長い冬眠からさめたムーミントロールと仲よしのスナフキンとスニフが、海ベリの山の頂上で黒いぼうしを発見。ところが、それはものの形をかえてしまう魔法のぼうしだったことから、次々にふしぎな事件がおこる。国際アンデルセン大賞受賞のヤンソンがえがく、白夜のムーミン谷のユーモアとファンタジー。
山室静 訳
出版社:講談社(講談社文庫)
ムーミンに対する僕の印象は、カバがなんやかんやする話、という程度のものだ。
もちろん幼いころはムーミンのアニメを見ていた。スナフキンやミイ、ニョロニョロなどの脇役のことも知っているし、ムーミンがカバじゃなくて妖精の一種だということも知っている。
だけどそれ以上の細かいことはほとんど覚えてない。
どういうエピソードがあったかも忘れてるから、なんやかんや、としか言いようがないのだ。
要はさほどの思い入れはない、ということなのだろう。
その程度の記憶しかないので、読む前は楽しめるか不安だったのだが、読んでみるとこれが思った以上におもしろくて、ちょっと安心する。
ともかく、キャラクターと作品世界の雰囲気が魅力的なのだ。
そしてそれこそが、『ムーミン』という作品の良さなのだろう。
個人的に一番すてきだったのは、トフスランとビフスランだ。
こんなキャラクターがいたかどうか、もうまったく覚えていないけれど、これがまたかわいらしくて、ほのぼのしてしまう。
しゃべり方の時点で、反則的なくらいにかわいいのだが、二人の行動もまた愛らしい。
たとえば、友だちのスナフキンが旅に出てしまい、ムーミントロールが泣いているところに出くわしす場面。彼らはムーミントロールをなぐさめるために、大事にしているスーツケースの中身を見せてくれたりするのだ。
それだけで二人の優しさが存分に伝わってくる。
もちろんラストの飛行おにの場面もすばらしい。
そのなかなか粋なお願いに、読んでいて思わずニコニコしてしまった。
そんなトフスランとビフスランが象徴しているかもしれないけれど、本作にはそれなりにクセのある登場人物が多い。
にもかかわらず、作品世界からぬくもりがまったく失われていない点が忘れがたい。
クセがある人物としては、たとえばスナフキンがそうだろう。
彼は孤独を愛する根無し草といった印象が強い。あらしが来て興奮するところなんかは、ちょっとばかりマッドですらある。
だけど友人であるムーミントロールに対しては義理堅いし、彼にだけは別れを告げた。
かなりいいヤツじゃねえか、とそのシーンを読んでいると感じられ、とても好ましい。
ほかにも、じゃこうねずみや、ヘムレンさん、変に悩みがちなムーミンパパなど、それなりにクセがあるヤツらがそろっている。
だけど誰もが基本的にいいヤツで、おかげで作品全体が優しげなものになっているのが、はっきりと感じ取れる。
もちろんクセが弱い者たちも好ましい。
ムーミンママなんかはその典型であろう。
作中でムーミントロールは魔法のぼうしのせいで変な格好になってしまう。ほかのみんなは姿の変わってしまったムーミンとロールを見ても、まったく気づかないのだが、彼女だけはそれが息子だとちゃんと看破している。
それだけでムーミンママの愛情が伝わり、じんわりと胸に響いてならない。
そういうわけで、作品全体を覆う優しい空気はともかく見事なのだ。その空気の心地よさもすばらしい。
絵の味わいもすてきで、ラストも暖かく、気もちいい気分で本を閉じることができる。
本書はそんな作品である。
評価:★★★(満点は★★★★★)
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