フラワーガーデン

ようやく再会したハルナとトオル。
2人の下す決断は?

結婚前夜

2006年03月23日 20時08分42秒 | 最終章 エターナル
「全ての人生劇というものは結婚をもって終わるって、バイロンのヤローは言ってたけど、オレは待ち遠しいなぁ……」
カズトは、婚姻届の「夫になる人」の欄に名前を書き込みながら嬉しそうに微笑んだ。

私達は、婚姻届を挙式したその足で提出しようと決めた。
カズトは市役所で手に入れた婚姻届を、家に帰るなり書き始めていた。

そして、「夫の職業」の欄で手を止めると、「げっ!オレ、もしかして無職?カッコわりぃ。学生じゃダメなのかよ!?」と、紙に向かって1人突っ込みを入れては、私を笑わせた。

一通り書き終わると、テーブルの向かい側に座って見ていた私の方に紙の方向を変え、「ん!」と顎をしゃくりあげながらボールペンごと渡した。

緊張に震える私の手を見ながら、カズトの方が息を飲み緊張しているようだった。
何とか「妻になる人」の欄に自分の名前を書き終え、私が「ほぉ~」とおでこの汗を拭っていた時、カズトが「あ゛ーーーーーーーー!!!」と叫び、私の頭をペンッ!と叩いた。

「このバカタレ!ここは『片岡』じゃなくて、今の名前の『園田』だろぉ!」
「あ、そ……っなの?」
「あ、そ……っなの?じゃねぇよ!お前、全っ然、説明聞いてなかったな!!」

カズトは、がっくりと肩を落とすと、書き損じた婚姻届をビリビリと破り始めた。
そして、もう一度、新しい婚姻届をべしっとテーブルに置くと自分の欄を書き始めた。
「ったく。手の掛かるヤツ!さっきの方が、字がマシに書けてたのに……」

カズトが書き終わり、再度私が書く番になった。
2回目は失敗しないように、更に緊張しながらペンを滑らせていたけど、「本籍地」に「東京」と書いて手が止まった。
「カズト……。ごめんね。……間違えちゃった……かも」
カズトは、目を皿のようにして、「またかよ……」と怒りに声を震わせた。

「そう言えば、うちは本籍地って長崎だったような気がする」
「おいっ!今頃言うか?!」
カズトは私のおでこをグリグリすると、「家に電話して確認しろよ!」とむくれた。

私が急いで家に電話するとママが出た。
「そうよ。良く覚えてたわね~。パパの実家があった、長崎のまんまよ」
「やっぱり……。詳しい本籍地の住所とか筆頭者の氏名とか分かるかな?」
「パパに聞いてみないと……」
はぁ~と私が溜息を吐くと同時に、背後でカズトがやけくそ気味に婚姻届を細かく千切り、ふーふーと息を吹きかけながら紙吹雪を散らしていた。

もう!後で掃除をするのは私なのに……

「分かった。じゃ、明日、挙式の前に、パパのサインを貰う時に一緒に書くから教えてね」
そう言って、切ろうとした時、「あ!ハルナ、そう言えば、『フジエダトオル』君って言う男の子から、電話を貰ったわよ」とママが急に彼の名前を口にした。

突然のことに、心臓が動揺しざわざわと騒ぎ出す。
「……いつ?」
「いつだったかしら??」
「……なんて、言って……たの?」

ママが答えようとした時、カズトが「オレにも代わって!」と受話器を持つジェスチャーをしたから聞けなかった。

「ごめん。カズトが代わりたいって」
私はカズトに受話器を渡すと、思いも掛けず彼の名前を耳にし、高鳴る胸を抑えてベランダに出た。

遠く瞬く一番星を見上げて、ふっと笑った。
「名前を聞いただけで動揺しちゃうなんて……。
ママはダメダメだよね」
お腹の赤ちゃんに話し掛けながら、ひんやりとする手摺に手を添えて、顔を埋めた。
目を瞑ると、不意に彼の面影が浮かび、慌てて手の甲で涙を拭った。

冷気に体を震わせ室内に入る前に、もう一度、一番星を見上げた……

トオル君……
明日、私は『片岡春名』になります。



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零れ落ちる涙

2006年03月23日 00時25分16秒 | 最終章 エターナル
退院の日、私達はそれぞれの親にたっぷり怒られた。
「二人して入院なんて!親としての自覚に欠けている!」
特にカズトは、おばさんから紅葉色の立派な手形を両頬に貰っていて、痛々しかった。

