ぼくは、ぼく自身の戦争をどう終わらせたらいいのだろう―戦争が残した傷跡から回復できないアフリカの少年兵の姿を生々しく描き出した表題作をはじめ、盟友である芥川賞作家・円城塔が書き継ぐことを公表した『屍者の帝国』の冒頭部分、影響を受けた小島秀夫監督にオマージュを捧げた2短篇、そして漫画や、円城塔と合作した「解説」にいたるまで、ゼロ年代最高の作家が短い活動期間に遺したフィクションを集成。
出版社:早川書房(ハヤカワ文庫JA)
伊藤計劃の長篇、『虐殺器官』と『ハーモニー』は紛れもない傑作である。
日本SF史だけでなく、日本文学史に残ってもいいくらいの作品だと思っている。
それだけに、作品を読み終えた後には、作者の早すぎる死を惜しんだものだ。
輝かしいばかりの才能が消えてしまうのは、どうにも悲しい。
そしてそんな彼の才能は、長篇ばかりではなく、短篇においても発揮されていたことを、本作を読んで知らされる。
たとえば表題作の『The Indifference Engine』。
ここでは、ルワンダ虐殺のフツ族とツチ族の対立を思わせる世界が舞台になっている。
現実を下地になっているだけあり、そこでは現実にありそうな、残酷な情景がくり広げられている。
敵対民俗であるホアをかばった友人の射殺。
相手を殺すため、相手を人間と思わないように言い聞かせる上官たちの思想教育。
そして戦後、以前の思想をあっさりと撤回する上官をはじめとした大人たちの転向。
スティックという麻薬に依存する少年兵、など。
「ぼくがこの世界になにか良いことを期待するにはあまりに多くのものを見すぎてしまったし、やりすぎてしまった」っていう主人公の独白などは、描写がリアルなために、変に生々しく聞こえる。
しかしこの作品のすごいところは、そういったリアルを丁寧に描きながらも、SFとしての想像力を失っていないところにある。
それを示すのが、タイトルにも使われている、Indifference Engine(公平化機関)だ。
これは、敵対するホア族の顔を識別できないようにするための技術である。
そのようにして、人間の認識機能をいじり、ホア族との差異をわからなくすることで、相手に対する憎しみをなくそうと、先進国の人間は試みている。言うまでもなく短絡的な発想だ。
たぶん医学的にこういうことをするのは可能なのだろう。
しかしそれは人間の当たり前の感情を殺しているようで、おぞましくもある。
だが、そんな風に相手の民族を区別する手段を失っても、一旦脳裏に刻まれてしまった、憎しみの記憶が消えるわけでもない。
そして実際の戦争が終わったとしても、個々人はそれで、自分の感情のすべてに折り合いがつけられるわけでもないのだ。
そういった心理もまた、人間の感情としてはリアルである。
そしてそれだけに読み手である僕の胸に迫ってならない。
人の心は、決して短絡的な発想では解決できない。
そんなありのままの人の姿を描き、同時に想像力豊かにディストピアを描いていて、圧倒される。
短篇ながら、かなり優れた作品だ。
007の番外編、『From the Nothing, With Love』 もおもしろかった。
ジェームズ・ボンドの人格を、別の人間に移し変えるという発想が鮮やかでまず驚かされる。
そして人格を更新し続けることで、「私」の意識(自我そのもの)が不要になっていく、というはったりまみれの展開も、非常に楽しく読んだ。
そういった世界から感じられるのは、人間の存在基盤の危うさだ。
SFの奔放な想像力を駆使しながら、哲学的な境地にまで達する、その物語構造はまさに圧巻。
この作者の頭の中はどうなっているのだろう、と感嘆するほかない、すばらしい一品だ。
ほかの作品もすなおにおもしろい、と感じられる。
ややセンチメンタルだが、物語の展開が上手く、予備知識なしでも楽しめる、『フォックスの葬送』。
アニメやマンガに出てくるベタな少女の扱いが皮肉でもあり、おもしろくもある、『セカイ、蛮族、ぼく』。
出だしとしてはおもしろく、どういう物語に仕上がっていたのだろう、と思わずにいられない、『屍者の帝国』
など。
また収録されたマンガ2作も、小説ほどではないが良かった。
武蔵野美大卒だけあり、絵は上手く、多彩であったことがうかがわれる。
作者はすでにこの世にないが、この世界にゆるぎない足跡を残したことを示してくれる。
早世した天才の才能を感じさせる一冊だ。
評価:★★★★★(満点は★★★★★)
そのほかの伊藤計劃作品感想
『虐殺器官』
『ハーモニー』
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます