フラワーガーデン

ようやく再会したハルナとトオル。
2人の下す決断は?

心音

2006年03月10日 12時51分41秒 | 第13章 思愛編
ハルナがお風呂に入っている間に、僕はピザのケータリングを取った。

お風呂から上がるなり、ぐ~~っとお腹が鳴ってしまった君は、
「い、今のは赤ちゃんのお腹がなったんだよ!」と言い訳をした。
「はいはい。分かってるよ」
僕は笑いを噛み殺しながら、真っ赤になって席に着く君の前にお皿とフォークを差し出した。


君は今まさに生け捕ったハムスターのように、両のほっぺを膨らませて、美味しそうにピザを頬張っていた。

僕は肘杖を付きながら、
「よっぽどお腹が空いてたんだね……。
豪快な食べっぷりに百年の恋も醒めそうだよ」
と、クスクスと笑った。

君は急に真っ赤になって口をすぼめると、ぼそぼそと食べ始めた。

「冗談だよ。気にせず食べなよ」

外の雨垂れの音を聞きながら、僕達は2人だけの静かな食卓を楽しんだ。

「今日は泊まっていくといい……」
名残を惜しむ僕の提案に君は首を横に振る。



「おいで」
椅子に座って俯く君に、「こっちに来て、ベッドに横になって」と僕は言った。
「え?!」
驚く君の目の前に、ぬっと聴診器を差し出して
「赤ちゃんの成長を心配していたみたいだから……診察してあげるよ」と笑った。

「お腹、ちょっと出して。赤ちゃんの心音を聞かせてあげるよ」
渋るハルナの手を引いて、彼女の耳にイアーチップを入れると、チャストピースをお腹にそっと当てた。
服の上からははっきりとは分からなかったが、君のお腹は微かに膨らんでいて、正直、僕の胸はキリッと痛んだ。

ハルナの目が次第にくりくりと大きくなり、「凄い!」と驚きの声を上げた。

トクッ、トクッ、トクッ、トクッ……

「早い!……早過ぎるような気がするけど、大丈夫かな?」
僕は彼女からイアーチップを取ると、自分の耳に入れた。

力強い心音が聞こえてきた。
「……大丈夫。赤ちゃんは君が思っている以上に、心音が早いんだよ」

君はほっとしたようで「もう少し聞いててもいい?」と僕からイヤーチップを取り戻し、自分の耳に入れた。

君は嬉しそうに心音を聞いていた。

本物の聴診器は金属が当たって痛いからと、僕は子供の頃に使っていたバイノーラル部がしなる素材で出来たおもちゃの聴診器を持ってきた。
そして、お互いの片耳にイヤーチップを入れると、2人で赤ちゃんの心音を聞いていたが、やがて君は眠った。

雨音がシロフォンのように、優しく僕達を包み込む……

僕は、赤ちゃんのように体を丸めて眠る君をそっと抱きしめて、
「このまま時間が止ってしまえばいい……」
そう思いながら、いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。



翌朝、鳥達の囀りにはっと目を覚ますと、君は泡沫の夢のように消えていた。
「ハルナ……」
僕はまだ君の匂いが仄かにする枕に顔を埋めた。

チャリ……

枕の下に何かある……?!
僕はそっと枕を上げた。

……そこには、以前君に上げた星のペンダントが静かに光を放っていた。



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息吹

2006年03月10日 09時55分46秒 | 第13章 思愛編
君は一歩一歩慎重に僕の側に近寄ると、顔を強張らせながら包帯を巻き直した。
両手の包帯を巻き終えると、僕達はただ黙って見つめあった。

こんなに近くに君はいるというのに……
僕達は確かに愛し合っているのに……
僕達はなんて遠ざかってしまったのだろう……

君はバッグを手にすると、「もう少し温まってから行った方がいい」と言う僕の言葉に頭を振り、扉に向かって歩き始めた。

ハルナが行ってしまう。
全ての思い出を捨てて君は去ってしまう。

……ハルナ、行くな!
そう言う資格なんてもう僕には無い……
だけど、僕が無意識のうちに椅子から立ち上がった瞬間、君の歩が止った。

「あ……!」
君はそう言うと、突然ヘナヘナとその場にお腹を庇うように座り込んだ。

「どうした?」
僕は慌てて、駆け寄り君の肩を支えた。
君の目には涙が溢れ、次の瞬間、はにかむように笑った。

「赤ちゃん、……動いた」
「え?!」
「赤ちゃんが動いたの。初めて……」
僕は恐る恐る手の甲を彼女のお腹に当てた。
微かに手に振動が伝わってきた。
「……本当だ……」

