フラワーガーデン

ようやく再会したハルナとトオル。
2人の下す決断は?

心音

2006年03月10日 12時51分41秒 | 第13章 思愛編
ハルナがお風呂に入っている間に、僕はピザのケータリングを取った。

お風呂から上がるなり、ぐ~~っとお腹が鳴ってしまった君は、
「い、今のは赤ちゃんのお腹がなったんだよ!」と言い訳をした。
「はいはい。分かってるよ」
僕は笑いを噛み殺しながら、真っ赤になって席に着く君の前にお皿とフォークを差し出した。


君は今まさに生け捕ったハムスターのように、両のほっぺを膨らませて、美味しそうにピザを頬張っていた。

僕は肘杖を付きながら、
「よっぽどお腹が空いてたんだね……。
豪快な食べっぷりに百年の恋も醒めそうだよ」
と、クスクスと笑った。

君は急に真っ赤になって口をすぼめると、ぼそぼそと食べ始めた。

「冗談だよ。気にせず食べなよ」

外の雨垂れの音を聞きながら、僕達は2人だけの静かな食卓を楽しんだ。

「今日は泊まっていくといい……」
名残を惜しむ僕の提案に君は首を横に振る。



「おいで」
椅子に座って俯く君に、「こっちに来て、ベッドに横になって」と僕は言った。
「え?!」
驚く君の目の前に、ぬっと聴診器を差し出して
「赤ちゃんの成長を心配していたみたいだから……診察してあげるよ」と笑った。

「お腹、ちょっと出して。赤ちゃんの心音を聞かせてあげるよ」
渋るハルナの手を引いて、彼女の耳にイアーチップを入れると、チャストピースをお腹にそっと当てた。
服の上からははっきりとは分からなかったが、君のお腹は微かに膨らんでいて、正直、僕の胸はキリッと痛んだ。

ハルナの目が次第にくりくりと大きくなり、「凄い!」と驚きの声を上げた。

トクッ、トクッ、トクッ、トクッ……

「早い!……早過ぎるような気がするけど、大丈夫かな?」
僕は彼女からイアーチップを取ると、自分の耳に入れた。

力強い心音が聞こえてきた。
「……大丈夫。赤ちゃんは君が思っている以上に、心音が早いんだよ」

君はほっとしたようで「もう少し聞いててもいい?」と僕からイヤーチップを取り戻し、自分の耳に入れた。

君は嬉しそうに心音を聞いていた。

本物の聴診器は金属が当たって痛いからと、僕は子供の頃に使っていたバイノーラル部がしなる素材で出来たおもちゃの聴診器を持ってきた。
そして、お互いの片耳にイヤーチップを入れると、2人で赤ちゃんの心音を聞いていたが、やがて君は眠った。

雨音がシロフォンのように、優しく僕達を包み込む……

僕は、赤ちゃんのように体を丸めて眠る君をそっと抱きしめて、
「このまま時間が止ってしまえばいい……」
そう思いながら、いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。



翌朝、鳥達の囀りにはっと目を覚ますと、君は泡沫の夢のように消えていた。
「ハルナ……」
僕はまだ君の匂いが仄かにする枕に顔を埋めた。

チャリ……

枕の下に何かある……?!
僕はそっと枕を上げた。

……そこには、以前君に上げた星のペンダントが静かに光を放っていた。



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息吹

2006年03月10日 09時55分46秒 | 第13章 思愛編
君は一歩一歩慎重に僕の側に近寄ると、顔を強張らせながら包帯を巻き直した。
両手の包帯を巻き終えると、僕達はただ黙って見つめあった。