マンションに帰って、私がその手形を見る度にクスクス笑うと、カズトはむっとした。
「ひっでぇ……。笑ってるし……」
彼はそう言いながら、私の首に腕を回し体を引き寄せると、拳で私の頭をグリグリし、「お前にもお裾分けだーー!」と笑った。
嫌がって逃げ回る私を見るカズトの目は、以前のように穏やかで、私をほっとさせた。

カズトは笑った私に一通り復讐すると、ソファにふんぞり返りながら、
「ったく。いい年した息子を捕まえて、『愛のムチだ!』つって往復ビンタはねぇよな」
と、ブツブツ文句を言って、鏡にその頬を代わる代わる映しては何度も「痛ぇ~」と擦った。

私がタオルを冷して彼に渡そうと、笑いに涙を拭きながら水道の蛇口を捻った時、電話が鳴った。

電話に出たカズトの声と顔が一瞬、冷たくなった。

「ハルナ……。トモちゃんからだ」

カズトの顔からは笑みが消え、受話器を持ち上げながら、私の顔をじっと見つめた。

息を飲み、震えそうな指先に力をいれて受話器を受け取った。

「もしもし……」
「あ!ハルナ!電話しても出ないから心配してたよぉ~」
テンションの高いトモの電話を受けながら、私の鼓動はその動きを速めて行く。
「……ごめんね、トモ。今、私、ちょっと手が離せないから……」

「話せばいいだろう!!」

カズトの怒声が電話を通して聞こえたようで、トモは一瞬言葉を失っていた。
「……まさか、ばれたの?」
トモの問いに、私は沈黙で答えた。

「ごめん!ハルナ!!本当にごめんね……。あたし余計な事、しちゃって……」
「ううん。じゃ、また」
「ハルナ!あたし、急いでハルナに伝えたい事があって……」
「ごめん……。切るね」

私は、カズトの目線を逸らしながら、急いで電話を切った。

トモを責めるつもりなんてない。
私は、あの京都で本当に幸せだったから……
トオル君とほんの一瞬でも心を通わせる事が出来て、一緒に過ごせて幸せだったから。

そう思いながらも動揺し、タオルを絞る手が震えた。
カズトはじっと私を見つめたまま、私の側に歩み寄るとキスをした。

「カズト、ダメ……。すぐに頬を冷さないと……」

タオルを彼の頬に当てようとした瞬間、彼は私の手を取り、ツカツカと早足で彼の部屋へと連れて行った。

そして、彼はベッドに私を押し倒すと、再び唇を重ね、胸元を弄り始めた。
「カズト……。あ……」
「今日はどんな言い逃れも聞かねぇからな……」
目を瞑り、震える息を堪える私の上半身を露わにし、その胸の頂きを口に含みながら、カズトは言った。

「ハルナ……。ハルナ……。オレの方がずっとお前の事を愛してる……」

シーツを掴み、カズトを受け入れながら、今日、アメリカに帰るトオル君を想い、私は零れ落ちる涙を枕に隠していた。



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天使の腕の中で

2006年03月22日 10時18分22秒 | 最終章 エターナル
舞う雪を見上げながら、私はいつの間にか、あの日トオル君に教わったワルツのステップをゆっくりと踏みながら、歩いていた。
「ここは……」
気付くとトオル君と初めて出会ったフラワーガーデンに足を踏み入れていた。
突然、ぐにゃりとした感覚が全身を覆い、堪らず座り込んでいた。
「や……だ。気持ち悪い……」
造血剤は昨日飲んだはずなのに……
私はその場にうずくまり、グルグルと回る世界の中でトオル君の思い出と出会った。


トオル君は謎ばかりで、いつも愁いのある横顔が気になった。
ちょっと恥かしそうに柔らかく笑いながら、髪を掻き揚げるしぐさが好きだった。

ヒンヤリとした地面の冷たさを頬に感じながら、力が抜けた。
「このまま死ねたら、楽になれるかなぁ……」
だけど、その時、お腹の赤ちゃんがトントンと私のお腹を優しくノックした。

「お前1人の問題じゃない!アカンボはオレの子でもあるんだぞ!!!」
真剣に怒ったカズトの顔が思い出され、私一人の体じゃなかったんだと、生きなくちゃと意識を必死に保った。

