フラワーガーデン

ようやく再会したハルナとトオル。
2人の下す決断は?

秘密の鍵

2006年02月28日 16時59分55秒 | 第13章 思愛編
トムはパソコンの画面を見つめながら鼻を啜ると、僕が知らなかった事実を語り始めた。

「父さんがこの山奥に引っ越したのは、母さんのあの性癖を治す為だったんだ。
それに、父さんは少なくともここにいた時は、精神を病んじゃいなかった……。
ところがある日、数人の男達が父さんは心の病だと言って、ラボへ連れ去っていったんだ」

彼は椅子にもたれ掛かり、キィキィと鳴らしながら、当時のケッチャムの様子を思い出そうとしているようだった。

「父さんはラボでの生活を少しだけ僕に話してくれた……」


トムから聞いたその内容はこうだった。



「終日のカウンセリングが終わり、全ての思考が掻き乱され、意識も朦朧とし始めた真夜中の1時なると、カツーンカツーンて冷たい足音を響かせながら、カウンセラーが俺の部屋にやってくるんだ。

そして、聞くんだ。
『お前の人生は何%だったのか?』って。

そこで最初の頃、俺はこう答えた。
『俺は十分、満足しているさ。100%だ!』ってね。
『そんな尊大な生き方をしてきた自分を恥じろ。もっと反省し、真面目に良く考えてみなさい』と奴らは叱責し、徹底的に馬鹿にした。

そして、翌日、不安になった俺は、
『50%だった』と答える。
そうすると奴らは言うんだ。
『そんな中途半端な生き方をしてきたのか?惨めな人生だな。もう少し考えろ』
彼らはそう言うと俺の曖昧な生き方を完全に否定するんだ。

よくよく考え直した俺は翌々日には、
『やはり、20%だった』と答えてしまうんだ。
今度は奴らは冷笑しながら、
『like a dog』と俺を芯から蔑みやがる……」



「そんなことを延々と1年以上も彼らはケッチャムにしていたのか?」
僕は改めて彼の置かれた苛酷な状況を聞き、心を痛めた。

毎夜繰り返される徹底した自己否定によるアイデンティティーの崩壊……。
精神のバランスを失った患者が、助けて欲しいと叫び始めたところで、彼らは漸くその思想を滑り込ませる。

つまりは洗脳だ……

ケッチャムはその地獄の日々を耐えていたというのか。
僕は、今まで気付かなかった自分の楽観さを改めて恥じた。

「父さんは洗脳まで行かなかった……。
完全な自己破壊をした後、救いを求めて自傷行為を繰り返し始めたんだ」

トムはその涙を腕で拭うと、「僕は救えなかった」とパソコンのモニターをきっと見つめていた。

旧型のパソコンはキュルキュルと音を立てながら、徐々に『スネーク・ケッチャム』と呼ばれた男の記事を現し始めていた。

僕は、その記事が開かれていくのをただ黙って見つめていた。
やがては、その記事が自分の出生の秘密の鍵をも握っているとは、この時思いも寄らなかったんだ。


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遺稿のパスワード

2006年02月28日 13時38分37秒 | 第13章 思愛編
前門の狼……後門の虎……
一難去ってまた一難……

古来の賢人は、きっと僕の今の窮地を数百年も前に予見して、警告してくれたのかもしれない。

さり気なく、さりとて重要なプライバシーを告白してくれたトーマスの勇気に背を向けてここを後にする気にもなれず、身の危険を感じつつも僕は彼の部屋へと入った。

良く整理された本棚と、ベッドとコンピュータの乗った机以外、何の生活感もない素っ気無いその部屋を僕は軽く見渡した。

「適当にその辺に座って下さい」
トーマスがベッドではなく床を指差したことにほっとして、僕はラグマットの上に腰を下ろした。

彼は机の上のコンピュータの電源を入れると、くるりと僕の方を振り返った。

「Mr.フジエダ。えっと、……呼び難いから『トール』と呼んでも構わないかな?」

僕は、「どうぞ。トーマスの呼び易いように」と営業スマイルを湛えた。

「そうですか。では、僕のことは良かったらトムと呼んで下さい」
僕は頷き、同意を示した。

「では、トール。実は、父さんは自殺する前日に、リビングでパソコンの前に座って『終わったんだ。これで解放される』と言いながら暫く天井を見つめていたんだ」
と、言いながら親子の共有フォルダをダブルクリックして、僕にそのフォルダの中にあるファイルを見せた。

