フラワーガーデン

ようやく再会したハルナとトオル。
2人の下す決断は?

回想

2005年09月09日 21時05分23秒 | 第3章 恋愛パズルメント編~ハルナの章~
まさか、これは夢だ。
だって、トオル君が私のことを好きだなんて、そんな都合の良いことありえないよ。
私は浴衣についた砂を払いながら、トオル君の声が聞こえなかったフリをしてヨロヨロと立ち上がった。

「車、遅いね」
「……好きだ」

トオル君は座ったまま私の手首を掴み、私を見上げるようにもう一度言った。

「うん、私もトオル君のこと好きだよ」

私は冗談にしてしまいたくて、そう答えたけど、トオル君は頭を横に振った。

「そう言う意味の『好き』じゃない」
真っ直ぐに、私を見つめるトオル君の目は真剣だった。

私は覚悟を決めて、トオル君の横に座り直した。
「……私達、まだ2、3回しか会った事がないんだよ」
「…………」
「ちゃんと、話したのだって、この間が初めてなんだよ」
「……」
「なのに、どうして、好きだなんて……」

好きだなんて言い切れるの?
心臓が止まりそうで言葉が続かなかった。

「私達、出会ってまだ1ヶ月も経ってない」

そう言い掛けて、トオル君は言葉を遮った。

「それは違う」
「えっ?違うって」
「君は覚えていないかもしれないけど、僕達は2年位前に出会ってるよ。少なくとも僕は覚えてる」
「2年前?」
「次に見掛けた時、君は可愛い花のブーケと小さな紙袋を持って泣きながら走ってたね」
「え!?」
「あの時は、腰くらいまで髪があったかな」

私は驚いて立ち上がった。

トオル君も立ち上がって、私の瞳を見つめながら言った。

「翌日、君はばっさりと髪を切ってしまっていた。それから君は笑わなくなったね。」



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告白

2005年09月08日 22時09分39秒 | 第3章 恋愛パズルメント編~ハルナの章~
花火を見上げながら、三人で人混みを掻き分けて歩いた。
男の子はちょっと安心した様子で、トオル君の肩車で花火を楽しんでいた。

やがて男の子の家族が見つかり、両親は興奮しながら、トオル君にお礼を言っていた。
トオル君が上海語で答えると、その流暢な話し方にとても驚いていた。
男の子はトオル君に教えて貰った日本語で「またね」と言いながら、私達に手を振ってくれた。

トオル君は、しきりに私の足を心配していた。
携帯で別荘へ連絡をすると、ふぅっと溜息を吐いてガードレールに寄り掛かった。

「車で迎えに来てくれるって。でも、海岸線沿いはすごく混んでいるみたいだから、遅くなるかもしれない。これ以上、腫れないといいけど」


そうこうしているうちに、花火も終盤に差し掛かり、大掛かりな打ち上げ花火がより華やかに夜空を彩り始めた。
私たちは道路際のガードレールに二人で寄り掛かりながら花火を眺めていた。

