フラワーガーデン

ようやく再会したハルナとトオル。
2人の下す決断は?

大学へ

2005年10月24日 00時27分41秒 | 第5章 恋愛前夜編~トオルの章~
僕は「泣くな!泣くな!」と自分に言い聞かせながら、岐路に着いた。
人は我知らず人を傷つけてしまう罪を犯すと言う事実を生まれて初めて身を以って知った。

家に帰ると両親がリビングで深刻な顔をしながらソファに座っていた。
「あっ!徹。おかえりなさい」
マミィが弾かれたようにリビングのソファーから立ち上がった。

ダディも立ち上がり、僕に向かってこっちへおいでをした。
「徹。どうした?!顔色が良くないようだが・・・。また、具合が悪くなったのかい?!」
ダディは心配そうに僕の顔を包み込みながら尋ねた。
僕はその手から顔を逸らすと、
「ううん。大丈夫」
そう言って、自分の部屋に行こうとした。

「待って!大切な、お話しが・・・、あるの。・・・ここへ座って頂戴」
マミィが、ソファへ座るよう促した。

「実は、今日、大学側から連絡があってね・・・。
この秋から、君は大学の医学部への入学が許可されたんだよ」
ダディはひとつひとつ言葉を選ぶかのように慎重に僕に報告した。

僕は、あまりにも突然の話に驚いた。

そう言えば、僕は入院する前にテストをしていた。
数人の大人達と混じって。

「僕は、単なる実力考査テストって聞いていたけど・・・」
と、尋ねつつも、かなり高度な内容を不審に思っていたのも確かだ。

ダディが言うには、そのテストで僕はほぼ全課目で満点を採っていたらしのだ。
「是非、君に入学して欲しいと言う大学からの要請が13校から来ている。
だが、君はまだ8歳だ。
大学へ進学するのか、普通の子達と一緒に小学校に行くのか、それは自分で決めなさい」
ダディはあくまでも僕の意見を尊重すると言った。

僕は、普通じゃない。
それは多分サラの言ったことが正しいんだ。
きっと、その事で、大学に行っても、小学校に行っても僕は苦しむだろう。
ならば、僕は今、目の前にある事実をあるがままに受け取ろうと思った。


その年の秋、『8歳の大学生誕生』の記事が全米各誌の一面を飾った。




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閉ざされた心

2005年10月23日 22時10分03秒 | 第5章 恋愛前夜編~トオルの章~
僕は先生の申し出が嬉しくて、サラもきっと喜んでくれると思って、サラの方を向いた。

