フラワーガーデン

ようやく再会したハルナとトオル。
2人の下す決断は?

記者会見の席上で

2006年02月20日 23時17分12秒 | 第13章 思愛編
通常、M&Aの案件をまとめるには半年は掛かる。
僕がどんなに殺人的に働き、スタッフを総動員しても3ヶ月は最低ラインだ。

だが、グレアム・マッカーシー率いるC&H社の買収にはもはやその猶予が無かった。
以前からC&H社の買収の話はバンカー経由で入っていたが、僕は難色を示していた。
丁度その頃、知り合いのCPAから秘密裡に、C&H社が30億ドルの支出を設備投資費として不正に計上しており、これによりEBITDAが水増しされている可能性があるとの情報を得ていたからだ。

しかし、昨年末、ポトマック川下流で上がった溺死体がマッカーシーであったとの検死結果がメディアを通じて発表されるや否や、この報道が医療業界全体を震撼させたことにより情況は一変した。

その事態の収拾を各州政府がAMH社に泣き付いてきたからだ。

「これ以上の、赤字の負担は州の健全な財政をも蝕んでしまう。
何とか助けてもらえないだろうか」と。

経営理念もスタッフの層も違うからと断れる状況ではなくなってきたのだ。
そこで仕方なくC&H社の資産をてこ入れにLBOによるM&Aのシナリオを描いた。

社内部からの反対もあったが、混乱の収拾をすべく僕は買収を断行した。

僕は、主治医を会場に待機させ、記者会見に臨んだ。
ハインツが心配そうに腕時計に目を落とし、「トール、会見は30分以内に終えるぞ!」と、会見前に僕に言った言葉を徹底させようとしていた。

「新生C&H社は、患者が本来受けるべきケアを受けられるよう一丸となって努力し、みなさんの信頼を回復して行きたいと思っています。そして・・・・・・」

会見の席上で投げられた質問は、既に想定内だったので僕は澱む事無く回答していった。

ハインツは安堵に満ちた目を僕に向け、約束の30分であることを3本の指を立てて合図した。

しかし、1人の日本人記者が立ち上がり、僕に準備していなかった質問を投げ掛けてきた。

「あなたは今まで、あらゆることを実現されて来られたようですが、今、一番望んでいることは何でしょうか?」


僕は、立ち上がったまま体を傾けるとマイクに向かってこう言った。
「そうですね・・・・・・。一刻も早くこの会見を終えたいです」
記者達はジョークと受け取り、どっと笑っていたが、僕の体の限界から来る本音だった。

ええっと、質問は何だっけ?
そうか、今、一番望んでいることって彼は聞いていたな……。

「そして・・・・・・この一連の問題を解決して・・・・・・」
この時、会場の隅に立っている主治医が、ドクターストップの意のバッテンのジェスチャーを僕に送っていた。

不意にハルナの心配そうな目線を僕は感じた。
君はここにはいないのに……。
僕は確かに君の温もりを感じたんだ。
ハルナ……。
ハルナ……。
「今すぐにでも、君に会いたいよ」

そう日本語で呟いて、我に返った。

(……後日、この会見を見た女性達からラブレターが殺到し、ハインツから小言を言われたのには参ってしまった。)

こうして、この日、僕は50万人の従業員を統べるCEOとしての重責を荷負う全米でも超多忙な肺炎患者となったんだ。


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