君はポロポロ涙を流し、声を震わせた。
「良かった。今朝、病院に行ったら先生が、赤ちゃんの成長が遅れているかもって言ってたから……」
「……元気に動いてるよ」
「……うん」

お腹の中を小さく移動するような感触が、僕の手にまた伝わってきた。

生きている……

不思議な感覚が僕の中に流れ込んできた。


ずぶ濡れのままのハルナの肩に手を掛けると、穏やかな気持ちになれている自分に驚いていた。

「ハルナ……。やっぱり、このままの服じゃ赤ちゃんにも悪いよ。
ゆっくり、お風呂に浸かって体を温めておいで。
着替えは母の部屋にあるから持って来ておくよ。
それに、……君の赤ちゃんに誓って、もう何もしないから……」

ハルナはくすんと鼻を鳴らすと、黙って頷き、バスルームへと歩いていった。



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聖母

2006年03月10日 00時45分54秒 | 第13章 思愛編
微かに、君がその両手を僕の背中に回してくれたような気がした。

「ダメ……。トオル君……」

僕は顔を背ける君の髪に口付けすると、
「ようやく、名前で呼んでくれた」と微笑み、きつく抱きしめた。
「お願い……。トオル君、離して!」

君は離したら、もう二度と僕の腕の中には戻って来ないつもりなんだろう?
僕は唇を移動して、君の髪に、頬に、その赤い唇に、キスをしようとした。

「トオル君!ダメ!!」
君は全身の力をこめて僕の腕を振り払った。

「赤ちゃんを……カズトを……裏切りたくない……」

そう言いながら、幾筋もの涙を流し、壁際に崩れ落ちた。


僕は、もっとも聞きたくない質問を君に投げ掛けた。
「ハルナ……。君は……、片岡を愛しているの?」
「……友達とか、カズトだったら、大事に……してくれるって」
「片岡を愛してるのか?」
「……パパもママも、カズトだったら大丈夫だって……」
「違うよ!!!」
僕は包帯の取れかかった手で拳を握ると壁をドン!と強く叩き、真剣に彼女の瞳を凝視した。

「周りのことなんてどうだっていい!!僕は、君が、片岡を、愛しているのか、って聞いてるんだ!」
「…………愛してる……」
君の口からいとも簡単に嘘が零れる。

「……嘘だ」

僕が呟いた一言に、堰を切ったように君の唇から言葉が……、真実が溢れ出た。

「嘘でもいい!私の気持ちなんて関係ない!
この子の……、赤ちゃんの父親はカズトなんだもの!
私は……、私の全部で赤ちゃんを守りたい!
愛はこれから頑張って育てればいいもの!」


そう言いながら、涙を流す君の顔はぞくっと鳥肌が立つ位、綺麗だった。
幼い頃、両親に手を引かれて見たサン・ピエトロ寺院にあるミケランジェロのピエタ像が君の顔に重なる。



ああ……
君は、母親になる決意をしたのだと、この時、僕は初めて思い知った。

母としての美しい涙で……、そして、譬え様も無く清らかな愛で、君はその子宮に宿る嬰児(みどりご)を、守ろうとしているのだ、と思い知らされたんだ。





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痛み

2006年03月09日 19時29分34秒 | 第13章 思愛編
時々砂浜を歩いたり、腰を下ろしたりして僕は長い長い時間を過ごしていた。
冬にも拘わらず、数人のサーファーがボードを巧みに動かし、波を捕えていた。

午前中までは、春を感じさせるような暖かい陽射しが海辺を照らしていたが、午後からは天候が一変した。
ポツポツと小さな雨が降り始め、やがては徐々に大きな粒も混ざり始めてきた。
僕はコートに手を突っ込んで、ずっと海を見ていた。
見ず知らずの女の子が、傘を差し出し、僕にくれた。