サラは俯いて涙を浮かべていた。
そして、きゅっと唇を噛み締め、部屋から駆け出していった。

僕は、驚いてサラを追い駆けた。
サラは2階にある自分の部屋のベッドで声を押し殺して泣いていたようだった。

「サラ・・・」
僕は部屋の外から呼び掛け、ノックをした。
返事は無かったけれど、胸騒ぎがして僕はそのまま扉を開けて部屋に入っていった。

サラは、ベッドでお布団を被って泣いていた。
僕はベッドに腰掛け、サラの頭を撫でた。

サラは、「トールが悪い訳じゃない事は分かってるの。でも・・・」
と、言葉を詰まらせながら泣いていた。

「私はピアノのランバート先生に教えて貰えるようになるまで、1年以上待ったの。
なのに・・・」
「サラ・・・」

僕はサラも喜んでくれるだろうと言う自分の奢った考えを恥じた。
「なのに!どうしてトールはいとも簡単に先生に教えてもらえるの!!」

サラの怒りと悲しみの言葉の前に僕は絶句した。


「・・・出て・・・って」
やがてサラは小さな声で言った。
「トールに私の・・・・・・、普通の人間の気持ちなんて分かんないよ!」

僕は目の前が真っ暗になるのを感じた。
僕は普通じゃない―――――
何度感じてきたことだろう。
それを今、彼女に正面から突きつけられた。

僕は、フラフラと戸口まで歩いて立ち止まり、「さっきのは冗談だよ」「ウソだから」と、否定してくれる言葉を待った。
僕はほんの少し前に重ねた唇を震える手で押さえた。

「・・・それでも僕は君が大好きだよ。サラ・・・」
それだけ言うのが精一杯だった。
だけど、布団に潜ったままのサラが心を開いてくれることは二度と無かった。



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サラのために

2005年10月23日 10時14分05秒 | 第5章 恋愛前夜編~トオルの章~
「あった!」
サラは古くて大きなオルゴールを見つけ出すと大事そうに抱きしめて、僕の手を取り階下へと走った。
「ママ!あったよ!」
サラのお母さんがゆっくりとねじを回すと、とても心地良い温かな音色が聞こえてきた。

トロイメライ

僕の大好きな曲だった。
「これをトール君に。少しでも心が癒されますように」
サラとお母さんは優しく微笑むと、涙ぐむ僕を二人で抱きしめてくれた。

僕の心の傷を少しでも癒そうとしてくれたんだ。

「サラ、ピアノを貸してくれる」
僕はこの日のために特訓した「エリーゼのために」をサラのために弾いた。
演奏を始めて暫くすると、ピアノの先生は突然ガタンと椅子から立ち上がり、つかつかと僕の方へやってきた。

「き、君はピアノを習っていないとサラから聞いたのだが・・・」
僕の肩に手を掛けて驚きの眼差しを向けた。

「え?!ええ。だけど、僕の家に遊びに来る学生さんの中にピアノを弾ける人がいて・・・。
その人に1週間教えてもらったんです」
僕はサラの方をちらっと見ながら答えた。
サラは喜んでくれただろうか・・・。

先生は、「1週間・・・・・・」そう呟くと、中腰になりながら僕に話し掛けた。
「トール君。ちょっといいかな?」
「はい?」
「私とちょっとピアノで遊んでみようか」
「・・・はい」
「ついてこれるかな?」
先生はピアノを弾き始めた。

30分くらい一緒に弾いただろうか。
先生が興奮しながら、
「素晴らしい!私はこの出会いを神に感謝したい!!
トール君、どうだろう。私にピアノを教えさせて貰えないだろうか」

と、僕の両腕を強く掴みながら言った。



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ストロベリーキス

2005年10月22日 21時40分49秒 | 第5章 恋愛前夜編~トオルの章~
アットホームな雰囲気でパーティは始まった。
サラのピアノの先生も加わって、話がとても弾んだ。

僕はサラからノーマン・ロクウェルのパズルを貰った。
僕からのプレゼントを渡そうとした時、サラのお母さんが、
「サラ、屋根裏部屋からあれを持ってきてくれるかしら?」と、ウィンクしながら言った。
「トールも一緒に来て!」
サラは強引に僕の手を引いて、階段を駆け上った。

屋根裏部屋は小宇宙のようだった。
電気をつけた途端、キラキラと七色に光るプリズムが天井から下がっているのが見え、床にはブリキのおもちゃ箱が幾重にも積み重なっていた。