そこには雑誌にシリーズとして公表されなかった第2回目以後の遺稿と思しきファイル名がずらりと並んでいた。
しかも、ファイルの最終更新日は彼が自殺する前日になっていた。

「これはすごいな……」
僕は唾をゴクリと呑んだ。
「開けて貰ってもいいかな?」
僕は興奮のあまり、知らず知らずの内に彼の肩に手を掛けてしまっていたことに気付き、慌ててその手を離した。

「勿論、見せて上げたい所なんだけど、パスワードが掛かっててね……」
彼はダブルクリックして見せ、
「ほら、開かないんだ」
と、お手上げのポーズをした。

僕は深く溜息を吐くと、「何かパスワードを解除できるヒントはないかな?」とトムに語り掛けた。

「ん~。父さんは良く、自分の好きなモノや大切なモノの名前をファイル名にしていたからなぁ~」
彼はカチャカチャとキーボードに指を躍らせ、思いつくままに聖書の単語や、以前飼っていたペットの名前とかを入力した。

「ヤレヤレ、お手上げだね……」
3時間もするとトムは次第に疲れたのか、「finish」「final」「release」と言った単語を打ち始めた。

僕は腕を組み、じっとパソコンの画面を見つめながら、
「まさか……。いや、案外、そうかもしれない……」
と呟くと、一つだけ試していなかった単語を口にした。

「トム!『Thomas Ketchum』と打って貰えるかな……」

トムは「ははっ。こんな重要な書類に?有り得ないよ、それは……」と笑った。

果たして、ファイルは全て開いた。

トムの頬には、一筋の涙が伝い、彼はじっと画面を見つめると「父さん……」と呟いた。



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難づくし

2006年02月28日 03時22分55秒 | 第13章 思愛編
「お、奥さん!お願いですから止めて下さい!」
僕は、Mrs.ケッチャムの手を制しようと必死でもがいていた。
彼女が、僕のズボンからシャツを出そうとすればその手を制し、ボタンを外そうとすれば慌ててその手を制した。

くそっ!このままじゃ、埒が明かない……

ご婦人に手を上げるのは甚だ不本意だが、この際仕方ないと、気絶させるための手刀を切ろうと右手を振り上げた瞬間、その手を大きな手がガシッと掴んだ。


その手の主は、僕とMrs.ケッチャムの格闘するソファの横に跪き、
「初めまして、Mr.フジエダ。これは随分と変わった訪問のされ方をなさるんですね」
と言うとにっこりと微笑み、そのまま僕の手をブンブンと上下に揺さぶり握手をした。

僕の上に乗っていたMrs.ケッチャムは、慌てて乱れた髪と服を正しながら漸く僕の上から飛び退いてくれた。
そして、気まずそうな顔をすると、スリッパを履いてパタパタと走り、奥の部屋へその姿を消した。

「……改めまして。僕はトーマス・ケッチャムと言います。
もし、宜しかったら2階にある僕の部屋へいらっしゃいませんか?
あ、勿論、そのまま母の接待をお受け頂いても宜しいのですが……」

烏の濡れ羽色と言った黒髪をしたトーマスは、やはり黒目がちな瞳に悪戯たっぷりの笑みを浮かべて言った。

一瞬、呆気に取られた僕だったが、我に返りワイシャツの裾をズボンに入れ襟を正すと、ムッとしながら「いや、君の部屋へ」とだけ答えた。


彼の美丈夫なその体躯は、痩せぎすだったケッチャムと趣を異にしていて、「これが本当に彼の息子なのか?」と僕は不信感を抱きながら後に続いた。

トーマスは、階段を上りながら大いに笑っていた。
「しかし、傑作だ。あの『神に愛されし男』と誉れ高いMr.フジエダが、母に押し倒されて愛されちゃうとはね。」
僕より1つ年下だと聞いていたトーマスは肩を震わせながら、僕の前を一段一段登っていた。