「あの子、無事に家族の元に帰せて良かったね」
「そうだね」

トオル君の手が自然に私の肩に掛けられ、私を抱き寄せた。
私は急に気持ちが落ち着かなくなって、花火どころじゃなくなってしまった。

「トオル君……あの、手……」
どうしよう……。
どきどきして、身体が硬直してくる。

「さっきの答えなんだけど」
「……へっ?!」

え?!と、聞き返すつもりが、喉がつっかえて変な相槌になってしまった。
トオル君は、お腹を抱えて笑いをかみ殺していた。

「もう!笑わないで!!」
「笑いのツボを押すハルナちゃんが悪いよ」

私がむぅっとして抗議すると、トオル君は咳き込みながら笑ってた。
私はあっかんべをするとむぅっとむくれた。

「トオル君なんか、嫌いです」
「……僕は好きだよ。君のことが」

そう言うトオル君の目は既に笑ってなんかいなかった。

「それが言いたくて、君を連れ出したんだ」



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困惑

2005年09月07日 02時50分52秒 | 第3章 恋愛パズルメント編~ハルナの章~
はにかみながら笑うトオル君の笑顔に胸が震え、思わず彼から目を逸らした。

「今、着けてもいいかな?」

私は、止め具を外して着けようとしたけど、手が震えてなかなか上手く外せなかった。

「僕がやったげようか」

トオル君はいとも簡単に止め具を外して、私に着けてくれた。

「わぁ、可愛い。有り難う」

シルバーの星のペンダントヘッドには、よく見るとお星様の中に小さな真珠が付いていた。

「真珠も付いてる」
「それは天使の涙なんだって。もし、君につらいことがあったら、その天使が君の代わりに涙を流して、そのつらい気持ちを浄化してくれるそうだよ」
「……つらい気持ち」

私はそのペンダントを見つめながら、かずにぃとのことをふと思い出していた。
トオル君は、「気に入って貰えて良かった」と笑った。

花火も中盤にさしかかろうとした頃、トオル君は携帯で浜にいる友達に電話をして、私が足を挫いたから先に別荘に帰って手当てすることを告げた。

「ごめんね」
「いや。元はと言えば、僕が強引過ぎた。ごめん」
「そう言えば、どこに行こうとしたの?」
「え?あー。それは……その……」


トオル君がシドロモドロ答えようとした時、近くで、子供の泣き声がした。

その泣き方が尋常ではなく、周りの大人達も小さな男の子を囲んで困った顔をしていた。

「困ったね~。迷子になったみたいなんだけどね~。どうも、日本人じゃないみたいで言葉が通じないんだよ」
皆は口々に状況を伝え合い、困惑していた。

トオル君が歩み寄って、幾つかの言葉を掛けると、その子は急に泣くのを止め、顔を上げてしゃくりあげながらも話し始めた。
すると、トオル君はその子をひょいと肩に乗せて、肩車をして歩き始めた。

「トオル君、この子は?」
「やっぱり、迷子らしい。家族で花火を見に来たみたいなんだけど、場所を離れて出店にかき氷を買いに来たら、場所が分からなくなったんだって」
「日本語が通じないって言ってた」
「うん。この子は1週間だけ、上海から父親のいる日本に家族で遊びに来ている中国人だって」

トオル君は更に男の子と会話をしながら、かき氷のお店へと向かった。

「ハルナちゃん。足、大丈夫?」
「うん。それより、この子の家族を見つけよう」
「OK」
「トオル君は中国語も出来るの?」
「昔、僕のナニーが中国人だったからね」
「ナニーって?」
「ええっと、ナニーっていうのはお手伝いさん兼家庭教師みたいなもんかな。中国には北京語、上海語、福建語、広東語と言った幾つかの言語があって、その中でも、ナニーが教えてくれたのが、この子が話している上海語と北京語だったんだ」

私は何気なく話すトオル君の小さい頃の事を聞きながら、彼が全く違う世界の住人のような気がしていた。

トオル君は一体何者なんだろう。
話せば話すほど分からなくなってくる。

それはまるで、ばらばらのパズルを寄せ集めて必死に埋めようとしてる作業をしているのに似ていた。



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捻挫

2005年09月06日 23時38分47秒 | 第3章 恋愛パズルメント編~ハルナの章~
「ずるいぞ!トオル!!」
「ヒュー♪ヒュー♪」
「ハルナばっかりずるーい!!」