「誰か!すみません!!誰か……」

人気のない病院の裏庭で、私は叫んだ。
花のように舞っていた雪が、今は鋭い槍となって批難するように私の体を突き刺していく……

「寒い……」
赤ちゃんだけでも温めようと、体を丸めた。


遠のきそうな意識の中で、トオル君にそっくりな天使様が膝を折って私の顔を覗き込んでいた。
私をふわりと抱き上げると、ふわふわと雲の上を歩いてくれた。

「私、天国に行くの?」
「行けないよ。君は嘘をつくからね。……しかも、かなり下手くそだ」
天使のトオル君もやっぱりイジワルだ。

「天国なんてやめて、僕のところに来なよ」
天使様は柔らかく笑うと私にキスをした。
「この唇からは『YES』以外は受け付けないよ……」
「だめ……」
「『YES』だ」
「強引過ぎるよ。でも……」
「でも?」
「……誰よりも愛してる」
天使様ははにかむようににっこり笑うと、「僕もだよ」とキスをした。




サラサラと粉雪が音を立てて、梢から落ちる音に目を覚ますと、私は病室にいた。
強い日差しに目を細め、ヒトの気配のする方を見ると、カズトがいた。

「ここは?」
「病院」
「私、気持ち悪くなって……」
「貧血だってさ。ちゃんとメシ食え!」

カズトは私の手を握ると「ばっかやろぉ……」と唇を噛んだ。
「誰かが、助けてくれなかったら、お前、凍死してたぞ!」
『誰か』と言う言葉にぎくっとなった。
「誰が私を助けてくれたの?」
「知らねぇ……」

カズトは私をその胸に強く抱き締めると、「もうどこにも行くなよ」と体を震わせていた。




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風花

2006年03月21日 23時09分46秒 | 最終章 エターナル
キレるのかと、思った。
この間のように……


でも、カズトは私に背を向けると「出て行け……」と、声を振り絞るように言った。
布団を被り、肩を小刻みに震わせて……泣いていた。


私は、何も持たずに、そのまま外に駆け出した。

謝罪も、弁解も、しない……
それが私に科せられた罰なんだと分かってても、ただ、つらくて、泣いた。


いつの間に降ったのか、強い北風に煽られて、なごり雪が、花のように舞って、儚く消えていく。



私も消えたい
この雪のように儚くなってしまいたい


幸せにしたくて
幸せになりたくて
でもなれなくて
思いだけが空回って行く……

トオル君を、カズトをいっぱい傷付けてしまった。




トオル君……

あなたは私に「幸せになれ」と言ってくれたけど


幸せのなり方なんて、もう、私には分からない





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動揺

2006年03月21日 15時40分38秒 | 最終章 エターナル
カズトは大学病院に入院していた。

私が病室に入った時、丁度おばさんが来ていた。
「全くもぉ、栄養失調の次は過労だなんて……」

普段、カズトのことを放任主義だと公言して憚らないおばさんも、この時ばかりは優しい母の顔で彼の心配をしていた。

「ごめんなさい……」
謝る私に、「ハルナちゃんのせいじゃないわよ」と笑った。

もう帰るというおばさんの後を引き受け、病室に残り、パイプ椅子に座るとカズトの顔をじっと見た。
「顔色、悪いね……」
ベッドで眠るカズトの胸に頬を寄せ、いつのまにかウトウトしてしまっていた。

どれ位、眠ってしまったのか……
頭を優しく撫でるカズトの手に、目を覚ました。
「お帰り……」
「ただいま……」
「って、あれ?!お前、明日までって、トモちゃんから聞いてたけど」
「帰ってきた」
カズトは「え?!」と飛び起き、目眩がしたのか再びベッドに体を沈めた。
「オレのせいか……。わりぃ……」
「そんなことないよ」
「ホント、わりぃ。アカンボが生まれたら、お前、大変になるのに……。
……楽しかったか?」

カズトの優しい言葉に胸がえぐられるようだ……。
彼に表情を見られまいと、椅子から立ち上がり、花瓶の花を整え努めて明るく答えた。

「うん。とても楽しかったよ」
「そか」
「あ。そだ。お土産も、買ってきた」
バッグから、ガサゴソお土産袋を出すと、カズトに小さなコンペイ糖の入った瓶を差し出した。
「オレには可愛すぎ……」
そう言いながらも、「サンキュ!」とカズトは嬉しそうに笑った。
「トモと、ママと一緒で色違いだよ」
「え?!なんで、トモちゃん?一緒に行ったのに?」
カズトはきょとんとして笑った。
「……あ!そーか」
そう答えながら私の心臓は、バクンバクンと動揺し、不規則にリズムを打った。

