フラワーガーデン

ようやく再会したハルナとトオル。
2人の下す決断は?

写真の中の決意

2006年01月23日 18時45分38秒 | 第11章 飛翔編
かずにぃは机を塞ぐようにその前に立ちはだかると、後ろ手にすぅっと写真を抜き取ったようだった。

「宇宙の写真?」
でも何となく違うような気がする・・・・・・。


かずにぃは手を後ろにしまったまま、小さな声で答えた。
「・・・・・・写真」
「え?」

良く聞こえなくて、彼の後ろを見ようと私は首を傾け、「見ちゃだめなもの?」と質問した。
「・・・・・・エコー写真」
「エコー写真って?」
私は初めて聞く言葉に首を傾げた。

暫くの間があった後、かずにぃはしぶしぶと写真を差し出した。
「お前とオレのアカンボの写真」
「・・・・・・この写真が?赤ちゃんの??」
「お前、この間、産まないとか言ってたし、動揺するといけないから・・・・・・」

そのテレビのざらざらとしたノイズの入ったような扇状の形をした白黒写真の中に、大きな丸い黒の輪郭が見えて、その中に2つの白い豆のようなものがあった。

「医師にはお前には見せないで欲しいって頼んでて・・・・・・」

これが・・・・・・赤ちゃん・・・・・・?

私は震える手で写真を手に取ると、もう片方の手でそっと自分のお腹に手を当てた。

「医師も見せない方がいいならって、お前に内緒でオレだけに写真を・・・・・・」
かずにぃは、目を伏せながら言い難そうに言葉を繋いだ。

「ね。この写真、どう見ればいいの?」
「え?!」
「頭とか、体とか、手とか??あるの?」

かずにぃは慌てて屈みこむと、私の方をちらちら見ながら白い二つの豆のようなものを指差して説明を始めた。

「え!?ああ・・・・・・。えぇーっと、こっちが頭とか言ってたよ。
で、こっちが胴体で・・・・・・」

私はぶわーっと涙が溢れてきた。
かずにぃは「ごめん。しまい忘れて・・・・・・」と謝りながら、慌てて私から写真を取り上げようとした。

「あっ!待って、違うの。まだ、見たい!」
「・・・・・・ホントに、大丈夫なのか?」
かずにぃは、再び私の手の中に赤ちゃんの写真を返してくれた。

写真をじっと見つめていると、涙と共に笑顔がこぼれた。
「私ね、赤ちゃんが死んじゃうって思った時、夢中で助けることしか考えられなかったの。
妊娠したって聞いた最初の時、凄く恐くて・・・・・・恐くて・・・・・・。
絶対に、産めないって思ってて。
でも、あの時、初めて気が付いたの」

かずにぃは不安そうな顔をしながら少し頭を傾けると、私の頬を伝う涙をそっと拭いて、「何を気付いたんだよ」と尋ねた。

「お腹の中に、本当に赤ちゃんがいて、必死で生きていたんだって・・・・・・。
私が死にたくないって思うのと同じ位・・・・・・、ううん、それ以上に、この子も必死で『生きたい』って叫んでるんだって思えて・・・・・・。
どんどん、体から赤ちゃんが消えていく気がして・・・・・・。
気付いたら夢中で叫んでたの。『赤ちゃんを助けて』って。
今でも、正直、産むって思うとプルプル震えちゃうのにね。不思議・・・・・・」

かずにぃは何も言わずそっと壊れ物を包み込むようにその広い胸に私を包み込んだ。




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かずにぃの部屋

2006年01月22日 22時19分03秒 | 第11章 飛翔編
車のドアを開けると、かずにぃは私を部屋まで抱き抱えた。

「大丈夫か?」
「へ・・・っき」
「うそつけ!」

かずにぃは乱暴に部屋の戸を蹴り開けると、ふわりと私をベッドの上に横たえた。

そして、部屋の電気を点けるとタンスの中を探り始めた。
「服、服、服は、・・・・・・っと。ジャージでいいか?」
「ううん。これで、いい」
「そんなヒラヒラした服じゃ寛げねーだろ?!」