冷やかしややっかみなんか気にしないと言った感じで、トオル君は強引に私の手を引いていく。

トオル君に手を引かれて浜を突っ切っている最中に、最初の花火が上がった。
みんな歓声を上げて、花火に魅入っていた。

「トオル君、一体どこに行くの?待って」

トオル君は強引に手を引いて、歩を緩めない。

「待って!あっ!!」

私は浜から上がる階段に躓いて足をくじいてしまった。

「……痛いっ!」

トオル君は振り返ると、跪いた。
「ご、ごめん。挫いちゃったかな……」
「大丈夫。心配しないで」

私は少し痛む足でひょこひょこと歩き、立ち上がろうとした。
だけど、足がズキズキして、その場にしゃがみ込んでしまった。

トオル君は、屈むと、私の脇に手を通しヒョイと抱き上げた。

「え?!うそ。私、重いから下ろして!歩けるよ」
「とりあえず、別荘に行くしかないか。ちょっと我慢して」

トオル君は私の言葉に耳を貸さず、そのまま、平気な顔して歩いていった。

「あの……重くない?」
「うん。すんごく、重い!」
「え!降ろして!今すぐ降りるから!!」
「冗談。軽いよ」

大騒ぎする私を横目に、彼は柔らかく笑った。
そして、芝生のあるところまで来るとそっとその上に座らせてくれた。
海上には大きな枝垂れ柳の花火が満開の花を咲かせ、観客の歓声が一層大きくなっていた。
枝垂れ柳の先端がキラキラと星のように光りながら流れ落ちると、辺りからは拍手が沸き起こっていた。

トオル君は徐にパーカーのポケットに手を入れ、小さな箱を私に差し出すと、「開けてみて」と私に差し出した。

ドキドキしながら震える手で箱を開けてみると、中にはとても可愛いお星様のペンダントが入っていた。

「可愛い……」

私はペンダントを取り出すと、目の前に翳した。

「これ、私に?!」
「うん。僕が誤ってバッグで殴っちゃった分と、スナフキンのお詫びの分」

トオル君は頷いて、照れ臭そうに笑った。



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脱走

2005年09月06日 01時29分52秒 | 第3章 恋愛パズルメント編~ハルナの章~
暫くすると、スズとトモがアイスを片手にコンビニから出てきた。
でも、トオル君を見るなり、二人共舐めていたアイスを背後に隠した。

「きゃぁ!ナマトオル君だ!!」

スズとトモは大興奮してその場でピョンピョン飛び跳ねた。

トオル君は、改まった感じで二人に恭しくお辞儀をした。
「初めまして。今日は遠かったでしょう?」
「そんなことありませ~ん!憧れのトオル君を間近に見て喋れるなんて、もう死んでもいい!!!!!」

二人はトオル君の両サイドに回り込み、腕を通したかと思うとしな垂れかかった。

トオル君は困惑しつつも、当り障りのない会話をしながら私達をエスコートしてくれた。


浜に着くとトオル君の友達4~5人が、大きなシートで場所取りをしていた。

「おーい!トオル!!」

私達と目が合うと、「あ。ども」と、友達の一人が照れくさそうに頭を下げた。

砂浜は海風のお陰もあってか思ったより涼しくて快適だった。
トモとスズはトオル君狙いだったので、シートの向こう側で彼にまとわりついてこっちに来ない。

私は一人、シートに腰を下ろし、潮風を心地良く感じながら海を眺めていた。


「ハールナちゃん。どうしたの?」
トオル君の友達の一人が話し掛けてきた。
さっき、「あ。ども」とか言って挨拶した人だ。
ええっとぉ、佐々原ナントカ君とか言ったっけ??

