本日はご聖体特集 ご聖体って何だろう

2014-06-18 16:00:43 | Weblog
ちょっと童話の形で説明を考えてみました。ご存知の方もおいでの「公園のお風呂ダヌキ」からの引用です。

(ご聖体ってなんだろうな。洗礼を受けたひとだけなんて、なんだかずるいなあ。いいなあ、クミちゃん)
 初めてごミサを見たこんにゃくさんには、ちんぷんかんぷん、わからないことだらけでした。
 そのうちにやっとごミサが終わって、聖堂の外に出たこんにゃくさんは、さっそくクミちゃんにきいてみました。
 「ねえ、クミちゃん、ご聖体ってなんなの?」
 「ああそうか、智恵ちゃんは初めてだものね。えーとねェ、ご聖体はねェ、パンの形のイエスさまなの」
 「イエスさま?」
 「うん、イエスさまがねェ、パンになって、イエスさまを信じて洗礼を受けているひとのところにきて下さって、そのひとと一緒にいて下さるんだって」
 「わあー、いいなあ、イエスさまが一緒なんて」
 「あら智恵ちゃんだってさ、そのうちいつか洗礼を受けたら、ご聖体をいただけるようになるじゃない。だからずうっと日曜学校にこなくちゃね」
 「ああ、そうかあ、うん。私、日曜学校にずっとくる」
 クミちゃんのことばで、こんにゃくさんの気持ちが急に明るくなりました。
 
 教会は今日から待降節です。
 日曜学校でも、いくつかのグループに分かれて、クリスマスの準備が始まりました。劇や歌の練習もあります。どの部屋でも子ども達のはしゃぎ声がにぎやかに響いていました。
 こんにゃくさんのグループは、馬小屋の模型を作るお手伝いです。
 リーダーと大きい子たちが背景の絵をかいたり、道具のしまってある箱を出してきたりして忙しく動きまわっている時、こんにゃくさんはぼんやり立って、並べてある人形をながめていました。

 マリアさまとヨゼフさま、赤ちゃんのイエスさま、羊飼いや三人の博士たち、それから牛やヒツジやラクダとかの動物たちがいます。赤ちゃんのイエスさまは飼い葉桶の中でニコニコしながらねんねしていました。
 それを見て、こんにゃくさんは、なんとなく変な気がしました。
 だって、この赤ちゃんは、おとなになると悪いひとたちに苦しめられて、十字架につけられて殺されてしまうのに、どうしてニコニコ笑っているのでしょう。
 こんにゃくさんなんか、意地悪な子がいるところに行くとすぐ泣きそうになって、絶対ニコニコ笑ったりなんてできないのに、この赤ちゃんは笑っているのです。おまけにおててを広げて、まるで「だっこしてちょうだい」って言ってるみたいです。
 イエスさまって神さまなのに、パンになったり、赤ちゃんになったり、本当に不思議です。いったいどうしてなのでしょう。こんにゃくさんには、いくら考えてもわかりませんでした。
  
 それから一週間たって、次の土曜日になると、こんにゃくさんはまた、山田さんの家に遊びに行きました。今度は小島さんと新藤さんも一緒です。
 こんにゃくさんは新藤さんの家には行ったことがありません。新藤さんは男の子みたいに活発で、おとなしいこんにゃくさんとは、あまり遊んだこともなかったのです。でも小島さんと新藤さんは仲がいいし、こんにゃくさんと小島さんも仲がいいので、小島さんをさそうと新藤さんも一緒に山田さんの家に遊びに来たのです。
 こんにゃくさんは、山田さんの家でいつものように遊ぶほうが好きだったのですけど、山田さんも小島さんも、新藤さんの家に行ってみたいと思ったので、こんにゃくさんも仕方なくついていくことになったのです。
 行ってみると、新藤さんの家は、お風呂ダヌキのいる公園のすぐそばにありました。
 新藤さんは、みんなに自分の部屋を見せてから、公園に行って遊ぼうとさそいました。こんにゃくさんがいつも行く、ブランコがあるところと反対側の広場はボール遊びやゲームができるのです。
 こんにゃくさんは、いやだなあと思いました。だってこんにゃくさんは飛んでくるボールがこわいし、動くのがおそいし、スポーツなんて大きらいだったのです。
 山田さんも小島さんも新藤さんと一緒に楽しそうにボールをとったり投げたりしているのに、こんにゃくさんひとりは、ちっともおもしろくありません。
 とうとう、途中でいやになってしまいました。
 「私、帰る」
 「どうしたの、こんにゃくさん」
 「ちょっと用があるの」
 「あら、今うちのおかあさんがお菓子を焼いてるのに。もうすぐできるのに、おやつを食べていけばいいのに」
 「いいの、早く帰らなくちゃ」
 こんにゃくさんは、でたらめを言うとひとりでさっさと帰りかけました。

