私的感想:本/映画

映画や本の感想の個人的備忘録。ネタばれあり。

『赤頭巾ちゃん気をつけて』 庄司薫

2012-04-13 20:47:36 | 小説(国内男性作家)

学生運動の煽りを受け、東大入試が中止になるという災難に見舞われた日比谷高校三年の薫くん。そのうえ愛犬が死に、幼馴染の由美と絶交し、踏んだり蹴ったりの一日がスタートするが――。真の知性とは何か。戦後民主主義はどこまで到達できるのか。青年の眼で、現代日本に通底する価値観の揺らぎを直視し、今なお斬新な文体による青春小説の最高傑作。「あわや半世紀のあとがき」収録。
出版社:新潮社(新潮文庫)




若者論はいつの時代ももてはやされる代物だ。
でもそこで取り上げられる若者がその時代の典型であるという保証はない。
渋谷の若者の声が、いまの時代の若者の意見を代表するものでないのと同じである。

この作品の時代は全共闘のころだが、主人公はゲバ棒を持って、バリケードをつくって立てこもるような、当時のメディアに取り上げられていたような若者ではない。

言うなれば、優等生タイプで、それゆえ地味で、いささか冴えない。
そしてそういうタイプの若者は、いつの時代でも一定数存在するものである。


主人公は日比谷高校から東大を目指す、優秀な高校生だ。
家に「女中」がいることからしても裕福な家の子なのだろう。

実際感じのいい青年で、奇抜なこともほとんどしない。
冴えないという自覚はあるし、ケンカした幼なじみ相手に一人相撲のようにあたふたする、情けないようなところもある。恥をかけばごまかす程度のプライドはあり、女医の乳房に反応する程度に性欲がギンギンだったりする。

自虐風に言うならば、「お行儀いいだけがとりえのつまらないやつ」って感じの高校生だ。
この年齢はマジメにしていることがかっこ悪いって考える時期だから、よけいそう思うのかもしれない。


でもそんな周りに対して、彼は彼なりに、いろいろなことを考えている。

お酒を飲んで踊り狂ってそれから「ハプニング」的にセックスしちゃうなんていっても、(略)どうもサマになっていないような感じがしてくるのだ。(略)そういう男の子や女の子が、自分では確かに最も新しくてカッコいいことをやっていると思いながらも、実は本人自身なんとなく信じれないというか、ほんとうはちっとも楽しくないんだというようなことが、なんとなく悲しくなるようにはっきりと伝わってくるような気がして、そうなるともうダメになってしまう

そこで考え感じそして行動するすべては、はたからはどんなにつまらない既成概念(略)に従っているように見ようとも、それこそぼくがぼくのなかに(略)銘をうってつみかさねてきた(略)ぼくのすべてとの或るわけの分からぬ結びつきから生まれてくるものなのだ。そしてぼくは、いまのところまだわけの分らぬこのぼくのなかのさまざまな結びつきをできるだけ大事にしよう

「みんなを幸福にするにはどうすればよいか」が、このぼく自身の考えとしてはっきりと分らないうちは、少なくともぼく自身は「ひとに迷惑かけちゃだめよ」で精一杯やっていく他ないのじゃないか

ぼく自身を、(略)ぼくの知性を、どこまでも自分だけで自由にしなやかに素直に育てていきたいと思うなら、ぼくは裸踊りでゴマすってはいけないし、居直るなんて論外だし、ましてや亡命するなんてのは絶対にいけないのではないか。ゴマをすらず居直らず逃げ出さず……でもそんなことを実際にどうやって続ければいいのだろう

あたりが特にいい。

そしてそういった言葉からは、自分なりに考え、時代の状況に左右されることなく、自分で決定し行動していこうという意志が仄見えるようだった。
文中の言葉で言うなら、「まわりが何を言っても平気であわてず騒がずにやっていって、いいものはいいと平気で言って」いくということだろう。

もちろんそういった言動は、どれも背伸びしている部分はある。
だけどこの若さゆえの背伸びした感じが、非常に好ましくて、深く深く胸に響いてくる。


とは言え、そういった態度は自分の中に迷いも生むことだってあるだろう。
それが結果として殺伐とした感情を生むことだってあるかもしれない。

特に後半になると、主人公のマキャベリズム的な、目的のために手段を選ばず、敵の息を止めたっていいんだ的な、かなりどす黒い感情が湧いてくる場面もある。
自分の周りの人間が踏みつけられるかもしれないからこそ抱く、それは正義感とも言えるのかもしれない。

個人的にはそんな主人公の心情が、少女の優しさによって救われるところが良かった。
ラストの独白にも現われているかもしれないが、ベタに言うならば、最後に人の心を救うのは愛なのかもしれないなんて思ったりする。要はラヴ&ピース。それゆえにさわやかだ。


ともあれ、迷い、背伸びし、考え、何かを決め、最終的にそんなさわやかな境地にたどり着いた主人公の魂の遍歴が、読んでいて心地よくさえある。

世の流行には流行り廃りがあるかもしれない。
しかしここに描かれた男子高生の心境は、時代の洗礼を受けることなく、息づくことだろう。

『赤頭巾ちゃん気をつけて』は、全共闘時代の空気をすくい取りながら、紛れもない普遍性を併せ持った優れた一品である。

評価:★★★★★(満点は★★★★★)

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