インフレが地球のあちらこちらで息を吹き返している。経済のグローバル化が進み、安価な製品が国境を越えて広がったおかげで、インフレは前世紀の問題となったかに思われた。だが、歯止めのかからない石油や食糧の価格急騰が、魔物を再びよみがえらせた。
日本では、デフレが長く続いたことや、燃料・材料費の上昇分を企業が部分的にせよ負担していることから、消費者物価の統計を見る限り欧米ほどインフレは顕在化していない。それでも、企業間で取引される際の物価は、27年ぶりの高い伸び率となっている。
インフレがとりわけ深刻なのは途上国や新興国だ。消費に占める食料品やエネルギー関連の支出の比率が高いためで、2ケタの物価上昇率に苦しんでいる国も少なくない。不満を募らせた市民が街頭デモを繰り広げるなど、社会不安に火がつく懸念も出てきた。
そうした中、北海道洞爺湖サミットを前に集まった主要8カ国(G8)の財務相は、原油や食糧の価格高騰を「重大な試練」と呼び、世界的なインフレの高まりを警戒した。
しかし、いざインフレ対策となると、景気を悪化させる重い副作用を伴い、実行には相当な覚悟がいる。
欧州中央銀行が最近その覚悟をのぞかせた。インフレの火種を早めに消そうと利上げを示唆したのだ。ところが、厄介な問題が露呈する。欧州が米国よりインフレ退治に熱心だとみた市場参加者が、ユーロを買いドルを売った結果、ドル安が進んだ。これが米国のインフレ不安をさらにあおり、原油の先物相場を一気に押し上げた。米国抜きのインフレ退治が、ドル安と原油高、そしてインフレを一層進行させる危険をはらむことを印象づけた。
G8財務相会合は共同声明で、世界経済安定化のため協調して行動することを表明した。だが、ことばだけの協調は、かえって市場の混乱を招く恐れがある。米当局者も、ドル安やインフレを警戒する発言を繰り返しているが、行動が伴わなければ、市場参加者の不信を招くだけだ。
確かに米国にとって、金利の引き上げは厳しい。インフレを抑制するだけでなく、後退懸念が強まっている景気を一層冷え込ませるからだ。住宅価格は下げ止まりの兆候が見えず、金融不安も残っている。しかし、米国の行動が遅れると、インフレの火が米国内にとどまらず世界で勢いづく可能性がある。
インフレの放置も利上げに舵(かじ)を切ることも、いずれも苦痛と犠牲を強いる。米国には極めて難しい選択だ。しかし、口先だけの対応で解決できない問題が迫っていることは間違いない。米国の利上げが遅れた時、世界経済が今以上に「重大な試練」に直面するということを、常に心していてもらいたい。
毎日新聞 2008年6月16日 0時20分
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