◇かなうか「きぼう」--構想20年…5500億円かけ、実験100種
国際宇宙ステーション(ISS)に設置する日本の実験棟「きぼう」の第1便が米東部時間11日午前2時28分(日本時間同日午後3時28分)、米スペースシャトル「エンデバー」で打ち上げられる。日本のロケットや衛星は無人だったが、きぼうは初の有人施設。エンデバーに乗り設置の重責を担う土井隆雄さん(53)は「宇宙に初めて日本の家ができる」と会見で表現した。一方、構想から20年以上が経過し、約5500億円をかけたプロジェクトの意義を問う声もある。【ケネディ宇宙センター(米フロリダ州)・永山悦子、西川拓、大場あい】
「きぼうをISSに取り付け、ハッチ(入り口)を開ける瞬間が楽しみ。計画を成功させ、きぼうの意義を理解してもらいたい」。3日(日本時間4日)、米テキサス州ヒューストンで会見した土井さんは意気込みを語った。
きぼうは、さまざまな実験をする実験室、その材料や装置を収める保管室、天体や宇宙線の観測などをする船外実験装置などで構成される。船外実験装置はISSの外で実験できる初の設備だ。
土井さんは飛行4日目に、ロボットアームを操作し、保管室を設置する。配線作業や電源投入もこなし、翌日には土井さん自らが、平服のまま保管室に入り、無事設置ができたかが判明する。
今後は5月に2便目が打ち上げられ、星出彰彦さん(39)が実験室を組み立てる。最後に若田光一さん(44)が12月から約3カ月間、ISSに長期滞在し船外実験装置を取り付け、08年度中に完成する。
実験は今夏以降に始まり、生命科学や材料分野などが計画されている=表。最初の2、3年で約100種類を予定。日本人だけでなくISSに滞在する各国の宇宙飛行士が担当する。施設の使用権は、日本51%に対し、空気や電力などを提供する米が46・7%、ロボットアームを提供するカナダが2・3%を持つ。
なぜ宇宙で実験するのか。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の清水順一郎参与は「無重量状態で、強い宇宙放射線にさらされる実際の宇宙空間で実験・検証することは、将来、人が宇宙で活動する基盤となる知識や技術を得るために欠かせない」と説明する。
カエルは水中で過ごした後、陸上に上がる。受ける重力が大きくなるため、臓器にも影響があるはずだ。カエルの細胞成長に重力が与える影響を調べる実験をする浅島誠・東京大副学長は「生物が水中から陸上に上がった進化のなぞが分かるかもしれない」と期待する。
◇「不要論」も--大幅遅れ、計画陳腐化
きぼうは当初、94年にISSに設置される予定だった。ところが、スペースシャトルの事故などの影響で大きく遅れた。その間に研究者や企業のニーズが変化。「わざわざ宇宙で実験する必要はない」との声も出ている。
当初の目的には「新材料を開発・製造する工場機能」もあった。だが長い準備期間と巨額の費用が必要。想定していた実験の中には、地上や航空機で可能になったものもある。
ある研究者は宇宙飛行士の向井千秋さんが昨年訪ねてきたときのことを鮮明に覚えている。「一件でいいから成果を出したい」。向井さんはきぼうでの実験への意欲を熱く語った。だが、この研究者は「実験しても成果の出せるテーマはほとんどないのではないか。(向井さんは)危機感がとても強いようにみえた」と打ち明ける。
宇宙開発に詳しいジャーナリスト、松浦晋也さんは「きぼうは90年代初めの設計で、飛行士が持ち込むノートパソコンが、きぼうのどのコンピューターよりも高性能という状態。空気や水の制御など宇宙で人が過ごすために不可欠な技術も日本独自ではない。宇宙に上げることだけが目的になっているのではないか」と指摘する。
◇ISS存続は米次第--「2015年以降は未定」
ISS計画は84年に始まり15カ国が参加。00年11月から2~3人の宇宙飛行士が常時滞在し、科学実験などを続けている。しかし、米国のISS計画は2015年までしか示されていない。それ以後は、月面の有人基地建設や火星への有人飛行に軸足を移す方針だ。