「君の友達、積極的だね。トオルのやつたじたじだ。」
佐々原君はニヤニヤ笑いながらトオル君を指差した。

私が振り向いた丁度その時、トオル君と目が合った。
彼はトモとスズに手を振ると、それでもしがみ付こうとする二人を振り切ってこちらの方に逃げて来た。


「参った。ハルナちゃんの友達は凄いね」
彼は、苦笑して頭を掻いた。

「そこまでさせてしまうトオル君が凄いんだよ」
私がクスクス笑っているとトモが立ち上がり、トオル君目掛けてズンズンと歩いて来た。

ギョッとしたトオル君は私の手首を掴むと、シートの近くに並べられた靴を引き寄せた。

「とりあえず、脱走しよう。一緒に来て」

彼は私が草履を履くなり、瞬く間に私を共犯者に仕立て上げ、浜から連れ出してしまったんだ。



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花火

2005年09月05日 02時09分58秒 | 第3章 恋愛パズルメント編~ハルナの章~
「ハルナ!こっち!こっち~!!」

トモが人垣の向こうから手を振っている。

「遅れちゃってごめん。浴衣って着るの結構難しくって」

私は、額の汗をハンカチで拭い、トモに謝りながら江ノ島駅の電車から降りてくる人の波に流されないように足に力を込めた。

「しっかし、すんごい人だね~。電車の中なんて、チョ混みで死ぬかと思ったよ」
トモもふーっと一息吐くと、額を伝う汗を拭った。

「そうだね。あの込み具合はゴーモンだった。あれっ?スズは?」
「コンビニでアイス買ってくるって。でもさ、私も喉乾いたからウーロン茶買って来ていい?ハルナの分も買ってきたげるからさ、ここで待っててくんない?」

トモは、申し訳なさそうに両手を会わせるとコンビニに向かって走っていった。


程なくして、人の流れに逆らってトオル君がやってきた。
頭一個分他の人達よりも背が高くて髪が金色だからすぐにその人だと分かった。


私が手を振ると、気が付いたらしく真っ直ぐにこちらに向かって歩いてきた。

「え?!あれっ?ハルナ……ちゃん?」
「うん。そうだけど。何か変?」
「いや、ほんの数日振りなんだけど、随分、印象が変わったなと思って」
「……変わったって?」
「なんて言うのかな。その、少し大人びて見えるというか……」
「え??そ、そっかな。きっと、この浴衣のせいだよ」
「そうかな?」
「そうだよ」

私達は一瞬目が合い、お互いが慌てて目を逸らした。



しまった。
しかも会話が続かない……。

長引く沈黙に、心なしか鼓動が速くなってしまう。


「あのぉ……トオル君。花火はどこで見るの?」

やっと言葉が口から出てくれた。

「友達が場所を取ってくれてるんだ。結構、いい場所だよ」
「そっか。楽しみだね」
「うん」

そして、再び長い沈黙が二人の間を通り過ぎた。

し、しまった。
やっぱり会話が続かない。




「今日、僕の家に泊っても家の人は大丈夫?」
「あ、うん。トモとスズも一緒に泊まるんならいいって。でもこんなに大勢押しかけて大丈夫?」
「部屋は沢山あるから大丈夫だよ」
「凄いね……」




……どっ、どーしよう。やっぱり会話が途切れちゃう。
この間、普通に喋れたのが奇蹟に思えて泣けてきた。




「あのさ。スナフキンがさ、『早くハルナちゃんに会いたい』って泣いてたよ」
「ホント?!」
「僕もね」



冗談なのか本気なのか分からないトオル君の言葉に、どきっとしてまた会話が途切れてしまったんだ。




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反駁

2005年09月04日 23時29分49秒 | 第3章 恋愛パズルメント編~ハルナの章~
明るいライトグリーンの瞳。
さらさらに輝く黄金色の髪。
モデルのようにスラリとした体躯。
それでも自分は日本人だと厳しい顔つきで答える彼。