「えーっと、確かここだったと思うんだけど・・・」
サラはそこここを探り始めた。
「僕も探すよ」
「え!いいよ!!お客さんだし・・・」

そう言って、振り向いたサラの顔を見て、僕は思わず吹き出した。
「鼻の頭、真っ黒だよ」
「え!!ヤダヤダヤダ!!」
サラは慌てて、手で顔を拭こうとした。

僕は、ポケットからハンカチを取り出すと、サラの鼻を優しく拭った。

その時、さっき二人で食べたストロベリーショートケーキの香りがした。

「サンキュ。トール」
それは一瞬のことだった。
サラの唇が優しく僕の唇に触れた。

「なっ?!えっ!!」
僕は驚きのあまりよろけて床にへたり込んでしまった。




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パーティ

2005年10月22日 10時31分36秒 | 第5章 恋愛前夜編~トオルの章~
僕は朝からワクワクしていた。

数日前にサラ・ミリテロからカードが来たんだ。
僕の退院を祝って、今日、パーティーを開いてくれると言う。

僕はサラに彼女のお気に入りの歌の楽譜をプレゼントしようと用意していた。

サラの家に着くと彼女は丁度ピアノのレッスンの真っ最中だった。
今日はハノン8番らしい。

僕が玄関のチャイムを鳴らすと、サラのお母さんが「まぁまぁ、トール!退院おめでとう。大変だったでしょう。さ、入って頂戴」
と、温かな笑顔で迎えてくれた。

サラは夢中で練習を続けていた。
僕が戸口に立っていても気が付かない様子だ。
やがて先生の方が先に僕に気付いて軽く会釈をしてくれた。
僕もちょこりと頭を下げた。

「あ!トール!!いらっしゃい!!」
サラは満面の笑顔で僕の方に飛んできた。
僕より2歳上とは思えない位、元気で陽気なサラ。
捲いたブルネットの髪には、白いカチューシャ。
2つのブルーアイの間には不規則にそばかすが元気良く散らばっていた。
僕はこの年上の女の子が大好きだった。

「先生!この子がトール君!!すごいんだよぉ~。トール君って何でも出来るんだよぉ」
サラはえっへん!って感じで僕を紹介した。

「ほぉ。君がトール君か、サラ嬢からお噂はかねがね・・・」
サラがあまりにも大袈裟に言うので、僕は恐縮して首を窄めてしまった。

教授風で体格の良いその白髪の男性は、銀縁メガネをひょいと持ち上げると僕に優しい微笑を向けた。




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直感

2005年10月21日 21時54分18秒 | 第5章 恋愛前夜編~トオルの章~
政府が?僕達を??
キンケイドの唐突過ぎる質問に僕は言葉を失った。
ただ、呆然と彼を見つめていた。

「まさか、・・・知らなかったのか?!」
今度は、キンケイドの方が驚き、次の瞬間、バツの悪そうな顔をした。

「悪かったな・・・」
そう言うと、頭を抱えながら、どさっと重たい体を椅子に沈めた。

長い沈黙の後、彼は足を引き摺るように部屋を出ようとした。

「Mr.キンケイド!」
僕は思わず彼を呼び止めた。
でも、呼び止めて何を話すと言うんだろう・・・。

「あなたは一体何を知りたかったんですか?そして、何を知っているんですか?」
僕は精一杯考え得る質問をした。
だけど、彼の返事は僕の質問に対して答えてはくれなかった。

「君は『アリシア』を知っているか?」
「・・・『アリシア』?」

彼が再び上着の内ポケットに片手を忍ばせた時、マミィがやってきてドアを開けた。

「あなたは?」
マミィは驚きながら尋ねた。

キンケイドはさっと態度を変え、「いや~、すんません。
実は、息子がこの部屋に入院していると聞いて尋ねたんですけどねぇ。
どうも、別の部屋に移っていたみたいで・・・」
そう言いながら、マミィにペコペコ頭を下げながら部屋から出て行った。

僕は右手の中でくしゃくしゃになった名刺を、マミィに気付かれないようにそぉっと枕の下に隠した。

ワシントン・ポスト紙
記者
ヒューバート・キンケイド

彼は何かを知っているんだ。
彼はきっと僕の今までの謎を解く鍵を握っているに違いない。
そう直感したんだ。



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謎の男

2005年10月21日 02時12分06秒 | 第5章 恋愛前夜編~トオルの章~
この男、ヒューバート・キンケイドは、一見、慇懃な態度で僕に質問を始めた。

「トール・フジエダ。君は、3年前にある事故機に乗って日本から戻ってきたんだよね」

キンケイドの物腰は柔らかだった。
だけど、彼のその態度はかえって僕に警戒感を抱かせた。

「・・・・・・」
「だんまり、か。まぁ、いい」

キンケイドはベッドサイドにパイプ椅子を引き寄せると、背もたれをくるりとこちらの方に向け、椅子に跨り、背もたれを抱き抱えるようにしながら、まんじりと僕を見やった。

「その時に、乗客は皆一様に可笑しな事を言っているんだ。・・・天使がいたってね」
「・・・・・・」
「その彼らの言う容姿が、とある誰かさんの容姿に正にピタリと一致するんだな。これが」
「・・・・・・」
「またまただんまりですか」
彼はヤレヤレと言った感じで両手を上に上げ、肩を窄めた。