こんなに近くに君はいるというのに……
僕達は確かに愛し合っているのに……
僕達はなんて遠ざかってしまったのだろう……

君はバッグを手にすると、「もう少し温まってから行った方がいい」と言う僕の言葉に頭を振り、扉に向かって歩き始めた。

ハルナが行ってしまう。
全ての思い出を捨てて君は去ってしまう。

……ハルナ、行くな!
そう言う資格なんてもう僕には無い……
だけど、僕が無意識のうちに椅子から立ち上がった瞬間、君の歩が止った。

「あ……!」
君はそう言うと、突然ヘナヘナとその場にお腹を庇うように座り込んだ。

「どうした?」
僕は慌てて、駆け寄り君の肩を支えた。
君の目には涙が溢れ、次の瞬間、はにかむように笑った。

「赤ちゃん、……動いた」
「え?!」
「赤ちゃんが動いたの。初めて……」
僕は恐る恐る手の甲を彼女のお腹に当てた。
微かに手に振動が伝わってきた。
「……本当だ……」

君はポロポロ涙を流し、声を震わせた。
「良かった。今朝、病院に行ったら先生が、赤ちゃんの成長が遅れているかもって言ってたから……」
「……元気に動いてるよ」
「……うん」

お腹の中を小さく移動するような感触が、僕の手にまた伝わってきた。

生きている……

不思議な感覚が僕の中に流れ込んできた。


ずぶ濡れのままのハルナの肩に手を掛けると、穏やかな気持ちになれている自分に驚いていた。

「ハルナ……。やっぱり、このままの服じゃ赤ちゃんにも悪いよ。
ゆっくり、お風呂に浸かって体を温めておいで。
着替えは母の部屋にあるから持って来ておくよ。
それに、……君の赤ちゃんに誓って、もう何もしないから……」

ハルナはくすんと鼻を鳴らすと、黙って頷き、バスルームへと歩いていった。



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聖母

2006年03月10日 00時45分54秒 | 第13章 思愛編
微かに、君がその両手を僕の背中に回してくれたような気がした。

「ダメ……。トオル君……」

僕は顔を背ける君の髪に口付けすると、
「ようやく、名前で呼んでくれた」と微笑み、きつく抱きしめた。
「お願い……。トオル君、離して!」

君は離したら、もう二度と僕の腕の中には戻って来ないつもりなんだろう?
僕は唇を移動して、君の髪に、頬に、その赤い唇に、キスをしようとした。

「トオル君!ダメ!!」
君は全身の力をこめて僕の腕を振り払った。

「赤ちゃんを……カズトを……裏切りたくない……」

そう言いながら、幾筋もの涙を流し、壁際に崩れ落ちた。


僕は、もっとも聞きたくない質問を君に投げ掛けた。
「ハルナ……。君は……、片岡を愛しているの?」
「……友達とか、カズトだったら、大事に……してくれるって」
「片岡を愛してるのか?」
「……パパもママも、カズトだったら大丈夫だって……」
「違うよ!!!」
僕は包帯の取れかかった手で拳を握ると壁をドン!と強く叩き、真剣に彼女の瞳を凝視した。

「周りのことなんてどうだっていい!!僕は、君が、片岡を、愛しているのか、って聞いてるんだ!」
「…………愛してる……」
君の口からいとも簡単に嘘が零れる。

「……嘘だ」

僕が呟いた一言に、堰を切ったように君の唇から言葉が……、真実が溢れ出た。

「嘘でもいい!私の気持ちなんて関係ない!
この子の……、赤ちゃんの父親はカズトなんだもの!
私は……、私の全部で赤ちゃんを守りたい!
愛はこれから頑張って育てればいいもの!」


そう言いながら、涙を流す君の顔はぞくっと鳥肌が立つ位、綺麗だった。
幼い頃、両親に手を引かれて見たサン・ピエトロ寺院にあるミケランジェロのピエタ像が君の顔に重なる。



ああ……
君は、母親になる決意をしたのだと、この時、僕は初めて思い知った。

母としての美しい涙で……、そして、譬え様も無く清らかな愛で、君はその子宮に宿る嬰児(みどりご)を、守ろうとしているのだ、と思い知らされたんだ。





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