これに対し、日本はきぼうを10年間運用する計画。米の計画次第で「短命」に終わる可能性もある。欧州やロシアはISSの運用延長を求める立場だが、生命維持装置など「心臓部」を握る米国の発言力は大きい。
JAXAの立川敬二理事長は「米国が15年以降どうするかは、新政権が決めると理解している。参加国で話し合うが、年間約400億円かかる維持費も含めて、日本としてどうするのかを議論する必要がある」と話す。
JAXAは2月、ISS滞在要員として10年ぶりに新たな宇宙飛行士の募集を発表。しかし同月策定された国の宇宙開発の長期計画には、ISS計画終了後の有人活動について具体的記述はない。
宇宙政策を決める宇宙開発委員会の委員からは日本独自の有人宇宙活動について「5年後には考え方を固める時期だ」との意見も出ている。きぼうでの有人活動をどう生かすのか。日本にとって、大きな宿題となる。
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■ことば
◇きぼう
高度約400キロを周回するISSに設置され、4人の宇宙飛行士が生命科学や天文学などの実験を行える。実験室(外径4.4メートル、長さ11.2メートル)、保管室(外径4.4メートル、長さ4.2メートル)、船外実験施設(幅5メートル、長さ9メートル)、ロボットアームなどからなる。ISSは完成すると、幅108メートル、奥行き70メートルで、スペースは大型航空機2機分になる。
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■きぼうで実施主な実験
・微小重力環境の対流発生と観察
・氷結晶成長の仕組みの観察
・ラットを使った宇宙での萎縮(いしゅく)の仕組み解明
・宇宙放射線と微小重力の哺乳(ほにゅう)類細胞への影響解析
・がん抑制遺伝子への宇宙放射線の影響解析
・カイコの発生と成長への宇宙放射線の影響解析
・微小重力環境でのシロイヌナズナの成長観察
・全天エックス線天体観測
・地球のオゾン層観測
・宇宙放射線などが材料に及ぼす影響観察
毎日新聞 2008年3月11日 東京朝刊
国際宇宙ステーション(ISS)に設置する日本の実験棟「きぼう」の第1便が米東部時間11日午前2時28分(日本時間同日午後3時28分)、米スペースシャトル「エンデバー」で打ち上げられる。日本のロケットや衛星は無人だったが、きぼうは初の有人施設。エンデバーに乗り設置の重責を担う土井隆雄さん(53)は「宇宙に初めて日本の家ができる」と会見で表現した。一方、構想から20年以上が経過し、約5500億円をかけたプロジェクトの意義を問う声もある。【ケネディ宇宙センター(米フロリダ州)・永山悦子、西川拓、大場あい】
「きぼうをISSに取り付け、ハッチ(入り口)を開ける瞬間が楽しみ。計画を成功させ、きぼうの意義を理解してもらいたい」。3日(日本時間4日)、米テキサス州ヒューストンで会見した土井さんは意気込みを語った。
きぼうは、さまざまな実験をする実験室、その材料や装置を収める保管室、天体や宇宙線の観測などをする船外実験装置などで構成される。船外実験装置はISSの外で実験できる初の設備だ。
土井さんは飛行4日目に、ロボットアームを操作し、保管室を設置する。配線作業や電源投入もこなし、翌日には土井さん自らが、平服のまま保管室に入り、無事設置ができたかが判明する。
今後は5月に2便目が打ち上げられ、星出彰彦さん(39)が実験室を組み立てる。最後に若田光一さん(44)が12月から約3カ月間、ISSに長期滞在し船外実験装置を取り付け、08年度中に完成する。
実験は今夏以降に始まり、生命科学や材料分野などが計画されている=表。最初の2、3年で約100種類を予定。日本人だけでなくISSに滞在する各国の宇宙飛行士が担当する。施設の使用権は、日本51%に対し、空気や電力などを提供する米が46・7%、ロボットアームを提供するカナダが2・3%を持つ。
なぜ宇宙で実験するのか。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の清水順一郎参与は「無重量状態で、強い宇宙放射線にさらされる実際の宇宙空間で実験・検証することは、将来、人が宇宙で活動する基盤となる知識や技術を得るために欠かせない」と説明する。