まだ16時だと言うのに空は真っ黒になり、激しい雨の前に、遂にサーファーもいなくなった。

包帯に雨が染み込み、まだ塞ぎきれていない掌の傷口からの鮮血が包帯を真っ赤に染めていた。

ここに来てから、既に11時間が経っていた。



背後に不意に人の気配がして、さっきこの傘をくれた女の子かと思い振り向くと、ハルナ、君が立っていた。
「バカだよ……。藤枝君……」

君は俯きながら僕の方に歩いて来た。
そして、黙って僕の手を取ると、何かを渡そうとしたが、僕の包帯の血を見るなり、小さな悲鳴を上げ、手で口を覆った。

「ト……藤枝君!どうしたの、これ?」
僕は何も答えずただ君を見つめていた。
「包帯の替えとか、薬とかは?」
「……別荘」
「痛む?」
「少し……。大丈夫、後で自分で替えるよ」と答えた。

仕方が無い……
君を抱きしめたくて、自然と手に力が入って、傷口が開いてしまうんだ。

君は、じっと僕の手を見ていたかと思うと、いきなり僕の手を引いて車道に出た。
そして、タクシーを止めると、「手当てをするだけだから……」と車に乗り込んだ。


タクシーは10分もしないうちに僕の別荘に着いた。
「濡れるよ」
と、差し出す僕の傘を君は、「藤枝君こそ」と押し返した。

ずぶ濡れになっている君を心配して、
「とりあえず、シャワーを浴びた方がいい」と言う僕の言葉に、
「直ぐに帰るから……。薬と包帯は?」と、君は取り付く島もない。

僕が部屋の机の引出しを教えると、君はテキパキと包帯の替えを始めた。
「ひどい。どうして、こんな……」
君の顔が歪む。
「痛……い?」
包帯を巻きながら、君の声が震えた。

「……凄く、痛いよ。……心がね」
そう言うと僕は思わず君を抱きしめていた。



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さよなら

2006年03月09日 10時08分58秒 | 第13章 思愛編
予感はあった。

だけど、やはり君の口から聞きたくなかった。
聞かなくてはならないことだとしても……。

大事そうに抱えていた君のバッグからは式場のパンフレットが顔を覗かせていた。

「式……挙げるの?」
「うん……3月27日に」

君の誕生日だねと、言い掛けて止めた。

「もう会わない……」
君の言葉は、鋭い刃物となって僕の胸をでえぐった。

「カズトが、不安がってるの。トオルく……藤枝君のことで」

彼を『カズト』と、そして僕のことを『藤枝君』と君は言った。
その呼び方に、彼と君の数ヶ月を見せつけられる思いがした。


「じゃぁ……、さようなら……」
君は、左手を差し出した。

……なにが、さよなら、なんだよ。
君は今にも泣きそうなのに。
僕を愛していると、君の瞳は言っているのに。

「この手じゃ、握手できないよ」
僕は、彼女の握手を拒絶した。
「そか……。じゃぁ」
と言って、君はその左手を目の位置で横に振り、
「ばいばい、だね」と笑ったかと、思うと、くるりと踵を返し、家の門をくぐった。

「ハルナ!!」
僕は門に手を掛け、君を追おうとした。
「来ないで!!」
君は僕に背を向けながら、震える声で、「もう、私を見ないで」と言った。

「明日、僕は江ノ島のあの海岸で待ってる!君が来てくれるまで、待ってる!
君と、君ともっとちゃんと向き合って話したい」

君は、ドアのノブに手を掛けると、
「行かない。行けないよ……」
と小さく答え、ドアの向こう側に姿を消した。







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一番星

2006年03月08日 23時29分04秒 | 第13章 思愛編
夕闇迫る多摩川の土手を、君は鼻をぐすぐす鳴らしながら僕のコートの端を掴んで歩いていた。
この微妙な距離感が、今の僕たちの心の距離そのものみたいで、僕はもどかしさを覚えた。

ハルナ……
君は知らない……
僕が君の妊娠を知っている事を……
君の退学を知っているという事を……

そして、僕は分からない……
このことをどういうタイミングで切り出したらいいのかと言う事を……

空には既に一番星が、この上もなく清らかな光を放っていた。
川から吹き上げる夜風に君がくしゃみをしたから、僕は遠慮する君に無理矢理コートを着せた。
一瞬、絡んだ目線を君は気まずそうにずらした。

綺麗になったね。ハルナ。
あれから、髪も伸びたんだね。
そして、……少し痩せたね。

全ての言葉を飲み込んで、僕はただ一番星を見上げながら歩いた。


彼女の家の近くまで来た時、僕は彼女に勇気を出して尋ねた。
学校を辞めた位だから、尋ねるまでもなく、君の答えは分かっていたけど、でも君に聞きたかった。

「……子供、産む……の?」

君は驚き、唇がわなわなと震え、その目からは次第に涙が溢れた。
「……知って、……知ってたんだ」
「……うん」
「知ってって、どうして?」
「え?!」
「どうして、今まで黙ってたの?」
「どうしてって……」
「トオル君はいつだってヨユーで私の一生懸命を笑ってみてるよね?!」
「そんなことないよ!」

突然の彼女の言葉に僕は声を荒げた。

「前に、鳩に追われてお風呂に入った時だって、ずっと知ってて言わないし……今だって!」
「違うよ!そんなつもりでいた訳じゃないよ。
いつだって、いっぱい、いっぱいだよ。
……君の事が好き過ぎて。
今だって……君を傷付けたくなくて……いつ、切り出そうかと……」

ハルナの僕のコートを強く握り締める手が緩み、呆然とした目で僕を見ていた。
僕は下を俯きながら、君の本当の心に触れたいとそればかり願いながら、言葉を繋いだ。

「この間の……」
「え?」
「この間の、ドライブの時の答え……」
「……」
「君が初めてなんだ。抱きたいと思ったのも……、その心に触れたいと思ったのも」

無邪気に笑う君が好きだった。
君の側にいれば笑う事がこんなに簡単だったんだと、初めて知った。
その君がたった15歳で子供を産もうとしている。

痛々しかった……
それだけに、ハルナを陵辱した片岡を憎んだ。同時に守りきれなかった僕自身も。

産んでとは言えない……
だけど、堕ろしてとは決して言えない……

僕はこの苦しみの中で、本当にいっぱいいっぱいなんだ。



涙を拭い、顔を上げるとハルナはもう泣いていなかった。
一番星をすっと見上げると、「ごめんね」と小さく呟いた。

「赤ちゃん、産むことにしたの。
……私、片岡和人と結婚します」
君はそう言うと、唇をきゅっと噛みながら、澄んだその瞳で僕の目を真っ直ぐに見つめたんだ。




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再会の夕暮れ

2006年03月08日 17時41分16秒 | 第13章 思愛編
自家用ジェットは日本時間の16時に空港に着いた。

僕は機長への挨拶もそこそこに、準備された社用車に乗り込んだ。
多摩川近くの駅に近づいた頃には辺りは既に薄暗くなっていた。

駅の前に来た時、ここでハルナから片岡に抱かれたという告白をされたことを思い出し胸がズキズキと痛んだ。

ハルナに会って……会ってどうするんだ。
僕は何の回答も用意出来ないまま、ただハルナに逢いたい一心で日本に来てしまった。


何を言ったらいい?
どうしたら……?

君の存在は、いつでも僕から綿密な戦略や、計画性といった物を綺麗に削ぎ落としてしまうんだ。
頭を抱えていたその手を外し、ふと車窓の外に目をやると息が止りそうになった。

まさか……。

反対車線の向こう側にハルナが大事そうにバッグを抱えながら歩いているのが見えた。

ハルナ!?

僕は急いで窓を開け、懸命に叫んだ。
だけど夕暮れ時の喧騒は僕の声をハルナから遠ざけた。

「北村!すまない!ここで降ろしてくれ!!」

コートだけを掴み、僕は数メートル先の歩道橋を跳ぶように駆け上っていった。
すると、ハルナの方も歩道橋の反対側を上がり始めていた。

「ハルナーーーーーー!!!」

ハルナは、弾かれたように顔を上げ、橋の上の僕の存在に気付いた。
だけど、彼女は突然向きを変え、階段を駆け下り、僕から逃げ出した。

「ハルナ!!」
逃がさない!
せっかく君に逢えたのに……


僕は階段を駆け下りる途中で、橋の欄干に手を掛け、そのまま飛び降りた。
が、両掌を怪我していることを忘れていた。
鋭い痛みが掌に走り、そして次の瞬間、今度は鈍い痛みが肩に走った。

「痛っっっっっ!!!!」

そのままバランスを崩して、肩から歩道に落ちてしまっていた。
「大丈夫かい?外人さん!?」
「うっわぁ~!まじぃ~?!イタソー」
「誰か救急車呼んどくれよ!」
あっと言う間に人が集まって来て、僕の周りを取り囲んでいった。