カズトは私のバッグにぶら下っていた『安産祈願』の赤い巾着のお守り袋を手に取り、
「ついにこーゆーのにすがるようになったか」
と、笑った。

私は、後ろめたさに堪えきれず、「うん。……りんご、剥くね」とナイフで剥き始めた。

暫く剥いていると、背後からカズトが不意に尋ねた。
「ハルナ……、ペンダントさ……。この間、トオルに会った時、返したって言ったよな……」
「うん……。返したよ」
なぜ、突然そんなことを聞くの?
りんごを剥く手が、震えた。


「へぇ……。じゃ、これは?」
カズトの手には星のペンダントが揺れていた。



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幸福な夢を……

2006年03月21日 03時26分21秒 | 最終章 エターナル
昨日の夜は、なかなか寝付けなかった。
トオル君が隣りの部屋で眠っていると思うだけで、胸が締め付けられて眠れなかった。

明け方近くにようやくうとうとし始めた私が、朝起きると、トオル君の姿は既に見えなかった。

彼は何も言わずに去ってしまったんだ……
仕方が無いと、それだけのことを彼にしてしまったんだと、自分に言い聞かせようとしたけど、胸が痛み、涙が零れた。

私は朝食を辞退し、広い部屋で独り帰り支度を始めた。
きちんと畳んで置いてあったトオル君の浴衣の隣りに、自分の浴衣を並べて置いた。


宿を出ると、タクシーには乗らずに、駅までの道をゆっくりと歩いた。
既に開いているお店で、トモと、ママと、カズトに美味しそうなお土産を買った。

駅に着き、切符を出し、改札口を通った。
新幹線が滑るようにホームに入ってきた。

荷物を持ち、乗ろうとした瞬間、耳を疑った。

「ハルナーーーー!!!」
「……トオル…君……」

トオル君は、体を曲げ、肩でゼーゼー息をすると、「良かった……。間に合った」と笑った。

「宿に戻ったら、君はもう出たって聞いたから、焦ったよ」
トオル君は、ポケットに手を入れると、「これ……」と私に小さな包みを差し出した。

「何?」
私はその包みを手に取ると、開けようとした。
「新幹線の中で開けて」
彼は両手で、私の手を包むと、
「僕はもう少し、京都を散策してから帰るよ。1人で大丈夫?」
と、尋ねた。

頷く私の手を握り締めながら、彼は言葉を続けた。
「僕は来週アメリカに帰るよ」
「来週……?!」
そんな急に……そう言い掛けて、目を瞑った。
「君に会えて良かった。一緒に京都にまで来れて……」
でも、殆ど何も見れなかったね。
心の中で、彼に語り掛けた。

発車を告げるベルの音に、私は新幹線に乗った。
「元気な赤ちゃんを産んで!」
彼の優しい言葉に、私は精一杯頷いた。
「幸せに……幸せになるんだ!ハル……」
彼の言葉を遮るように扉は閉まった。

その瞬間、私の瞳から真実の想いが零れ落ちる……
トオル君は、突然目を見開き、動き始めた新幹線を追って駆け出した。

私は、扉に背を向け、号泣した。

トオル君……
たった一度でもいいから……
あなたに抱かれたかった

トオル君の腕の中で幸せな未来の夢を見てみたかった……

きつく結ばれた両手を開き、震える手でトオル君から貰った包みを開けた。

「安産祈願のお守り……」

これを買うために彼は今朝いなかったんだと、その彼の優しさが目にしみて、私は泣きながらその場に崩れ落ちてしまっていた。




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無償の愛

2006年03月20日 16時08分19秒 | 最終章 エターナル
トオル君はきっと怒ってる。
振り返りもせずに戸を閉めたトオル君の姿に、傷付く資格なんてないと思っても涙が出た。

私は声を押し殺して泣いていた。
時折、隣りでトオル君が寝返りを打つ音にびくっとしながら……

私はカズトとトオル君のことを同じように愛していると思っていた。


でも、分かってしまった。

カズトにホテルで抱かれた日……
私は、強く目を瞑り……
トオル君に抱かれていた。

カズトはきっともう気付いている。
知ってて、それでも彼は夫婦と言う絆を精一杯築こうとしている。

私も赤ちゃんのために、頑張ってもっとカズトを愛そうと思った。
トオル君よりも……


残酷な私……
残酷なカズト……

私は、カズトの妹にはなれても、恋人にはなれない。
それでも、もうカズトはこの赤ちゃんのようにかけがえのないヒトなんだ。


そっと涙を拭った時、静かに襖が開いた。
「さっきはごめん……。つい、かっとなって」
トオル君が私の枕元に座った。
「そこまで、体に負担を掛けても、あいつの元に帰りたいんだね」

違うよ。
私はもうあなたにこの体に触れて欲しくなかったの……
何度も、何度も、私はあなたの側にいる資格がないと思い知らされるのがつらいから、逃げたの。

全ての想いを飲み込んで、私は頷いた。

「そうか。君は片岡をやっぱり愛しているのか……」

住む世界が違うトオル君。
トオル君には絶対相応しい女性が現われるから。
だから、私のことはもう忘れて……
そして、そのまま私の想いに気付かないでいて……
私はさっき危うく「YES」と答えてしまいそうになった、身の程知らずな自分を恥じた。


「……うん」
「そうか」
トオル君は優しく私の頭を撫でると、部屋へ戻っていった。

トオル君……
トオル君……
あなたにはキラキラとした未来が……、私とは違う未来がある……

私はあなたを愛しているって言わない
あなたを心から愛しているから……



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君を帰さない

2006年03月20日 11時33分46秒 | 最終章 エターナル
気付くとトオル君に体を支えられていた。

「帰らなくちゃ……。私……」

足がもつれて、一歩が踏み出せない。
「君は……」
トオル君の声が頭の上から辛うじて聞こえてくる。

「落ち着いて」
抱きしめてくれるトオル君の温もりが伝わってきた。
「大丈夫だから」
「え?!」
「過労だって」
「……か、ろ…う?」
乱れた思考は、すぐには言葉の意味すら取れなかった。
「そう、過労だ」
「……過労」
体中の力が抜けて、トオル君の支え無しでは立てなくなってしまっていた。

「新幹線はまだ出ているから帰れなくもないけど……」
トオル君の腕が一瞬強く私を抱きしめた。
「帰したくない」
そう言うと、更に私を抱きしめる腕に力を込めた。

だけど、彼は腕を解くと、私の両手をそっと握った。
「……嘘だよ。帰ろう」

トオル君に手を引かれて部屋に戻った。
さっきまで温かかった私達の手はすっかり冷えていた。


部屋に戻ると、既に食事は下げられ、奥の和室には代わりに2組の布団が敷かれていて、私は体が硬直した。

トオル君は、服に着替えると「タクシーを呼ぶから、君も着替えてて」と部屋を出ようとした。
私は、丁度バッグから造血剤を取り出し、飲もうとしているところだった。
トオル君は、私の手を咄嗟に掴むと薬を手に取り、「貧血気味なの?」と尋ねた。

私が頷くと、彼はそのままそこに座り込み、考え始めた。
「ハルナ、お腹は?大丈夫?」
トオル君の手がお腹に伸びてきた。
それを私は両手でお腹を抑えると、「大丈夫!」と逃げた。

「ハルナ!」
トオル君はちょっとムッとしていた。
「だって……」
「……分かった。やっぱり、君を帰さない」
「え?!」

驚く私の隙をついて彼はお腹を触ると、「また、張ってるじゃないか」と怒った。
そして、やおら立ち上がると、隣りの和室に入っていって、1組のお布団をズルズルと引き摺ってきた。

「君はここ。僕はあっちの部屋で寝るから。今日は安静にするんだ」
そう言うと、彼は隣りの部屋に行きピシャリと戸を閉めてしまったんだ。



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フェア

2006年03月19日 21時23分39秒 | 最終章 エターナル
「どうぞ、おあがりやしておくれやす」
品の良いおかみさんが恭しく手をついて、差し出したお料理は、細やかな竹細工の上に、芸術的なまでに繊細な料理ばかりだった。

トオル君は、美しい箸さばきでそれらをひとつひとつ口に運ぶ。
こんな時、彼の育ちの良さをしみじみと感じる……

「あいつとは住む世界が違う」
カズトがそう言った彼の世界の一端を、まざまざと見せ付けられるような気がする。

「ハルナ、どうした?元気がないね。まさか、またお腹が張ってる?」
トオル君の気遣いに、首を振って微笑を返した。

「じゃぁ、どうした?」
トオル君は箸を置くとじっと私を見つめた。
「え?なんでもないよ」
トオル君は怖い。
一瞬で私の表情を読んでしまう……

「あ、あの……」
そう言い掛けた時、彼のケイタイが鳴った。
彼は、「ちょっと待って」と言うと、ケイタイに出た。
「はい。もしもし、……ああ、皆川さん」
彼はちらっと私を見て、微笑んだ。
「え!?……分かった。……有り難う」
トオル君が電話を切ると、何となく不安が過ぎって「トモ、……どうしたの?」と尋ねた。
トオル君は、一瞬考え事をしていたみたいだけど、私の「トオル君?!」と言う声に、顔を上げ、「いや、何でもないよ。ただ、電話してきたみたいだ」と答えた。