カエルは水中で過ごした後、陸上に上がる。受ける重力が大きくなるため、臓器にも影響があるはずだ。カエルの細胞成長に重力が与える影響を調べる実験をする浅島誠・東京大副学長は「生物が水中から陸上に上がった進化のなぞが分かるかもしれない」と期待する。
◇「不要論」も--大幅遅れ、計画陳腐化
きぼうは当初、94年にISSに設置される予定だった。ところが、スペースシャトルの事故などの影響で大きく遅れた。その間に研究者や企業のニーズが変化。「わざわざ宇宙で実験する必要はない」との声も出ている。
当初の目的には「新材料を開発・製造する工場機能」もあった。だが長い準備期間と巨額の費用が必要。想定していた実験の中には、地上や航空機で可能になったものもある。
ある研究者は宇宙飛行士の向井千秋さんが昨年訪ねてきたときのことを鮮明に覚えている。「一件でいいから成果を出したい」。向井さんはきぼうでの実験への意欲を熱く語った。だが、この研究者は「実験しても成果の出せるテーマはほとんどないのではないか。(向井さんは)危機感がとても強いようにみえた」と打ち明ける。
宇宙開発に詳しいジャーナリスト、松浦晋也さんは「きぼうは90年代初めの設計で、飛行士が持ち込むノートパソコンが、きぼうのどのコンピューターよりも高性能という状態。空気や水の制御など宇宙で人が過ごすために不可欠な技術も日本独自ではない。宇宙に上げることだけが目的になっているのではないか」と指摘する。
◇ISS存続は米次第--「2015年以降は未定」
ISS計画は84年に始まり15カ国が参加。00年11月から2~3人の宇宙飛行士が常時滞在し、科学実験などを続けている。しかし、米国のISS計画は2015年までしか示されていない。それ以後は、月面の有人基地建設や火星への有人飛行に軸足を移す方針だ。
これに対し、日本はきぼうを10年間運用する計画。米の計画次第で「短命」に終わる可能性もある。欧州やロシアはISSの運用延長を求める立場だが、生命維持装置など「心臓部」を握る米国の発言力は大きい。
JAXAの立川敬二理事長は「米国が15年以降どうするかは、新政権が決めると理解している。参加国で話し合うが、年間約400億円かかる維持費も含めて、日本としてどうするのかを議論する必要がある」と話す。
JAXAは2月、ISS滞在要員として10年ぶりに新たな宇宙飛行士の募集を発表。しかし同月策定された国の宇宙開発の長期計画には、ISS計画終了後の有人活動について具体的記述はない。
宇宙政策を決める宇宙開発委員会の委員からは日本独自の有人宇宙活動について「5年後には考え方を固める時期だ」との意見も出ている。きぼうでの有人活動をどう生かすのか。日本にとって、大きな宿題となる。
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■ことば
◇きぼう
高度約400キロを周回するISSに設置され、4人の宇宙飛行士が生命科学や天文学などの実験を行える。実験室(外径4.4メートル、長さ11.2メートル)、保管室(外径4.4メートル、長さ4.2メートル)、船外実験施設(幅5メートル、長さ9メートル)、ロボットアームなどからなる。ISSは完成すると、幅108メートル、奥行き70メートルで、スペースは大型航空機2機分になる。
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■きぼうで実施主な実験
・微小重力環境の対流発生と観察
・氷結晶成長の仕組みの観察
・ラットを使った宇宙での萎縮(いしゅく)の仕組み解明
・宇宙放射線と微小重力の哺乳(ほにゅう)類細胞への影響解析
・がん抑制遺伝子への宇宙放射線の影響解析
・カイコの発生と成長への宇宙放射線の影響解析
・微小重力環境でのシロイヌナズナの成長観察
・全天エックス線天体観測
・地球のオゾン層観測
・宇宙放射線などが材料に及ぼす影響観察
毎日新聞 2008年3月11日 東京朝刊
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