「……どこから見ていたんだ?」
僕は憮然としながら彼を問い詰めた。

「勿論、最初からだよ。母のアレは病気でね……。災難だったね。
だけど、あなたの美しい顔が焦り、動揺するのを見ていると可笑しくて、止め難くなってしまってつい……」
くっくっと笑いを噛み殺しながら彼は母親の性癖に言及した。

「まぁ、アレのお蔭で僕もどこの男の種か分かったもんじゃない……」
と、僕には聞き取りにくい声で一言ぼそりと呟いた。

僕は彼の後に続きながらふとあることに気が付いた。
「あの……。確か、君は金髪でブルーアイと聞いていたけど?」
「ああ、これ?!」
トーマスは前髪をちょいと摘み、目を瞬かせた。

「黒髪に染めて、カラコンを入れたんだ。この色の方がもてるからね。……男に」

ゴン!

僕は、一瞬足を踏み外し、階段で向こう脛を思いっきり打った。

「大丈夫だよ。僕は母と違って、抵抗する男を無理矢理襲う趣味はないから。
まぁ、一応、フェアにカミングアウトを……と思ってね」


彼はそう言うと「どうぞ」と部屋の扉を開けた。



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Mrs.ケッチャム

2006年02月27日 08時20分07秒 | 第13章 思愛編
キンケイドに教わったその場所は、「ニイサン、これ以上は道も狭いしタクシーじゃ無理だよ」と運転手がお手上げするほど深い雑木林の中にあった。

そこで、タクシーでの乗り入れを諦めて、僕は徒歩で向かうことにした。

「分かりました。ではここで」
とチップを弾むと、
「またのご利用を!ニイサン、気をつけてな」
と大喜びしながら、彼はエルビス・プレスリーの歌の入ったテープを最大ボリュームに上げて、ご機嫌に去っていった。

「さて、と、頑張って歩きますか」
少し轍の残る雑木林の中、僕は落ちた小枝をパキパキと踏みながら進んでいった。

目指す家は丘の中腹辺りに漸くその姿を現した。
古い木造りの小さな2階建ての家は、良く見ればあちこちから隙間風が入りそうな位、木や塗装が剥がれ落ちていた。
その家には押しボタン式のチャイムは無く、僕は戸を叩くしかなかった。

ドンドン

「こんにちは。どなたかいらっしゃいませんか?」
すると、背後から洗濯籠を持った40代位の女性が声を掛けて来た。

「どちら様?」
「初めまして。僕はトオル・フジエダと言う者ですが、Mrs.ケッチャムですか?」
僕は手を差し出して、夫人と握手を交わした。
「ええそうです。まぁ!まぁ!主人から良くお名前は聞いておりましたわ!!
ささ、どうぞ。こんなところでは何ですから、中へ……」
夫人は聞いていた以上に大女で、そのヒョロ高い背をくの字に折り曲げながら、戸を潜り、僕を招き入れた。

内装は外観とは違い、綺麗に補修されたリビングへと僕は通された。
ソファに身を沈め、リビングに置かれているケッチャムの写真を見ながら彼を最終的に死から守れなかったことに胸を痛めた。

程なく、夫人はリビングにやって来て、コーヒーを差し出すと、僕の隣りに腰を下ろした。

話し難い位置に座る女性だなと思いつつも、「この度は、何と言っていいか……」とお悔やみの言葉を述べた。

すると、夫人は「そうですの。こんなことになるなんて……」
そう言いながら、僕の膝に手を置いてサメザメと泣き、ハンカチで涙を拭った。

「私ほど不幸な女はこの世にはいないわ。
ロナルドは絶対出世すると両親が言ったから嫁ぎましたのに……。
それが、さして出世もせず、精神を患ったとかでラボに入院しましたでしょう?!」
夫人は僕の膝に置いた手を今度は肩まで這わせると、「その上、離婚話もそぞろに自殺なんて、酷い話ですわ!」と、遂には僕の胸にしがみ付いて号泣し始めた。

「お、落ち着いて下さい!Mrs.ケッチャム!」
「そう思いませんこと?!」
「あ、いや。お二人にとってお気の毒な結果だったと思いますが……
ミッ!Mrs.ケッチャム?!ぼっ、僕の上からどいて頂けると助かるのですが!!」
「私、エミリーと言いますの。そうお呼びになって……」

僕は既に夫人に組み敷かれて、ソファに押し倒されていた。

……まずい!
この体勢は非常にまずい!!