私はトオル君のことを何も知らない。
トオル君は一体、何者なんだろう……。

「知らない……」

私はそう答えるのが精一杯だった。
だって、真実、彼のこと、何も知らない。
どうしてあの時、咄嗟に彼の名前を叫んでしまったのかも分からない。

「知らないって何だよ?」
「本当に、知らないの……」

すると突然、かずにぃは車の窓を叩いて、怒りも露わに叫んだ。

「やってる最中に他の男の名前を呼ぶなよ!!」

私は生まれて初めてかずにぃから投げられた「男」としての怒りにたじろぎながらも、唇を噛み締めて今まで堪えてきた気持ちをぶつけた。

「かずにぃだって……」
「え?!」
「かずにぃだって、ひどいよ!!」
「…………」
「あの時、待つって言ったのに!なのに……」

もう、一度溢れ出た思いは言葉を堰き止められなかった。

「私、ずっと、ずっとかずにぃのこと、好きだった!でも、かずにぃは振り向いてくれなかった!!」

驚いた様子でかずにぃは聞き返した。
「……ずっと、好きだった?!」

私の頬を止め処なく涙が溢れ伝っていた。

「私、いつも言おう、言おうって思ってた。でも、2年前のかずにぃの誕生日の時……。あの時、諦めようって……なのに、どうして……今」

そこまで言うと、言葉が出てこなかった。


「2年前?オレの誕生日??」
かずにぃは、眉根を寄せると、暫く考えていた。

それから、突然弾かれたように顔を上げて、私の頬に触れた。
「まさか……ハルナ……」


私は無言でその手を払いのけた。
そして、車の扉を開け、暗く広がる夜の闇の中へと飛び出していた。



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疑惑

2005年09月03日 22時56分38秒 | 第3章 恋愛パズルメント編~ハルナの章~
かずにぃの椅子を立つ音に、私は一瞬、ビクっと身じろいだ。
かずにぃは、鍵束とタバコを無造作にGパンの後ろのズボンに押し込むと、「行くぞ。ハルナ!」と、私に背を向けながら言った。

訝しげな目で私達を見つめているリョーコさんの目と、私の目が一瞬合った。

「あ。お、お邪魔しました」
慌ててお辞儀をすると、足早に出て行くかずにぃの後を追った。

そんなに早く歩かないで。
やっぱり気のせいじゃない。
ちょっと……お腹の下辺りが痛い。

かずにぃが無表情で私の方を振り向いた時、私はお腹を押さえて少し前屈みになっていた。

かずにぃはぎょっとした顔で「どうした?ハルナ」と走り寄って来てくれた。

「ちょっと、お腹の下が痛い……みたい」
「え?嘘だろ?!だって、ちょっと指を挿れただけ……」

そう言うとかずにぃは手で口を押さえて、こめかみを押さえた。

「そっか。ごめん。お前、初めてだもんな」
「ど、どうして初めてって」
「分かるさ」
動揺する私に、かずにぃはようやく優しい顔で答えた。

かずにぃは車に乗るとナビに向かって「自宅」と言った。
すると、カーナビは瞬時に自宅へのルートを設定していた。

「凄いね。話し掛けるだけでいいなんて」

私が感心していると、ヤレヤレと言った感じでかずにぃは肩を竦めた。

「『自宅』ぐらいだったら聞き取ってくれるんだけどな。だけど、ちょっとでも複雑な場所を行ったら、とんでもないところに連れて行かれちまう」


自宅までの車中、私達は殆ど言葉を交わさなかった。
でも、部屋を出てからのあの重苦しい雰囲気が無くなってほっとしていた。
今はただ何も思い出したくない。
考えたくない。
そんな気持ちだった。

家まで後100m位のところで急にかずにぃは車を止めた。

「今度、旅行にでも行くか?」

かずにぃの言葉に突然現実に引き戻された。

「勿論、二人だけで」

私はまたあのベッドでのかずにぃを思い出して、身体が強張るのを感じていた。
怖々顔を上げた私の目をかずにぃは見つめ返した。

「今度こそ、本当に抱く」

かずにぃの唇が、私の返事を許さないと言っているように荒々しく私の唇を塞いだ。
少しずつ、唇を動かしながら、激しく私の唇を奪っていく……。
そして、ハンドルに置かれた手が再び私の左の胸まで伸び、強い力で鷲掴みにした。

「かずにぃ。苦しい!い、た……い」

私は喘ぎながらかずにぃの身体を離そうと抵抗した。

「この、胸の中には誰が住んでいるんだ?」

かずにぃは、私の頬を両手で挟んで、鋭い目を向けながら詰問した。

「……トオルって、誰だ?」



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正視

2005年09月03日 09時14分15秒 | 第3章 恋愛パズルメント編~ハルナの章~
かずにぃの部屋から出ようとして、机の上にある鏡に映る自分の顔を見てぎょっとした。