ところが大通りまでくると、マフラーを忘れてきたのに気がついたのです。
 (あっ、いけなーい。まだみんないるかぁ、いやだなあ)
 買ってもらったばかりのマフラーです。
 仕方なくこんにゃくさんは公園に戻りました。けれどみんなはもうそこにはいませんでした。きっと新藤さんの家でおやつを食べているのかもしれません。
 こんにゃくさんは、みんながいないのでほっとしました。でもそれでいてなんとなくさびしくなって、そのまま公園の反対側のお風呂ダヌキのいる方に行きました。
 ブランコにゆられて、すっかりはだかになったまわりの木をながめていると、さっきまでみんなと一緒にいたのがうそみたいです。
 お風呂ダヌキはのんびりした顔で、あたりを見まわしているし、チュッチュッ、チチチ、チュッと小鳥の鳴く声も聞こえて、今日はそんなに寒くもないし、ここにいると、こんにゃくさんものんびりと落ち着いた気持ちになってきます。
 足元の枯れ葉をくつの先で蹴って、こんにゃくさんはぼんやりと新藤さん達のことを考えていました。
 (私、新藤さんてあんまり好きじゃないな、私、ボール遊びなんて大きらいなのに、山田さんも小島さんも、新藤さんと一緒になってもう、つまんない。お人形さん遊びのほうがおもしろいのにな。小島さんたら、どうして新藤さんなんか連れてきたのかな。小島さんはいいけど、新藤さんなんてもうやんなっちゃう)
 その時です。だれかが言いました。
 『こんにゃくさん、そうじゃないんじゃないの? そんなことを言っちゃいけないよ』
 声ですぐわかります。
 「お風呂ダヌキさん」
 お風呂ダヌキはいつのまにか、こんにゃくさんのすぐそばに立っていました。タヌキの笠に夕日があたって、まぶしく光っています。こんにゃくさんは、おもわず目をつぶってしまいました。
 ゆっくり目をあけてみると、お風呂ダヌキはニコニコしながらこんにゃくさんに言いました。
 『見てごらん』
 タヌキの手には、キラキラと光っている透き通った四つの石がのっています。
 「それ、なあに?」
 『これかい、これはね、人間のこころなんだよ」
 「こころ?」
 こんにゃくさんは急にこわくなって、ブランコに座ったまま、おもわず後ろにさがろうとしました。
 『大丈夫だよ、ほら、見てごらん。これがこんにゃくさんの。それからこれが新藤さんの。こっちは山田さんで、これが小島さんのだよ』
 四つともなんてきれいな石なんでしょう。
 よく見ると、四つの石は一つ一つ形が違っていて、光の色あいも違うのがわかりました。
 『どれが一番きれいかな』
 『わからないよ。だって差、四つともみんなきれい。みんな形も違うし、光も違うし、みんな一番みたいなんだもの」
 『新藤さんのは』
 「新藤さんのもすごくきれい」
 『それじゃ、新藤さんのはいやだなんて思う?」
 「思わない」
 こんにゃくさんは首をふりました。

『こんにゃくさん、人間てさ、みんなひとりひとり違うんだよ。新藤さんがこんにゃくさんと合わなくてもさ、新藤さんには新藤さんだけにしかない良いところがあるんだよ。新藤さんの形、新藤さんの光があるんだよ。こんにゃくさんにそれが見えなくてもさ、忘れないでほしいな』
 そう言いながらタヌキが両手を合わせると、四つの石はどこかに消えてしまいました。
 『このあいだも言ったじゃない。自分だけよければいいと思っているような子を、神様はおよろこびにならないよ。こんにゃくさんたらさ、すぐ忘れちゃうんだものね。
 神さまはこんにゃくさんが気にいっている人も気にいらない人も、どんな人もみんな大切に思っていらっしゃるんだよ。みんなに神さまのところに来てほしいって思っていらっしゃるんだよ。一度にはわからないかもしれないけどさ、これからは少しずつおぼえていかなくちゃね。わかったかな』
 「うん・・・でも、えーとあのー」
 『なあに?』
 「あのねえ、いじめっ子や本当のわるい子だっているのに、そういう子も大事なの?」
 『こんにゃくさんにはわるい子に見えてもさ、その子のおとうさん、おかあさんには可愛い子どもじゃない。だからイエスさまは、そういう子たちのためにも地上に降りてきて身代わりになって下さったんだよ』
 「ねえタヌキさん、イエスさまって、神さまなのにどうしてちっちゃい赤ちゃんになったのかしら」
 『こんにゃくさんは神さまを見たことがある?』
 「ないよ」
 『この前の夏、すごいかみなりが鳴った日があったじゃない。ピカピカ、ゴロゴロ、ドドドドドーンってさ、あの時こんにゃくさんはどうしたの』
 「こわくてこわくて、押入れにかくれちゃった」
 『押入れの中でふるえてたっけね。それからさ、秋の台風の時、こんにゃくさんは空一面の厚い雲がものすごい風で吹き飛ばされていくところを、二階の窓から見てたよね。あの時はどんな気がしたの』
 「えーとねェ、雲が波みたいに動いて、すごい速さで流されていって、なんだかこわいような、うっとりするような、ゾクゾクして、胸の中がシーンと静かになって、すごく変てこな感じかなあ」
 『そしたらさ、この広い大宇宙の全部、時間も空間もおつくりになったほどの大きいお方がじかに姿をあらわしたらさ、かみなりやあらしよりもものすごい威厳があってさ、こわくて近寄れなく鳴っちゃうかもしれないと思わないかい』
 「あっ、そうか」
 『赤ちゃんだったらさ、だれでもこわがらずにそばに近寄れるじゃない。神さまはみんなに、こわがらないで神さまのところに来てほしいって思っていらっしゃるんだよ。だから赤ちゃんになったり、パンになったりして人間のそばにいてくださるんだよ』

 こんにゃくさんは、飼い葉桶の中でニコニコ笑っているちっちゃな赤ちゃんを思いだしました。それからご聖体を思い出しました。すると胸の中が不思議なあたたかさでいっぱいになって、なんとなくうれしくなってしまいました。
 「タヌキさん、私、今度から新藤さんとも一緒に遊ぶね」
 こんにゃくさんがそう言いかけた時、公園はすっかり日が暮れて、タヌキの姿はいつのまにか元の場所に戻っていました。