かずにぃはベッドの上に、ジャージと半袖のシャツをポンっと投げると、
「んじゃ、オレ、おばさんに電話入れるから、着替えとけよ」
と、服を指差しながら部屋を出た。

呼吸はさっきより大分良くなっていたけど、退院したばかりで無理をしたせいか疲れがどっと押し寄せてきた。

このジャージ、ダブダブだぁ・・・・・・。
それに煙草臭いよね

私はクンクン匂いを嗅ぎながら枕に顔を埋めると、ベッドからもほのかにかずにぃの煙草の匂いがした。


私が着替えてベッドで目を瞑っていると、かずにぃは再びドアを蹴り開けた。
「おーい、ミルク飲むか?あったまるぞ」
かずにぃの持っているトレイにはほかほかのホットミルクが乗っていた。


かずにぃはベッドに腰掛け、私を抱き起こすと、「熱はねぇ・・・か」と私のおでこに手を当てた。

「お前、そーいやケータイどうした?おばさんが繋がらねぇって怒ってたぞ」

私は手術に行こうとした日の朝、わざとケータイを家に置いていった。
かずにぃにメールを打ったその後、私はトオル君にもメールを打ち、そして電源を切った。

あれから2週間経つ。
トオル君からメールが入っているかもしれない・・・・・・。
だけど・・・・・・。


「その過換気、オレのせいだろ?」
かずにぃは私に背を向けると、手を組んで項垂れた。
私が首を横に振ると、「うそつけ」と優しい顔で弱々しく笑った。

「お前さ、何でアカンボ、産む気になったわけ?
つらそうなのに、なんで産む決心をしたんだよ」

それは・・・・・・

私が答えようとふと目を上げた時、ベッドの脇にあるかずにぃの机のデスクマットに、以前来た時には無かった奇妙な写真が挟んであることに気が付いた。

「かずにぃ、これは?」
「えっ?何がだよ?」
「あの写真みたいなの・・・・・・」

かずにぃは一瞬、「しまった!」と小さな声で呟くと顔を歪めた。





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すれ違う想い

2006年01月22日 12時43分49秒 | 第11章 飛翔編
私はかずにぃの運転する車に乗り込んでからもちょっぴり口を尖らせていた。
「人前でキスするなんて・・・・・・」
「だから、ごめんって」
笑いながら謝罪するかずにぃに、やっぱりムッとしてしまった。
さすがのかずにぃもやり過ぎたと反省したらしく、声のトーンを落として、私の顔を覗き込んだ。
「篤史がお前を狙ってたからさ、ちょっと、焦って。ごめんな?」
「もうっ!男の人達って、どうして平気で人前でキスなんて出来るの?かずにぃと言い、ト・・・・」
トオル君と、言い掛けて慌てて口を塞いだ。

急にかずにぃの顔からすっと無邪気な笑みが消えていた。

「この間は悪かったよ。お前が泣きながらオレにしがみつくから、つい・・・・・・」

私はどきっとして息を呑んだ。
「オレを求めるはず、ないのにな。・・・・・・そんなにあいつ、良かった?」
「え?!」

私はかずにぃの質問を理解しかねていた。
「あいつが相手だったら、お前あんなに嬉しそうに抱かれるんだよな?」

私は、思わずかずにぃの頬を打っていた。
「してない!・・・・・・かずにぃとのことが恐くて、私・・・・・・」

まずいと言う予感が脳裏をかすめた。
喉がヒューヒューと鳴り始め、体の中に嵐が宿り始めた。

「へぇ・・・・・・。紳士的なトオル君は、嫌がるお前を無理矢理やっちまった俺のような鬼畜とは違うってか?」
「ち、が・・・う。かずにぃ、ごめっ。車、止めて」

かずにぃは私の異変に気付くと、「おい!?どうした」と声を掛け、息が苦しそうな私と前方を代わる代わる見ながら車を路肩に寄せた。

「何だよ、どうしたんだよ」
「だい、じょぶ。ただのカコキュー」
「大丈夫じゃないだろ!」

かずにぃの問いには答えず、この間の要領で呼吸を整えようと頑張った。
「紙袋・・・・・・」
それだけ聞くと、かずにぃは急いでバッグや車の中を探り始めた。
「くっそ!車出すぞ。頑張れるか?」
私は頷きながらも、かずにぃの肩に手を置いた。
「びょーいん、・・・い・・・かない」
「何言ってんだよ!苦しそうじゃねーか」
「ガンバル」
「病院に戻るぞ」
私は強く頭を振った。

「ガンバル。だから・・・・・・」
「分かったよ。・・・・・・とりあえずマンションに戻るぞ。いいな?」
かずにぃは急いでハンドルを切ると来た道を戻り始めた。




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カ、ノ、ジョ

2006年01月22日 07時32分01秒 | 第11章 飛翔編
「今日、退院のお前が何でこんなとこに・・・・・・」
かずにぃはぼさぼさ頭を撫で付けながら慌てて立ち上がった。
「う・・・・・・ん」
私は彼のそんな言葉なんかお構いなしに、可愛い絵柄の動物の折り紙や、子供達が書いたと思しき画用紙の絵が飾られた小さな教室の中をキョロキョロと見回した。

「この絵とか、もしかしてかずにぃが描いたの?」
かずにぃは真っ赤な顔して、恥ずかしそうに目をそよがせた。
「え?!・・・ああ」
「やっぱり」
「何が、やっぱり、だよ!」
「だって、下手だもん。相変わらず、絵が」
私がクスクス笑うと、「うせっ!」と真っ赤になりながら私を小突いた。

「センセー!だぁれー?この人ぉ??」
子供達がわらわらと私達を囲み始めた。
「えっとぉ、私は、『そのだはるな』と言いまして・・・」

そう言えば、かずにぃにとって私ってなんだっけ・・・・・・
困ってかずにぃの方をチラッと見た。

幼なじみ?
トモダチ?
イモウト?
コイビト?
婚約者??

何って言ったら良いのか答えあぐねていると、いきなり中学生くらいの男の子が私の手を握り締めた。
「あの。僕、『とくやまあつし』って言います。
おねーさん、キレーですね~」


すると、すかさずかずにぃが私達の間に割って入り、彼の頭をぺんっと叩いた。
「篤史!何、人のカノジョ、ナンパしてんだよ!!」
「かずにぃ、そんな、子供相手にむきにならなくても・・・・・・」
「子供じゃねぇ!男だよ!!」
かずにぃと篤史君はむきになって私に反論した。


「かっ、のっ、じょっ♪」
「かっ、のっ、じょっ♪」

子供達は一斉にカノジョコールを始めたものだから、かずにぃはますます真っ赤になり、私の手を引いて戸口まで連れて行った。

「後、30分もしたら終わるから、ここを出て右側の待合室で待ってて」
「・・・・・・ごめんなさい。突然来ちゃって」
「そんなのはいいからさ。具合が悪くなったら、そこにもナースコールが付いてるから」
「うん」

私が出て行こうとすると、「無理すんなよ」と腕をぐいっと引き寄せいきなりキスをした。

子供達は、「ぎゃー!!」「おおっ!!」「すっげぇ!!」と目をまん丸とさせながら床の上をのたうち始めた。

「いーだろぉー。悔しかったらお前達も、早く元気におおっっきくなってカノジョゲットしろよ~」
と、かずにぃはあっかんべーをした。



まるっきし、子供達と同レベル・・・・・・。

私は赤くなる頬を抑えながら、初めて見る無邪気なかずにぃの姿にドキドキしながら待合室まで小走りで逃げた。




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カズト先生

2006年01月21日 00時13分30秒 | 第11章 飛翔編
タクシーから降りる時にお金を払おうとしたら、リョーコさんは指を立てて、「いらないよ」と私の支払いを固辞した。
「かずぼんの出世払いに付けとくから気にしないで」とウィンクすると、彼女は「時間が無い!」と研究所へと走って行った。

「関係者と子供達の両親以外は立ち入り禁止だから、密かに入ってね」
と言う彼女のアドバイスのもと、私はこそこそと小児病棟に忍び込んだ。

病棟の突き当たりから、オルガンの音が聞こえたので、私がその音のする方へ忍び足で近寄って行くと、子供達の元気な声が聞こえてきた。

「あ~~~!!だめジャン!カズト先生、また音外れたよぉ~!」
(カズト先生??)
私は窓からそろ~りと顔を出し、中を覗いた。
教室というよりは小さな小部屋でかずにぃは7人くらいの子どもたちに囲まれてオルガンを弾いていた。
・・・・・・かずにぃ、ピアノとかオルガンとか弾けないはずだけど・・・。


「うっせぇ!これぐらい、お前達の歌唱力でカバーしろよ!」
「サイアク!逆切れかよ」
子供達のブーイングに更に焦ったかずにぃはまた音を外した。

「やっぱさ。新曲は難しいよな・・・・・・」
と、かずにぃは照れながら必死で鍵盤を叩いていた。
「『どんぐりころころ』のどこが新曲だよ!」
子供達の絶妙な突っ込みに私は吹き出してしまった。


「下手っぴカズト先生をやっちまえ~!」
かずにぃの下手なオルガンはたちまち子供達にその蓋を閉じられてしまい、急遽、体育の時間に変更になっていた。
子供達がかずにぃの腕にぶら下ったり、背中によじ登ったりして、たちまちだんご状態になって、かずにぃは埋もれてしまった。

ところが、そのだんごの中から小さな男の子がトコトコ出てきて、オルガンにちょこんと座って、蓋を開けようとした。
でも、力が足りないのか、鍵盤と蓋の隙間に片方の手を滑り込ませてしまったまま、もう片方の震える手で蓋を持ち上げようとしていた。


あっ!!危ない!このままじゃ・・・・・・指挟んじゃう!!

叫びそうになるのと同時に私は駆け出し、部屋の中に飛び込むと、オルガンの蓋を支えていた。
「ふー。危なかった」

子供達のだんごはほつれて、その視線は一気に私に注がれた。

「ハルナ!どうして、お前、ここに・・・・・・」
だんごの下からクシャクシャ髪のかずにぃがどんぐりのような目をして這い出してきた。




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リョーコさんの告白

2006年01月20日 22時18分37秒 | 第11章 飛翔編
リョーコさんは通りに出ると手を大きく振ってタクシーを捕まえてくれた。

「体、大丈夫?今日とか、結構寒いし・・・・・・」
リョーコさんは既に私の体のことを知っていたようだったので私はちょっと恥ずかしくなって、顔が真っ赤になっていくのが自分でも分かった。

「こないだ、かずぼんがメチャクチャ酔っ払って帰って来た時があってさ、その時聞いちゃったんだ。
そのぉ~、ハルナちゃんが妊娠しちゃったってこと・・・・・・」
彼女はすまなさそうに私の方をちらりと見ながら、知った理由を話してくれた。


「ヤツさ、『あいつから返り討ちにあった』ってグデングデンに酔っ払って帰ってきてさ。凄かったよぉ」
私はあの日のことだと確信した。
やっぱり、あの日、かずにぃは病院に来たんだ。
そして、私は、かずにぃをトオル君と間違えて傷つけてしまったんだ。

私が、その時のことを思い出していると、リョーコさんがいきなり「ごめんなさい!」と私に手を合わせた。
 
「え?!」
私は何のことだか分からず、「そんな・・・・・・どうしたんですか?」と彼女の手を取った。


「私ね。実はかずぼんのこと好きだったんだぁ・・・・・・」
リョーコさんの突然の告白に、私は驚きのあまりシートから体が浮き上がった。

「で、コクったんだけど・・・、ってゆーか、ユーワクとかもしたんだけど」
リョーコさんは気まずそうに下を俯きながら告白を続けた。

「だけど、全く、全然、ヤツはなびかなくってサ。
結局、これーーーっぽっちも私が入る隙間、無かったんだよね~」
彼女は親指と人差し指で弧を作り、1mmくらいの隙間を開けて淋しそうに笑った。

「本当にハルナちゃんのこと、大切にしてるみたいで、私のキモチなんか、完全にシャットアウトされちゃった」

そんなことがあったんだ・・・・・・。
「かずにぃは何も言わないから、知らなくて・・・・・・」

リョーコさんは、更に落ち込み気味に、「それってさ、言う程の価値もなかったってことなんだよね」と弱々しく笑った。

「いえ!違うと思います。きっと、そうじゃないって思うんです。
それに、私、当初、かずにぃとリョーコさんは付き合っていると言うか、同棲しているって思ってました」

この告白に今度はリョーコさんの方がぽか~んと口を大きく開いて驚いていた。
「あはは。そりゃ、ないよ。
だって、一緒に住んだのは本当に純粋に部屋代のシェアだし、一緒に住み始めた頃から既にヤツの頭の中はハルナちゃん一色だったもん」

私達はお互いの告白に「ふふふ」と笑った。

「実は今でも結構好きだったりするんだけどさ」
彼女の告白に私は少しどきっとした。
「だけどさ。もう絶対振り向いて貰えない訳で、そんなヒトと一緒に住んでるのって、かなりシンドイくなってきたんだよね」

私はリョーコさんの目に薄っすらと浮かぶ涙を見て、胸が痛くなっていた。



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ボランティア

2006年01月18日 21時36分40秒 | 第11章 飛翔編
あの日以来、かずにぃは病室に来なかった。
「今日はレポート提出の最終日だから」と言うことで、退院の迎えにも現われなかった。

私は、看護士さんや先生にお礼を言うと、「家に帰ろう」と言うママに我儘を言って、1人、かずにぃの住むマンションにタクシーを出してもらった。


マンションに着くと、リョーコさんがカチューシャで前髪を上げ、歯を磨きながら迎えてくれた。

「いらっしゃい!ハルナちゃん」
「お久し振りです」
私がぺこりと挨拶をすると、「そんな堅苦しいことはいいから座って」と、笑い、ずずずっと椅子を引いてくれた。

「せっかく来てくれたとこ悪いんだけど、私これから明日の朝まで研究所の実験のお手伝いで出掛けるんだぁ~。
だから後1時間もしたら出なくちゃいけないのよ。ごめんね」
リョーコさんは顔をざぶんざぶんとダイナミックに洗いながら言った。

私は、かずにぃの部屋の方を見ながら、おずおずと尋ねた。
「あの、かずにぃは?」
「あー、かずぼんはね、病院に行ったよぉ~」
「え?!病院って、どうしたんですか?」
リョーコさんは一瞬、キョトンとしたけど、直ぐに手を振りながら、
「あー!あいつはそんなヤワじゃないって。今日は、病院のボランティアの日」
そう言うとケタケタと笑った。
「・・・ボランティア?」
私の訝しげな答えに、リョーコさんは「え?何も聞いてないの?」と驚いていたようだった。

「やばっ!そーいや、私もあいつを尾行して知ったんだった・・・・・・」
「ボランティアって、かずにぃ、何をしてるんですか?」

リョーコさんは気まずそうな顔をすると、腕を組んで「ん~」と考え込んでしまった。
「ま、いっか。どーせ、いつかはバレる!」
リョーコさんは、てきぱきと着替えを済ませると重そうなバッグを持ち上げながら私の方にくるりと振り向いた。

「私の行く研究所もやつの病棟の側にあるから一緒に行ったげる。行こう!!」



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幸せの所在

2006年01月17日 23時02分39秒 | 第11章 飛翔編
ドクンドクンと鳴る心臓の音を抑え込もうと無理に息を吸い込んだ。
呼吸が苦しくなる・・・・・・。

「ハルナちゃん、悪いけど、食事は管理しているからこのケーキは・・・・・・。
ハルナちゃん?!ハルナちゃん、どうしたの?」

ヒューヒューと喉が鳴り、またあの時の苦しみが蘇って来た。
医師と看護士が慌てて部屋に入ってくると、注射の準備を始めた。


「息を長く吐いて」
不意にトオル君の声が聞こえてきた。

「精神安定剤で止めることも出来るけど、君だったら自力で頑張れるよ。
ゆっくり、ゆっくり呼吸するんだ」
「出来ない!無理だよ」
「ちょっとずつ頑張っていこうよ」
「苦しい、やっぱり無理!
トオル君はなったことが無いからそんな気楽なこと、言えるんだよ!!」

布団を握り締める手に涙がこぼれ落ちた。

私は医師の注射を拒否すると、背筋を伸ばし、すぅっと息をゆっくり吐いた。

頑張ってみよう・・・・・・。
今まで、トオル君に頼りっぱなしだったけど、もう彼はいないんだもの・・・・・・。
私は私を頑張らなきゃいけないんだ・・・・・・。


何時間も吸ったり吐いたりばかりに集中して繰り返しているような気がした。
「もう、いいだろう。注射を打つよ」
側に控えていた医師が看護士に目配せをした。

「ま・・・・・・って、く・・・ださ・・・い」
私は喉を抑えながら、首を必死になって振った。

目の前が真っ暗だったのが、微かに、医師達の顔が見えるようになってきた。
そして、咳き込みながらも、徐々に荒々しかった呼吸も穏やかになってきた。

まだ、肩で息をしているけど、出来たよ!トオル君。
私、頑張って自分で抑えたよ・・・・・・。

私は込み上げてくる涙を拭き、顔を上げた。


やっぱり、さっきはトオル君が来たのかもしれない。
ふと、そんな不思議な感覚に囚われていた。


私はさっきかずにぃをトオル君だと思って抱きしめ、受け入れた。
きっと、傷付けた。

いつもそう・・・・・・。
私の弱さはトオル君も、かずにぃも傷付けてきた。

私は自分が幸せになりたくて、二人に幸せにして欲しくて・・・・・・、そればかり追い駆けて、結局、誰も幸せにならなかった。


今はどうやって生きていったら良いのか、それすらも見えないけど私はトオル君にもう一度会った時、胸を張って「私、頑張ったよ」って言えるような生き方をしよう・・・・・・そう思った。




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白昼夢

2006年01月17日 01時37分12秒 | 第11章 飛翔編
翌朝、医師の回診の時間が終ると看護士さんに頼んで部屋の窓をちょっと開けて貰った。
1月にしてはポカポカ暖かい陽差しが部屋の中をぱぁっと明るくし、ベッドの白いシーツをほんわりと温めてくれる。

「具合はいかがですか?」
看護士さんがカーテンをシャーシャーっと勢い良く開けながら私に笑い掛けた。
「昨日より、いいみたいです」
私は目だけを動かしながら、看護士さんの動きを追った。

「しばらくはおトイレに行く以外はじっと横になって、安静にして下さいね」
「・・・・・・はい」
「それにしても、ハルナちゃん・・・・・・旦那様、ステキで羨ましいわぁ~」
「え?」

何のこと言っているのか分かりかねて私は心の中で
(旦那様って、かっこいいって、かずにぃのこと??)
と首を傾げていた。

「すっごいハンサムな上に、ハルナちゃんのこと、とても大切にしているじゃない?
うちの旦那なんて、もう禿げちゃって、太っちゃって・・・・・・。
それに比べて、ハルナちゃんの旦那様は『かっこいいし、ステキ!』ってナースステーションでは、みんなで盛り上がってるんだから」

・・・・・・かっこいいのかぁ。
身近に居過ぎて分からないのかもしれない・・・・・・。



お昼を過ぎた頃になると、昨日の疲れからか、暖かな陽射しの中でウトウトし始めていた。

気付くと辺りは眩いばかりの光に包まれていて、ベッドの側にはトオル君が立っていた。
私は驚きのあまり声が出なくて、ただ泣きながら彼にしがみ付いた。

彼の熱いキスを受け入れ、夢中になって彼を抱きしめた。


トオル君も私を包むように抱きしめてくれた。
それから、ゆっくりと首筋に愛撫しながら、やがて、私の胸を弄り、唇で吸い始めた。

「あ・・・・・・」
堪えきれず、吐息が洩れる・・・・・・。
私は、彼の髪をくしゃくしゃにしながら抱きしめた。
「トオル君・・・・・・トオル君・・・・・・愛してる。私、・・・待ってたんだよ」

私が、そう言うと、トオル君は一瞬その手を止め、光の中に走り去っていった。

「トオル君!待って!!嫌だ!!行っちゃ嫌!!!」

泣きながら目が覚めると、どんより曇った空が見えた。
今にも雨が降りそうな冷たい風が部屋の中にさぁっと吹き込んできた。

「・・・・・・夢・・・だったの」
ほぉぅっとため息を吐いていた。

それでもいい、夢の中でも会えたんだったら、それだけでも嬉しかった・・・・・・。
私は、彼から貰ったペンダントを握り締めてキスをした。



「あらあら、風が強くなってきたわね」
午後の検温に来た看護士さんが窓を締めようとした時、「あら?」っとテーブルの上を見た。

そして、「ハルナちゃん、これは?食べ物の持込はダメよ!」と白い箱を持ち上げた。

私は、胸がドクンと鳴るのを感じた。

「す、すみません。その箱、開けてもらっていいですか?」
「いいけど??」

看護士さんは、箱を開けると、「まぁ、おいしそう!」と笑いながら、チョコレートケーキを見せてくれた。



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忘れられないヒト

2006年01月16日 22時51分30秒 | 第11章 飛翔編
ママは興奮しているおばさんを宥めると、私に「また明日来るから」とだけ言って、おばさんの背中に手を添え、支えるように病室を後にした。


「今日は色々あったな」
かずにぃは赤く腫れた両頬を擦りながら、私を見つめると、お腹に手を這わせ、唇を当てた。
私がびくっと反応すると、「・・・何にもしねーよ」と愚痴った。

「おーい、ちびすけ。明日も来るからな。元気に育てよぉ」
「・・・・・・まだ、聞こえないよ」

私が呆れ顔で笑っていると、かずにぃは私の頬に両手をあてがいちょこんとキスをした。

「明日も来るから、安静にしてるよーに。暫くは寝たっきりだからな」と、釘を差して部屋を後にした。



かずにぃも言った通り、本当に今日は色々なことがあった。

私は、15歳と言う年齢を理由にかずにぃのプロポーズをウヤムヤにしてしまったけど、それだけが理由じゃないこと、かずにぃのことだからきっと気付いてる・・・・・・。

かずにぃの赤ちゃんがお腹の中にいるんだから、産むんだったら、かずにぃと結婚して一緒に育てるのが一番良いんだって、正しいんだって分かってる。


だけど・・・・・・
胸が張り裂けそうな位、私が愛している人は、
側にいて欲しいと喉が枯れるくらい叫び、欲している人は、
遠くアメリカで、私が彼を待っていることを信じてる・・・・・・。


私はトオル君を追ってあの歩道橋を走った。
全てを忘れて、彼を追って必死で走った。
だけど、この想いは彼に届かなかったんだ。


「もう、トオル君の側に行けない・・・・・・。行けなくなっちゃったよぉ・・・・・・」
お布団を被って泣いている私の胸元にトオル君から貰った星のペンダントヘッドが滑り落ちてきた。

ペンダントを見ながら、あの時のトオル君の言葉を思い出していた。



「それは天使の涙なんだって。
もし、君につらいことがあったら、その天使が君の代わりに涙を流して、そのつらい気持ちを浄化してくれるそうだよ」


彼から貰ったペンダントを握り締めながら私は泣きじゃくっていた。
もし、このペンダントにそんな不思議な力があるなら、トオル君を忘れさせて下さい。
トオル君と過ごした幸せで残酷な想い出達は、今の私にはつら過ぎる。

「お願い・・・・・・。私の全ての記憶から彼を消し去って・・・・・・」




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