僕は肩を庇いながら、再び立ち上がった。
今、ここで追わなかったら、一生君に逢う事が出来ないような気がしたんだ。


だけど、その時、君は人混みを掻き分け、大粒の涙を流しながら戻って来てくれた。
「……やってる…こと、……ムチャクチャだよ……トオル君……」

でも、お蔭で君は戻って来てくれた。
そして、僕は漸く君の視界に入る事が出来たんだ。
嬉しくて、嬉しくて笑みが零れた。
君の瞳には愛が溢れていたから。

「ト、トオル君!手!どうし……」
彼女の口を包帯した手で優しく塞ぐと、
「ただいま……ハルナ……。遅くなって、ごめん……」
そう言って涙に震える君の細い肩を抱き寄せたんだ。



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日本へ

2006年03月07日 10時33分28秒 | 第13章 思愛編
ミセス・マクダウェルはプンプン怒りながら僕の両手を包帯でぐるぐる巻きにしていた。

「Mr.フジエダ!全くもって不注意ですわ!」
「……すみません」

僕が項垂れて彼女から手当てを受けていると、ハインツが飛び込んで来た。
「トール!怪我をしたと聞いたのですが!?」

ミセス・マクダウェルは唇をわなわなと震わせると、
「そうなんですよ!ハインツさん。Mr.フジエダは割れた花瓶の破片の上に倒れて、そのままお手を付かれたらしくて……。『お手当てをなさらないと!』と、幾ら私が叫んでも、お聞きにならずそのまま外に出ようとなさるから……私……私……」
と、ううっと目頭をハンカチで抑えて泣き始めた。

「……それで、トールの頬に平手打ちを食らわしたと言う訳なんですね?」
僕の頬にくっきりと残るミセス・マクダウェルの手形をハインツは痛そうな目で見つめた。
「……す、すみません!私ったらなんてことを!」
僕はわーっと泣き崩れるミセス・マクダウェルの手を取り、首を振った。
「そんなことないですよ。有り難う……ミセス・マクダウェル。
お蔭で僕の頭はすっきりとしたんだ」

本当にその通りだった。
その瞬間、頭の中が急にさぁーっとクリアになり、冷静になれたんだ。

「ハインツ、すまない。僕はとても未熟でしかも我儘な人間だ」
「そ、そのようなことは決して!!って?どうされました?急に??」
「……僕を、今すぐ日本に帰して貰えないだろうか?」
「は?一体何を?」
「今が、大変な時期である事は十分認識しているよ」
「でしたら、なぜそんな事を?!」
ハインツの声は抗議を含んでいた。が、僕は構わず続けた。

「1ヶ月とは言わない。半月、いや、1週間でもいい……日本に行きたいんだ」
「……なぜ、日本に?と、お伺いしても?」
「僕の……僕の恋人の身に何か重大なことが起きたらしい。
僕は彼女に逢って力になりたい……」

ハインツも、ミセス・マクダウェルも「ええ!?トールに恋人!!」と心底驚いていた。

(なにげに、失礼だよ……君達)

ハインツは、暫く眉根を寄せて考え事をしていたが、やがてドンと胸を叩くと、笑って大きく頷いた。
「分かりました。日本にお帰り下さい!今すぐ、自家用ジェットをチャーター致しますから。フライトプランをミセス・マクダウェルもチェックしてもらえますか?」
「え?ええ!!よございますとも!!」
「それから、トールの権限の委任状を直ぐに作って下さい。会を開いている時間はありませんから、各自メールでサインを頂きましょう」

ハインツはくるりと僕の方を振り向くと、両肩をぽんと叩いた。
「お任せ下さい。必ず、1ヶ月以内にはお戻り頂けますね?」
僕は力強く頷き、「有り難う。ハインツ」と手を差し出した。
「その手じゃ、握手は出来ませんよ」とハインツは顔をくしゃくしゃにしながら笑った。

数時間後、僕は自家用ジェットの搭乗口にいた。
ハインツは、「Good luck! 」と親指を立て、
「あ!トール!!休暇の1ヶ月は、失恋休暇の1週間も含めて、ですからね!」
と、念を押した。

……一言、余計だよ。





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君の笑顔が

2006年03月06日 22時26分09秒 | 第13章 思愛編
受話器を置いて後、一瞬、全ての思考が止った。

彼女は、今、なんと言った?
……ハルナに赤ちゃん?
ハルナに??