僕は努めて平静を装い、表情を読み取られまいと下を向いていた。

彼は上着の内ポケットに手を忍ばせ、2枚の写真を僕のベッドの上にポンと放り投げた。

その写真には、僕、そして両親がそれぞれ飛行機から降りてきた航空機事故当時の様子が写されていた。
キンケイドは、写真をこつんこつんと人差し指で叩きながら質問を続けた。

「僕は君に非常に興味を持ってね。・・・で、調べたんだよ。
だけどね。君の名前も、ご両親の名前も、搭乗者記録には無かった・・・。
どうしてだろうね?」

僕は驚いて、思わず顔を上げてしまった。
キンケイドは張っていた網に獲物を捕らえたと言わんばかりのくつくつとした笑いを漏らした。

「さて、ここからが、質問の本題だ」

彼は確かに笑っている。
でも、何だろう。この違和感は・・・。
ずっとそう思っていた。

その疑問が今解けた。
そう、彼は一度も笑ってなんかいなかった。
ただの一度も、彼の目は・・・・・・。
キンケイドはゆっくりと立ち上がると、今まで侮蔑を含んだ態度とは別人のような真摯な口調で僕に語り掛けた。

「君は一体、何者なんだ?どうして政府は君を、君達を匿うんだ?」



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夢魘

2005年10月18日 23時17分09秒 | 第5章 恋愛前夜編~トオルの章~
僕は何度もあの男に追いかけられる夢を見ては起きた。
無事に逃げ果せたハイな状態から、僕は悪夢に悩まされた。
外傷後ストレス障害。
PTSD――――。
心に巣食う病魔と戦う日々が始まっていた。

その日も僕は男に追いかけられ、捕まる寸でのところで目が覚めた。
冷たい汗が額に滲んでいた。

ふと窓辺に目をくれると夕日が差し込み始めていた。
「もうこんな時間・・・」
そう言いかけて、窓の際の人影に気付いた。

「誰だ!!」
僕はベッドから跳ね起きて、黒い人影に向かって叫んだ。

無精髭をはやし、ルーズにネクタイを結んだ40代半ばの男はゆっくりと隅から出てくると、夕陽を背後に僕の方へと歩いてきた。

「驚かせてすまなかったね。実はこういう者で・・・」
男は僕に名刺を渡した。

僕は心的な動揺があるといけないという病院側の配慮から、両親以外の人間とは一切面会しないことになっていた。

「どうやってここに・・・」
大声で叫ぶ僕に向かって男は、
「しーーっ!美人なナースさん達に気付かれて押しかけられたら、オジサンの身が持たないよ」
と、人差し指を立てながら僕の目を鋭く見据えた。

「君が僕の尋ねることにちゃぁぁんと答えてくれたら、直ぐに消えてあげるよ」
男は口の端をにっと上げると不敵な笑みを浮かべた。



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2005年10月18日 02時10分21秒 | 第5章 恋愛前夜編~トオルの章~
その瞬間のことはよく覚えていない。
目の前が真っ白になり、体が大きな光に包まれるような感覚があった。

ドン

という最初の強い衝撃で僕は気を失っていたようだ。

僕を乗せた車は、大型子供専用玩具店に突っ込んだそうだ。

そこにあるボールプールやふわふわのバルーントランポリン、幾つも積み重ねられていた段ボールがクッションとなって、車は大破することなく止まった。
当時は夕方だったこともあり、客も疎らだった。
そのため、事故に巻き込まれ軽度の怪我を負ったのは僕と店にいた店員の二人だったそうだ。



