<20100705>この土・日、日頃から何かとお世話になっている方に借りている山に関する本の中から、3冊目として新田次郎作の「孤高の人」を読みました。これは槍ヶ岳の北鎌尾根で消息を絶った加藤文太郎氏をモデルにした山岳小説…主な舞台が神戸と槍ヶ岳とあって興味深く読みました。この小説には“なぜ山に登るのか”という問いとともに、その答がいくつか示されています。本格的な登山は昨年9月の“憧れの槍ヶ岳”しか経験のない私がこのような哲学的な問いに答えることは難しいのですが、私の場合、山といえば今のところ槍ヶ岳にしか興味がないので“なぜ山に登るのか”ではなく“なぜ槍ヶ岳に登るのか”となります。そこで、この小説の中の“北アルプスの象徴としての、非情と絶美との交錯した荒々しい冷たい肌に…”という一節を拝借し、この続きに“ここまで登ってこられたという達成感と込み上げてくる喜びの温かさを感じたいから”と付け加えてその答としたいと思っています。後一カ月を切った“表銀座の槍”では「孤高の人」を思いつつ、この答を実感してきたいと思います。※参考=加藤文太郎(1905~1936)…単独行によって数々の登攀(とうはん)記録を残した登山家
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