ここに来て初めて僕は身の危険を察知していた。



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退院

2006年02月26日 10時36分24秒 | 第13章 思愛編
「医者の不養生とは良く言いますがねぇ。Mr.フジエダほどムチャクチャをする医者はいませんね」

担当医は僕の胸に聴診器を当てて、今までの恨み事をツラツラと語った。

「お蔭で僕の腕が悪いからあなたの退院が延びていると専らの噂だ」
「すみません。で、今日は退院できそうですか?」
「……いいですよ。今度は『何でMr.フジエダを退院させてしまったんだ』と看護士達に恨み言を言われそうですがね」

僕は笑いながら謝辞を述べると、直ぐに私物をまとめて病室を飛び出した。

外は雨が銀色の細い糸を引きながら不規則に地面を打っていた。
しかし、僕の心は澄み渡る空のように晴れ晴れとしていた。
ただ唯一点、ハルナのことを除けば……

病院の玄関に入って来たタクシーを止め乗り込むと、いきなり声を掛けられた。

「おや?!あんたはあん時のニイサンじゃねーか?退院できたのかい?」

僕は先日醜態を演じてしまったタクシーの運転手を捕まえてしまったようで、この偶然に苦笑いしてしまった。

「あの時はすみません」
「いいってことよ?で、今日はどちらに行きなさるんで?」

僕が、キンケイドから聞いていた場所を告げると、
「ほぉ~。そこまでは結構メーターが上がりますぜ?お支払いは大丈夫ですかい?」
と、言いながらにやりと笑った。
「チップも含めて、大丈夫ですよ」と、僕が笑うと、
「そいつぁ、上客だ」と、彼は豪快に笑った。

目的地に着くまでの1時間半、僕は彼のマシンガントークに適当に相槌を打ちながら、窓の外を穏やかな気持ちで見つめていた。

「トオル君・・・・・・トオル君・・・・・・愛してる。私、・・・待ってたんだよ」
雨の音に紛れて、君のか細い声が僕の耳にこだまする。

僕も愛してる。
もう少しで帰れるんだ。
だから、待ってて欲しい……

一刻も早く日本に帰国したかったが、僕のことを愛していると、そして待っていると言ってくれたハルナの言葉をこの胸に抱きしめて、僕は今、自分がしなくてはならないことをしようと決心していた。



彼女の身に深刻な問題が起こっていたとは夢にも思わずに……


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夢の中で

2006年02月24日 20時30分06秒 | 第13章 思愛編
ハインツはケッチャムがピストル自殺をしたと言っていたが、検死官の司法解剖において作成された鑑定書は、俄かにはそう断定出来ない結果が示されていた。

トリガーに掛けられた右手の死後硬直の状態
頸部に残る細い索状痕
上肢に認められる数箇所の皮下出血等……

いずれも何らかのトラブルに巻き込まれたのではないかと思われる節もあったが、ケッチャムがラボを脱出後自傷行為を始め、度々入退院を繰り返していたために、「自殺」と推定されていた。

また、ラボを出てからの外の世界は決して安楽の地ではなかったようで、奥さんとの間に溝が出来、離婚を回避しようとカウンセリングを受けていたらしい。


「だから、自殺か……」

僕は友人から入手した鑑定書をベッドの上に放り投げると、暫く天井を見つめていた。
あまり長い時間、鑑定書を読むのに根を詰めすぎたからだろうか、僕は軽い目眩を覚えたのでベッドに横たわり体を休めていたが、いつの間にか眠ってしまったようだった。



気付くと辺りは眩いばかりの光に包まれていて、僕はどこかの病院のベッドの側に立っていた。
ふとベッドを見るとそこにはハルナが眠っていた。
僕は驚いて彼女を揺り起こした。
やがて、彼女はゆっくりとその目を開けると、驚いた顔で僕を見つめ、次の瞬間、泣きながらしがみ付いて来た。

ハルナ?!
どうして、ここに……
それになぜベッドに横たわっているんだ?

