ぺんぺんぐいん

ぺんぎん歩きは卒業したよ。

全身

2005-11-12 21:57:21 | パフォ・エンタメ
タイツ。マスゲームでたぶん衣装として着ます。

でも実は朝早くから着るの億劫かも。笑

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人ってほんと、顔(と目)でコミュニケーションしてる部分はかなり大きい。
声も含めたら、90%くらいを占めると思う。
それが、全身タイツでは全て封じられる。

普段まるで使わない「体」を常に最大限に使っていないといけないんですね。

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暑い、寒い、疲れた、元気、偉そう、驚いてる、不思議がってる、興味を示してる、・・

どんなことでも全て「体」で表現しないといけないし、
「体」で表現できれば、遠くから見てる人にもその感情等の内面を伝えることができる。

ミッキーマウスの着ぐるみを着た人を思い浮かべてみよう。
あのオーバーリアクション。
「ミッキーらしさ」を軸に誇張した感情表現を使って、「夢の国」の演出の一翼を担うわけです。

あの役を、身体訓練を積んでいない人がやるとどうなるか。
棒立ちで突っ立ってたり、フラフラ歩いてたり、握手求められてもただ手を突き出すだけだったり・・

それは「ミッキー」ではなく「ミッキーの格好をしたフツーの人間」にしか見えなくなってしまう。

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うーん僕もまだそんな感じなんだろうなぁ。ほんと、全身を使うって難しいんですよ。

膝を柔軟に使って、重心の位置を自在にコントロールできようにすることで表現の幅は格段に増えるし、
逆に普段の生活みたく足が伸びきったままでは体の半分が死んでしまうことになる。

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ところで今日は、全身タイツ着て学館に遊びに行ってみた。あべくんと将棋指した。

さすがに、将棋指しながら体で表現するのはどうやっても無理だ。
そもそも座ってしまっているから、体の半分は死んでいるに等しい。

というわけで日常生活の「体」に戻ってたんだけど、その方が楽は楽。

表現する道具として「体」を使うってことはずっと意識を指先から足先まで集中していないといけないってことだから、
うーん、朝から着るのは辛かったんですね。

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ただ、こういうのはあくまでコミュニケーションの手段の話であって、
それ以前に大事なのは「やる気」とか「伝えたいこと」とか「イメージ」とか・・

楽しく、マスゲーム、完成させられたらいいな。

「昨日さぁ、

2005-11-12 01:08:19 | いろいろ
能を観てきたよ。」

ぶる「何を見てきたの?シテは誰だった?観世清和?」

「え えと 船弁慶ってやつを見た。シテは坂口っていう若い人だったよ・・」

ってかなんで普通に知ってるんだこの人?12月に観にいく「屋島」も、「あぁそこらへんは有名だよね」

・・

彼は能マニアなわけではない。
おそらく彼にとっての「一般教養」の範囲内として知っているのであって、
且つそれはたまたま興味があったとかでなく、意識的に身につけたものであろうあたりがスゴイ。

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学期に2回ほど開催されてる、学部の飲み会に行ってきた。
まあ実際来てるのは一部の人であって総勢30名くらいなんだけど、
新しく入った2年生とか留学生とかもいて盛況でした。

しかし話してる内容が・・ 

言葉による他者との対話の可能性だとか、
東欧各国の国会議事堂を訪ねた時の話だとか、
僕はよく知らないんだけど映画についてだとか、
ポリネシアの島々の政治状況だとか、移民政策とか、

うーん よくわからんが勉強してる人はホント多い。

留学生と6人くらいで話してる時の言語が
日本語・英語・フランス語で3色弁当みたいだったのとかもそうだけど、
非常に刺激を受けました。

やりたいことできるのは学生のうち、行きたいところ行けるのは学生のうち。
だけど、勉強したい放題勉強できるのも学生のうちなんですよねきっと。

あー 勉強したくなった。

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まあでもみんな酔ってたから 話した内容なんて翌日には綺麗さっぱり忘れているに違いない。うぃ~