僕が光のあの瞬間から目を覚ましたのは事故から丸1日明けた深夜の病院だった。

両親が泣きながら僕を抱きしめてくれた。
そして、スーチンもずっと付き添っていたらしく、真っ赤に泣き腫らした目で「ごめんなさい!ごめんなさい!!」とベッドの横で跪きながら僕の手を取っていた。
僕はスーチンの手を軽く握り返し、「大丈夫だから、泣かないで」と言った。

異常が無いか脳波の検査をしたり、PTSDの経過を調べるために入院をすることになった。



あの日の翌日の新聞には僕の誘拐事件が大きく取り上げられていた。

男は事故の現場から逃げ去っていたが、特徴を覚えていた店員の証言と、男を捜して近くを巡回していた警察に捕まっていた。

車は盗難車だったから、この巡り合わせがなければ、男はまだ逃亡していたかもしれない。


そして、数日後、警察が男の自宅を捜査した結果更に驚くべき事実が発覚していた。

男の自宅とその庭からは、死後10年以上経つものからほんの数週間前のと思しき何人もの少年の遺体が発見された。
一部は白骨化して判別も難しいため、DNA鑑定へ送られたと書いてあった。

少年達は皆、金髪という特徴で一致していた。
その記事には最近の犠牲者とされる数人の金髪の少年の生前の写真が載っていた。
まだあどけない、僕と同じ年くらいの写真の少年達は皆、僕に向かって微笑みかけていた。

僕が助かったのはきっと彼らが僕を守ってくれたからなんだ。
僕は運が良かっただけなんだ。


そう思うと、涙を堪えることが出来ず、病院のベッドで枕に顔を埋めて大きな声を上げて泣いた。



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死闘

2005年10月14日 23時41分27秒 | 第5章 恋愛前夜編~トオルの章~
飛行機に続き、今度は誘拐なんて・・・

「本当にツイテナイ・・・」
僕は独り言を言った。

すると、男が

「んぁ?!なんか言ったか?坊主?」
と、僕の方を振り向いた。

男の目の周りはどす黒くうち窪んでいて、その動作は落ち着きがなかった。
何日もお風呂に入っていないと思しき髪は、顔や首筋に張り付き、油っぽくべたついていた。

クスリをやっているのかもしれない・・・。
その証拠に男は目が乾くのかしきりに目を擦っていた。

「吐きたいって言ったの。車に酔っちゃったみたい」
「・・・・・・」
「ねぇ。車、止めて。吐きそう」
「・・・・・・吐けばいい」
「嫌だよ」
「俺は構わねぇさ」

やはり、常套手段ではダメだ。

僕はシートの下に沈みこみながら、
「本当に吐きそうなんだ」
と、再度言ってみた。
男は不気味なまでに無反応だった。

「うっ!!」
僕は吐き気を催すフリをして、口を押さえた。

男が徐にティッシュボックスに手を伸ばしたその瞬間、
僕は男の足元に滑り込み渾身の力でアクセルを押した。

「な!なにをするんだ!!」

男は慌てて僕を下から引き摺りだそうとした。
だけど、僕は必死でアクセルを押し続けた。
車はぐんぐんと加速していった。

そのため男は、運転に集中せざるを得ない状況となり、形勢は逆転した。

車は猛スピードで蛇行を続けた。
周囲からクラックションを鳴らす音と、怒鳴り声が聞こえてきた。

この速度でまともにクラッシュしたら、僕も男も助からないことは分かっていた。

燃料切れが早いか、クラッシュするが早いか・・・。
とにかく人目を惹くことには成功したと言っていいだろう。

「放せ!このガキゃぁ!!」
男は左手で何度も僕を殴ったけれど、僕は男の両足の自由を自らの体で固定することで奪っていた。





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