そう話したいのに声が出ない。
夢なのか?
だけど、この柔らかい温もりは間違いなくハルナだ。
夢なんかじゃない……

僕はハルナの頬に手を添えると彼女にキスをした。
そして、彼女をこの腕の中に抱き、「もう、離さない」と呟いた。

もっと、彼女を感じたい。
もっと、この温もりを辿りたい。

僕は、少しずつ唇を彼女の首筋に這わせながら、やがて、柔らかな胸を弄り、愛撫していた。

「あ・・・・・・」
ハルナの甘く切ない声が病室に響く。
彼女は泣きながら僕を抱きしめ、
「トオル君・・・・・・トオル君・・・・・・愛してる。私、・・・待ってたんだよ」
そう咽び泣いた。

僕は彼女をきつくこの腕に抱きしめた。


その時、僕の背後から声がした。
「トオルさん。すみませんでしたね。折角、ご足労頂いたのに……」
その声の主はケッチャムその人だった。

真っ白い髪に、うち窪んだ目をした彼がピストルをこめかみに突き付けながら窓の外に浮遊していた。

「ケッチャム!!」
僕はベッドから飛び起きた。

しーんと静まり返った病室に折から降り始めた雨音が忍び込んできていた。

僕はすっかり暗くなった辺りを見回し、ふーっと溜息を吐いた。

「……夢か」

しかし、なんて夢だ……。
シトシトと雨の降る窓の外に目をやりながら、僕はじっとりとかいた額の汗を拭った。



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閉ざされた帰国

2006年02月23日 20時28分36秒 | 第13章 思愛編
財布とパスポートだけを持つと僕は病室を飛び出した。
厚手のコートを引っ掛けたが、まだ、肺炎が治り切っていないためか喉が鳴り、悪寒や胸痛に苛まれた。

一台のタクシーがタイミング良く病院の玄関に滑り込んで来たため、僕は手を上げ、乗り込もうとした。

しかし、そのタクシーに乗っている二人連れが降りてきたのを見た瞬間、思わず後ろに後退った。

「……父さん!母さん!どうして?!」
「お前こそ、どうしたんだ。まだ退院出来ないって聞いてたんだが?」

僕はどう説明したものかとそこに立ち尽くしてしまっていた。
「それなのに、なぜここにいるんだ?」
「それは……」

タクシーの運転手がシートに手を掛け、「どうすんの?オニイサン、乗るの?乗んないの?」と、気だるそうな声で話し掛けてきた。

「どこに行こうとしているんだ?その体で……」
父はチアノーゼが出始めていた僕の手を取ると、僕の眼前に突きつけ、詰問した。


父は代金を精算すると「運転手さん、すみませんが出して下さい」と、運転手に話し掛けていた。
父の言葉を遮り、僕は今にも閉まりそうなドアに手を掛けた。
「待って下さい!」
「おいおい!ホントにもーどっちなんだよ?」

運転手はお手上げだと言わんばかりに両手を持ち上げるジェスチャーをした。

「すみません。父さん、僕は急いで行かなくてはならないところがあって……」
「何を取り乱しているんだ。お前らしくも無い。今、お前がしなくてはならないことは治療と静養だろう?……運転手さん、いいから出して下さい」

玄関から去るタクシーを追おうと走り出した僕の前に、母が手を広げて立ち塞がった。
そして、右手を振り上げると僕の頬を打った。
「その体で、どこに行こうと言うの?フラフラじゃないの!」
母の目からは涙が溢れていた。


