シューマンに憑かれた天才美少年ピアニスト、永嶺修人。彼に焦がれる音大受験生の「私」。卒業式の夜、彼らが通う高校で女子生徒が殺害された。現場に居合わせた修人はその後、指にピアニストとして致命的な怪我を負い、事件は未解決のまま30年の年月が流れる。そんなある日「私」の元に修人が外国でシューマンを弾いていたという「ありえない」噂が伝わる。修人の指に、いったいなにが起きたのか。鮮やかな手さばきで奏でる“書き下ろし”長篇小説。
出版社:講談社
クラシックに関してはずぶの素人でしかない。
まともに聴いたことのあるシューマンは、『子供の情景』と『クライスレリアーナ』くらいだし、それだって、曲を聴いてタイトルを思い浮かべられるのは、『トロイメライ』だけだ。
その程度の関心しかない僕だけど、この本を読んでいると、シューマンが聴きたくなってくるからふしぎなものである。
それもこれも本作が、シューマンに対する魅力であふれているからにほかならない。
内容は、シューマンを偏愛した永嶺修人という若きピアニストを、共に高校時代を過ごした「私」がふり返るという体裁になっている。
そこに出てくるシューマンに関する音楽論のなんと見事なことだろう。
僕は音楽に関する知識に乏しく、「クララの動機」と言われてもわからないし、ピアノを弾く際のテンポやタッチの指示を読んでも、ピンと来ない。
だけどその音楽を語る際の陶酔的な文章を読んでいると、こちらまでうっとりしてしまう。
ここに紹介された曲のほとんどは、どんなものか知らないけれど、読んでいるだけで、シューマンの音楽を身近に感じられる。
文章の力もあろうが、これはもはや言葉の魔術だ。
特に『幻想曲ハ長調』に関する文章にしびれてしまう。
そこからは書き手である「私」のシューマンへの強い愛が伝わってきて心地よい。
そんな音楽小説といった感じの物語は中盤に至り、ミステリへとシフトしていく。
そうしてクライマックスに至り、「私」と永嶺修人との関係性、そしてかくされた真実なども含めて、屈折した心理的ドラマが全貌を現すこととなる。
ラストの章は衝撃だったけれど、それはミステリ的な驚きだけにとどまらない。深い余韻もあるのだ。
特に、「私」の贖罪意識なども仄見えて、裏にかくされた大きなドラマと心理もぼんやりと浮かんでくるあたりは実に巧みである。
とは言うものの、構造的に見てみると、本作はいまひとつ腑に落ちない部分もある。
たとえば手記を書くという「私」の行為はどうだろう。
その行動の動機自体は妹の推測通りかもしれない。
だとしても、鹿内の手紙をなぜ冒頭に持ってきたのだろうか。なぜ「私」は永嶺修人に、ピアノを弾かせたのだろう。
それに対する説明はもちろんつくのだけど、このようなスタイルで語る「私」の必然性がいまひとつ見えてこなかった。
そのため、読んでいていくらかもどかしい思いを抱いてしまう。
しかし音楽の世界を陶酔的に語るタッチがすばらしく、物語もまちがいなくおもしろい。
シューマンの魅力も存分に伝えてくれる楽しい一品である。
評価:★★★★(満点は★★★★★)
冷静に読み直してみたら、結構凝った作り。
ネットで他のブログを読むと、アガサクリスティの
とある作品にトリックが似ているとか・・・。
最近では
『桑潟幸一准教授のスタイリッシュな生活2』が
発売になってさっそく笑いましが、全然違うんで
びっくりです。
奥泉さん、なんでこんなにすごいの?って思ったら、
「先端を走りつつ古いモノへの敬愛もある」と評している
サイトを見つけました。
http://www.birthday-energy.co.jp
「温厚誠実で理論的」な作品をこれからも生み出して
いただけると、読者としては幸せですね~。
『シューマンの指』はおもしろい作品でした。構成も結構考え込まれているのがわかります。
クリスティのトリックに似ているとは知りませんでした。でもそれを抜きにしても良かったと思います。
奥泉光はこれが初読です。
有名な作家なので、いろいろ読んでみたい気持ちはあるのですが、なかなか手をつけていません。『モダールな事象』とか興味あるのですが。。。。
「先端を走りつつ古いモノへの敬愛もある」ってのは、いい評ですね。しかも「温厚誠実で理論的」ですか。なおのこと興味は膨れます。
いつかマジで読んでみたいと思います。