「ははっ!まさか!!」
僕は口から飛び出そうとする心臓を慌てて掌で抑え、笑っていた。

力の抜けた体を支えようとして、サイドテーブルに手を置いたつもりが、その上の花瓶に誤って手を付いて落としてしまったようだ。
破片がまるでスローモーションを見るみたいに弾け飛び、絨毯の色を変色させながら、水がゆっくりと床に浸透していくのを、僕は何の感情も無くただじっと見ていた。

何かの間違いだ。
いや、聞き間違いだ。

だけど……
疑惑の念がゆっくり鎌首をもたげる。

だけど……、あの雨の日、彼女は言った。
片岡に抱かれたと……

まさか、あの時の子供なのか?


僕は崩れていく足元に辛うじて力を込めて、扉へと向かった。
ノックし入室してきたミセス・マクダウェルが驚きの目で僕を見ている事が分かる。
彼女は僕の袖を掴み行く手を阻もうとしている。
しかし、僕はそれを振り払い、崩れ落ちる砂地を踏むようなもどかしさの中、一歩でも日本に近づこうと必死で歩いた。

何かミセス・マクダウェルが懸命に何か叫んでいるようだったが、僕の耳には何も届かなかった。


ハルナ……
ハルナ……
ごめん……
君は僕に会いたがっていたのに……
君はいつも泣いていたはずなのに……
君はどんな気持ちであの最後のメールを打った?

僕は君の悲壮に満ちた決意を見落としてしまったんだ。


ハルナ、君の後姿が見える。
不安に怯え、泣いている君の肩が見える。

今でもこんなに鮮明に君を思い出せるのに……

でも、どうしても思い出せないんだ。
君の笑顔が……




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ハルナの消息

2006年03月06日 10時38分49秒 | 第13章 思愛編
僕は会議を必要最低限の議題に絞り、2時間ほどで終えると急いで部屋へと戻ってきていた。
ミセス・マクダウェルに調べて貰った学校へ電話したくて気持ちは急くが、日本はまだ朝の7時だ。

しかし、もしかしたら誰か来ているかも知れない……
一縷の望みを掛けて番号をプッシュしてみた。

「はい。O女学院でございます」
やった!人がいたぞ!!
僕は内心小躍りした。

「朝早く、すみません。実は、1年1組の『ソノダハルナ』さんのことで……」
「申し訳ございません。個人的なご質問にはお答えできない事に……
ところで……どちら様でございますか?」

僕は彼女が退学したと言う噂の真偽を問いたかったが、この質問自体、興味本位で聞いていると思われかねないと思い、断念する事にした。
また、身分を隠しての更なる質問は難しそうだと判断していた。
怪しまれるかもしれないが、だけど素直に直球で聞くしかないと質問を重ねた。


「実は、僕は彼女とお付き合いさせて頂いている者ですが、彼女の携帯がずっと切れていて繋がらないのです。急いで連絡をとりたいのですが」
「まぁ!では、あなたはあの時の方でしたか……」

……何の話だ?
僕は、この女性の言葉の意味が理解できなかったが、受話器を強く握り締めると、話を合わせて、慎重に質問を重ねた。

「ええ。そうです。彼女の携帯はソラで覚えているのですが、自宅の電話番号は急いで出て来てしまったために、うっかりその控えを家に置いて来てしまって……」
「あら、そうでしたの?ですが、最近は個人情報保護法の施行で学校としてはこうした質問には一切お答え出来なくなってしまいましたの」
「……そうだったんですか」

僕は失望しながらも、彼女が誰と話しているつもりなのか、それが知りたかった。
「ソノダさんはあれからお元気?」
「ええ……まぁ……」
「うちの学校は頭が堅くて、ごめんなさいねぇ。でも、彼女がその気になればいつでもどこでも学べますから、その気持ちを大切にとお伝え下さい」
「ありがとう、ございます。僕もそう思っていますよ」

この彼女の言葉にハルナが学校を退学したと言う噂は、本当だったと確信した。
しかし、これ以上のハルナの消息は聞けそうに無い。
やはり、一刻も早く日本に戻らなくては……

僕は、この女性にお礼を述べ電話を切ろうとした。
彼女も僕の言葉にほっとしたのか、最後に確かにこう言ったんだ……。



「片岡さん……。彼女に『母子共に体に気を付けて、元気な可愛い赤ちゃんを産んで下さい』とお伝え下さいね」



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