

たとえば押し寄せるような高粱の描写もそのひとつだ。
人が死ぬときも、抗日ゲリラ戦がくり広げられる場面でも、祖父が祖母を初めて抱いたときも、そこには高粱があった。
その土臭く、ひたすら赤く、丈高く広がる高粱のイメージは圧倒的で、中国の平原が、まるで目に浮かぶかのようであった。

またここで描かれる庶民の姿は、節操がなく、そこもまたおもしろい。
曽祖父の、娘よりも驢馬のことばかり気にかけるところは、生きるために人を踏みつけにする価値観がよくうかがえ、興味深い。
それでいて、任副官のようにきまじめで融通が利かず、共産主義的な清廉潔白さを表したような人物も出てくるから、世界は奥深いと思う。


それにこの作品にはユーモアもあって、それもまた興味深く読んだ。

祖母の酒造小屋で祖父は労働者として働くのだが、一旦手篭めにしたはずの祖母が、あまりにつれないので、祖父はすねて、労働を放棄するところがある。
祖母は女主人として、祖父を折檻するのだが、その場面で言った祖父の言葉には笑ってしまった。
こういうくだらないことを、ぶちこんでくるのも、この作品の一つの魅力だ。


ともあれ、野性味溢れる物語のパワーを堪能した次第である。
莫言は『白檀の刑』しか読んだことがないが、より土臭く、猥雑さに満ちた『赤い高粱』も『白檀の刑』に負けないほどの、すてきな作品だと感じた次第だ。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)



そのほかの莫言作品感想
 『白檀の刑』

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