「それで、さっきの続き。風呂から帰ってから君の様子がおかしいんだけど、どうした?」
私は、言えなくて俯いた。
「僕達はずっと離れていた。だから、それをこれから話し合って埋め合わせていきたいんだ。君の心にもっと触れたい……。話してくれないか?」
トオル君の真剣な目に、心が震えた。
「カズトを……カズトを思い出してしまうの……」
トオル君の表情が強張るのが分かって、それだけ言うと口篭もった。
「……そうか」
彼は唇をきつく結ぶと、天井を見上げた。

「ごめんなさい……」
言うべきじゃなかったと私は後悔した。

トオル君は、「結構、きついな……」と小さく呟くと、腕を組んだ。
そして、暫く黙っていたけど、「僕もフェアに言うよ」と口を開いた。

「さっきの露天風呂。混浴だって僕は知っていた」
トオル君の告白に顔が真っ赤になった。
「……君に触れたくて黙ってた。ごめん」

それから、彼は真っ直ぐに私の目を見つめて「抱きたいんだ……」と言った。
鼓動が速くなり、喉が渇いていく。



「今の皆川さんの電話……」
彼はゆっくりと立ち上がると、庭に続くと言う戸の方に歩いていった。
そして、カラカラと音を立てて戸を開けると、下駄を履いて庭に出て行ってしまった。

「ハルナも、おいで。月が綺麗だよ」

綺麗な月が彼を吸い込んでしまいそうで、なんとなく恐くなる。
カランカランと音を立てて、彼は庭を歩き始めた。
私も慌てて、彼の丹前を持って後を追った。

「さっきの話を聞くと、尚更、君を帰したくないけど……」
トオル君は私が持ってきた丹前に手を通すと、黙って月を見上げていた。

だけど、やがて月の光を弾いてキラキラと輝く金髪をそっと掻き揚げると
「片岡が倒れたらしい……。君は、どうする?」と言った。



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2人の狭間で

2006年03月19日 08時50分56秒 | 最終章 エターナル
カズトは、私に赤ちゃんが出来たと知った日からアルバイトを始めていた。
私は一緒に住むようになってから知ったのだけど……

「医療系の翻訳は金になるからな」
カズトは英々辞書に目を落としながら笑った。
「でも、学校に、ボランティアにゼミのお手伝いに……カズト殆ど寝てないよ」
私はベッドに腰掛け、枕を抱きしめながら、所在無く足をプラプラさせていた。
彼は真剣な眼差しでパラパラと辞書を数頁捲り、「おお!これか!」と小さくガッツポーズをすると、急いで翻訳文を書き込んでいた。

「お前の心配はアリガテーけど、父親としてアカンボのミルク代とかオムツ代くらいは、出してーし。
何もかも、親掛かりってのもなんかやだしな」
「でも……」
「それに、こういう医学用語は結構何回も同じのが出てくるから、そのうち慣れてどんどん速く訳せるようになるさ。自分の勉強にもなって一石二鳥!」
そう言って数行ほどスラスラと書き込むと、パタンと辞書を閉じた。

カズトは、椅子から立ち上がり、ベッドに座っている私にキスをすると、私から枕を取り上げてお腹の赤ちゃんにもキスをした。
「オレが好きでやってんだから、お前は気にすんな」
カズトはお腹に頬擦りすると、赤ちゃんに語り掛けた。
それが、彼の欠かさず行う日課だった。
「おーい!チビスケ、ママン中は気持ちいいだろぉ~~。
いいよなぁ、お前は24時間体制で入れてもらえて……。
オレなんか全然挿れさせてもらえねーのになぁ……」
「な!なんてことゆーーのぉ!!」
私はカズトの頭をゲンコツで殴った。

……?
あれ?
無反応だ??
私が覗き込むとカズトは既に寝息を立てて眠っていた。


なぜ?
どうして、カズトを思い出すの?

「ハルナ?どうした?」
トオル君の声に、はっとなった。
「具合悪い?」
心配そうに彼は私の頬に手を添えた。

「あ、あの……。のぼせちゃった、かも」
トオル君は、恥かしそうに「ごめん。そろそろ上がろうか?」と笑った。




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