僕はただ日本に帰りたかった。
何もかも捨ててでも君の元に行きたかったんだ……。

父は僕の肩をポンポンと叩くと、「とにかく病室に戻ろう」と笑った。
「治ってからでも遅くないでしょ?」と、母は僕に優しく微笑み掛けてくれた。

だけど、それでは遅いかもしれないんだ。
不吉な予感が僕の脳裏を翳めた。


僕達が病院の自動ドアをくぐろうとした時、もう一台のタクシーが滑り込んできた。
中からは血相を変えたハインツが転がるようにタクシーから飛び出してきた。

「ハインツ!」
ハインツは僕の元に走り寄ると、僕の腕を満身の力を込めて握り締めた。
「トール。大変なことになりました!」

ハインツの顔は更に蒼ざめていった。
「一体、どうしたんだ?落ち着いて、ハインツ」
僕は数分前に両親に投げ掛けられた言葉をそのまま彼に投げていた。

「トール、落ち着いて聞いて下さい。……ケッチャムが自殺しました」



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終われない想い

2006年02月23日 03時58分45秒 | 第13章 思愛編
僕はあらゆることに楽観していた。

全てが気道に乗り何もかもが上手く行く、そうした希望の兆しに気を取られてしまい、逆に小さなシグナルを見落としてきたのかもしれない。

僕はベッドの上にテーブルを渡すと、ノートパソコンを起き、ハルナにメールを打とうとしていた。
丁度その時、彼女からのメールが飛び込んできた。

遠い日本で、この瞬間に同じように君が僕のことを想ってくれている……。
我知らず笑みが零れ、君の無題のメールをクリックした。


……しかし、彼女からのメールは僕が思っていた内容とは全く異なっていた。
僕はメールの意味が理解出来ず、何度も何度も読み返していた。


―――ごめんなさい。私、待てなかった。もう、会えない―――

何かの間違いではないか、冗談ではないかと、このメールに目を凝らした。
今まで彼女から来たメールを全てクリックし、何らかのシグナルがなかったかを探った。

「……トオル君に会えなくて淋しいけど、待ってるね」
「……いつもトオル君のこと想ってる」
「……早く会いたいです」

彼女のメールは僕を元気付けてくれるほど愛に溢れていた。
では、彼女に何があったのか?

待たせ過ぎてしまったのか。
今までのメールは本心ではなかったのか。
なぜ、責めるのではなく、謝るのか。

無情な電子文字は、君の温もりを掻き消し、その本心をも見えなくしてしまっているように思えた。

僕は慌てて、冷たい機械の箱を引き寄せ、想いを乗せたメールを打った。

―――ハルナ、待たせてばかりで本当にごめん。だけど―――

それから先が続かず、打つ手が止った。
こうしてメールを打ってどうすると言うんだ?
彼女がどういう思いで書いたにせよ、ここまで思い詰めてしまった彼女を、更にメールで追い詰めようと言うのか?

僕はノートパソコンの蓋を閉じると、目を瞑り唇を噛んだ。

こんなメールなんかで終われない!

今でも、初めて彼女とキスをした時に聞いた潮騒の音が耳の奥でこだまし、僕の胸を切なく締め付ける。
そして、波間に漂う天使のような彼女の瞳が僕を捕え、「トオル君、愛してる……」と囁いている。


僕は急いでパジャマを脱ぎ捨てると、クロゼットにしまってある服へ手を伸ばした。



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解読者、現る

2006年02月21日 21時11分06秒 | 第13章 思愛編
キンケイドから待望の電話が入った。
暗号の解読者を連れて午後の面談に来てくれると言う。

「よぉ!連れてきたぜ」
キンケイドは病室のドアにもたれながら、なぜかくっくっくっと笑っていた。

「有り難う!お待ちしていました……」
と、握手を求めてキンケイドの側にいるであろう解読者に手を差し伸べようとした。
しかし、その影が見えない。

「キンケイド……?解読者は?」

キンケイドは、目線を床近くまで落として、彼を招き入れた。

「マスターヨーダ!」

僕は慌てて口を手で塞いだ。
80代は軽く越えているであろうその小さな老人は、杖をつきながらヨチヨチと病室に入ってきた。
風貌は僕が叫んでしまった通り、かの有名な映画に出てくる老人に実に良く似ていた。


こんな老人に解読が出来るのだろうか?
僕は息を飲み、新聞に載せた暗号文の回答を老人に求めた。

「簡単じゃよ。
『この暗号文を解読せし者に1万ドルの報酬を与え、尚且つ100万ドルの職を依頼したし。
至急、AMH社まで連絡乞う』
……どうじゃ?!」

老人は得意げに杖を回すと、ふふんと鼻を鳴らした。

「完敗です。……一字一句違わず見事な回答でした」
「87歳とて現役じゃ!10代の若さで肺炎で入院するようなヤワな少年にはまだまだ負けんわ!」
「……そのようですね」