「目、真っ赤だ」

鏡に映る私の目は、明らかに泣きはらした後だった。
二人にこんな顔見せられない。
でも、このまま、この部屋に引きこもる訳にもいかないし……。

ふと伏せた目線の先に乱れたベッドが目に入り、さっきまでここでしていたことを思い出し、顔から火が出そうだった。
私はまるで証拠を隠す犯人のように、シーツを伸ばして、何とかキレイにベッドを整えた。

意を決して、扉を開けると、かずにぃとリョーコさんはダイニングテーブルに腰掛けて話をしているところだった。

リョーコさんは私が部屋から出てきたことに気付き、目を見開いて驚きの声を挙げた。
「あれ!ハルナちゃん、来てたの?」

かずにぃは……、かずにぃは丁度向こう側を向いて座っているから表情が読めない。

コクンと私が頷くと、リョーコさんはその視線をかずにぃに移し、上目遣いにかずにぃを見た。

「じゃぁ、もしかして。お邪魔しちゃった???」
「うん。マジで、すんげー邪魔されたかも、なっ?!ハルナ!」

かずにぃは笑顔を作りながら、椅子に肘を掛け、私の方を振り向いた。
でも、目が合うなりその笑顔もすっと引いていた。

私に、話を振らないで……
私は益々、真っ赤になって俯いてしまった。
そんな様子を、かずにぃは肘杖をつきながら、じっと冷静に見つめている。


しばしの沈黙があった後、かずにぃはガタンと乱暴に音を立てながら椅子から立ち上がると、テーブルの上の鍵束とタバコに手を伸ばした。

「リョーコ、夕飯サンキューな。でも、もう遅いから、オレ、こいつ送ってくよ」



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朧月夜

2005年09月02日 22時09分31秒 | 第3章 恋愛パズルメント編~ハルナの章~
「かっずぼ~ん!たっだいま~!!」
声と同時に荷物をドサドサと下ろす音がした。

「リョーコか……」

かずにぃは、私をぎゅっと抱きしめると上半身を起こし、ブランケットでそぉっとくるんだ。

「おーい!いるんでしょ。夕飯買って来てあげたぞぉ。一緒に食べよー」
ドアがノックされ、ドアノブに手を掛ける音がした。

ど、どうしよう。
かずにぃの私を抱きしめる手に力が入った。

その時、カチカチカチッと引っ掛かるような音がした。

「あれ?鍵が掛かってる?まだ、寝てんのかな?」

リョーコさんの声が、リビングの向こう側に去っていった。
そうだった。かずにぃ、鍵を掛けていたっけ。
ほーっとして、肩の力が抜けた。
そして恐る恐る振り返ると、かずにぃは厳しい顔で扉の方を見つめていた。

「オレ、先に出るから。後から出て来いよ」
かずにぃは素早く服を着て、部屋から出て行った。

暫くするとリビングの方からリョーコさんとかずにぃの話声が聞こえて来た。

「あれ?やっぱ、起きてるんじゃん。ほれ、今日の医学概論の講義ノートだよん」
「ん。サンキュ。わりぃな。ちょっと寝坊しちゃってさ。」
「代返しといたからね。ギャラは高いよぉ!」
「マックのバーガーでチャラな」


リョーコさんの笑い声を聞きながら、私も慌てて床から服を手繰り寄せようとして、身体を折り曲げた。
と、同時に下腹部に微かな痛みを感じた。

痛い……

痛むお腹を庇いながら服を着て、窓際に歩み寄った。
ゆっくりとブラインドを上げると今まで見えなかった月の光が差し込んできた。

そして今頃になって震えが止まらなくなり、その場にしゃがみ込んでしまった。

どうしてさっき、とっさにトオル君の名前を叫んでしまっていたんだろう。
リョーコさんが帰ってこなかったら今頃、どうなっていたんだろう。

そう考えるととめどなく涙が溢れて、月の輪郭は見る見るぼやけて朧月夜になっていった。



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