僕は、このヨーダ、もとい老人に感服し、解読を依頼することにした。

「わしは、ケイン・ヨシダじゃ。Mr.ヨシダと呼んでくれ」

僕もキンケイドも、「まんま、ヨーダだ」と、心中思ったことが通じたのか目が会い、くすりと笑った。

「じぃさん、俺にはカンケイーねぇけど、ちょいと聞きてぇんだが……手に入れた100万ドルで一体何をするつもりなんだよ」
キンケイドの言葉にMr.ヨシダはにんまりと笑うと、
「宇宙旅行資金じゃよ!」
そう言いながら杖をくるりと回した。
……さすが、ス○ーウォーズ。

「頼もしいじぃさんだなぁ~」
さしものキンケイドも口笛をひゅーと吹いて敬服した。

……そのままフォースの力で行けますよと言うツッコミを堪えて、僕は依頼の詳細をマイクロチップと共に渡した。

Mr.ヨシダは「オチャノコサイサイじゃ!ふぉっふぉっふぉ」と高らかに笑うと、病室を後にした。




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記者会見の席上で

2006年02月20日 23時17分12秒 | 第13章 思愛編
通常、M&Aの案件をまとめるには半年は掛かる。
僕がどんなに殺人的に働き、スタッフを総動員しても3ヶ月は最低ラインだ。

だが、グレアム・マッカーシー率いるC&H社の買収にはもはやその猶予が無かった。
以前からC&H社の買収の話はバンカー経由で入っていたが、僕は難色を示していた。
丁度その頃、知り合いのCPAから秘密裡に、C&H社が30億ドルの支出を設備投資費として不正に計上しており、これによりEBITDAが水増しされている可能性があるとの情報を得ていたからだ。

しかし、昨年末、ポトマック川下流で上がった溺死体がマッカーシーであったとの検死結果がメディアを通じて発表されるや否や、この報道が医療業界全体を震撼させたことにより情況は一変した。

その事態の収拾を各州政府がAMH社に泣き付いてきたからだ。

「これ以上の、赤字の負担は州の健全な財政をも蝕んでしまう。
何とか助けてもらえないだろうか」と。

経営理念もスタッフの層も違うからと断れる状況ではなくなってきたのだ。
そこで仕方なくC&H社の資産をてこ入れにLBOによるM&Aのシナリオを描いた。

社内部からの反対もあったが、混乱の収拾をすべく僕は買収を断行した。

僕は、主治医を会場に待機させ、記者会見に臨んだ。
ハインツが心配そうに腕時計に目を落とし、「トール、会見は30分以内に終えるぞ!」と、会見前に僕に言った言葉を徹底させようとしていた。

「新生C&H社は、患者が本来受けるべきケアを受けられるよう一丸となって努力し、みなさんの信頼を回復して行きたいと思っています。そして・・・・・・」

会見の席上で投げられた質問は、既に想定内だったので僕は澱む事無く回答していった。

ハインツは安堵に満ちた目を僕に向け、約束の30分であることを3本の指を立てて合図した。

しかし、1人の日本人記者が立ち上がり、僕に準備していなかった質問を投げ掛けてきた。

「あなたは今まで、あらゆることを実現されて来られたようですが、今、一番望んでいることは何でしょうか?」


僕は、立ち上がったまま体を傾けるとマイクに向かってこう言った。
「そうですね・・・・・・。一刻も早くこの会見を終えたいです」
記者達はジョークと受け取り、どっと笑っていたが、僕の体の限界から来る本音だった。

ええっと、質問は何だっけ?
そうか、今、一番望んでいることって彼は聞いていたな……。

「そして・・・・・・この一連の問題を解決して・・・・・・」
この時、会場の隅に立っている主治医が、ドクターストップの意のバッテンのジェスチャーを僕に送っていた。

不意にハルナの心配そうな目線を僕は感じた。
君はここにはいないのに……。
僕は確かに君の温もりを感じたんだ。
ハルナ……。
ハルナ……。
「今すぐにでも、君に会いたいよ」

そう日本語で呟いて、我に返った。

(……後日、この会見を見た女性達からラブレターが殺到し、ハインツから小言を言われたのには参ってしまった。)

こうして、この日、僕は50万人の従業員を統べるCEOとしての重責を荷負う全米でも超多忙な肺炎患者となったんだ。


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